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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第一章 ランスロット・オルトランド
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彼女の覚悟

 ――空気が淀んでいた。この村で太陽を見たのは、いつが最後だったか。

 防御魔法で守っている家の中でも、ピリピリと強い魔素の気配を感じる。

 母はもう数週間前から体調を崩していて、起きている時間のほうが少なくなってきた。

 父はもう数日前から傷だらけのまま、それでも魔素の種を探しに行っている。


 私の髪色は、まだ金色というよりも淡い栗色だ。

 それは、私がまだ完全には高位魔力保持者のレベルに辿り着けていないということで。


 無情にも村を侵す雨は強くなっていく。

 魔素が入った毒の雨が、高位魔力保持者の兄の肌すら焼いていく。


「……頼む。俺達にもう治癒魔法を使うな。お前は母さんだけを守っていてくれ」


「僕は大丈夫だよ。まだ時間はあるから。絶対に僕の大切な家族を、最後まで守るから」


「リリア、一緒に休みましょう。貴女も疲れているわ」


 家族が頑張っている中、何もかも中途半端な私は、ただずっと待っていた。

 私が待っているその日が、運命通りの日になるのか、運命とは異なる日になるのかわからずに怯えながら。




 とうとう村が半壊するほどの嵐が来たその日。

 朝から荒れ狂う外に出ていた兄がいつもより早く帰ってきた。

 後ろには見慣れた父ではなく、見慣れない父親を連れて。


「リリア、オルトランド公爵だ!エリクシル剤が来た!」


 彼と同じ色素を持った男性が、私の傍で高熱に魘されていた母に奇跡の薬を飲ませた。

 表情が穏やかになった母はすぐに目覚め、涙ながらに母を抱きしめる男性の隣りで安心する彼の様子を見届けて、私は一人だけそっと自分の部屋に戻った。


 ――私達の望んだ未来のほうが早く来た。

 本当に母が助かって良かったと、ここ数年忘れていた笑顔が自然と漏れた。






 そこまでが、私の限界だった。






「ゴホッ……カハッ……!!」


 ずっと堪えていた胸の痛み。

 それまでは時々苦しかっただけのそれが、その日の朝からやけに強くなっていた。

 とうとう耐えきれず、床に吐き出した血はどす黒かった。

 心臓のあたりが煮えたぎるように熱い――私の魔力制御回路が、魔素に侵されて悲鳴を上げていた。


(大丈夫……“大丈夫だよ。まだ時間はあるから”)


 父が私に言ってくれた言葉を繰り返して、何とか震える手を動かしてベッドの下から箱を取り出した。

 幼いときに亡くなった薬師の母が残してくれた薬箱の中には、あと数本の魔法薬が残っている。

 それは、私が前世の記憶を思い出す前、なかなか魔力が安定せず制御回路を暴走させる度、高熱を出しては母が飲ませてくれていた薬だった。

 魔力を持つ子どもが、魔力を持たない子ども以上に幼少期に体調が安定しないことは、この世界ではよくあることだった。

 ただでさえ医療があまり発達していない世界だ。それで亡くなる子どもも多いという。


 私の記憶の中の母は、いつも難しい顔で薬草と向き合っていた。

 しかし、熱で朦朧とした私が近くに寄ると、いつも優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「もう少しで薬ができるから。すぐ楽になるからね」


 毎日のようにその言葉を聞いていたような気がするほど、幼いときの私の体調は悪かった。

 魔力が安定しないその頃の状態と、魔素に侵された今の状態はよく似ている。

 魔素が回路を狂わせているのだろう。だから、魔力が安定すれば魔素中毒は治せる。

 ゲームの中でも、そうやって魔素中毒を治したキャラがいた。


 一歩気を許せば持って行かれそうになる意識を踏み留まり、まずは一本飲み干す。

 飲み干した瓶とともに身体を床に転がしたところで、ドアが大きな音を立てて開いた。


「……!! 何で今まで黙ってたんだ!!」


 血相を変えた彼が、床に倒れた私を抱き起こして叫んだ。


「……私のことなら大丈夫よ。ちゃんと魔力をコントロールして、魔素を身体から追い出してみせるから」


「こんなに熱出して何言ってんだよ! 言ってくれれば、エリクシル剤をお前に飲ませたのに!」


 それ以上彼の辛そうな表情は見たくなくて、私は彼の首筋に顔を埋めた。

 ピクリと震えた彼の身体は雨で随分と冷えていたらしく、その冷たさが今は心地良かった。


「私は大丈夫だって言ってるでしょう。私のお母さん、魔力を安定させる魔法薬を作れるくらいすごい薬師だったんだから」


「だからって! もうゲーム通りに物語は進んでいないんだぞ!? お前が助かる保証はどこにもないのに……!!」


「大体ね、私はただの魔素中毒だから魔法薬でも治せるけど……お母様の病気は、きっとエリクシル剤じゃないと治せなかったのよ」


「は? 母さんの……病気……?」


 彼の戸惑った声が響く。

 無理もない。知らされてなかっただろうから。

 以前、オルトランド公爵に前世の記憶があることを伝えたのかと私が聞いたときに、彼は何も言っていないと話していた。

 彼が言わなかったように、オルトランド侯爵も重要なことを息子に伝えていないのだろう。


 前世でゲームをしていた頃はそういうものだと思っていたが、こうして現実になってよく考えてみると不思議なことがあった。

 ゲームの中ではこの時期、各地でこのような異変が起こっている原因が魔素の種によるものだとは判明していなかった。

 ヒロインが覚醒した後、女神の啓示を受けて、異変の原因は魔王が放った魔素の種のせいだとわかる予定なのだ。


 私達以外、まだ知るはずのないこの辺一帯の流行病の真実。

 だが、現実にこうして、流行病が魔素のせいだと知らないはずのオルトランド公爵が、特効薬として適合するエリクシル剤を用意して来た。

 その理由が、魔素まで浄化できたのは奇跡の偶然で、本当は最高位の万能薬による違うものの治癒を狙ったものだとしたら。


「詳しい病名は知らないけど、お母様の身体の弱さは病気のせいじゃないかしら」


 ドアからこちらを窺うオルトランド公爵に視線を合わせれば、公爵はあっさりと頷いた。

 公爵に支えられて私の元に来た母のほうが逆に驚いた顔をしている。


「後でいくらでも話そう。とりあえず君は、その魔法薬を早く飲んだほうが良い。魔力のコントロール方法はわかるね?」


「はい。貴方の優秀な息子さんに正式な方法を教わりました」


「おい、愚息。何だかわからないが、さっさと彼女に薬を飲ませてあげなさい。それはお前の役目だろう」


「え……あ、うん」


 こんなに歯切れの悪い彼を見るのは初めてだ。

 完全に自分の父親に圧されており、いつも余裕のある彼にしては珍しいものだと自然と頬が緩んだ。




 その後、私は何とか一命を取り留めた。

 薬師の母が作り上げてくれた魔法薬と、力の入らなくなった私に何度も薬を飲ませてくれた彼、震える手を握って声をかけ続けてくれた今の母と、魔法で氷を出して熱を下げてくれた公爵のおかげだった。

 自分の魔力を回路全開で急上昇させ、全力でコントロールした反動で意識を失った私の髪色は、その時点で金色に変化していたという。


 待ち望んだ高位魔力保持者としての姿――だが、一番見てほしい人は傍にはいなかった。


 父はまだ帰らない。嵐は強くなっていた。

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