第3話 孵化
ここはどこだろうか?
暗闇の中で、海の中を漂っているような感じだ。
力は入らず、何も見えず、だが不思議と安心感のある、そんなところだ。
まどろんだ意識がだんだんと明確になり、自分が何者であったか、何があったかを思い出す。
「そうだ俺はレイロードと…」
しかし、記憶を思い出すも周囲が暗いのは相変わらずで、海の中のような感覚も、力が入らないのも変わらない。
「気づいたか?」
唐突に響いた声は、ここ数日で、すっかり馴染んだものだが、返事をしようにも声は出なかった。
「大丈夫。
聞こえておるよ。
意識に語り掛けてもらえればわかる。
我はお前になった故、さらにお前とシンクロしたようだ。」
「それは良かったけど、どうなったんだ?
失敗したのか?」
「いや、成功したようだ。
まず我は地球にこれた。
先ほども言ったように我の意識はお前の身体に入った。
そしてお前はオリアスにいる。」
「ここがオリアス?」
周りを見ようとするが、やはり何も見えない。
しかし意識を集中すると魔力が非常に濃く、周囲に魔力が集まる流れを感じる。
その中には龍卵の存在も感じ取れた。
「お前は今卵の中にいる。
卵といっても龍の卵ではなく、お前自身がオリアスに生まれ出ようとしている状態だ。」
「なんだって!
卵?
それはつまり人間ではないのか?」
「一応人間の赤子の姿はしているようだぞ。
ただお前がオリアスに来るにあたり、精神はオリアスに存在していても肉体は無かった。
これを解決する新たな身体を得るために、このような状態になったのだろう。」
これを聞いた俺は再度意識を集中させ魔力の流れから自身を観察した。
不思議なことに目は見えないが魔力の流れでいろいろ感じることに気付いたからだ。
すると確かに自分が卵の殻に包まれており、自分は赤子であることが確認できた。
「しかしこれどうすればいいんだ?」
「うむ、まずはそこで魔力の扱いを学んだ方がよさそうだな。
そのまま生まれても赤子ではなにもできまい。
幸いそこは我の身体もあるし、龍卵もある。
つまり魔力が集まってくる中心地だ。
しかも卵の中は魔力の吸収が良い様に感じる。
食事をする必要は無いし、魔力の扱いもその中で覚えることができるであろう。
もちろん、自分で努力する必要はあるがな。」
どうやら魔力が集まるその中で、知識の残滓も集まることから古龍が魔法を習得するのと同じ理由で俺にも魔法が使えるようになるということか。
しかも卵の中にいる限り古龍と同じく食事をする必要もない。
レイロードの方はといえば、元俺の体に入ったことにより、今まで経験した俺の知識を使用出来る状態とのこと。
これにより、今まで俺が生活していた行動をとりつつ、馴染んでいくことにしたらしい。
つまり平日は仕事であり、休日にしかここに来れない。
こちらに来た時には魔法のレクチャーをしてくれるそうだが、いくら話ができても次元の異なる場所にいる二人では思うように教えるのも、教わるのも難しいとのこと。
レイロードの側からもオリアスを見ることは可能だが、地球では魔法が思うように発動せず実践して教えることはできない。
ちなみにレイロードの本体はオリアスの世界に存在したままで、その活動はごく少なく冬眠したかのようになっているそうだ。
地球での俺の体にもしものことがあれば、意識はオリアスの本体に戻るであろうが、現時点でレイロード本人の力ではもとの体に戻ることはできないらしい。
「まぁ、お互いに何かあれば我も、お前も感じることができるであろうから、その時はこの場に集合というところか。」
そうしていくつか確認を行って、お互いの新しい生活の健闘を祈った。
それから俺の卵生活が始まった。
赤ん坊だから当然かもしれないが、卵の中では眠っていることが多い。
不思議なことに寝ている間に少し成長しているのが感じ取れる。
それ以外の起きているときには外の魔力流れを感じることに集中し、魔法の練習をする。
レイロードから聞いたように魔力を感じているうちに、どうすれば魔力を動かせるかが分かってきた。
これを努力していけば魔法が使えるようになると思うとモチベーションは上がりっぱなしだ。
魔力の動かし方に慣れてくると、今度はイメージをすることで魔力が変質することが分かってきた。
炎や水、風、土といったようなものに変化させたり、大きさや強さの調整など、色々試す。
もちろん卵の中にいるため、未だに見ることはできないが、魔力を感じとる力が向上し、視力に頼らずとも周囲をすっかり認識できるようになったので不便はなかった。
そうしていく中で、今まで地球にいたころオリアスを見れていたように、現在オリアスにいるものの、意識すれば地球側を感じることができることもわかった。
もっとも今は動けないため、この場所とリンクされているらしいあの神宮を感じるに過ぎないが。
週末にはたまにレイロードも来訪し、互いの経過を確認し合う。
どうやらレイロードも地球でうまくやっているようだ。
特に食事に感動していた。
今までは食事の必要がなかったため、あえて何かを食べるということが無かったそうだ。
それが人間の体となり、食べてみたら、そのあまりの美味しさに涙を流していたらしい。
最初に食べたものは俺の行き着けだった小さなラーメン屋だけど…。
また、時々俺の両親や、他の知人と会って、特別変わったことはないことを教えてくれた。
すまないねぇ。
俺の魔法練習法について説明すると、それで問題はないと言われた。
オリアスでの魔法使いというのは詠唱が主流だそうだ。
詠唱により、トランス状態になることで自然の理と同調し、魔法行使するらしい。
しかし古龍に関しては、自然の理を理解しているため、魔力を手足のごとく自然に使うことが可能である。
俺はこちらの練習をしているとのこと。
また、魔方陣を描けば詠唱の必要がなかったり、魔道書と呼ばれる書物を用いて詠唱をしない方法もある。
他にも呼び方は違うが、戦士が使う気、闘気といったものも魔力であり、こちらは接近戦の中で自然と己の魔力を纏い、防御力・攻撃力両方とも上昇させるらしい。
このように魔力を発動させる仕方は色々ある。
いづれにせよ俺の学んでいるのが一番使い勝手が良いものではあるが、使える者は極少ないとのこと。
また通常は自分の体内に生じている魔力を使用するのが一般的であるが、古龍は周囲の魔力を集めてそれを使用することができるため無尽蔵に近い。
人間が全く同じことをすることは不可能であるが、量の違いはあれ、流れを理解しているものであれば魔力を集めることが可能である。
このため、その練習をすると良いだろうとアドバイスをくれた。
内なる魔力と外の魔力両方を使用すればその量は通常のものより多くなるのは当然で、他の者と比較した場合、大きなアドバンテージとなる。
それを聞いてからは自分自身が持つ魔力と外からの魔力両方を意識しながら、集めてみたり、放出してみたりの訓練を取り入れた。
龍卵については、俺が動くことが出来ない間、当然龍卵も動けず、暇そうにしていた。
このため、時折魔法訓練を兼ねて水をかけてみたり(と言っても次元の狭間にいるため実際にはかからないが)レイロードとそうするように意識を向け声?かけを行っていた。
俺も会話の相手がいないのでちょうどよかった。
龍卵もはっきりとした意識の返事はないが、なんとなく喜んでいるとか、やめろと主張しているのが分かるようになってきた。
ついでに龍卵に名前を付けてみた。
名前といってもちゃんとした名は生まれてからで良いだろうから愛称だ。
最初そのまま「リュウタマで良いか?」と言ったら激しく拒否の感じが伝わってきた。
そこでいくつか候補を挙げていき、最終的に一番賛同が得られた「アーク」にした。
魔法訓練やアークとのやり取り以外では、オリアスの一般的な言語について教えてほしいとレイロードに頼んだ。
いずれここを出ていく時には必須になるからだ。
レイロードから触りを教えてもらうが、何せ卵の中で教わり難い状態だし、会える時間は限られている。
そこでレイロードから助言があり、
「我の体とアークが集める魔力の中から、言語に関するものを選りすぐり学んで行けば良い。
魔法の訓練にもなるしな。
最も多く含まれる言語情報を選べば、それが一般的なオリアスでの言葉だ。」
とのことだった。
俺は早速やってみて、苦労しながらも何とか言語を選ぶことが出来るようになった。
触りだけでもレイロードから学んでいたから何とかなったが、膨大な情報量の中から特定の情報だけを取捨選択するのは実に難しかった。
インターネットの検索エンジン見たいのが欲しいと切実に思ったが、そんなに都合のよいものはなかった。
それから6か月が過ぎた。
卵の中での俺は成長が早く、6か月しか経っていないというのに6歳児程度の大きさに成長していた。
また魔法の方も順調で、火水土風を発生させ操ることは大分慣れた。
洞窟内が危険なため試してはいないが、水球や火球など自分がイメージできるような魔法であれば問題なく使えそうである。
特に水については量さえ誤らなければ害が少ないという考えから、これを基軸に訓練を実施することにした。
また自分の内部魔力を使用することも、外部から自力で魔力を集めて使用することもできるようになっていた。
もっともレイロードの体とアークの集める魔力が多すぎるため、自分で集めることのできる量は非常に分かり辛い。
それでも外部から集める感覚はあるため問題はないだろう。
そろそろ体も大分動くようになってきたし、卵が手狭に感じていたところ、ふと殻に手が当たった拍子にヒビが割れ始めた。
「これはもう出るしかないか。」
と更に手足を伸ばすと殻は割れ、手足にひんやりとした風を感じた。
一気に残りの殻を手で引き剥がし、ついに俺はオリアスの地に足をついた。
そこにはあの神宮から何度もみた巨大な白金色のドラゴン…レイロードの体が眠るように丸まっているのが、まず目についた。
それから至る所に結晶化された石英のようなものが生え、それが仄かに明るい光を放ち、洞窟内を照らし幻想的な光景となっている。
自身に纏わりついている細かい殻を取りながら、自分の体がしっかり動くことを確認していく。
動くことは動くがガクガクしている。
生まれたての小鹿のようだ。
まぁ筋肉がついてないから仕方あるまい。
しばらく動かすと馴染んできて通常に動かす分には問題なくなった。
それから体がベットリとしていたため、魔法で水を発生させ、人が入れるほどの窪みに入れると、火魔法で暖め簡易的な湯船とし体を洗い、しばし幻想的な光景を堪能しつつ寛いだ。
さて、これからどうするか?
とりあえず食欲はまだ大丈夫みたいだけど、これから外を少しづつ探索したいところだ。
しかしやはり服だろう。
6歳児であれば真っ裸も許されるかもしれないが、着るものがほしい。
突然人と会った際にマッパはまずいマッパは。
と言ってもこの付近の洞窟内は岩石や鉱物しかないし、外は岩山だったはず。
多少の植物はあるだろうが、そんなので体を隠そうとしてもナニの部分だけ葉っぱ…はっ○隊になってしまう。
外に獣か何かいるかもしれないが、6歳の体で襲われればひとたまりないだろうし、たとえ狩れたとしても皮から服を作る技術なんてないしなぁ。
何か都合の良い魔法なんてないよなぁ…火水風土は発生させても体を隠せないし、服を出すなんて…何かを出すっていったら召喚魔法…召喚魔法か!
でもこの魔法って自然発生する事象じゃないから卵の中にいるときも良くわからなくて出来ないんだよなぁ。
存在することはわかったんだけど。
んーひとまずまたレイロードが来るのを待って相談するか。
それまでは、魔法の練習と体を動かすことを中心に実施して過ごした。
週末が訪れレイロードが現れた。
「お、ついに殻を破れたんであるか?」
この6か月の間にレイロードもすっかり日本人の言葉遣いに慣れたようだが、俺としゃべるときは龍のときの口調と混ざって時折変になる。
「そう、やっとオリアスの生活が始まると思ったんだが、まだ問題があって相談に乗ってもらいたいと思っていたんだ。」
それからレイロードに俺の現状を語り、良い案がないか尋ねた。
「召喚術であれば我でも使えたが、限定的に服を自分の手元にとなると難しいな。
それよりも今その地は我の身体を守るために4匹の老竜を使役し周囲を守らせている。
そいつらの中の誰かに協力してもらい人里近くにいって調達するのが早いかもしれん。」
「おぉ、他の竜を使役なんてこともできるのか?
しかも老竜ってすごいんじゃあ?」
「まぁ我は古龍であり竜族のトップだからな、老竜は竜族の中でも上位ではあるが、そうでもないと我の守りとしては問題なのだ。
老竜も知識があり強力なので来てもらい、近くの山を住処にしている。」
その後、老竜を呼ぶための魔法を教えてもらい、あとは実際に呼んで説明すれば大丈夫だろうとのことだ。
レイロードとの関係を説明する必要があると思ったのだが、レイロードが地球に行く前に呼んだ者たちであり、説明しなくても俺のことは知っているとのこと。
全員を呼ぶ必要もないので、4匹の中でも扱いやすく、移動も一番早いということからウィルドという風老竜を呼ぶことを推奨された。
ちなみに他の3匹は火老竜のサンドラ、地老竜のガードフォース、水老竜のウォーランドとのことだ。
「今回はウィルドであるが、火老竜を呼ぶ場合には注意しろ。
奴は火という属性故、過激なところがある。」
と今後、もしも呼ぶ場合の注意も受けた。
レイロードとは現状確認をしてから別れ、これから一応人里に行くので身だしなみと思い、湯を張り身を綺麗にしておく。
裸であるのは仕方がない。
そして、早速風老竜ウィルドを呼ぶことにした。