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脱出

「しまった! 殺ってしもうたかっ!」


 あー、頭頂部に何かがめり込んでいるな。倒れ伏したまま体から力が抜けていく。

 負の加護である『体の一部が痒くなる』がここで発動するとは、俺もついてない。

 これは死んだな。どう考えても致命傷だ。体内から何が抜けていく感覚……これが、命が失われるということか、寒いな……。


「もう、息もしておらんか……この失態。王に何と報告すればっ」


 爺さん悪かったな。俺のミスで自爆したようなものだ。相手が人殺しの悪党とはいえ、あまりに情けない状況に謝罪させてもらう。


「脈もない。死体ではあるが、持って帰るか……蘇生は難しいやもしれんが、何もせぬよりかはマシか」


 肩を落とし、俺に背を向けて鉄扉の閂を外そうとする爺さん――の後ろにすくっと立つ。


「なんじゃっ!? き、キサマ、何故っ!」


 頭から短剣を生やしたまま、爺さんの両脇から腕を通し、後頭部に手を当てて前に押すように固定させると、そのままバックドロップの要領で背後に叩きつけた。

 受け身も取れない状態で、脳天を石床に叩きつけられた爺さんは一撃で絶命している。まあ、俺も頭に刺さった短剣の柄が、床にぶつかり更に埋没したのだが。

 死んだと思って完全に油断をしていたようだ。実際に死んでいたので間違いではないが。

 息を引き取った爺さんのボディーチェックをしておくか。まだ蘇生の玉とやらがあったら厄介すぎる。異世界とはいえ、あれほどの効果があるアイテムはかなり貴重だと思われる。幾つも所有していないと願いたいが。

 よっし、ないようだな。靴や万が一カツラではないかと髪も調べたが、幾つも暗器が仕込まれていたぐらいだ。

 しかし、刃が脳まで達しているというのに、普通に体が動くな。


「これが不死身の効果か」


 俺は頭から短剣を引き抜くと、噴水の様に吹き出す血を抑える為に、頭に手を当てておいた。普通ならば死んでいる状態でなぜ生きているのか。それは『不死身』の加護によるものだ。

 痛みはあるのだが、死んだと判断してからは全く痛みを感じなくなった。死ぬまでは結構辛いものがあったが。それよりも、脳に何かが刺さっているという違和感が気持ち悪かったぞ。


「ぐっ、ぐあぁぁぁぁっ」


 おまけに再生時にも痛みが発生するのか。それも、死なない程度の体に修復してからっぽいな。かなりの激痛だが耐えられないことはない。

 昔、中東で護衛していた時に怪我をして、麻酔無しで腕を縫われた時より五割増しで痛いぐらいか。我慢の許容範囲だ。

 再生速度はかなりのものだな。もう、痛みもほとんど感じない。頭に手をやると、傷口は完全に塞がっている。一、二分で完治か。便利な体ではあるが、恐ろしくもある。

 生き埋めや拷問にあった場合、永遠に続く苦しみを味合う羽目になることだろう。出来るだけ、不死だということは秘匿しておいた方がいい。


 体は元に戻った。さて、ここからどうするか。

 唯一の出入り口である鉄扉は中心部が湾曲している。閂もかなり折れ曲がってきた。破壊されるのは時間の問題。

 ここで、唯一の生き残りである髪のない男から情報を得たかったが、そんな余裕はない。


「ならば、こちらの情報を渡すわけにはいかないな」


 俺は床に転がっている槍を拾い、気絶している男に突き刺す。

 酷いようだが、己の命を守る為だ。


「扉から逃げるのは問題外。鎧を剥いで……」


 それを着込んで、敵の仲間に化けるという手は無しだな。鎧はギリギリ入りそうだが、顔が隠せない。フルフェイスの兜があったとしても、何も知らない相手の真似は無理だ。

 ここで加護の力を発揮して、起死回生の一手を!


『どんな調味料も出せる能力』『不死身』『体の一部が痒くなる』『便通が良くなる』


 無理だな。まだ効果が不明なのは便通が良くなるだが、この状況でなってどうする。

 残された道は窓からの脱出か。

 窓に寄ってみるが両開きか。ガラス窓のようだがすりガラスなので屋外の風景が見えない。鍵を開け開いてみると……潮の香りがするな。外は真っ暗で今は夜か。


 耳を澄ますと波の音が聞こえる。窓から首を出してみるが、眼下は真っ暗で何も見えない。斉場さんの加護『凄く目が良くなる』が俺にも欲しいところだ。

 右は何もない闇。

 左は……仄かに明るい。だが、その光が揺れているということは炎の明かりか。

 その明かりを頼りに見える範囲の全景をつぶさに観察する。俺のいる場所は海沿いの砦らしい。学校の校舎ぐらいはありそうな建物だが、俺のいる場所の逆方向から、激しく揺らめく火の手が上がっている。

 悩む時間が命取りになりそうだ。この窓から脱出するしかない。


 窓の幅は俺が通るにはギリギリ……無理か。肩幅が広いのがネックになるとは。

 肩を外すとしたら、両肩を外すなら通れそうだが片方だけだと足りない。両方外すとそもそも、降りることすらできなくなる。

 その前にロープか何か有るか、まずそこからだが。


「もうすぐ開きそうだ! ヌソマナ様、ご無事ですかっ」


 扉を叩く音に混じって人の声が複数流れてくる。本当に時間が無いぞ……縄か何か、あの背負い袋に……あった! おそらく、俺の捕縛用だったのだろうが、有効活用させてもらうぞ。

 あと、死体から金目の物を奪っておくか。世の中、金さえあれば何とかなる。それは異世界でも同様だろう。この両刃の剣二本も背負い袋に放り込んで、袋ごと持っていこう。黒スーツの上着も脱いでおくか。万が一海に落ちた場合、泳ぎに支障が出る。


 時間稼ぎとして加護の力を使いサラダ油を取り出した。二度目の使用で理解したのだが、調味料の中身をそのまま取り出すことも可能だが、サラダ油の様に入れ物ごと出すことも可能なのか。

 お得サイズのサラダ油の蓋を開け、扉の前と床全面に撒いておく。少しでも足を取られてくれるといいが。

 ロープを槍の中ほどに巻き付け、窓に引っかかるか確認しておく。槍の方が余裕で長い。ならばいけるな。ロープを窓の外に垂らし、窓の縁に手を掛けると俺は背負い袋から一本だけ剣を取り出し――刃を肩口に当てた。


 腕を斬り落としたとしても、不死身だから治る。だが、それによって生じる痛みと、自分の腕を斬り落とすという恐怖が尋常ではない。

 『どんな調味料も出せる能力』を使って料理酒を出し、気を紛らわせる手もあるが、そうすると動きが鈍くなってしまう。

 ならば、練りワサビよ、出ろ。

 左手の平にほんのり冷たい感触が広がっていく。緑色のワサビが擦られた後の状態でてんこ盛りにされている。臭いだけで鼻につんとくるぞ。


「ええいっ、男は度胸!」


 口の中にワサビを放り込むと同時に、俺は刃を勢いよく振り下ろす。

 鼻から脳天へ貫くような刺激に、頭皮を激しく書き毟りたくなる衝動を耐え――


「ぐぎぎぎ」


 腕の半ばまで入り込んでいた剣を……ふううううぅ。更に押し込み、切断した!

 痛いなんて生易しいものじゃないがっ、泣き言を口にする暇はない!

 痛みを堪えつつ腕を口で咥えて、窓から身を乗り出す前に、窓の上のカンテラを壊しておく。部屋にあるもう一つのカンテラは破壊済みだ。

 ここまでやったのだ、ロープを手に取って降りていくしかない。この理不尽な痛みの板挟みに比べれば、闇の恐怖など問題は無い。

 窓の外に身を投げ出し、ロープを伝って降りていく。片手しか使えないので、速度は遅いが着実にいかねば。


 ぬっ? 切断面から赤い霧のようなモノが吹き出ているな。

 何だ? 口に加えた腕が引っ張られるぞ。これは腕が繋ぎ合わさる前触れか。とはいえ、咥えるのをやめて下へ真っ逆さまに腕が落ちたら、どうやって拾えばいいのか。

 くぬっ、咥えている腕の戻ろうとする力が半端ない。これ以上は耐えられんぞ。


 俺はその力に負け、思わず口を離してしまうと、左腕は宙を飛び二つの切断面が結合する。千切れた部位はこうやって修復されるのか。

 合わさったばかりだというのに、左腕の感覚が既に戻り始めている。

 暫く待って完全に感覚を取り戻してから、一気に下りた方が良さそうだが。


「ヌソマナ様! 暗いぞ、誰か灯りを!」


 窓の向こうから何かが倒れる音が響いてきたかと思うと、続いて男の声がした。

 もう扉が破られたか。左手の感覚は微妙に戻っている。なら、降りる速度を上げるぞ。

 ロープを滑らす様にして降りているので、摩擦により手の皮が剥けていくのがわかる。だが、そんなものは二の次だ。


「ヌソマナ様がっ! 誰だ、誰がっ!」


「副長。窓からロープが垂れ下がっています!」


「何だとっ!」


 やばい、もうバレたか。油の時間稼ぎは効果がなかったようだな。

 結構降りている筈なのだが、足裏が地面に着くことは無い。それどころか、波の音が増してきている。もしや、真下は海なのか。

 足下に視線を向けるが、そこには一条の光も見当たらない深い闇があるだけだ。


「切り落としますか!」


「いや、待て。手繰り寄せろ。何者かわからぬうちに殺すわけにはいかん!」


 くそっ、ロープが上へ上へと引っ張られていく。

 長さも限界らしく、これ以上下へロープを伝って降りることはできない。

 ここで、取るべき行動は一つだ。助かる方法がそれしかない。


「南無三!」


 俺は背負い袋を前に回し、覚悟を決めるとロープを握っていた手を離した。

 出来るとこなら地面が思ったより近いか、波の少ない海であってくれ。


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