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初めての町へ

「まさか、群れのボスを倒し、撃退されるとは。正直、未だに信じられませんよ!」


 熱く語るピジョンさんの話を聞き流しながら、適当に相槌を打つ作業を続けるのにも、うんざりしてきたわ。

 もう同じ話を何度繰り返したら済むのかしら。


「皆様の素の実力にも驚かされましたが、何よりもナカ様の加護ですよ!」


「ええ、そうですね」


 黒猿魔が残していったサイに似たシウという名の動物に『言語理解』の能力で、文字通り話を付けて、ピジョンさんたちの目的地である防衛都市に向かっている。

 助かったことに喜んでテンション上がっているのは理解できるけど、そろそろ黙って欲しいわ。

 私は返事をするたびに、服を脱いだり着たりを繰り返しているのよっ!

 これって夏場で薄着していたら最悪よね……。

 お婆ちゃんは我関せずと荷台に寝転んで、空を見上げている。魔法少女の変身は解けてローブにガスマスク姿に戻っているけど、少し見慣れてきた。

 翔ちゃんはカナリアちゃんの前で、お得意のお手玉を披露している。


「うわああ。ショウ様って器用なのですね」


 くっ、目を輝かせてわざとらしく手を組んで、体を左右に揺らして感動しているつもりなのかしら。あざといわぁー。


「そんなことないよ。練習したら誰でもできるから」


 そう言いながら満更じゃない顔しているわね。駄目よ翔ちゃん! 女は魔物なの。それは子供だって同じなのだからっ!


「ツヨシ様、ハンカチを噛んでどうしたのですか?」


「あら、失礼しました。ちょっと歯が疼いたもので」


「そ、そうでしたか。ところで、皆様は防衛都市についてからは、どうなさるおつもりで?」


 と言われてもねえ。全く考えてないわ。

 安定した寝床と仕事よね、まずは。


「そうですね、賃金を稼ぐのが最優先でしょうか」


「皆様の実力ならハンターギルドに所属すれば、問題なくやっていけると思いますよ」


「そうでしょうか?」


「ええ、間違いありません。私も皆様の強さを目一杯宣伝しておきますから!」


 そう言って胸をドンっと強く叩き、朗らかに笑っている。

 この人なら黙っていてと頼んでも周りに言いふらしそうよね、今回の戦いを。

 今の流れなら、話の方向性を変えられそう。

 あと、会話のペースを早くするのやめてくれないかしら。私が会話すると服を脱ぐってことを理解してやってそうな気がするのよね……。



「そう言えば、防衛都市ってどのような町なのでしょうか」


「堅固な城壁で囲まれた町ですよ。その名の通り、この国の防衛拠点ですね。この国と隣の魔物の国との境目には巨大な深淵が口を広げていましてね……」


 何で後半だけホラーチックな話し方なのよ。


「つまり谷があるということですか」


「ええ、まあそうですね。そのおかげで魔物国が進行してこられないのですが、防衛都市のある場所にだけ魔物の国からこちらに繋がる一本の道が存在するのですよ。そこを守る為に作られた砦が発展して、町になったという訳です」


「重要な拠点なのですね」


「毎年、多くの魔物が現れては撃退されているようです。ただ、最近は魔物の侵攻がピタリと止んでいるそうです」


「あら、魔物たちが諦めたのでしょうか?」


「それがですね……」


 おしゃべりなピジョンさんとしては珍しく口をつぐんで、渋い顔をしている。何か問題があるのかしら。


「防衛都市には妙な噂がありまして、それを確かめに行くというのも今回の目的の一つなのですよ」


 噂話ね。ふっ、好きよそう言うの。都市伝説とか近所の井戸端会議とか、私大好物なのよねー。そんな思わせぶりな発言を聞いたら黙っていられるわけがないわ。


「どんな話なのですか。是非、お伺いしたいですわ」


 この人は私の事を女性だと思っているようだから、そっと体を密着させて吐息が耳に届くようにする。


「ひうっ、あ、はい。ええとですね」


 顔を真っ赤にしちゃって。男の好みや弱点何て手に取るようにわかるわ。だって、男だもの。これぐらいの能力が無くちゃ、あの業界では生きていけなかったしね。


「まず、商人として気になったのは、最近防衛都市では農業が盛んらしく、更にその野菜が極上の味らしいのです。それを確かめて出来ることなら買い付けたいと思っています」


 防衛都市というぐらいだから、屈強な男達がたむろする町かというイメージだったけど、意外ね。戦いには食料が必須だから、農業を推奨しているのかしら。


「そして、もう一つ気になる噂があるのですが、これはまあ、期待していません」


「あら、どんな噂なのかしら」


「実はですね……」


 溜めが長いわね。もったいぶっちゃって、焦らしプレイのつもりかしら。


「動く畑の目撃談があるのですよ」


「……は?」


 え、何言ってんのこの人。ただのハッタリにしても限度があるでしょ。


「そういう反応になりますよね。私も全く同じでしたから」


 ですよねー。一瞬、異世界では畑も動くものなのかと思ったけど、どうやら異世界でもあり得ない現象らしくて、ほっとしている。


「これを、一概に嘘だと言いきれない情報が幾つかありまして。数年前からとある廃墟の村に極上の野菜が実る畑があるという噂話が、商人やハンターの間で広まっていたのですよ。幸運にも私はその野菜を口にする機会がありまして、正直、この世の物とは思えないぐらい美味でした。いや、美味なんて安易な表現ではあの野菜に対して失礼ですね」


 ピジョンさんは当時を思い出したらしく、視線が遠くを見つめ垂れそうになった涎を、慌てて拭っている。

 嘘や冗談じゃなさそうね。思い出しただけで、唾液が湧き出る野菜なんて凄いわね。次も機会があるなら、ご相伴にあずかりたいものだわ。


「そこで、私はハンターを雇って伝説の畑を探したのですよ。そうしたら、なんとっ!」


 ピジョンさんトークが上手いわね。緩急の差と話し方で思わず引きつけられてしまう。って、翔ちゃんもカナリアちゃんも御者席に身を乗り出して、話しを聞いているわ。


「伝説の畑があると言われていた場所には畑は無く……」


 もったいぶっておいて、それなの。翔ちゃんたちもがっくりきているじゃないの。


「まだ話は終わっていませんぞ。畑はありませんでしたが、その代わりに大きな溜池があったのですよ。それも、長方形の正確に土を掘って作ったような溜池が」


「ため池?」


 小首をかしげる翔ちゃんも可愛いわねえ。


「溜池というのは、雨不足に備えて水をためておく人工の池のことだのう」


 あ、お婆ちゃんも話を聞いていたのね。私が答えようと思っていたのに。


「でも、溜池があっただけなら、別に問題は無いような?」


「山の上で人っ子一人いない場所ですよ。そんな場所にわざわざ溜池を作る理由がありません。それに、かなりの大きさですからね」


「そう言われると確かに不思議ですね」


 何を考えてそんな場所に……って、もしかして。今までの話の流れからピンと来た私は、ピジョンさんの顔を凝視していた。馬鹿らしい発想だとは思うけど、それなら辻褄が合う。


「その溜池は畑をくり抜いたかのような形をしていたのですよ。まるで……畑が自ら地面から体を抜き出して、立ち去ったかのように」


 もう、今背中がぞわっとしたわ。これじゃあ、完全に怪談話じゃないの。

 対象が畑というのが少し間抜けだけど。

 それと寒気がしたのって、会話中に何度も服を脱いでいるのも原因だと思うわ……。


「まあ、その他にも腕の生えた土の塊が草原を疾走していたやら、冗談や嘘と言うには目撃談が多すぎまして、その真偽を確かめたいのですよ」


 農業が盛んになって、極上の野菜が収穫されている。それだけでも、確かめてみる価値は確かにあるわね。でも、動く畑って馬鹿馬鹿しい、あり得ないでしょ。


「私も本気で信じているわけではないですよ。商談もありましたから、ついでにですね。話のネタにもなりますし」


「そうなのですね。面白い話を聞かせてもらえて、楽しかったですわ」


 それから、この世界の常識を教えてもらい、目的地である防衛都市に着いたのは、それから三日後だった。





 想像を超えていた馬鹿でかい城壁にも驚かされたけど、それよりも道の脇に広がる巨大な農園に目を奪われていた。

 朝露を浴びた葉物野菜がずらっと規則的に並び、新鮮な野菜の香りが鼻孔をくすぐる。

 隣には色とりどりの実をつけたパプリカかしら。更に隣には黄色いスイカのような植物。多種多様な野菜たちが野を埋めている。


「これは……見事ね」


 地平線の先まで続いているのではないかと思わせるぐらい、その畑は広大で圧倒されてしまっている。

 ちなみにこれは独り言なので、服は脱いでないわ。


「存じてはいましたが、ここまでとは……」


 ピジョンさんの想像を凌駕していたようで、他のみんなと同じようにその光景に見とれていた。野菜はそれ程好きではなかったのだけど、ここの畑に実る野菜は全て美味しそう。


「これは嬉しい誤算ですよ。噂が本当でなかったとしても、来た甲斐がありました」


 天伊子さんのおかげで、まだまだ食料に余裕はあるけど、やっぱり新鮮なものが食べたいわよね。あー、異世界の食事楽しみだわ。


「初めての町だよ、母さん! どんな人たちがいるのかな!」


「やはり、旅行はええねえ。温泉があると嬉しいのう」


 うちの家族は呑気ね。化け物との戦いもあったというのに、お婆ちゃんは兎も角、翔ちゃんにも、あまり動揺が見られなかった。

 化け物の存在とその死体を見たら、もっと怯えたりするものだと構えていたのに、肩透かしを食らった気分よ。グロイ死体は見ないようにさせていたけど、それでもね……。

 私も想像していたより平気なのよね。異世界に転移すると、そういった罪悪感や恐怖が薄れる仕様なのかしら。


「お母さん、どうしたの気分悪いの?」


 あら、私の愛しい息子の顔が至近距離にあるわ。私が難しい顔してちゃダメよね。

 二度と後悔をしない為にここにいるのだから。

 家族との日々を楽しむ為に私は生きているのだから。


「大中家、全員揃って初めての町に向かいます!」


「はーい!」


「行こうかね」


 さあ、何が待っていても大丈夫。

 家族が一つになれば乗り越えられない壁なんてないわ。


「今度こそ、幸せになってやるんだからっ!」


 あと、何枚か上に羽織るものを購入するわよ!


一応ここで物語は終わりです。

元々は一人目の主人公で終わるつもりだったのですが、ここまで話が伸びました。

続きを書くかは今のところ未定ですが、ここまで読んでいただきありがとうございました。

書くとしたら不定期で短編風に上げることになると思います。

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