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いきなり

 昔から、冴えない女だった。

 中高はラノベと漫画を愛し、仲良くなった友達は全員オタク。それが嫌だったわけじゃない。むしろ、心地いい空間だったと思う。

 他のクラスメイトは恋愛やオシャレに現を抜かしていたけど、私は二次元一直線だった。

 元々は漫画が好きだったのだが、自分の大好きな作品の原作がラノベだと知り、そっからラノベにも手を出すようになる。


 今では部屋の本棚をラノベと漫画が占拠している。押入れの奥深くにある段ボールには、特殊なジャンルの本も詰まっているが、あれは私の身に何かがあった時は友人に燃やしてくれるように託けている。対策はばっちりだ。

 高校を卒業し、小さな会社の事務員として働き始めてからも、私の趣味は治まらなかった。自由に使えるお金が増えた分、本の量が増えていき、今では読むだけでは飽き足らず、自分で小説も書くようになっている。


 そんな私が――何度も小説で目にした異世界転移のチャンスを得たのだ。

 本当に小躍りしてしまいそうになるぐらい、嬉しかった。平凡でつまらない人生がこれで覆される。この状況を喜ばない人はいないだろう。

 と思っていたら、私と同じように異世界転移に選ばれた、頼りがいのありそうな厳つい男性は微妙な表情をしていた。

 関係ないけどあの人、たぶん攻めだと思う……あ、違う。あの人はノーマルっぽい。そっち系の人に惚れられやすそうだけど。


 スキル選択――じゃない、加護だった。それで選ばれた能力があの男性――松木さんは微妙だったな。最後の不死身は羨ましかったけど、それ以外が何とも言えない能力よね。

 私の加護も『分裂』『ランダム宴会芸』『凄く目がよくなる』『服を脱げば脱ぐほど強くなる』と微妙なのだけど。

 でも『凄く目が良くなる』はとっても便利。今、真っ暗な森の中で眼鏡もないというのに、周りの風景が昼間の様に見える。逆さまになって流れていく自然溢れる景色に思わず目を奪われそうになる。


 今、丁度暇だから他の加護を試してみようかな。

 『ランダム宴会芸』は試すまでもないから却下。

 『服を脱げば脱ぐほど強くなる』は両手両足を縛られている状態では脱ぎようがない。


 となると『分裂』しかないのだけど、これってどうなのだろう。

 試すにしても勇気がいるわよね。自分が分裂して二人に別れてしまったとしたら、どっちが自分ということになるのか。そして、元に戻ることが可能なのか。

 これがわからない限り迂闊には使えない。触れたモノを分裂させる能力なら、普通に便利な能力だと思うけど……うーん。まあ、絶体絶命のピンチでなければ使わない方が良さそうね。


「ウゴクナ オンナ オマエハ ゴハンダ」


 今のような状況でなければ。

 私は今、長い棒に手足を括りつけられて運ばれている最中だったりする。

 周辺には緑色の体をした背が低く髪のない異形の化け物に取り囲まれ、私はご馳走の食材として運搬中。

 異世界転移が終わり森の中で途方に暮れていた私は、灯りを見つけ迂闊にも走り寄ってしまった。その結果がこの状況だ。

 この緑の化け物に捕まり、集落のような場所に連れて行かれている。


「うっうっ……折角の異世界転移なのに、いきなり終了のお知らせって、あまりにも酷すぎるっ」


「ウルサイ オンナ」


「ご、ごめんなさい。だから、棒で突かないでっ」


 私が何か話すと、緑の化け物が手にした棒で突いてくる。言葉は通じるけど何を言っても見逃してもらえない。

 私の想像していた理想の異世界転移とはかけ離れ過ぎている。

 素人小説投稿サイトで毎回楽しみにしていた作品は、流行の悪役令嬢や逆ハーレムもの。あの類いの作品は主人公が上手く立ち回って幸福を手に入れていた。主人公たちの能力が高いというのもあったけど、大概は自分を好きになってくれるイケメンが登場していた。

 だというのに、私にはイケメンが現れることもなく、こんな化け物しか登場せずに物語が終わってしまうのかな。


 い、いや、まだよ!

 まだ追い込みが足りないのよ。もっと、窮地に陥ったその時、ペガサスに乗った白銀の鎧を着込んだ王子か英雄が颯爽と現れ、私を助けてくれるに決まっている!





 あ、これはオワタ。

 私は太めの木の枝で作られた檻の中に放り込まれ、緑の化け物の親玉らしき二回りほど大きい個体の前にいる。

 屋外で手作り感溢れる玉座っぽい物に座っているソレの口からは、二本の犬歯が鋭く伸びていた。他の化け物も不気味だったのだが、この親玉よりと比べたら可愛く見える。


 腰布だけしか巻かずに、裸体を惜しげもなく晒しているけど……むっちゃ良い身体しているわ。他のは少しお腹が出ている中年っぽさがあるのに、親玉だけは腹筋も割れていて理想的な体形かも知れない。

 まあ、目尻が吊り上がり、鼻が豚の様に上向き、顔中に傷があることを除けばだけど。


「人間カ。魔物ノ国ニイルトハナ。何処カカラ逃ゲテキタ奴隷カ」


 待って待って待って! 今とんでもないことを口にしなかった!?

 えっ、ここって魔物の国なの……嘘でしょ……そんなハードモードな展開望んでないわよ。絶望過ぎるにも程があるでしょ。


「茹デルカ」


「焼クノハドウデショウカ」


「蒸スモ捨テガタイ」


 あ、私の調理法で盛り上がっている。

 茹でるのは熱そうだし、焼くのは火傷が痛そうだし、蒸されるとサウナ状態だし……どれにしようか悩むわぁー。うふふふふ。

 ……だ、ダメよ。呆然自失になっている場合じゃない!

 何とか逃げ出さないと!

 魔物の国ってことは援軍の期待はしない方がましよね。だったら自力で何とかしたいけど、何とかできるのこれ?


 ここって、周囲を木々で囲まれた深い森にぽっかりと空いた場所よね。

 屋根だけが存在する家っぽいものもちらほら見えるけど、知能はそんなに高くないみたい。

 数はざっと30ぐらい。親玉っぽいのがやたらと大きいけど、あとは私より背の低い魔物ばかり。でも、腕や胸の筋肉が発達しているから、一対一でも完敗よね……。


 武力行使で勝つのは無理。なら、やっぱり加護の力に頼るしかない。

 まずは『凄く目がよくなる』で現状の確認よ。

 親玉っぽいのと側近っぽいのが、私の食べ方で盛り上がっているのは放っておいて。檻の周辺には10匹の緑の化け物がいる。屋根だけがある民家っぽいのが何軒かあって、何匹か寝ているみたい。


 あの丸太の列は塀なのかな。この集落をぐるっと取り囲んでいるみたい。私の身長より少し高いぐらい。足場を確保したら何とか乗り越えられそう。

 王座の真逆の方向に門があるけど、見張りがいるし門も閉じられているから、あそこは無理っぽい。逃げるなら塀を乗り越えるしかない、うん。


 私のスキル……じゃない、加護が強ければ全員を倒すという手もあるのだろうけど『分裂』『ランダム宴会芸』『凄く目がよくなる』『服を脱げば脱ぐほど強くなる』で、どうしろって言うのよ!

 『ランダム宴会芸』で相手を喜ばせて命を長らえらせるというのはありかも?

 今は誰も私を見てないわね。見張りも欠伸をして胡坐をかいているし。使ってみようかな。今から問答無用で殺される可能性もあるのだから、どうせ死ぬなら一度は能力使っておきたいし。

 親玉たちは料理方法でまだもめている。見張りは夜も更けて来てかなり眠そう。


 よっし、女は度胸! 『ランダム宴会芸』発動よ!

 発動方法は体と心が理解していた。意識を集中して、心で能力を解放する。

 あ、何、体が勝手に動き出して……口も私の意思に反して、声がっ。

 右手が耳に当てられて、な、何をするつもりなの私!


「耳がおっきくなっちゃった!」


 手を開くとおもちゃの大きな耳が、ポンと飛び出してきた。

 これって昔に流行ったマジシャンっぽい人のネタじゃないの!

 てか、何処から出てきたのこの耳!


 い、今、声が思ったより大きかったけど、周りの反応は……。

 親玉たちはこっちに目もくれていない。周囲の見張りは一瞬びくりと体を震わせて、辺りを見回しているけど、また居眠りしているし。

 ば、ばれてないようね。まさか『ランダム宴会芸』って発動したら最後、全く抵抗できなくなるなんて。お、恐ろしい能力だわ。迂闊に使えないわね。


 『脱げば脱ぐほど強くなる』は、ここでいきなり脱ぎだしたら、美味しく食べてくださいと言っているようなものよね。これはどうせ、最後には使うことになるのだから今はしなくていい。

 残されたのは『分裂』ね。う、うーん。これってもし二人に分裂したら食料が増えたって単純に喜ばれそうだし、ここで使っても檻の中にご飯が増えるだけ。ど、どうしよう、本当に。


「人間ノ女。オマエハ朝ゴハン決定ダ。胃袋キレイニシテオケ」


 これってお腹空かせておいたら朝ごはん食べさせてあげる。何て意味じゃないわよね。胃を空っぽにしておけば、ホルモンも美味しく頂けるってこと!?

 人を何だと思っているの! と怒鳴りつけたい気分だけど「食材デスガ」と返されるだけよね。ここは朝まで寿命が延びたと喜ぶべきよ。

 朝までの猶予が貰えたのだから、その間に何とかして逃げるしかない。

 夢にまで見た異世界転移をこんなところで終わらしてなるものですかっ。絶対に生き延びてみせる。このまだ一度も発動していない『分裂』に全てを託して!


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