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加護の力

 爺さんはピクリともしていないどころか、呼吸も止まっている。死なせてしまったか。

 貴重な情報源だったが、俺の尋問に答えるような爺さんではないだろう。なら、結果的にはこれで良かったのかもしれない。

 背の低い男に頭をかち割られた男は間違いなく絶命している。頭蓋骨が割れて脳みそが見える状態で生きられるなら、それはもう人間を辞めたナニかだ。

 殴った方は完全に気を失っているな。直ぐに目を覚ますことは無いだろう。

 よっし、取り敢えずは無力化に成功だ。念の為に縛っておきたいが、部屋の隅に背負い袋が転がっているな、あそこに何かないだろう……かっ!


「何と、今の一撃を避けおったか」


 修羅場を何度も潜ってきた経験が生きたようだ。咄嗟に体が無意識の内に横へ跳んでいた。さっきまでいた場所に、短剣の刃が煌めいている。

 爺さん、あれで死んだ振りだというのか。迫真の演技なんてレベルじゃないだろ。役者になることをお勧めするぞ。

 身体に違和感を覚えるのか、首を左右に振って鳴らしているな。左腕は折られて垂れ下がっているというのに、嫌な笑みを浮かべる余裕があるとは元気な爺さんだ。

 確実に落とした手ごたえはあったのだが、判断ミスをするとは、まだまだ未熟か。


「まさか、殺されるとは思わなんだぞ。蘇生の石がなければ、終わっておるところだ」


 ほおう、蘇生の石ときたか。流石ファンタジーの世界だ、何でもありだな。

 俺を突き刺そうとした短剣を口で咥え、爺さんが懐から取り出したのは無数の亀裂が入った、野球ボール大の半透明の球だった。あれが、蘇生の石か。壊れているということは、もう使えないと考えていいのだろうか。

 実はまだ20は予備がある。とかいうオチだけはやめてくれよ。

 あの石の発動条件は死んだら自動にといった感じか。蘇生と名付けられるぐらいだからな。だが、腕の怪我は治っていないようだ。万能ではないということか。


「もう、油断もせん。言葉が通じぬふりをするとは知恵も回るようだ。面白い。お前を連れて行けば、王もさぞかし喜んでくれるだろう」


 地力では相手が上だ。片腕は封じているが相手には刃物がある。

 身体能力で俺が上回っていたとしても、武器の有無による戦力の差は大きい。足元には兵士に扮していた男たちが所持していた武器が転がっているが、どれも慣れない武器だ。

 それならば、一番得意とする素手で対応した方が、まだ勝機がある。

 もう不意打ちも、調味料による搦め手も通用しにくいだろう。


「一応、俺を連れ去る理由を聞いてもいいか?」


「ふむ。ここまでの健闘を称え、答えても良いか。お前さんは自分が勇者だという自覚はあるのか?」


 やっぱり、勇者召喚の儀式か。それは、この爺さんの口振りでわかってはいたが、断言されると妙な気持ち悪さがある。だいたい、こういう展開は中高生の若者が経験すべきであって、俺のようなオッサンには似合わないシチュエーションだろう。


「ここが異世界で召喚されたことは認識しているが」


「そうか。ならば、そこから説明をしてやるとしよう。火は回ってきておるようだが、会話を楽しむ時間ぐらいは残されておる」


 爺さんこの状況を楽しんでいるな、口元がニヤついているぞ。


「ここは大陸の中でも小さな国でな。北と南を大国に挟まれ、細々と暮らしておる特に目立った産業もない国なのだ。だが、唯一他国に誇れるモノがある。それが異世界から勇者を召喚する秘術」


 それこそが、ここに召喚される本来の流れか。

 まともな賢者と姫様が迎えてくれた可能性もあったのか……少し惜しい。こんな殺伐とした歓迎よりも、望まれて呼ばれた方がいいに決まっている。


「勇者は我々よりも優れた加護を所有し、尚且つ、身体能力の成長速度が極めて早いときておる。そして、力の上限はなく、鍛えれば鍛えるだけ強さを得られる」


 ゲームで例えるならレベルアップに必要な経験値が少なく、レベルは何処までも上げられる。それは、確かに強い。


「勇者は、この世界に災厄が訪れた時のみ召喚が可能になるとのことだが……まあ、それはよい。勇者の存在のおかげで、この小国は大国に呑み込まれることなく、今まで存在を許されてきたのだからな」


「すまんが、その災厄とやらは勇者の力を借りねば、退けられぬものなのか?」


 強力な魔物や天災が起こったとしても、勇者一人の力よりも、国中の人々が力を合わせた方が現実的に決まっている。


「お主の言う通りだ。少なくとも大国の権力者はそう思っておる。だがな、百年近く前に現れた災厄の魔王に対し、あらゆる国が力を合わせて立ち向かったことがあるのだが、結果は燦々たるものだったそうだ。そんな魔王を倒して見せたのが、小国により召喚された勇者だ。それ以来、勇者の地位は絶対のものとなる」


 なるほど。結果を残してくれた先人のおかげで、勇者の地位が守られているのか。


「そうなると、この国を襲い俺を奪うのは悪手ではないのか」


「その通りだ。だがな、大国の一つが新たに現れた魔王と手を組んだとなれば、どうだ」


 ああ、そういうことか。


「残されたもう一つの大国は焦ったということか。今まで拮抗していた敵対国が強大な力を手に入れた。戦力図が塗り替えられたことにより、自分たちも対抗する力を求めた」


「本当に知恵が回るようだ。ただの市民であればこの会話理解できまいて。異世界の勇者は皆、貴族や魔法使い並みの知識を所有し、知恵が回ると噂には聞いておったが」


 義務教育を受けていればこれぐらいは察しがつく。

 つまり、この爺さんが所属しているのは、魔王と組んでない方の大国か。


「おしゃべりはここまでにしておくか。そろそろ部下共がしびれを切らして、鉄扉をこじ開けるやもしれん」


 爺さんの目の動きに釣られて視線を向けると、鉄扉が歪に変形しているのが見えた。扉に丸太のような固い物でもぶつけているのかもしれんな。


「話は理解できたが、強引な勧誘は日頃から断ることにしている。口で言っても納得してもらえぬだろう。ならば、本気でいかせてもらう」


 我ながら悪癖だとは自覚しているが、強者を目の前にすると血が騒いでしまう。

 困難な状況だからこそ、心が、体が燃え上ってしまうのだ。

 そもそも、政治経済や金に興味のない俺が要人の護衛なんて危険な仕事に就いたのは、腕試しの一環もあるが、この魂の高ぶりを感じる為だった。


「ほう、良い目だ。連れ帰った後には、ワシが自ら教育を施してやろうぞ!」


 上体を低くして、一足飛びで間合いを詰めてきた。老人とは思えない踏み込みの速さだ。

 短剣に注意しながらも全身の動きを観察し続ける。一番危険なのは言うまでもなく刃だが、それだけではない。

 短剣の先端がピクリと動いたが、それはフェイントで俺の顎を蹴り上げるように足先が下から伸びてきた。


「くおっ!」


 仰け反るようにしてギリギリで避けきった筈なのだが、顎が二つに割れ血が噴き出す。

 靴に刃物を仕込んでいたのか。つま先から飛び出ている俺の血を吸った刃が、視界の隅に写った。

 暗器使いとは面倒な。まだ、何かあるとみるべきか。


「ほうほう、これも避けおるか!」


「嬉しそうだな、爺さん!」


「好敵手と呼べる相手は皆、殺してしまったからのう!」


 振り上げられた足の下に潜り込みタックルで押し倒そうと思ったのだが、掴みかかる足が視界から消えた。まさか、軸足も振り上げるだと!

 思いもしない攻撃方法に思わず足が止まり、一歩引いてしまったが、今の一撃は体重が載らない蹴り技なのでかなり軽い。見た目の奇抜さに惑わされずに、受け止めるべきだったな。

 器用に空中で一回転をすると、爺さんは華麗に着地した。


「年甲斐もなく、はしゃぎ過ぎでは」


「いつまでも童心を忘れぬのは、良いことだとは思わんか」


 小憎たらしい爺さんだ。変幻自在の足技に、体中に仕込まれていそうな暗器。

 少々の犠牲を覚悟の上で、いくしかない。受けに徹するのは危険すぎる。


「では、もう少し戯れてもらおう!」


「老人には優しくするものだぞ」


 優しく丁寧に、労わる心を大切に、逝かせてやろう。

 刃物を受ける覚悟で、俺は姿勢を低くして頭から突っ込んでいく。

 今までの対応からわかるように、相手は俺を極力殺したくない。ならば、刃物で首を刈ることも頭を刺すこともないだろう。鋭い蹴り技だったが、耐久力には自信がある。

 一撃なら耐えきれる。掴みさえすれば、こっちのものだ。


 相手は俺の捕縛術を苦手としている。目と鼻が潰されていたとはいえ、これ程の達人が関節技をあっさり極められていた。おそらく、関節技や絞め技があまり浸透していないのだろう。

 刃物での殺し合いが当たり前の世界で、無手や関節技を極める物好きは少ないと思われる。精々相手を押し倒す技や、武器を失った際の非常手段に学ぶ程度ではないだろうか。


「玉砕覚悟か!」


 刃物を振り下ろしてくるが、やはり肩口を狙っているようだ。ならば、それは甘んじて受けよう。軌道も読め――んがあっ!? 背中の中心が唐突に痒いっ……あっ。

 痒みに気を取られ、軸がぶれた俺の脳天に刃物が突き刺さる感覚があった。


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