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家族

「おめでとうございます。貴方たちは栄えある異世界転移の権利を手に入れました」


 えっ、あれ、私たちは確か――


「死んだ筈じゃ」


 あの時、私たちは車ごと崖下へ落ちて、地面がどんどん近づいてきて……あっ、翔ちゃんは那賀お婆ちゃんは!?

 い、いたわ! 二人とも呆然自失といった感じで辺りを見回しているわね。

 翔ちゃんよね……本当に翔ちゃんよね!

 小学二年生にしてはしっかりしすぎている、いつもの大人びた表情が消え失せて、今は子供らしい顔で大きく目を開いて驚いている。

 那賀お婆ちゃんは、いつもの穏やかな笑みはなく、ぼーっと虚空を見つめ首を傾げているわね。兎も角、また二人に会えるなんてっ!


「よ、良かったわぁ、二人とも無事でえええぇぇ」


「お母さん、痛い痛いっ」


つよしやめんか、お婆の骨が、骨がっ」


 あ、あら、ごめんなさい。つい嬉しくて力任せに抱きしめちゃったわ。


「ごめんなさいね。嬉しさのあまりつい。てへっ」


 頭を拳で軽く小突いて、小さく舌を出す。もう、私ったらうっかりさん。

 もう、二人ともそんな冷たい目で見ないでよっ。


「母さん、ここはどこなの。事故があったのに何処かの部屋に見えるよ?」


「爺さんは迎えに来とらんのか。先にあの世で待っとる言うとったのに」


 そ、そうよね。私たちはあの時一緒に崖から車ごと落ちて……あれは、夢じゃない。間違えようのない現実。

 私のピンクの女性用スーツも翔ちゃんの灰色のパーカーと半ズボンも同じ格好のまま。お婆ちゃんの藍色に染められた和服も変わっていない。

 なのにどうして。私たちは――一家心中した筈なのに。


「貴方たちは死んでいますよ、間違いなく」


 えっ、この地味スーツの女性は何を言っているの。

 そもそも、ここは何処で貴方は何者なのかって話よ。澄ました顔でこっちを見つめているあの目。何もかも見透かしたような、不思議な瞳をしているわ。


「ここは何処で、貴方はいったい」


「落ち着いてください。大中大おおなかつよし様、大中翔おおなかしょう様、大中那賀おおなかなか様。私は神見習いをしている目神天伊子と申します。今の状況は口で説明すると時間がかかりそうですので、申し訳ありませんが直接情報を送り込ませてもらいます」


「はぁ?」


 こ、この人は何か危ない宗教でもしているのかしら。

 すっと右腕を上げて私たちに指先を向けるような仕草をしているけど、そんなことされても、どんなリアクションを返していいのか戸惑っちゃうわ。


「え、何、何!? お母さん頭に何かが入ってくる!」


「あれまぁ、不思議な感覚やねぇ。すーっと何かが入り込んでくるわ」


 何これ、何なのこれ。色んな文字が、情報が、脳内に直接侵入してきているの!?

 あ、え、つまり、死んだ人への救済措置と昇進の為に、私たちは異世界に送られるということ……。


「貴方たちには拒否権があります。異世界に行くことなく、あの世へと旅立つという選択肢も存在します。もし、異世界転移を全員が選ぶのであれば、全員を同じ場所に転移させましょう」


 必ず行かなければならない訳じゃないのね。一緒に死んだ私たちが、もう一度生きるチャンスを与えられた。

 嫁が残した大量の借金と追い立てに疲れ切った上での、馬鹿な選択をやり直せるというの。

 大切なお婆ちゃんと息子を巻き込んで、私は、私は……。


「お母さん。僕はあの世より、異世界に行きたい! 強くなって、お母さんやお婆ちゃんを幸せにしたいんだ!」


 翔ちゃん……いい子に、本当にいい子に育ってくれたわね。子供とは思えない強い眼差しで、お母さんをしっかりと見つめている。


「大や。あれが事故か何かはあえて問うたりはせん。お婆も足を悪くしてから、お前には苦労をずっとかけてきた。お婆に咎める権利は無い。だがな、助言を許してくれると言うのなら、折角神様がくれたチャンス。受けるべきやと婆は思うよ」


 お婆ちゃんはわかっていたのね。あの日、私が死ぬ気だったのも。皆を巻き込もうとしていたことも。

 嫁が男を作り借金を残して逃げた、あの日以来、私は父でもあり母でもあろうと、中性的だった外見を活かして母となり、翔を育ててきた。

 結局、この子は私が男だとわかっていたみたい。それでも、母と呼んでくれた優しく利発な可愛い息子。


 私は何て馬鹿な親……死ぬなら一人で死ねばよかったのに、息子やお婆ちゃんまで道連れにして。身内はもういないから施設に預けられることになったとしても、この子は頭がいいからきっと一人でも生きていけた。

 心が摩耗して思考力が落ち、碌に考えることが出来なかったとか、言い訳は幾らでもできる。だけど、何を言おうが自分の行動が許される訳じゃない。

 私のエゴで二人を……。


「どうなさいますか。自殺という大罪を犯しましたが、貴方たちの境遇には同情の余地があります。あの世へ進むというのであれば、地獄ではなく天国行きを保証しますが」


 天国。心が揺れそうになるけど、それを選んじゃダメ。もう、二度と間違いを選んではいけない。今度こそ、二人を幸せにしてみせる!

 父として母として!


「異世界転移、受けさせてもらいます!」


「僕も!」


「お婆もお願いしようかね」


 そう、今度こそ、三人で幸せを掴んでみせる!


「わかりました。能力を四つ選べることも、方法も既にご理解いただけていると思います」


 私たちはほぼ同時に頷く。

 頭に流れ込んできた情報に、加護と呼ばれる特殊能力を四つ得られるという説明が含まれていた。良い能力も悪い能力も混ぜ合わせた144種類から四つ、ランダムで選ぶことが可能だということを。


「では、スキル表はこちらになります」


 いつの間にか現れていたホワイトボードには、全てのスキルが書き込まれているわ。

 しかし、凄い量ね。すっごく興味のあるスキルから、どうでのいいのもあれば、絶対欲しくない能力まで取り揃えているわね。

 これ、悪いスキルばかり揃ったらそこで、全てが終わる。

 この危険な挑戦はまず、一家の大黒柱である私から――


「お婆から選んでええかね」


 私の発言を遮るようにお婆ちゃんが珍しく大きな声を出した。

 お婆ちゃんの目がじっと私を見つめている。真剣でそれでいて私を気遣う優しい目。私が昔から大好きだったお婆ちゃんが、今も変わらずここにいてくれる。


「こういうのは年長者から試すもんだと相場が決まっとる」


 お婆ちゃん、本当は天国への道を選びたかった筈よ。でも、私たちの事を心配して、この異世界の能力選びの危険性を私たちに見せつける為に、異世界転移を選んでくれたのだと思う。

 まず自分が実験台になって、道を示す為に。


「さてと、もし妙な能力になったとしても老い先短いこの身、後悔はない。お婆にどんと任せなさい」


 そう言って翔ちゃんに茶目っ気のある笑顔を見せて、能力を選ぶ装置の前まで進んでいった。


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