【愚者の行軍】
ザァ──────────ッ
医療テントを出ると
相変わらずの冷たい雨がフリッツを叩いた
くたびれたパンツァージャケットが重みを増し、ズシリと肩に伸し掛る。
用意していた作戦立案資料はとっくにびしょ濡れで、もう意味を成さなくなっていた。
フリッツ「ははは… まるでオレみたいだな…」
書き連ねた字はインクが滲み、
戦車の写真や絵はぐにゃぐにゃに歪んでいる。
それがまるで自分のようで、笑ってしまう。
…思い出してしまった
自分が何者で、何を隠してきたのかを…
『壊れていた』のだ、
とっくの昔に、オレは。
ずっとずっと、理由も無く独りで彷徨い続けて
行き着いた場所で平静を装い過ごしてきた
そうして戦火があがる度、戦い、殺し、やがて去る。
敵も、仲間も、何もかも失って
この手に残ったのは、孤独だけ。
そうしているうちに、戦争の理不尽さや残酷さ、恐怖や怒りから逃げ出すために、自らの記憶や人格を捏造してゆくようになったのだ。
孤独な怪物
彷徨う亡霊
身元不明の遺体
死神
それがオレの─────…
"フリッツ・マイゼンブーク"の『正体』だ。
…だがいよいよ逃避行も終わりが近い、
武装親衛隊がこの場所に来るらしい。
「あの時」から変わってなければ第8騎兵師団に命令を下したのは司令部のハインリヒ長官と補佐官のニルギリだろう。
逃亡兵のオレを連れ戻しに来たか、はたまた不要になったから殺しに来たか…
まぁいい、どのみち戦うのはこれが最後だ。
勝とうが負けようが、どうせ死ぬならTigerの中で死ぬと決めている。
フリッツ「──────別れの挨拶も…済んだしな…」
ごめんよ、ハナ。
いきなりの別れを許して欲しい、
いきなりのキスを許して欲しい。
オレは…君を愛する資格が無い。
いやそれどころか生きてる価値すら…
もう分からないんだ、何も…
だから、
さよなら。
………
……
…
北部キャンプ 整備場
ドッドッドッドッドッドッドッドッ………ッッ
ォオォンッ ォオォンッ…ッ!!
整備場に行くと、これまでとは比にならない位重装甲になったTigerがエンジンを蒸して待っていた
そこには操縦席の上にある搭乗口に座り、湿気った煙草を吸う整備兵の姿があった。
相変わらず機嫌が悪いのか、彼の眉間の皺が一層深くなっている。
フリッツ「……アンス──…」
アンスヘルム「…車体前面装甲は理論上185mm、防盾は210mm、まずPantherの主砲じゃ貫けねぇ。 車体側面には気休め程度の丸太を着けてやった、だがエンジンは出力いっぱいで12km/hが精一杯だ。 …これでいいか? なぁ、隊長?」
ぐいっと帽子を上げ、誇らしげに微笑むアンスヘルムがフリッツの言葉を遮るようにTigerの状態を説明してくれた。
フリッツ「────…あぁ、完璧だ。 ありがとう、戦友。」
ギュラギュラ ギュラギュラ ギュラギュラ
ドッドッドドルルルォン…ッ
最初の要求を遥かに超える重装甲化を施されたTigerがゆっくりと前進し、その全景があらわになる。
至る所に履帯や鋼板を携えたTigerは、
まさに『鋼鉄の虎』の名に恥じないモノに仕上がっていた。
アンスヘルム「…死ぬんじゃねぇぞ馬鹿野郎、オレが整備した戦車で負けて死ぬ、なんてこたァ絶対に許さねぇからな。」
フリッツ「─────勝つさ。 オレとこのTigerがいれば……大丈夫だ。」
「信じてくれ」とは、もう言えない。
これが最後の戦いになる。
さぁ、行こうTiger
オレとお前なら、大丈夫だ。
ガコンッ!
キューポラを開け、Tigerにフリッツが入り、操縦席に座る。
装填手も通信手も操縦手も砲手もいない車内に、
ポツリといつもの号令が零れた。
フリッツ「Panzarvor」
────オォオンッ…!!
ギャギギギギ…ッッ
Maybach HL230エンジンが唸り、サスペンションが軋む。
ただでさえ重いTigerが更に重くなり、機関部や足回りが悲鳴をあげている。
ハンドルの感じからして超信地旋回は頻繁に使えなさそうな手応えだ。
…これでは細かい跳弾角度の調整が出来ない、
プラン通り、遠距離で足を止めて撃ち合うしかなさそうだ。
フリッツ「問題は何両来るか…だな… オレ1人を殺すために大規模な部隊を寄越すとは思えない、よくて中隊…いや、小隊か? 第8騎兵師団ならPantherとHetzerの組み合わせか。」
ガゴン…ッ ガゴッ
ギュラギュラギュラギュラ ギュラギュラ…ッ
雨で緩んだ地面をゆっくりと進むTiger。
あまり速度を出せば履帯が泥を掘り、嵌ってしまう
そうなればもう復帰は出来ない。
フリッツは慎重にTigerのハンドルを切る。
操縦手用の覗視窓 (ぺリルスコープ)から見える景色はかなり狭い。
当たり前だが真正面しか見えないし、車幅感覚がないと家屋や障害物にぶつかる事もよく起こる(まぁ戦車だから障害物にぶつかっても平気だが…)
バルド「本気で1人で戦うつもりかよ隊長ッ!! 待てよ!! オレも行く、オレも一緒に戦わせてくれッ!! あんた1人で戦うなんて無茶だッ!! おいッ!! 止まってくれよッ!!!!」
オリバー「馬鹿ッ!危ねぇぞバルドッ!! 走行中の戦車に叫んでも聞こえるわけねぇだろッ!! ……くそッ!! 見送るしか出来ねぇってのか…ッ!!」
外ではTigerのエンジン音を聞きつけ慌てて兵舎を飛び出してきたバルドとオリバーが必死にTigerに向け声を挙げていた。
だがその声は虚しくもエンジン音と雨音に掻き消され、彼には届かない。
アルノルト「…本当に…1人で…ッ!!」
エッケハルト「はぁ…はぁ…ッ!! …間に…合わなかった………ッ!! …隊長ッ…!!」
ヘルマン「無理だ…ッ 勝てるわけねぇ…ッ!! 相手は武装親衛隊だぞ…ッ!? たった1人で…たった1両の戦車で………どうするつもりだッ!? アンタ無駄死する気かよ!!」
同じくアルノルトとヘルマンもその様子を見送る事しか出来ずに立ち竦む
キャンプ内の他の兵士達もまた、ゆっくりと進むTigerをただ見ていた………
そしてまた、
彼女も────…
ハナ「これが…六号重戦車──────… 私達の…希望…?」
降りしきる雨を断ちながら進む『それ』をハナは見た
見たこともない巨大な鋼鉄の怪物が泥を撥ねながら目の前を通り過ぎてゆく。
そう、
これこそが彼女がドイツに来た理由…
六号重戦車の技術提供交渉────
まるで神話の世界から飛び出してきたかのようなその姿に、ハナの眼は釘付けになった。
それと同時に、自らの使命がズシリと伸し掛る。
別れの時が、近づいていた。
第13部 【愚者の行軍】 完




