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分裂

 あれから私は集落の隅の方に追いやられた。

 王座の前には大きな鍋が設置されているのが良く見えるわ。あれで私を煮炊きするつもりなのね。

 周囲に見張りはいないのだけど、檻の枝が鉄で出来ているのじゃないかと疑うぐらいに固くて、非力な私ではどうにもできない。

 う、うーん。よし、初志貫徹よ。誰の目もない今なら加護発動に持って来いのチャンス。

 つ、使うわよ。『分裂』を!

 持っているモノが分裂するかもしれないから、足元の石を握っておこう。


「すぅぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁー。いきますっ!」


 心で分裂と唱えると、全身がポカポカと火照ってきた。何かが体から溢れ出しそうな感覚がする……何、何、この、何、この妙な気持ちはっ!


「ふああああぁぁ」


 思わず口から変な声が漏れたじゃない。何かが体から抜け出ていった感じと、思いっきり走った後のような疲れが一気にきたわ。


「何だったのかしら」「何だったのかしら」


 へうっ? え、私の声がはもったような。嫌な予感しかしないけど、そっと隣へ視線を移すと、そこには花のない野暮ったい女――私がいた。


「えっえっ」「えっえっ」


 おお、私が驚いている。口をポカーンと開けて間抜けな顔をしているわね、私。

 つまり、分裂は言葉通り私が分裂する能力って事よね。見た目は全く同じ……いや、偽物の方が、少し胸が小さい気がする。私はそこまでぺったんこじゃない!

 ってあんた、私の胸元を見て鼻で笑っているのよ!


「偽物の癖に」「偽物の癖に」


「はあっ? あんたがニセモノなんでしょ!」「はあっ? あんたがニセモノなんでしょ!」


 ちょ、ちょっと待って。まさか、分裂で作り出した方も自分が本物だと思い込んでいるの!?


「す、少し落ち着きましょう」「す、少し落ち着きましょう」


 駄目だこれ。同じ思考をするから、言葉も動きも被ってしまう。これじゃあ、話もまとまらないし、作戦も練りようがない。

 落ち着いて。落ち着いて私。まずは私が主導権を握らないと。すっと右手を上げると、鏡合わせの様に相手が左手を上げた。全く同じ動作じゃなくて、鏡合わせの動きなのね。

 これならまだやりようがある。向き合っている体を右へ向ける。

 相手から見て左方向へ体を傾けたので、お互い同じ方向を見ている。分裂も私も王座の方向。


「並んで右側が話すことにしましょう」「並んで右側が話すことにしましょう」


 よっし、これで私に発言権が生じた。

 ここで向こうが驚いたように振り返っている。相手も自分が分裂している方だとここで初めて自覚したのだろう。私の話を聞く気になったようだ。面倒な私だな。


「私が質問するまで黙って聞いていてね。まず、分裂の加護が自分と全く同じ私を生み出すということが判明したわ」


 真剣な表情で何度も頷いている。


「で、貴方は特別な力とか所有していたりする?」


「特別な力と言われても……上司の悪口を他人から聞いた振りをして言いふらしたり」


 あ、うん。確かに得意だけど。あのセクハラ部長が気の弱い後輩に何度も手を出そうとしていたから、社長の耳に入るように言いふらしたのよね。


「あとは、小説家になうろうで新作を上げる度に、某大型掲示板で別人のふりをして拡散したりとか、高校時代の経験で自分の気配を薄くするぐらいかな」


 もう、やめてください。それ以上は心が悲鳴を上げるから。

 要約すると私と同じってわけね。使えないわね、この私!

 はああ、そういえば手に石を握っていたのだった。もう必要ないわねこれ。

 私が石を投げ捨てると、分裂体も石を地面に投げ捨てた。


 あれ、持っていた物も一緒に分裂するんだ。まあ、服も分裂したのだから当たり前よね。

 こうなったら、もう一つの加護を確かめるしかない。『脱げば脱ぐほど強くなる』は私がやるには抵抗があるから、分裂した私にさせるしかない。


「じゃあ、貴方が脱いで」


「嫌よ」


 なっ、何を即答しているのよ。


「本体は私なのよ。だったら貴方が言うことを聞くべきでしょ」


「よく考えて見て。確かに私は貴方の分裂した存在よ。でも性格も何もかも貴方と一緒なの。そんな私が貴方の言うことを聞いて服を脱ぐと思う?」


「思わないわね……」


 もう、面倒くさい性格をしている女ね。

 私が分裂したほうだとしたら、そんな頭ごなしに命令を、自分のそっくりさんからされたら従うわけがない。ここで正しい提案の仕方は決まっている。


「じゃあ、私も脱ぐから貴方も脱ぎなさいよ」


「それなら、まあ、いいわよ」


 交渉成立。私も脱がないといけなくなったけど、能力を確かめるには必要よね。

 ど、どこまで脱げばいいのかな。脱げば脱ぐほど強くなるってことだから、肌の露出が増える度に強くなるってこと。

 今の格好はピンクのパジャマに、冷え性対策の分厚い靴下。それに、下着だけ。

 ブラは寝るときは外しているから今はしてない。そういえば同僚の牛女が


「えーっ、寝る時に専用のブラしないのぉ。あれしないと、寝返り打つたびに胸が揺れて痛くなぃ?」


 とかほざいていた。けっ、そりゃあんな大きな脂肪の塊を装着していたら、さぞかし痛いでしょうな。

 って、あの巨大過ぎる胸を思い出してやさぐれている場合じゃない。加護の確認が最優先よ。分裂は何処から脱ぐのかな。

 視線を分裂に向けると、あっちもこっちを見つめていた。さすが私、考えることは一緒か。


 ま、まあ、物は試しって言うし、靴下からよね。

 ううっ、靴下脱ぐと結構寒いわ。靴下はパジャマのポケットに入れておこう。

 おっ、ちょっと体に力が湧いてきた気がする。何と言うか体の芯がほんのり温かくなったような。檻の枝で力を確かめてみよう。

 さっきまでは微動にしなかったけど、今なら。


「うんしょおおおおっ」「うんしょおおおおっ」


 分裂も同じことしているわね。私に負けてなるものですかっ!

 ぬおおおおおおっ!

 今、ミシッて微かだけど音がした気がする。それ以上は何も変化が無いけど、少しだけ檻の格子が動いた。確かにほんの少しだけど強化されている。


「少し強くなったみたい。そっちは?」


「たぶん、強化されていると思う」


 分裂した方も同じ加護が発生するのね。なるほど、勉強になったわ。

 で、終わらせたいけど何も事態は好転していない。次にいくしかない。

 次に脱げるのはパジャマの上か下。上を脱ぐと上半身裸。下を脱ぐとパンツだけ。

 ちょっと待って、今日のパンツ何だったっけ。ええと、明日は休みで朝寝すると決めていたから、一番肌に合うゴムの緩みかけた、飾り気も何もないベージュのパンツだったような。

 別に見られたとしても私の分身だから何の問題もないけど……ちょっと嫌な気持ちになるのは何故。

 分裂も同じようだ。情けない表情でこっちを見ている。


「脱ぐ?」「脱ぐ?」


 またハモった。見られる相手がいるわけではないけど、屋外で露出するというのは羞恥心を刺激されて、妙な気持ちになる。

 でも、命が懸かっているのだから、躊躇っている暇はない!

 パジャマのズボンに手を掛け、一気に引き下ろす。若さの感じられないパンツが現れるが、気にしない!

 そんなことより身体能力がどうなったかが大事!


 うおうっ、さっきよりも力漲っている感じがする。全身の毛穴から見えない何かが噴き出しているかのような、俗にいう見えないオーラを発しているような感覚がある。

 分裂の口元がニヤついている。いっちょやってみますか。

 再び檻の格子を二本掴み、腕、肩、背筋に力を込めて広げていく。


「ぐぬうぅぅぅ」


 ギシッミシミシミシ。

 いい感じで枝が曲がっているわ。もう少し力を込めて……ぐぬぬぬぬ。

 かなり湾曲してきた。このままいけば、私が通り抜けるぐらいの隙間ができる。どうせなら、このまま折るのもありかもしれない。


「ふぬううううぅ……う?」


 えっ、急に力が抜けていく……。ど、どうして、何、この疲労感は。

 立っていられないぐらい膝に力が入らない。格子も元に戻ってしまっている。

 その場に尻もちを突き、胸を締め付ける息苦しさから逃れる為に、深呼吸を繰り返した。

 はぁはぁはぁ。何で、急にこんなことになったの。あっ、分裂の方は?

 隣に視線を向けると、そこには誰も居なかった。さっきまでの光景が幻ではないかと思わせるぐらいに、あっさりと分裂した私が消えている。


 つまり、これってゲームで言うところのMPやSPが尽きたって事よね。能力を発動するには体力や精神力を消費するということ。私は『分裂』と『脱げば脱ぐほど強くなる』を発動したことにより、それが尽きたのよねきっと。

 そう考えるとこの気だるさも納得できる。

 折角光明が見えたというのに、力尽きては意味がないじゃないの。燃費が悪すぎるのはレベルが上がれば解消されるかもしれないけど、気長にレベルアップを待っていられる状況じゃないわ。


 ここは、寝て少しでも回復を図るべきか、それとも無理してでも能力を使って逃げるべきか。体は少し楽になっている。たぶん、分裂が消えたことにより消費が減ったからだと思う。

 実感による予想だけど、『分裂』使用中はずっと精神力や体力が減り続ける仕様っぽい。だから、分裂が消えた今は体から何かが抜け出ていくような感じが納まった。


 分裂は長時間の使用をする際には気を付けないと。でも、どうしよう。このまま寝て、目が覚めたら調理中というオチは目も当てられないし。

 でも、睡魔がかなりきつい。寝始めたところで連れてこられたから、ただでさえ眠かったところに、この状況じゃ体が……睡眠欲に……やばい。

 ど、どうにかしないと……でも、体が言うことを……今、寝たら……だ……。

 せめて、ズボンを……。

 私の意識は闇に塗りつぶされ、ここで途切れてしまった。


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