第8話 襲撃
今日の魔法訓練の時間は、俺とリーシアそれぞれが興味をもったものを学ぶことになった。
ストレリチアより基本魔法はすでに十分な実力が有るため、自分達の好きな種類を伸ばして行こうという話しになったのだ。
そうして学ぶ魔法の都合上、集落から南に少し出たところで実施することになった。
俺は召喚魔法を学ぶことにした。
この世界の召喚魔法は、大きく3種類に分けることができる。
まず一番一般的なのが術者周辺にいる生物の中で魔法的呼びかけに応じたもの、あるいは契約したものを呼び出すという内容である。
当然ながら、呼ばれたものは移動に物理的な距離を要するため、時間がかかる。
次に召喚獣と呼ばれる者と契約を結び、召喚するもの。
この召喚獣と言うのが、特殊な生き物で、宿主の魔力がないと生きられない。
普段は宿主の魔力の中に生息し、より多くの魔力を与える事で一時的に実体化し、個別の特技を使うことができる。
ただこの召喚は魔力を一定量常に与える必要があるため、使える者が少ない。
魔力量が少ないものが下手に契約した場合、魔力を吸い付くされて死んでしまうからだ。
ちなみにこの場合、召喚獣は自ら卵を作り、次の宿主が現れるのを待つ。
最後は誰もいない状態から次元の扉を開いて出てくるという召喚っぽい、召喚魔法となるが、これは時空魔法と呼ばれる時間・空間を操る魔法との混合となってくるので、召喚・時空共に相当な使い手でないとできないらしい。
というより、古代文明時代ならいざ知らず、今の時代にそんな魔法が使える者はいない。
それどころか、時空魔法単体でも扱えるものがいないのではないか?と言う状況だそうだ。
俺の召喚魔法については現在段階的には第1段階の駆け出しであり、森の周囲にいる小型の虫、小動物を呼び出して使役することが精々であるから、異次元からの召喚なんて論外だ。
召喚獣も使えるようになるにはせめて3段階の技量が必要だし、召喚獣自体を探すのが難しいとのこと。
それでも俺が召喚を学びたいと思ったのは、いつかは召喚獣や次元の扉を開いて召喚したいという思いと、今後集落を出た時のことを考えてだ。
今は長距離移動の時、ウィルドを呼ぶことが多いが、彼は俺と召喚契約している訳ではない。
レイロードがウィルドを含めた老竜と契約しているのを竜呼魔法を用いて間借りしているに過ぎない。
このため俺が呼ぶには制約があり、あまりに遠いところへは呼べないし、レイロードの体に危機が迫っているような時も呼べない。
ウィルドはレイロードの体を守るために呼ばれたものであり、あんまり遠くになってくると、有事のときに戻る時間がかかるため、ある距離以上は離れられないようになっているのだ。
そんなことから自分で馬くらい召喚できるようになれば、今後旅をすることになった場合に非常に重宝すること間違いない。
その思いで今回せっせとこの魔法の技量を上げることに努力していた。
リーシアはというと、魔方陣の理論を学んでいる。
魔方陣は魔法を詠唱なしで発動することができる方法の一つだ。
あらかじめ魔方陣を書いておいて、そこに魔力を流し込めば、書かれている内容の魔法を行使することができる。
また、大規模な魔法や、複雑な魔法の場合、詠唱で何時間・何日もかけて魔法を発動させることは難しいが、魔方陣を書いておけば、書くのに日数を費やすことになるものの、発動自体は簡略化できるというメリットもある。
他にも魔方陣に誰かが入ったときだけ発動するトラップや、魔道具作製など用途は色々ある。
魔方陣をリーシアが学び始めたきっかけは些細なことだった。
俺が無詠唱で魔法を発動できるのに対し、自分はできない。
この差が悔しかったから学び始めたようだが、魔方陣の理論を学んでいるうちに面白くなってきたらしく、興味があることと言うことで今回これを学ぶことを選んだ。
今は魔方陣の中に入ると動きを封じるという簡単なトラップを作って、そこを俺が召喚した虫を通過させて発動するかを試していた。
虫は順調に動きを止めたので、次は小動物をと考えていたところで、それは突然やってきた。
最初に気づいたのは耳の良いリーシア。
「何?この音?」
その疑問に俺とストレリチアも耳を澄ますと、遠くから地響きのような音が聞こえてきて、それが次第に大きな音となっていく。
リーシアは不安そうに俺、ストレリチアと目を合わす。
「森の魔獣?
いえ、人の行軍する音に似ているけど…。」
ストレリチアは言いながら警戒の表情を浮かべ、魔法の詠唱を唱え始める。
魔法はすぐに完成し、木々の蔓が動画の早送りのように急成長を始め、ストレリチアを上方へ連れて行く。
森の木々より高くなった位置から更に魔法を唱え周囲を観察している。
どうやら千里眼のような遠距離を見る魔法を唱えたようだ。
すると樹上よりストレリチアの警戒の声が上がる。
「ゴブリン達が攻めてきた!
こっちへ…集落に向かってくる!」
すばやく魔法を解除し下まで降りてきて俺たちに指示を出す。
「リーシアは集落へ伝言!
ゴブリンのことを伝えて、数はザッと2,000。
南から北へ、集落方面へ向けて進軍中。
このままだと10分くらいで集落へ到達。
母さんとジンは範囲魔法で時間稼ぎをしてみるわ。
急いで!」
「わかったわ!
母さんとジンも気をつけて!」
言うなりリーシアは全力で駆け出した。
「ジン、悪いけど手伝って!」
「もちろん。何すればいい?」
「とにかく、数を減らしたいのと混乱を招きたい。
幸い相手は固まって移動しているから軍の中心に範囲魔法。
でも森への被害は最小限に抑えたい。
魔法の効果範囲に入ったら痺れの霧を最大範囲で使い、その後戦線離脱、集落に向かうわ。
出来る?」
痺れの霧は水魔法に属しその名の通り、相手を麻痺状態にする霧を発生させる。
俺も当然習っており、扱うことができる。
今回は範囲が広くなりそうだが、それでも俺とストレリチアであれば問題ない範囲であると予想できる。
またオリアスに来て間もない頃は、例え相対するものが魔物や獣であっても戦闘に躊躇いがあったが、現在は実地訓練の甲斐があって慣れてきた。
俺は了承の返事を伝える。
「わかった。」
俺たちは軍を見渡せるよう、草の蔓を成長させ上方で待機し、相手が近づく間にここ数十年の集落への襲撃状況について簡単に話を聞く。
「ゴブリンは小柄で醜悪な容姿をしており私達エルフは魔物として扱っているわ。
集落も稀に襲われるけど、それほど強くはないため、都度撃退している。
ここ数十年の例だと多くて数百人程度攻めてくる程度で、これほどの大群は近年無かったわね。
群れて集落をなすことが多いし、繁殖力も強いから、過去に例が無いわけではないけど…。」
そんな話しをしている間に肉眼でも十分にゴブリンの群れだとわかるようになってくる。
それぞれ統一されていない武器や防具を身につけているようだ。
十分に敵をひきつけ軍の中心へ魔法を発動させる。
俺とストレリチアで軍を2つに分け、それぞれ担当箇所に対して魔法を行使すると、起点を中心として霧が広がっていく。
霧は、体を麻痺させる水分を拡充させていき、それを吸い込んだ相手を行動不能にさせていく。
こうした軍団相手には非常に効果的な魔法だ。
かくして軍全体を霧で覆うと、ゴブリン達は次々に昏倒していった。
しかし、数が数だけに、5人に1人程度は運よくレジストしているらしく、約400人位は残っていた。
残った者達も突然大量の仲間達が倒れたことに戸惑っていたり、混乱していたりしていたが、もともとの勢いで進み始めるものたちを見て、再び進軍を始めた。
俺とストレリチアは魔法の効果を確認した後、すぐに退却を始めた。
あのまま残っていれば、例えゴブリンといえど多数に囲まれ無事ではすむまい。
一気に集落まで撤退すると、既に集落の外ではエルフ達も戦闘準備を終えており、出発しようとしているところだった。
数はざっと200人、その中心には族長エデンもいる。
急に集まっただけに、装備はまちまちだが、それでも良く集まった方だろう。
ストレリチアは族長に近づいていき、俺も後を追う。
族長の前にでると、他の者にも聞こえる位の大声で現状報告を行う。
「ゴブリン達は痺れの霧によりその数を約400まで減らしましたが、残った者達がこちらへ進軍しています。
また、昏倒しているものも、目覚めればこちらに向かうでしょう。」
「わかった。
皆のもの、聞いての通りだ。
これから残ったゴブリンの掃討を行う。
また、奥で昏倒している者も今のうちに排除する。
油断するなよ!」
族長の掛け声と共にエルフ達も進軍を始めると、間もなくゴブリンの軍と遭遇を果たした。
戦いは一方的であった。
ゴブリン達が視認できる距離まで近づくと、エルフ達は魔法、弓を準備し効果範囲に入った瞬間に一斉攻撃を開始した。
対するゴブリンは弓を持っているものも何人かはいて、反撃を試みるが、こちらの弓は酷く貧相で、全くエルフ側に届かない。
数としてはまだ倍くらい居たはずだが、ほぼ無傷で戦闘は終息に向かっていった。
攻めてきたゴブリンが片付くと、更に奥に進軍し、昏倒して倒れていた大群に対しても、止めを刺す。
こうしてエルフ側はほぼ無傷でゴブリン達を撃退することに成功した。
その後、後処理のため数人が残り、後の者たちは集落へ引き上げることになった。
族長の屋敷にて、ダスティ、ストレリチアを始め、一族の幹部達が集まり、会議を開くこととなった。
俺とリーシアは家で待機。
しばらくして帰ってきたダスティ、ストレリチアより会議での要約を聞いた。
「ゴブリンがあれほどの人数で攻めて来る等久しぶりのことで、森で何か前兆があったか?という話しからスタートした。
日々巡回している戦士団の話しでは、ここ最近、森の生物達が増えているのは確認されていたようだ。
魔物に限らず、獣、魔獣、森の果実といろいろな収穫物全体が増えており、なぜ増えたのか?どの程度増えているのか?の詳細はわかっていない。
他にも森に何らかの異変が起きている可能性もある。
だが、ゴブリンが攻めて来たのはこの増加が影響しているだろうとの予想だ。
そこでまずは森を隅々まで確認し、森の勢力図、分布図を作成する。
それを元に場所ごとに対策していくこととなった。
また、他にも異変があれば、この調査でわかるだろうと。
調査については集落で2人1組を最低としてチームを作り、森全体を調べていく。
この際、戦闘はなるべく避け、情報収集のみに徹したい。
それでも森は広いため、1チームでも多く作りたいことから、ジンとリーシアもペアで調査に加わって欲しいと思うが良いか?」
まぁ、この広い森を隈なく調査といったら、相当だからな。
「わかりました。」
「うん、ありがとう。
調査は具体的には明日から順次行っていく。
情報のとりまとめは、族長やストレリチア達の情報本部で行う。
森は広いため、大まかな行き先を決め、その場所に応じた調査日程をあらかじめ情報本部に伝えておく。
それ以上過ぎても帰って来なかった場合には別部隊の捜索隊が出ることになっている。
だから無理をする必要ないし、危険であれば切り上げて帰ってきても良い。
詳しくは明日、情報本部と確認してくれ。
話しを会議の内容に戻す。
次の議題は集落での監視体制についてだ。
集落の周囲には今までも感知魔法の結界が張ってある。
集落に外部から侵入者がいれば感知し、すぐに当直の監視1人が集落全体に警報の魔法を用いて危険を知らせることになっていた。
集落から数百メートル離れた場所を囲うように感知魔法結界を張っていたわけだが、今回の襲撃の場合、攻めてきた数が多く、警報が発動されてから動いていたら、被害が出ていただろう。
たまたま今回は君達の発見、処置が早く、無事に対処できたに過ぎない。
このため、感知魔法の距離を広げ、感知した場合にはアラームの発動と同時に物理結界魔法を展開することとなった。
このため監視員の数を増やさないといけなくなったがね。
まぁこの辺りは魔道具で行うから、それほど多くする訳ではないが。
以上が会議で決定した内容だ。
ジンとリーシアはまず明日からの調査を頼む。
私も別のチームで調査隊になるから不在時はストレリチアを頼ってくれ。」
そうして俺とリーシアは明日からの調査のため準備をすることにした。
準備とはいっても、最近では野外訓練として、森の外への用事を頼まれることが多くなっていた。
このため、外出用の道具は纏まっており、一応の再確認だけだ。
武器は練習のときにも使用しているショートソード、弓、防具は皮鎧、あとは日持ちする食料と薬草や雑貨類。
そうして、次の日から早速調査に出発することとなった。
情報本部で行き先を西側の町、カルッサ方面と告げられた。
カルッサまでは順調に行けば片道歩いて4~5日程度なので、日数的には14日程度を見込む。
俺とリーシアは特に気負うこともなく木々の間を進んでいった。
これも、ここ最近、集落外の活動をしてあったお陰だな。
森の外では獣や魔獣がでることが多いし、また食事や寝床を自分達で準備しなければならない。
持っていける食事は有限であるが、獣や魔獣は捌き方を覚えていれば現地調達できる。
この辺りはしっかり最初のうちにダスティ、ストレリチアから教えてもらっていたので、今では難なくこなすことができるようになっていた。
また、集落周辺の魔物程度であれば、今の実力で問題なく対処できる。
そんな風にのんきに森の道を進んでいたのだが…森の道中は、獣、魔獣の多いこと。
初日はジャイアントボアと呼ばれる体長2mほどの巨大なイノシシが現れた。
こいつはその巨体から繰り出される突進に破壊力があり、恐ろしいが、今回はその巨体が仇となり、襲われる前にこちらが気づいた。
事前に大きめの生物が近づく音にリーシアが気付く。
俺たちは動きを止めて身を隠していると、遠目にも大きく茶色いジャイアントボアの姿を確認した。
このままやり過ごしても良かったが、ジャイアントボアは猪だけあって、なかなか旨い。
調査初日で今後の分の食料を調達しておくのも良いだろうと、狩る事にした。
森では火事になる危険性を考慮し火魔法はなるべく使用したくない。
そうは言っても火を弱点にするものも多いため、時と場合によるのだが。
また、あまり物理的な力が強い魔法はスプラッターとなって精神衛生上良くないのと食用や素材用で使いにくくなってしまうので使えない。
そういう訳で、今回は魔法の矢を使用することにした。
この魔法は貫通力が強く飛散することがないためこんな時に都合が良い。
射程内に入ったところで魔法を発動させる。
俺の目の前に3本の光輝く矢が出現し、光の残像を残しながら巨体を容易く貫いた。
難なく倒したジャイアントボアを、今まで教わった通りに捌き、それを食事とする。
しかしこんだけ大物だと食べきれないので、3日分くらいは焼いたものを取っておき、残った分は勿体ないが火魔法で燃やしておく。
焼いておかないとアンデッドとして復活し、害をなすためだ。
燃やしたあとの水魔法での消火も忘れずに。
2日目、オークの集団を見つけたが、これは簡単な地図に印と人数状況をまとめるだけで、気づかれない内に後にした。
今回は情報収集が目的だからな。
3日目、川辺にはハイドアリゲータという鰐のような魔獣と出会い、その後にも狼の群れに遭遇したが、いずれも戦いは避ける事ができた。
そうして、4日目に俺たちがそろそろ、西にある森の端近くとなったところを巡回していたときに、リーシアが何かの音を捉えた。
まず複数人の走る音、その後揉みあう音になった。
俺たちは警戒しながら走って近寄っていく。
その音源に近づいて目に入ってきたのは少女が仰向けに倒され、武具を着けた大人1人に馬乗りに乗られている状態であった。
もう1人いるようだがこちらの大人も助ける素振りは無く、馬乗りされている状況をニヤついた笑い顔で見守っている。
「何なのアイツら?」
リーシアはそれを見て不機嫌に呟いた。
そうして、馬乗り男が少女の服を捲り上げ、少女が悲鳴をあげたと同時に、リーシアが突風の魔法を使用し、大人たちを吹き飛ばしていた。