第2話 異世界へ
古龍の卵、外観は人の頭位の大きさがあり、色は灰色で淡く光っている。
龍卵は浮いており、最初俺の胸周囲をクルクル回っていた。
まるで挨拶でもしているかのようだ。
手を伸ばし触ろうとしてみるが、手は龍卵を通過してしまう。
不思議なものだ。
「これから宜しくな!」
声をかけると嬉しいのか上下に跳ねるように反応している。
中々愛嬌のあるやつだ。
「龍卵が憑いたばかりだが、お前には何らかの変化がある筈だ。
後で確認しておいた方が良かろう。」
レイロードより助言があった。
確かに体の違和感を感じる。
その後レイロードにはまた来ることを約束し、一度別れを告げた。
俺は次の日も普通に仕事予定であったが、龍卵が憑いたことによる体の変化に慣れるため休むことにした。
休日にした当日、俺は自身の変化を確認した。
まずどこにいても意識を集中すればオリアスを見ることができるようになった。
今までは、体調なのか土地によるものか、何かの拍子に見えるという状況で、その見え方もぼんやりとしか見ることはできなかった。
しかし今は、自分の意思で、しかもはっきりと見えるようになっていた。
そこで、自宅付近の様々なところで試して分かったのだが、自分がいる場所が街だからといって必ずオリアスが平地とも限らない。
ある場所では突然水の中となり焦ることもあった。
不思議に思い、水の中と陸上までの切り替わりがどこにあるのかを少しずつ歩いて確認すると、ある地点で、自分は平地を歩いているのにオリアスでの視界に切り替えると上へ向かい移動しているという場所があった。
良くはわからないが、オリアスと地球は進行方向と距離が完全に一致している訳ではないし、完全に違う訳でもない。
歩いて確認した限り、地球を進めばオリアスも進むため、何かの法則でリンクされているということだろう。
深く考えても答えがでないので、周辺の散策を続ける。
散策しながら、都合よく、女の子の着替え、水浴びなどに遭遇しないか?と胸を高鳴らせたが、そんなに都合のよい場面に出くわすことは無かった。
というより俺の住居周辺は自然環境…森?しか見れず、まれに獣っぽい魔獣?のようなものが見れるのが精々だった。
もうひとつの変化はなんと言うか…気・魔力の流れが見える?感じるの方が正しいだろうか…。
オリアス、地球の双方から世界の力というか理というか、目に見えない何かが龍卵に集まってくるのを感じるのだ。
龍卵に流れ込むのであるが、俺自身も通過しており流れに意識を集中してみる。
するとそれが力であり、知識であり、法則であり、感情であり、という形容し辛いものを感じ、不思議な感覚であった。
最初こそ戸惑ったものの、次第にそれが世界に満ちているのは当然のことであることが、頭ではなく感覚でわかるようになり気にならなくなった。
龍卵の方は、常に俺の周囲にいる。
あえてそうしているのか俺の視界を保つように頭の後ろにいたり、背中に回ったり動いているので目障りではない。
何かに集中している時など、存在を忘れてしまうくらいだ。
呼べば俺の胸前あたりにくる。
名前を付けた方が良いだろうか?
また、俺の感情の変化によって、若干色が変わることが分かった。
俺がオリアスを見えることを喜んでいると白っぽく発光したり、エロいことを考えるとほんのり桃色になったりと、反応があってちょっと楽しい。
その日はそんな確認をしていただけで、あっという間に時間が過ぎた。
翌日は仕事に出勤した。
仕事先でも魔力の流れを感じてはいたが、特になにか支障があるものではなかった。
周囲の目も変化はなく、平日は淡々と仕事をし、待ちに待った週末が来た。
今日は休日のため再びレイロードのところに出向こうと思っていた。
より詳しくオリアスの世界のことや、龍卵のことを聞きたいし、じっくりオリアスを見て回りたい。
特にオリアスの人を見てみたいので、周辺に町などないか聞きたい。
そうして前回出会った神宮に赴き、オリアスを見るための意識を集中すると、目の前にレイロードが現れた。
「来たか。」
レイロードに出迎えられ、卵憑きとなった後の変化を説明し、その後、龍卵について気になったことを質問した。
「龍卵はどのくらいで孵るんでしょうか?」
「さて?我も初めてなのでな。
何年で生まれるか…それとも何十年か…。
個体差があるので何とも言えないが、何百年ということはあるまいよ。」
「な、何十年って…それでは龍卵が孵る前に自分が死んでしまう可能性もあるんですけど。」
「そこは大丈夫であろう。
龍卵も宿主が死んでは困る故、サポートをする。
卵ではあるが、特殊な力をもっているし、且つ狭間の世界にいるためオリアス、地球どちらの世界へも干渉できる力をもっている。
もし病気や事故なら、なんとか回避しようとするはずだ。
どんなことでも、とはいかないであろうが、大抵のことであれば問題ないはずだ。」
「それは…なんというかありがたい。
守ってももらえるなんて。
なんとなく意思があるのは数日一緒にいただけですがわかりました。
でも特殊能力っていうのはどんなものなんでしょう?」
「前回も言ったように龍卵はその宿主と世界の影響を強く受け、考え方も変わってくる。
だから特殊能力も変化することがあり得るが、基本的には宿主が強く願うことや、世界が望むことなどを卵化するといったものだ。
まぁ、そのうち知ることになるだろう。」
卵化…良く分からなかったが、更に聞いても答えてもらえなさそうな雰囲気もあったし、確かに実際に見た方が早いのであろう。
「それにしてもオリアス。
聞けば聞くほどファンタジーで、行ってみたいなぁ…」
「そうか?
我にしてみれば地球の方が興味をそそるぞ。
魔力を扱うこともせずに法則のみで様々なことを可能としているとは実に素晴らしい。
それに我も卵時代は地球とオリアスの狭間であった故、また地球の者と関われることをうれしく思う。」
続けて次の質問に移る。
「ところで、オリアスではこの近くに人が住んでるところはありますか?」
「ん、この周辺は山脈で山の裾野周囲は森だが、少し離れれば、エルフの集落、もう少し離れれば人の集落もあるぞ。」
「おぉ!エルフ!そして人も!大体の距離と方角を教えてもらえますか?せっかくだからオリアスのそうした人たちも見てみたくて。」
「まぁいいが、人の集落はここから南西の方角に我なら飛んで1時間といったところか。
地球での単位感覚だと100km程度であろうか?
エルフの集落はその中間あたりだ。」
良し!喜びで思わずガッツポーズ。
これで憧れのファンタジー世界の街・人を見ることができる。
それと同時にちょっとエッチな場面に遭遇するかもなんて邪なことを思い描く。
レイロードは少し呆れたような様子で
「ほどほどにな。」
あれ?ばれてる?
ま、まぁいいか
「では、早速見に行ってみることにします。」
そうして、実際に南西の方角に電車を乗り継いで行くことにした。
向かう場所は大ざっぱに決めて、ところどころで集中しオリアスを覗き見る。
電車内から眺めるオリアスは不思議な感覚だ。
空気椅子をしながら高速で移動し、オリアスの森を突っ切る。
途中木々を何度もすり抜けるが、すり抜け前の恐怖といったら…。
恐怖からふと現世界に戻ると電車内でのけぞって他の乗客に迷惑をかけていた…すみません。
ということで、オリアスを見るときは、なるべく停車中にしながら移動していった。
そしてついに森が途切れ遠くに集落っぽいものを発見し、近くの駅で降りることとした。
通行に注意しながら時折オリアス視線へ変え、集落へと向かっていく。
地球とオリアスとのギャップによる進みにくさと、現在地に戸惑いを感じ、苦労したもののなんとか集落に辿り着いた。
通行人を見るとどうやら人の集落らしい。
エルフでないのは若干残念であったが、あれは森の中に住んでいるようなので探すのが難しい。
むしろ開けた場所とはいえ普通に人の集落が見つかっただけでも幸運だろう。
そして集落の中、且つ地球側で安全な場所のポイントを確保し、ゆっくりと眺めた。
集落は意外に広くちょっとした町のようで、周囲に宿屋や酒場、雑貨屋というような様相の店が立ち並び、行き交う人々はまさに異世界人。
髪の色は様々で、あるものは剣を携え、あるものは馬車に乗りと、現世界ではちょっと見ることができない光景だ。
「おぉーすごい!」
しばらく感動し、周囲の人を観察することに夢中になった。
ひとしきり感動したあと、ついに今回の特別目的のため行動を起こす。
目指すは可愛い子のいる宿・人家といったところか。
こういう時、異世界を覗くというのは便利だ。
建屋があっても、地球側で何もなければすり抜けできるし、相手からは見えない。
まるで、幽霊になった気分だ。
なかなか目的と合致するのはないものだが、ついにある家の中でこれから着替えをしようとしている場面に遭遇する。
海のような深い藍色の髪を後ろに一まとめにし肩まで下ろしている。
年は20代前半といったところだろう。
白を基調としたワンピース風の服をたくしあげ、コルセット姿となる。
更にそれにも手をかけ、柔らかそうな素肌が見え始め思わず近づこうとすると、
「危ない!」
という声と共に体を押される感触に現世界に目を向ける。
気づくと俺は道路の真ん中に出ようとしており、車の走る中をふらふら近づいて行こうとしたらしい。
「すみません」
「どうしたんですか?
大丈夫ですか?」
と現世界の40代半ばの女性に声をかけられる。
どうやらこの人に助けられたらしい。
「ちょっとボウッとしてて、すみません。
助かりました。
もう大丈夫です。」
と告げると、
「ならいいんですが、気を付けた方がいいですよ。」
と言い去っていった。
安全な場所で再度オリアスを眺めれば、そこは部屋の外であり、着替えもどうやら終わって出ていくところのようであった。
「ぐぁぁー!せっかくのチャンスが…。」
こうして夢の透明人間的覗き計画は幕を閉じた。
すでに日は傾き始めている。
電灯が無いオリアスの夜は暗く、地球側にいる俺では明りを照らせない。
こんな状況では道など分からず、どこへも行くことができなかった。
しかも下手にオリアスに意識を向けていると、先ほどのように危険だとすれば諦めるしかない。
悔しさを胸に、帰路につきながら、時折思い出したようにオリアスを見つめる。
そうした中、完全に日が落ちると、町の外は完全な闇に支配され、ふと天を仰ぎみれば、降り注ぎそうな満点の星空が輝いていた。
電灯が無い夜というのはこんなに美しいものかと、しばし時を忘れて眺めていた。
そして地球とオリアスでは見える星も違うのだろうかと疑問を持ち、数少ない知っている星座を探す。
完全に同じ星座を見つけるのは難しかったが、時折同じ位置に同じ星が存在しているようだった。
月などはどちらも同様に見えることから、前にレイロードが話していたどちらの世界にも存在するものなのだろう。
ただ模様が違うことから全く同じではないらしい。
今日は失敗もあったが、オリアスに住む人を見ることができたし、不思議な世界の一端を垣間見ることもできた。
満更悪くない気分だ。
翌日も休みであったので、再びレイロードの元へ訪れた。
「昨日は人の集落を見つけることができました。」
「そうか。どうであった。」
「やはり良いですね。
地球とは異なる文明。
憧れます。」
「そうか?我はオリアスで慣れきっているからわからぬが。
しかし羨ましいな、どちらの世界も見ることができるそなたは。
我はお前のことはわかるが、それ以外は全くわからぬ。
魔力の流れにより一部の知識はあるんだがな。
いっそのこと我とお前で世界を交代してみるか?」
一瞬言われた意味がわからず固まってしまった。
「世界を交代?え?そんなことが可能なんですか?」
「可能性はある。
この前話したその龍卵の力だ。
前にも言った通り、龍卵は宿主が強く願うことを卵化という能力で叶えることがある。
本来、宿主が望んだら、すぐその能力を使用するわけでもなく、龍卵の意思と世界の意思も関わるため、どんな時に発動するかはあいまいだ。
しかし、その龍卵の産みの親である我も若干ではあるが、龍卵と意思をかわすことができ、我自身の力を貸すこともできる。
それ故、我とお前、双方で望めばあるいは…」
つまり俺とレイロードで龍卵にお願いし、狭間の世界にいる龍卵がオリアス・地球それぞれに干渉することで入れ替わり?ができる可能性があるということか。
「実際にうまくいくかはやってみなければわからない部分があるのと、元の世界に戻れる保証もないということか…」
俺が危険性について思いついたものを口にすると、レイロードが答える。
「まぁそうだな。
一度できれば、龍卵がある限り逆も可能であるとは思うがな。」
「ん、でも龍卵って地球にいる俺に憑いてるんだよな?
オリアスに行ったらどうなるんだろう?」
「そこは問題ない。
もともとお前は地球・オリアス共に存在する者。
そしてメインで活動する場所がオリアスとなるだけで、地球側にも精神体は同時存在している。
今の逆の状態になるだけだ。
龍卵はその狭間にいるものであるから問題ない。
もっとも卵憑きが卵を持った状態でオリアスに存在したことは、今まで無かったことであろうがな。」
なるほど。
しかし他にも気にかかることはある。
入れ替わりとは言ったが、こちらの俺はどうなるのか?
オリアスでの俺は今現在の肉体が移動するイメージなのか?
レイロードがそのまま地球に来たら、自衛隊に攻撃されてしまうのではないか?
等々、気になる点は尽きない。
そのことをレイロードに告げると、基本的に龍卵は宿主の『深層の願い』を汲み取ろうとするから気にしていることの大半は自ずと気にならない程度になると考えられるそうだ。
また多少のことであればレイロード自身の力・意思を龍卵に伝えることで方向性を修正することも可能であるとのこと。
それを聞いても不安があった。
しかし最終的に好奇心の方が勝ってしまった。
結局、試してみる方向として、今週はイメージを固めること、一応何かあっても良いように周囲の整理もしておくことにした。
そうして再び週末となりレイロードのところに赴いた。
「心の準備は整ったか?」
開口一番レイロードに声をかけられ、改めて気持ちを固め答えた。
「もちろん…と、言えば嘘になるけど、やっぱりオリアスに行きたい気持ちが強い。
剣や魔法、亜人や幻獣・魔獣と憧れた世界。
現実は不便なことも多いかもしれないけど、好奇心は止められない。
地球での知人に対し、特に今まで育ててくれた両親などに、会えなくなるのは申し訳ないけどね。」
「そのあたりは相談しようとしてたのだが、お前の身体を我に預けないか?」
「預ける?」
「そう。
我はこの姿でそちらの世界に行けば問題が多い。
オリアスで我の存在がなくなると、この地の魔力に異常が生じてしまう。
このため我はオリアスに存在を残しながら、地球に行きたい。
そこでお前の身体を借りることができれば、我はお前として生活に溶け込むことができ、かつオリアスに魔力異常が起こることもない。
もちろんその場合、オリアスでのお前は新しい身体を得る事になるだろう。
オリアスであれば龍卵と我の力でなんとかなるはずだ。」
なるほど。
他人に自分の身体を使われれば嫌悪感は否めないが、ことレイロードであればそれはない。
というか、卵憑きになったときからレイロードと俺は卵を通じて心の結びつきというか、相互理解というか、通常のコミュニケーションを超えた関係となったらしく、完全に信頼できるのである。
だからこそ、これから地球で自分の代わりとなってもらえるならその方が安心できるくらいだ。
「問題ない。
こちらこそ、もし入代りが可能であれば、両親や知人たちをよろしく頼む。」
「うむ。
我もそうなれるよう全力を尽くす。
では開始するぞ。」
そういうと、俺を呼び近くに来るよう促した。
レイロードは頭を下げて俺のすぐ前が顔という状態だ。
「そのまま両手を我の一部に触れよ。」
感触はないが、両手をレイロードの口許に触れるようにすると、龍卵がその間に入るような格好となった。
「ではお前の想いを可能な限りイメージして、そのまま維持しておけ。」
言われるままにボヤっとイメージしそのままでいると、周囲から龍卵に集まる魔力が頭上で渦を巻きだすのを感知した。
レイロードの方からも集まった魔力が龍卵の渦に加わっていくのがわかる。
渦は次第に大きくなり、俺、レイロード、龍卵を包むほどになり、光の渦の中、俺は次第に意識が薄れていく。
「そのまま身を委ねて構わない。
抵抗しなくていい」
レイロードの声を聴きながら俺の意識は落ちていった。