大中那賀 80代
八十過ぎまで生かせてもらえたのだ。正直な話、もう思い残すことも殆どない。
ただ、晩年、孫とひ孫に迷惑を掛けつづけたことだけが、心残りだった。
孫の大にあのバカ女を勧めたのは……このお婆だ。大人しくて、なよなよしている、あの子には少し気の強いタイプの女がいいだろうと、お見合いを強引にさせた。乗り気じゃなかったのを半ば無理やりに結婚させてしまったのを、今でも後悔しておる。
その結果、大がいつの日か家をリフォームしようと貯め込んでいた貯金を全て使い果たされ、それどころか借金まで大の名義で残していきおった。
それだけでも腸が煮えくり返りそうなのだというのに、あやつは、それだけでは飽き足らず、連れ子であった翔を捨てていく外道。
あれから大は身を粉にして、自分を裏切った元嫁の残していった血の繋がっていない子供を育て続けてきた。女装をするようになったのはやり過ぎだと思うたが、結構似合っていたのには驚かしてもろうた。
私が足を悪くしてからは、あの子の負担が更に増え、何もできぬわが身が恨めしく、何度眠れぬ日々を過ごしたことか。
一家心中を図った時も、薄らと気づいていながら結局止めることはできんかった。あの子を責める権利なんぞ、あるわけがない。大をあそこまで追い詰めたのはお婆なのだから。
だから、せめて最後に二人の為に何か残してやりたい。
異世界というところに旅立つには、この能力とやらを選ばなければならないというのであれば、この老体が実験台となるべき。
老い先短いこの身。命の炎が尽きる前に、少しでもあの子たちの力にならんと死ぬに死に切れん。祖母としての最初で最後の見せ場。
「では、ボタンを二回押してもらえますか」
この赤い大きなボタンを押せばいいのだったな。ふむ、何が出ても構わんが、できることなら何か役に立つ能力が手に入れば良いのう。
ボタンは手応えを感じないぐらいに軽く、この非力な腕でも問題なく押すことが可能らしい。ポンポンと間をおかずに二度叩いた。
「数字は22です」
22とな。あの能力表とやらに書いてあったか。
何々、22『存在感を自在に操る』『吐息がめっちゃ臭くなる』
ふむ、存在感を希薄にしたりできるということか。隠れたりするには便利そうに思える。
もう一つは息が臭くなると。入歯洗浄剤を二日程せずにいた感じかの。これは二人に嫌われてしまうな。
「できることなら1がええが。ほいっ」
1と2しかないサイコロを転がすと、2と出たか。
「一つ目は『吐息がめっちゃ臭くなる』に決定しました」
この神様見習いとやらは、表情も変えずによくもまあ、こんな馬鹿げた事を口にするものだ。
「う、うーん。お婆ちゃん気にしないでね。悪い方としてはマシなのかしら」
「大丈夫だよ、お婆ちゃん! お口臭いなんて気にならないから!」
翔はええ子に育ったなあ。お婆がしんどい時はいつも傍にいてくれて、世話を焼いてくれた。あっちで翔と共に過ごすのであれば、口臭対策を考えとかないといかんか。
「では、二つ目をお願いします」
さてと、こういうのは悩むだけ無駄だと相場が決まっておる。一気にいくが吉。
次の数字は――70『体の大きさを自由に変えられる』『見た目が棒人間』
『体の大きさを自由に変えられる』は間違いなく便利な能力だと言える。使い道は幾らでもある。
『見た目が棒人間』は全く以って理解できんが。
「神見習いさんや、この棒人間とはなんぞや」
「棒人間というのは、体が落書きで描いた絵のような、棒に似た細い感じになるということです」
それは、今でも枯れ木のような手足だから、殆ど影響がないような気がするが。
「ふむ、ならば1を出したいところだが」
今度はもう少し念を込めて振るとしよう。
コロコロと縁を転がり、真ん中へ落ちていったサイコロの目は――1ときたか。
「やった、お婆ちゃん!」
「よかったわー、まずは一安心ね」
これなら移動する際は小さくなって孫の肩にでも乗せてもらう手が使える。足手まといになる要因の一つが解消されたかもしれん。
「二つ目は『体の大きさを自由に変えられる』となりました」
この調子で三つめもそれなりの能力が貰えるといいが。出来ることなら、67『肉体が常に全盛期のパフォーマンスを発揮する』が欲しい。若い頃は運動神経抜群でバンビのようだと、もてはやされたものだ。また故郷の凍った池の上でスケートをしたかったのう。
「せめて、迷惑を掛けぬ能力が欲しいところやね」
今度はリズムよく二回押してみた。それで何かが変わるわけではないだろうが、気持ちの問題やねえ。
出た数字は、36『絶対に失言しない』『人の心が読める代わりに嘘がつけない』
ほぅ。これはどちらに転んでも問題ないように思えるのう。この歳になったら怖い物なんてなーんもありゃせん。顔色を窺って嘘を吐くなんて、もう必要ない。
躊躇いもせずに、投げたサイコロは2。
「うーん、お婆ちゃんは元から嘘つかないタイプだから、これはラッキーかも」
「そうだよね。いつも、嘘つきは嫌いだって言っているもんね」
少しプレッシャーを感じるが、気にせんでおこう。
これで『吐息がめっちゃ臭くなる』『体の大きさを自由に変えられる』『人の心が読める代わりに嘘がつけない』となったか。ふむふむ、悪いことは何もないのう。
「最後ぐらいは腰を据えて、じっくりやらせてもらおうかね」
あと望むべくは戦闘に使えそうな力となるが……若い頃はアイススケートと空手の腕は中々だったが、今は見る影もありゃせん。せめて二人の足を引っ張らないような力が欲しいが、はてさて。
「では、最後の能力とやら選ばせてもらいますよ」
まずは十の位を決定するボタンを一回。数字は――2。
ほおぅ、これはこれは。お婆が望む『自身の体を最適な状態まで巻き戻す』が25番にあるではないか。
あとは29『何をしても疲労がたまらない』も捨てがたい。この歳になると速足すら億劫になる。足の痛みも最近かなりようなっとるから、これさえあれば何とかなりそうな気がせんでもない。
「さて、あと一回押すとしますかね」
運命を決める最後の一押し。どうか、どうか、可愛い孫たちを幸せにできる力でありますように。
一桁目を決める数字が止まると数字は、27。
能力とやらは『美少女戦士にメタモルフォーゼする』『どんなおにぎりの具もシーチキンマヨネーズに変えられる』となっておる。
悪い方の能力はお婆にも理解できる。だけど『美少女戦士にメタモルフォーゼする』とはなんぞや。
「美少女戦士ってあの日曜日にしている、ニッコリ ブリギュア! みたいなのだよね?」
翔の話を聞いて合点がいった。ああ、女の子が目に優しくない色彩のドレスを着て、戦っておるアニメか。翔が毎朝欠かさず見ておったな。
世間では子供たちに大人気らしいが。
「でも、ちょっと待って。これお婆ちゃんが選んだら、若返って美少女になるって事? それとも今のお婆ちゃんのまま格好だけ美少女戦士っぽくなるって事なのかしら?」
大の疑問も尤もか。若返るのならば願ったり叶ったりだが、お婆のまま、あの派手なドレスはちと恥ずかしいものがあるのう。
孫たちと一緒に天伊子さんとやらに顔を向けると、胸元から手帳のようなものを取り出して確認している。
「それは、使用してみてからのお楽しみということで」
言葉を濁しおったか。仕方がない、まずはサイコロを振ってどちらになるか確認してからとしようかね。
コロコロと軽い音を立て、ピタリと動きを止めた。サイの目は1となったか。
つまり『美少女戦士にメタモルフォーゼする』ということか。これは当たりなのか外れなのか想像もつかん。
「美少女戦士……お婆ちゃんが美少女戦士……羨ましぃっ」
「お婆ちゃん凄い、凄い! 美少女戦士になれるなんていいなー。僕も覆面ライダーとかになりたい!」
翔が喜んでおるから、それでええか。1の方は使える能力が多いらしいなら、決して悪い方には転ばんことを願っておるよ。
「大中那賀様の加護は全て決定しました。『吐息がめっちゃ臭くなる』『体の大きさを自由に変えられる』『人の心が読める代わりに嘘がつけない』『美少女戦士にメタモルフォーゼする』の以上四つです」
ふむふむ、悪くないのではないだろうか。
大して孫たちの力になれないと感じた時は、この身を挺して孫たちを逃がせばええ。魔物とやらが徘徊している世界であるならば、こんな体でも時間稼ぎの餌ぐらいにはなれるだろうて。
その時は臭い息を思う存分、吹きかけてくれる。
今回の能力は
redcell-mossさん 三日月さん 結城藍人さん 顎関節症くるみ割り人形さん
から選ばせていただきました。ありがとうございます。