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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第一章 ランスロット・オルトランド
8/29

彼と二人の父親

 長く続いていた雨が止んだ。

 暗かった空は清々しいほど青く、白い雲がゆったり流れている。

 静寂に少しずつ鳥の鳴き声が戻ってきて、俺はようやく終わったのかと深く溜息を吐いた。


 魔素の種は消滅した。

 魔力不足で目眩が激しく、辛うじて地面を這って行って確認したら、種が消滅した証に透明な宝珠が転がっていた。

 魔素の種が浄化された際に証拠アイテムとしてヒロインの手元に残る宝珠は、ランスロット・オルトランドのルートでは瞳と同じアメジストの色をしていたはずだが、今回は正規ルートで浄化した訳ではないので、透明になっているのだろう。


 ちょうど魔素の種と俺の魔法がぶつかったのは、大きく穴を掘られたリリアの母親の墓の上だった。

 穴の中、透明な宝珠の傍に光を反射したもう一つの珠――リリアの母親の魔道具だろうペンダントを見つけて、俺は思わず苦笑いが漏れた。


 魔素の種が俺へと向かってくる際、動きが止まった瞬間があった。

 ギリギリまで待って一番逃がさないところで魔法を放とうとしていた俺にとって、それは好機だった。

 魔道具の持つ魔力に引き寄せられて種が迷ったのだろうが、リリアの母親の想いが俺まで守ってくれたような気がして、感謝の気持ちでいっぱいだった。


 鞄に入れてあった魔力を補充するタイプの魔法薬を飲み干し、震える足を鼓舞して立ち上がる。

 申し訳なく思いながら、荒された墓には外套だけをかけて、倒れている父のもとに向かった。


「父さん、帰ろう。辛いだろうけど、少しだけ我慢してくれよな」


「……ごめんね。もう歩けないみたいだ」


「何のために俺が迎えに来たと思ってるんだよ。一緒に家に帰るためだろう」


 父の腕を引っ張り、無理やり俺の背に乗せた。

 道中、父はぐったりと俺に背負われながら時折呻き声を上げていた。

 俺が目眩でよろめく度にそれは強くなったが、躊躇している時間はないようで、俺は足を止める訳にはいかなかった。


「ランスロット君。僕はリリアとフィリアさんの前では絶対に痛がらないから……今だけはごめんね」


「気にしなくていいよ。俺だって、リリアの前では絶対にふらつかないから」


「男同士の約束だよ」


「それ、いろいろ約束したよな。狩りのときは父さんより前に出ない、風上には行かない、危ないときは逃げる、でも逃げたことは母さんとリリアには秘密にすること!」


「だって、面目ないからね」


 俺はいつもの調子で笑う父を尻目に、濡れた地面に視線を落とした。


「……俺さ。父さんの息子になれて幸せだよ」


 今まで面と向かって伝えられなかった言葉を呟けば、父は一瞬だけ俺に被さる腕の力を強めた。


「血の繋がらない俺のことを、すぐに息子扱いしてくれて嬉しかった。小さいときからいろんなことを教えてくれて……ありがとう」


「僕も、君の父親になれて良かったと思ってるよ。幸せ者だね、僕は」


 そう言う父の声は、めずらしく掠れていた。

 それとともに力なく握られた拳の意味は、何となくわかる。

 俺も前世で死ぬ直前、きっと今の父と同じことを思っていたから。


 もっと生きたかったって、思っているのだろうなと。


 それきり俺は何も言えなくなってしまったが、父はそんな俺の頭を叱るように軽く小突いた。


「ほら、もうすぐ家が見えてくるよ。僕も君も笑わなきゃ。これも男同士の約束なんだから」


「一番最初にした約束か。懐かしいな」


「必ず家に帰ったときは笑顔で『ただいま』って言うこと。これはリーナと約束したことなんだけどね」


 痛みに耐えながらも照れたように微笑む父の姿は、当時を思い出してか幸せそうだった。

 どういう表情をしていいかわからずにいた俺に父は言った。


「ランスロット君。リリアと幸せになるんだよ。男同士の約束だ」


「……ああ。必ず守るよ」


 丘を下りて、角を曲がって前を向けば、彼女が太陽の下で祈っている姿が目に入って。

 彼女の姿を見た途端、ぎこちなくしか笑えなかった顔が自然に緩んだ。

 いつも通りに彼女の頭を撫でて、いつも通りに「ただいま」と父と一緒に言えることが、こんなに幸せなことだったとは。




 彼女に父を預けて、洗面台に駆け込んだ俺は頭から大量の水を被って涙を堪えた。

 ――まだ泣いていいときじゃない。

 泣き出したい声を思い切り飲み込んで顔を上げると、上質のタオルが降ってきた。


「お前はもう少し親に甘えるということを覚えたほうが良い。フィリアが公爵家に居たときにお前に守らせていた私が言えたことではないが」


「……気になさらないでください。悪いのは権力にへつらう周りの連中ですから」


 いつの間にか後ろの壁に背を預けて立っていた公爵は、俺の返答に眉を寄せたが、何事もなかったように無表情になると、見慣れた魔法薬を渡してきた。

 さすがに公爵には、気力で平静を装った足取りに気付かれていたか。

 リリア特製の魔力補充用の魔法薬を遠慮なく受け取って、一気に飲む。


「フィリアに大方の事情は聞いた。この魔法薬もあのお嬢さんが作ったそうだな。公爵家の養女として申し分ない素質を持っていると思うが、シナリオとやらの通り、彼女を私の娘にしても良いのか?」


 どこまでの事情を理解できているのかは不明だが、公爵は相変わらず何を考えているのかわからない表情で聞いてきた。

 俺が幼かった頃は、この表情がもっと顕著だったと思う。

 公に父と呼んではいけなかったこの父親は、当時の俺にはとても大きくて遠い存在だった。

 今ほどの近い距離に来たのは、それこそ初めてじゃないかと思うくらいには遠かったはずだが。


 息子と呼ぶにはあまりにも接する機会が少なかった俺の異常な事情を、どうしてすんなりと受け入れられたのか。

 少なくとも“シナリオ”という言葉を発するあたりは、俺が前世の記憶持ちで、この世界がゲームだったということは知っていそうなのに、いくらも疑っていないような態度で。


「……俺の嫁経由で、義娘にするのならば」


「わかった。そう手続きしよう」


 幾秒も考える間もなく即答した公爵を思わずぽかんと見返してしまった。


「何を驚いた顔をしている?」


「だって、どこまで理解して……いや、それよりも、俺を正式に息子にするってことは、公爵家継嗣として政略結婚話も出てくるんじゃないかと」


「私は人一倍、政略結婚という言葉が嫌いでな。無理な縁談は進めんよ」


 公爵はちょうど着替えを持ってきてくれた母から服を受け取り、俺に放り投げてきた。


「お前はあのお嬢さんを随分と愛しているみたいだし、私もあの娘なら未来の公爵夫人として文句はない。いろいろ疑問に思っているようだが、私達には後で十分話す時間があるだろう? ならば、今は早く彼女の元に行ってやれ。あの父親は、生きているのが奇跡なくらいの状態だ」


 困惑する母を連れて戻る公爵の背をそのまま見送っていると、ふいに公爵は立ち止まり、自分の肩越しに言った。


「良い男を父と慕ったな」


 俺は唇を噛みしめながら呟いた。


「当然だろう。俺達の父さんは、最高の父親なんだ」


 それが再び背を向けて歩き出した公爵に聞こえていたかどうかはわからないが。

 俺は柔らかなタオルを握りしめて、再び込み上げてきた感情を無理やり飲み込んだ。






 最期のときは、父とリリアの二人で。


 ずっと決めていたことだった。

 だから家に帰って来る前に俺の話は済ませたし、父と最後の約束もした。

 それでもやはり、もっと話したかったとか、もっと教えてほしいことがあったとか、どうして父も助けられる道を選ばなかったんだろうとか、そういう感情は出てくる訳で。


「強情な奴だな。そんなに泣くなら、お前も部屋に残れば良かったのに」


「こんなに泣くから部屋に残れなかったんだよ!」


 ドアを出てすぐ床に座り込み、しばらくして父の声が聞こえなくなった途端に俺はぼろぼろと泣き出した。

 わざわざ苦手な風魔法まで使って、自分の声が部屋の中には届かないよう遮断して。

 母の涙が反射的に引っ込むくらいにはすごい泣き様で、その俺を椅子から見下ろしながらの公爵の言い分も尤もなのだが、だからこそどうしても残ることはできなかったのだ。


「俺が大泣きしていたら、リリアがちゃんと泣けないだろうが」


 それは、自分のことを後回しにしがちなリリアが俺に気を遣って泣けなくなることが一番嫌だったから。


「涙腺弱いこと自覚してんだよ、俺は! 大体、俺が涙脆いのはどっかの誰かさんからの遺伝なんだから仕方ないだろう!」


 半ば八つ当たり的な感じにそう叫べば、公爵は見事に目を逸らした。

 思い出されるのは、約十年前、別れ際に母に泣きながら縋っていた公爵の姿だ。

 無表情が常だった公爵が、そのときばかりは情けないくらいに涙を流していて、今そばに来た母に頭を抱きしめられながら抗議する俺も同じように情けない姿になっていることは自分でもよくわかっていたが、言わずにはいられないほど衝撃的だった。


「子どもだと思って油断していたんだ。お前も今ならわかるだろう? 愛する人を手放さないといけなかった私の気持ちが」


「わかるから、今こうやって泣いてるんだ!」


「……思う存分泣いておけ。そうしないと、遺伝的にぐずぐず引き摺ることになるのは承知している」


 公爵のその言葉がきっかけになった訳ではないが、もう自分でも何が何だかわからないくらいに涙が溢れてくるのを止められず、俺はひたすら泣き続けた。


 いいだけ泣いて泣き止んだ後、泣き疲れて眠ったリリアをベッドに運んだまではいいが、眠りながらも涙を流すリリアにつられてまた俺も泣いて、そのうち俺も眠ってしまった結果、結局、起きたリリアに気を遣われたけど。


 久しぶりに泣いた所為で痛む頭を抱えながら二人で窓の外を見れば、星が煌めく夜空の下、村の中央に送り火が灯されていた。

 公爵が灯したものだとは思うが、その火事かと思うくらいの炎の大きさにリリアと顔を見合わせて、どちらともなく笑ってしまった。

 綺麗に昇っていく煙を、その夜、俺達はいつまでも見送っていた。

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