第9話 町娘ティルノ
辺りは木々が鬱蒼と生い茂り、見渡す限り森林が続いている。
ティルノはそんな中を2人の追ってから逃れるために走っていた。
足元は小枝や葉っぱ、木の根の凹凸により走りにくいが、ここで止まる訳にはいかない。
手足や腕、顔と至る所に枝が当たり傷を増やしていく。
「どうしてこんなことになってしまったんだろう。ただ母さんを助けたかっただけなのに。」
既に疲労は限界に近い。
2人の迫ってくるのが見て取れた。
ティルノ・フォートは12歳。
父親ローレルはカルッサ町と町の東にある豊穣の森との境を警護する森林警備隊の一人であった。
森林警備隊は町の領主であるガードリッド・カルテッドの任命により、魔獣が森から出て町に害を成す前に倒したり、異変があったときに対処するため、常駐警備を任された者たちである。
警備するだけではなく、平時では獣をとったり、森の恵みを得たり、森の案内をしたりして生活をしている。
騎士ではないため、賃金はそれほど高くないが、森で得たものをある程度自由にできるため食べるには困ってはいなかった。
母エンジュはそんな父を助けながらティルノを育ててきたが、半年前に突然吐血し、それ以来、日に日に弱っていった。
今では寝ていることが多く、家事全般はほとんどティルノの仕事になっていた。
そんな母に、父は森で採れる薬草を試したり、家にあるお金をかき集めて、街の教会で見てもらったが、結果は芳しくなかった。
ただある日
「森に住むエルフの霊薬ならばあるいは…」
ということを言っていた。
豊穣の森には昔からエルフが住んでいると伝えられている。
街には実際に姿を見たという者もいたそうだ。
そして、エルフには霊薬と呼ばれる多くの病気に効く薬が存在するらしい。
ある日父は、
「エルフが使っているという霊薬の元となる薬草がどんなものか分かった。
ちょっと危険だが、いつもより森の奥に入りこの薬草を見つけたいと思う。
本当はエルフを見つけて交渉できるのが一番良いが、エルフは人間に協力的ではないそうだから、例え見つけることが出来たとしても難しいだろう。
ティルノ、しばらく留守にするが、その間母さんを頼む。」
そう言って森へと入っていった。
私は心配であったが、森へ入ることはいつものことだし、父さんの警備隊仲間も他に2人一緒に行ってくれるとのことだったので、薬草が見つかることを祈って送り出した。
1週間が経ち、なかなか帰ってこないので心配していた頃、仲間の2人に肩を借りながら父が帰ってきた。
父は右腕を失っていた。
聞けば、森の奥に進むにつれ、獣、魔獣が多く出て、3人でなんとか対応していたものの、3日目、川辺で休憩していた際、突然現れたハイドアリゲータという魔獣に父の腕を食い千切られた。
すぐに反撃に移り残り2人でなんとか撃退したものの、千切られた腕はどうにもならず、止血と応急処置だけを施し、探索を打ち切った。
父はかなり衰弱していたが、2人の処置が良く、森の薬草を使用していたことで、なんとか一命は取りとめた。
だが、片腕では警備隊を続けることもできず、仕事も失い益々生活は困難に陥った。
ティルノはほんの1年前の、貧しくはあるけれど、幸せだった頃のことを思い出していた。
暖かい日差しの中、家族3人で近くの草原へお弁当を持って出かけたこと。
髪が邪魔だからと母が結ってくれて、それを父が可愛いとほめてくれたこと。
そんな他愛いない日常が次々と思い浮かび、自然と涙を流していた。
同時に、何としてもあの日々を取り戻したいと森へ行くことを決意した。
だが、森に慣れていたはずの父でさえ、片腕をなくしている。
自分一人で行ったところでただの自殺行為だ。
そこでティルノは考えた。
この町には冒険者ギルドが存在し、冒険者がいる。
彼らはお金を払えば様々な依頼を受けてくれる。
よく父が森の採集依頼を行う冒険者に、案内をお願いされたこともあった。
冒険者は様々な特技を持つ者が多く、森での彼らの活躍を父から良く聞かされたものだ。
そんな彼らにお願いし森へ一緒に行ってもらえれば、薬草を探し出せるかもしれない。
ティルノは早速準備に取り掛かった。
たまに貰えたおこずかいは使わずにとってある。
かき集めると銅貨23枚と銀貨2枚があった。
また、父に心配かけないようそれとなく薬草「月魔草」の特徴を聞いた。
森へ入るために動きやすい服を選び、父の道具を借りて仕度を整えた。
それから冒険者ギルドを訪れ、受付のお姉さんに事情を話すと、
「月魔草の採集ね。
この薬草採集だと、最低でも金貨5枚は必要ね。
残念だけどお嬢ちゃんのお金だと足りないからギルドとして募集をかけることは難しいわ。
どうしてもというのであれば冒険者に直接交渉してみてもらうしかないわね。
直接であれば例え安くても受けてくれる人もいるかもしれない。
ただギルドが介入しない分、当人同士のいざこざも多くなることが多いから、気を付けてね。」
との回答であった。
仕方なく、周囲にいる冒険者に直接頼んでみるが、皆首を横に振った。
何日か通い詰め、ようやく2人の冒険者が受けてくれた。
「いいぜ、受けてやっても。
ただし、お前も一緒に行くことが条件だ。」
一緒に行くのは最初からそのつもりであったため問題は無かったが、2人の粘りつくような視線に一瞬ためらった。
しかし、ここ数日でやっと受けて貰えた依頼だ。
この冒険者はダン、ゾックと名乗り、見た目はガラが悪そうで、ティルノも普段であれば近づきたくない容姿であったが、背に腹は代えられなかった。
「よろしくお願いします。」
その日は大まかなルートと日程の確認をし、出発は明後日となった。
一度森に入れば薬草を探すのに数日はかかることが予想されるため、心配するだろうが父と母に説明する必要があった。
両親のいる寝室へ向かい、話があることを伝え話始める。
「父さん母さん、私ここ数日冒険者ギルドに行っていたんだけど、薬草を取りに行ってくれる人が見つかったの。」
「お前そんなことしていたのか。
何かやっているとは思っていたが…すまない。」
父さんの自分を責めているような様子が感じられた。
「それでね、その冒険者の人と一緒に私もちょっとの間、森へ行ってくるけど、心配しないでね。」
努めてなんでもないことのように言うが、やはり両親は心配らしいく険しい表情だ。
「ティルノ…いくら冒険者の方が一緒だからって森は危険なんだ。
森に慣れていた父さんでさえ、腕を失くして帰ってきたんだよ?
母さんは大丈夫だから、お前までなんかあったら…母さんはその気持ちだけで嬉しいよ。
だからやめておくれ。」
「私だって、母さんが良くなってくれないと心配でたまらないんだよ。
薬草があれば、母さんはもちろん、父さんだって良くなるかも知れない。
お願い。
もうわがまま言わないから、これが最後のわがままだから、2人のために森に行かせて。
もう一度、また家族3人で元気にお出かけしたいんだ…お願い…ね…い。」
最後の方は嗚咽でよく聞き取れなかった。
それでも母は何か言おうとするが、涙で声が出ない。
父も涙が溜まっているのがわかる。
「本当にその冒険者の方は信頼できるんだな?
絶対に…絶対に帰ってくるんだぞ!」
涙で中々でない声を懸命に出しながら
「う、うん。絶対に帰ってくるから。」
「よし、じゃあまた3人で、あの野原に行こう。
約束だぞ。
母さんも、ティルノも、約束だ。」
涙の中、3人で手を合わせ誓いあった。
出発の日、2人にもう一度「行ってきます。」と挨拶を告げ、出発した。
冒険者ギルドでダンとゾックに再び会い、すぐに森へと向かった。
森の道は最初、警備隊も使っているからか、それなりの歩きやすさであった。
3人は無言で歩き続け、1、2時間が過ぎたころ休憩をすることにした。
森のひんやりとした空気のせいか、私はおしっこがしたくなり2人に断わり、ちょっと離れた繁みへと向かった。
しかし途中で離れすぎて怖くなりもう少し2人に近い木の陰へ移動すると、2人の声が聞こえてきた。
「もうそろそろいいか?」
「いや、まだまずい。
この辺りは警備隊も回ってくるところだ。
念のためもう少し奥へ行ってから動くぞ。」
「馬鹿な娘だよな。
俺たちみたいのを信じるんだから。」
「へっ。
追いつめられている人間は回りが見えなくなるものさ。
だから俺たちみたいのが生きていける。」
「そうだな。
さっさと捕まえて売り飛ばそう。
中々将来有望そうだし、あんな年でもそういうのが好きなやつも多いから期待できるかな?
だがその前に味見しとくか?」
「やめとけ値が下がるだろうが。
まぁ身体検査ぐらいは必要かもしれんがな。
そろそろ帰ってくるかもしれんから声を落とせよ。」
どうしようこの人たち私を捕まえて売るつもりだ。
逃げなきゃ。
そうっと動こうとするが、気が焦り足早になる。
足元は葉や小枝が至る所に落ちており、慎重に進んだとしても踏まないようにするのは至難のことだ。
不意に足元より高い音が響く。
木の枝を踏んだのだ。
静かな森の中でその音だけがやけに響きわたる。
それと同時にティルノは走り出した。
少し離れたところから「チッ逃げたぞ」と声がしている。
とにかく逃げないと無我夢中で、方向すらわからず、木の枝や葉で切り傷を作るのも構わず走り続けた。
しかし、相手は大人で冒険者。
いくら装備が重たいといっても子供の体力で逃げ切れるものでもなく、次第に近づいてくる。
2人がティルノのすぐ後ろに迫り、一人が背中に手を伸ばすと衣服を捕まえられ引き寄せられた。
強い力にティルノの抵抗空しく仰向けに倒され手と体を押さえつけられる。
「手間かけさせやがって。
この礼はたっぷり身体で払ってもらうからな。」
言うと同時に着ていた衣服を乱暴に捲り上げられた。
「お、お願い。や、やめてください。」
「はっ!そんなこと言われたら余計にそそるってもんよ。
精々抵抗しな!」
更に力を込め下着も捲り上げる。
ティルノは必至に押さえそれを阻止しようとする。
しかし、力ではかなわず、ズリズリ捲り上げられ次第に小さな膨らみが見え始め、その頂きに達しそうになる。
「そーら、もうすぐ見えるぞ。
クックッ。」
「い、いやー!」
ティルノの絶叫がこだまする。
不意に体に感じていた重みがなくなった。
手も自由になった。
「え!?」
目を開けて、上半身を起こすと、ダンとゾックが少し離れた場所で、倒れ、呻いている。
「大丈夫?」
突然自分に問いかけられた聞き覚えのない声に振り返ると、少年と少女が立っていた。
「なんだ?どうなったんだ?」
ダンとゾックが起き上がり剣を構える。
「なんだテメーらは、どこから沸いて出やがった。
人間のガキとエルフのガキだと?」
「お前らこそなんなんだ?
どう見てもお前ら悪役にしか見えなかったぞ?」
「うるせークソガキ。
エルフがいるところを見ると何か魔法で俺たちを吹き飛ばしやがったな?
一気にいくぞゾック!」
言うと同時に少年少女に襲いかかる。
が、慌てる様子もなく少年は
「話す間も無しか。」
と呟きながら手を前にかざすと、周囲の草が伸び出しダンとゾックを絡めていった。
草の蔓に絡められた冒険者2人は身動きすることも、声を出すことも出来なくなっていた。
「さて、もう一度。
俺と彼女は近くを歩いていたら騒ぎが聞こえてきた。
なにが起きているのかを確認しに近づいたらお前らにその子が襲われていた。
ということでそこの彼女、こいつらは聞いても無駄なので、簡単に状況を教えてくれるかい?」
と投げかけられたティルノは戸惑いながらも衣服を正し直して、こうなった経緯を簡単に説明した。
「なるほど。
つまりこいつらは君を売ろうとしているわけね。
別に善人ぶるつもりは無いけど、この状況でこの子に手助けしないのも寝覚めが悪くなるからなぁ。」
冒険者2人は抗議をしようとしているのか呻いているが、口も塞がれており、声にならない。
「さて、じゃあこいつらをどうしようか?
リーシアなんか良い案ない?」
「そうねぇ?
このままほっといても良いけど、魔法効果が切れてから彼女か彼女の家に仕返ししようなんて考えたら困るし。
戒めの魔法を使う?」
「あぁ、あれか。
おれはちょっとダメだけど、お願いできるか?」
複雑そうな表情で少年が答える。
「そうね、ジンはあれ以来ダメだもんね。」
そういうとリーシアと呼ばれた少女が私に近づき
「ちょっと血を頂戴ね。」
と既に傷となっている箇所から手で血を拭う。
そのままダンとゾックに近づき何かを唱えると、彼女の手から仄かな光がポゥっと彼らの頭に吸い込まれていった。
「これで良し。
あなた達を絡めているこの草はしばらく取れないわ。
時間が経てば取れるけど、自由になっても彼女やその身の周りの人になんかしようと思わないことね。
今、戒めの魔法というのを掛けといたから、なんかしようとしたら痛い目にあうからね。」
「じゃあとりあえず、こんなとこにいるのも嫌だろうから、移動しようか。」
少年がいい、冒険者の2人はそのままで移動を開始した。
それからいくらか歩いたところで、泉があり、そこで休憩することになった。