全員で
「お婆ちゃん御免なさいね。独断で決めちゃって」
「あんたのことだから、そう言いだすと思っていたよ」
お婆ちゃんの読み通りだったらしく、いつもの温和な笑みを浮かべながらピジョンさんの怪我の具合を診ている。
カナリアちゃんのお父さんはピジョンという名前で、行商人をしているという話だったわね。村から町へ向かっている途中で、あの黒猿魔というのに襲われて、護衛で雇っていたハンター三人は全員敵わないと判断して逃げ出した。
やれやれ、命懸けの仕事を受けておいて依頼主を見捨てて逃げるなんて、信用問題にかかわるでしょうに。もう二度とハンターとしてやっていけないのでしょうね……ピジョンさんがこのまま生き延びることが出来たらの話だけど。
「お二人の強さには感服しました。中級のハンター様なのでしょうか?」
「ええと……そうでもないような、そうでもあるような、違うような」
中級って何? 話の流れからして、ハンターにはランクがあって中級レベルの実力者だと思われているってことよね。
「母さん。中級ってハンターの強さらしいよ。初級、中級、上級、最上級にわかれていて、その中でも10の段階があるらしいよ。一番低いランクが初級の1。一番凄いのが最上級の10なんだって」
翔ちゃんが耳元で情報を囁いてくれたおかげで、理解できたわ。翔ちゃんってば物知りなんだから。
「えとね、今の事はランドセルの中にあった、異世界の歩き方って本に書いてあったよ。お母さんが眠っている間に読んでいたんだ」
あらまあ、天伊子さんってば過保護ね。私たちとしてはすっごく助かるけど。
「申し訳ありません。ハンターランクは秘匿されているのですね」
「いえいえ、そういうわけではありません。訳あって家族ではるか遠くの島から渡ってきたところで、この大陸のルールをよく理解していませんの」
「それはそれは、ご苦労されたのですね。こちらの事情やこの国の説明をしたいところですが、先程も申し上げた通り、時間がありません。おそらく短くて数分、長くても30分以内には黒猿魔の群れが現れると思われます。ここは見通しのいい平原ですので、足を失った今逃げるのは難しいかと」
ピジョンさんは完全に諦めムードね。馬がいれば逃げる道もあったのでしょうけど、今は怪我人と小さな女の子連れ。普通なら、逃げられるとは思えないわね。
「私まで助けていただけるのは本当にありがたいのですが……黒猿魔は初級の8から7程度なのですが、数が多く、それを率いるボス黒猿魔は中級の5はあると言われています。お二人の実力でも厳しい相手です」
「ピジョンさんの判断で構いませんので、お世辞抜きで私たちの実力はどの程度だと感じましたか?」
相手の強さの基準は理解できたが、私たちがどの程度だと評価されているのかを知っておきたい。この世界の危険度を知る為にも。
「そうですね。黒猿魔に圧勝していましたので、中級ランクは確実でしょう。ですが、上級にまでは達しておられないかと。以前上級の方とご一緒させていただいたことがあるのですが、それはもう圧巻でしたから」
なるほど。流石異世界。私もそれなりに自信があったけど、更に格上の存在が普通にいるのね。それも、見ただけで相手の方が上回っていると自信が持てるぐらいの差がある相手が。
「このお婆はどう見えるのかねえ」
フード付きのローブを着込み、ガスマスクも装着しているお婆ちゃんは、異世界でも奇異な存在らしく、カナリアちゃんとピジョンさんの頬が引きつっている。
「ええと、貴方は魔法使いか風操作の加護をお持ちなのでしょうか。何もしていないのに相手が吹き飛んだようですから」
そう見えたのね。お婆ちゃんの蹴りはただ鋭いだけではなく、相手に動きを予知されないように無駄を省いた動作を心掛けている。なので、常人にはその蹴りを見切ることが不可能……まあ、私も何とか辛うじて見える程度だけど。
「加護は幾つかあるけれど、風操作は持ち合わせておらんねえ」
「幾つかですか!? それは二つ以上ということなのでしょうか」
お婆ちゃんが返事代わりに大きく頷いた。
「まさか、このような場所で『多神の加護者』とお会いできるとは」
あら、加護が二つ以上あるのって珍しいのかしら。かなり驚いているわね。
「加護を幾つも所有しているのって珍しいのかしら?」
「ええ、それはもう! 誰しも生まれつき加護を一つは所有しているのですが……極まれに全く加護を持たぬ者も生まれます。そう言った人は『加護無し』と呼ばれ蔑まれる場合が多いですね」
生まれつき誰もが持っている加護。それが無いということは、いわば才能が無いと言われているようなものなのかしら。
「二つ持つ者はある程度はいます。ハンターや商売で活躍している人物で稀にそう言った人がいらっしゃいます。五つ以上となると殆ど確認されておらず、そういった御方を『多神の加護者』と呼んでいます。噂では100の加護を所有するハンターもいらっしゃったそうですよ」
私たちってかなりレアな存在ということね。お婆ちゃんは『人の心が読める代わりに嘘がつけない』能力のせいで素直に答えちゃったけど、出来るだけ隠しておいた方が良さそう。
「でも、加護って悪い影響を与えるものもあるわよね。そんな加護よりも加護無しの方が下に見られるのかしら」
「確かに呪いにも似た加護は多く存在します。負の効果がある加護は闇の神から与えられた能力だと言われていて、闇とはいえ神の加護ですので無いよりかは価値が上だと判断されます」
なるほどね。でも、この狂った能力の加護でもありがたがられるっていうのは納得できないわ。
「あの、一つ質問しても宜しいでしょうか」
肯定の意味で頷いて返しておく。
「先程から何故、ずっと服を脱いだり着込んだりを繰り返しているのでしょうか?」
そんなの『話をすれば服がむける』加護のせいに決まっているでしょ!
会話の相槌を打つのも一苦労よ!
ずっとそのことには触れないようにしていたけど、助けに入ってからずーーーーっと、服を脱いでは着るを繰り返してるからねっ!
カナリアちゃんに「お嬢ちゃんは馬車に隠れていてね」ってウィンクした時も、スーツ脱いでから、もう一度着込んでいたのよ、悪い!
スーツの上着をもう何回脱いだことか。地味に鬱陶しいわね、この能力。
「さてと、ある程度仕込みも終わったことだし、ご飯にするとするかね。翔も出ておいで」
「はーい、お婆ちゃん!」
誰も居なかった筈の空間から翔ちゃんがぬっと現れたことに、ピジョン親子が腰を抜かしそうになっているわね。事前に説明しておくべきだったわ。
「でも、お婆ちゃん。翔ちゃん出して大丈夫?」
「心配いらんよ。ピジョンさんもオカリナちゃんも、悪い人ではないようやよ」
心が読めるお婆ちゃんがそう言うなら安心ね。
「驚かしてすみません。この子は私の息子で翔と言います。姿を消す加護を所有しています」
「初めまして、翔です!」
ぺこりと翔が頭を下げて挨拶をすると、ピジョンさんが破顔した。見るからに嬉しそうに微笑むと、翔ちゃんの頭の先からつま先までじっくり観察しているみたい。
「そんな珍しい加護を所有しているとは。凄いですね翔様は!」
この人、子供相手でも敬語を使うのね。って、今はそこが重要じゃないわ。ピジョンさんのあの目。純粋な驚きと感動は嘘ではないようだけど、どうにも翔ちゃんを見る目が怪しい。
「翔の能力は恐ろしいのう。男性にも効果があるようだねえ」
な、何ですって!
じゃあ、あの優しい目は、優しいじゃなくて、やらしい視線なのっ!
「大は好きになると性欲を同じものだと思っとらんか。あの人は純粋に好意を持っているだけのようじゃよ」
なら良かったわ。これからは年上の女性もそうだけど男性にも気を付けないとね。
まさか性別問わずに効果があるなんて、誤算だったわ。
「では、軽くご飯にするかのう。翔や、五人分の食べる物だしてもらえるかい」
「うん、ちょっと待ってね」
翔ちゃんはランドセルを地面に置くと、中をごそごそと掻き回すようにして、次々と食料を出していく。ちゃんと、みんなの分のコップも用意してくれているわね。
「え、いや、皆様。食事をとっている場合では……」
「でも、お腹がすいたら戦いはできないって言うよね、お婆ちゃん」
「惜しいのう。意味的には大正解なのやけどね。ピジョンさんでしたか。逃げることが不可能なのであれば、どっしりと構えて待つだけですよ。万全の態勢で待ち構える。それが最良の策ではありませんかな」
流石、戦時戦後を乗り越えてきた猛者ね。こういった場面での肝っ玉の大きさは、私たちの比じゃないわ。
翔ちゃんはお湯で溶かして飲むコーンスープの素をカップに入れてから、無限にお湯を出すことが可能な水筒からお湯を注いでいる。
「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」
「あ、ありがとう」
金髪ツインテール少女に翔ちゃんが手渡すと、少し照れたような顔をしているわね。カナリアちゃんは翔ちゃんより年下に見えるけど。あれって加護の力じゃなくて翔ちゃんの天然女たらし能力よね。
「それに無策で立ち向かう訳ではありませんよ。軽く腹ごなしをしたら、ちょっと手伝ってもらって宜しいでしょうか?」
あの一見柔和な笑みを浮かべているお婆ちゃんの瞳が、鋭い光を宿していることを私は見逃さなかった。体が若返ったことにより、心まで若返ったみたいね。
あれは悪巧みを考えついた顔よ。以前、近所で大きな面をしていたチンピラの集団を改心させたときに浮かべていた表情にそっくり。
じゃあ、さっさと食べて、やることやりましょうか!