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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第三章 アルヴァン・グランドベルグ
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彼らこそが冤罪で

 罪の塔は王国が所有する森の最奥にある。

 王族も含め、高位貴族が死後に葬られる墓場の隅に建てられたそれに数ヶ月前まで窓はなく、清閑で神聖な雰囲気が漂う墓場に異様な冷たさを以って聳え立っている塔は、一年に一度は墓参りに訪れる貴族達への戒めも込めてこの場所に在った。

 今は最上階と思しき場所にただ一つ、重厚な灰色の岩を刳り貫いて作った穴に嵌め込まれた窓枠に太陽の光が差し込んでいる。

 俺はもうすぐこの場所に連行されて来るアルヴァンを塔の入口の前で待ちながら、あの部屋にいる人物が窓の近くにいたところで此処から人影が見える訳でもないのに、その窓をじっと見上げていた。


「第一王子を探しているの?」


 気が付けば、リリアも同じように隣りで塔を見上げていた。

 リリアには、ゲーム通りに俺とあの場所に幽閉されている人物が幼少時代に少しの期間だけ交流があったことを伝えている。

 幼い頃に王都を離れることになった俺と会わなくなって何年後かはわからないが、王城に入り込んだ魔素の種と遭遇し、弟と幼馴染みの愛しい少女を救う為に自ら魔素の種の宿主となり、女神の力を授かったヒロインの告発によって、表舞台から姿を消したこの国の第一王子。

 その王子の幽閉が決まったと同時に作られた窓がある場所は、ちょうど森を挟んだ向こう側に王都の街並みが見える位置で、罪人ではないのに王国の為に厳重に防御魔法が張られた塔の中に閉じ込めるしかなかった息子への国王の心情が垣間見えた。


「アイツは今もあの場所で必死に魔素の種を制御しようとしているのかと思ってさ」


「……国王が決めたことだもの。私達に彼を連れ出す術はないわ」


「わかってるよ。今の俺達にはどうしようもないことくらい、わかってる」


 今回やろうとしていることに連れ出せたなら、と思いはしたが、生半可な覚悟で手を出すには事情が複雑すぎるし、今の俺達では到底無理な話であることをリリアにも指摘されて、俺は顔を伏せた。

 地面に落とした視界に自分の骨のような四肢が入ってきて、余計に無力を通り越して滑稽だとさえ思う。

 今の俺達は、纏ったオルトランド公爵家の正装も貧相に見えてしまうくらいの有様だ。

 これで誰かを助けようだなんて、ふざけているのかと言われても仕方がないほどに。

 俺もリリアも、痩せ細った身体にサイズの合っていない服が浮いている。

 頬がこけて、目の下には隈ができていて、髪はボサボサで、肌色は悪いほうに白い。

 老人のようになった自分の手の甲を見詰めてから、そういえばリリアはちゃんと結婚指輪をしているのだろうかと気になって隣りに視線を移すと、痛んだ髪の毛先を弄っていた彼女の左手の薬指には俺が渡した指輪がしっかりと填まっていてホッと息が漏れた。

 首を傾げる彼女に曖昧に笑い返して、俺は墓場の入口を指差す。

 遠くから聞こえる多数の足音に気付いたリリアもそちらに向き直って、目当ての人物が視界に入ったと同時に俺達はゆっくりと腰を落として最高礼をとった。




 城の客室から見える街並みは、公爵家の窓から見た景色よりも遠く、ジオラマのように小さく足元に広がっていた。

 そのさらに向こう側に沈む夕日を眺めながら、まだ一日は終わってくれないのかと疲労による頭痛で締めつけられた頭を抱える。

 少し動いただけで動悸と息切れが高速で襲ってくる病み上がりの状態で、国の重鎮達に囲まれての尋問は、非常に辛いものだった。

 特に真正面に座った国王自身からの視線がプレッシャーとなって身体を押さえつけてくる錯覚は、在りもしない痛みすら覚えるほどに俺の体力を削った。


 窓際で豪華な椅子に座り、真っ白な窓枠に肘を付いて、これが王族の見ている世界か、と他人事のような感想を抱いて、それがもう他人事ではいられなくなったことにさらに身体が重くなる。

 俺だけならまだ良い。俺はこの世界に産まれたときから国王の傍に立つことを期待されていたから、心の準備ならできている。

 だけど、リリアは――。


 コンコンと扉が鳴った。

 すぐに扉の近くにいた侍女が対応し、俺に困惑の表情を向けてきた。

 俺が返事をする前に侍女を押し退けて入ってきた人物を見て、そりゃ困惑するよなと納得する。


「どうして僕を助けた?」


 手枷を外されたばかりのアルヴァンは、開口一番にそう言った。

 監禁生活で疲れた顔の上に動揺を隠しきれないでいるのも無理はない。

 危害を加え、たとえ不可抗力だとしても殺しかけた相手が事実とは真逆の証言をして、自分を擁護してきたのだから。


「王族ってのは非常識も許されるんだな、親友(・ ・)。せめて返事を待ってから部屋に入るくらいの簡単な常識は守れよ。あ、他国の王族にこんな口調な俺も大概か。これはお互い学園のときのように気にせずってことで良いよな? じゃないと俺、不敬罪で牢に放りこまれるかも」


 せめてもの復讐に厭味を言えば、アルヴァンはバツが悪そうに俺から視線を逸らした。

 アルヴァン・グランドベルグの背景を考えると、祖国の為に喉から手が出るほど欲しかった水属性を自由に扱える俺は友とも呼びたくないところだろうが、アルヴァンは苦虫でも噛んだような顔で頷いた。

 今はそれしか正解がないのだから当然か。


 アルヴァンを罪の塔に連行してきた国王と国の重鎮達に俺は言った。

 アルヴァンは罪状のように俺を攫ってなどいない、と。

 俺はあの夜、困っている親友(・ ・)の力になりたいと自分の意思でグランドベルグに行って、グランドベルグを加護する水精霊が魔素に侵されているとは知らず、水精霊に望まれるまま契約を結んで魔素に倒れた。アルヴァンは俺が倒れたことに罪の意識を感じて罰を受けようとしただけで、これは冤罪だ。

 そう俺が審判権を持つ者達の前で証言すれば、目論見通りにアルヴァンの裁判はすぐにやり直された。


 本来ならもう“王城にある他国への空間ゲートの不正使用とその管理者との癒着”という決定的な証拠が上がっているから、俺が証言したところで完全な冤罪ということにはならないが、今回は何よりも国王と国の重鎮達のほとんどがそれを望んでいたから、事態が反転するのは早かった。

 即刻死罪にあたる高位貴族誘拐事件を起こしたとはいえ、アルヴァン・グランドベルグは、今、この世界で主流となっている武器や防具に使うような特殊金属が土地柄採れないこの国にとって、なくてはならない貿易国の王族だ。

 しかもグランドベルグを治める女王は、封印魔法に巻き込まれて今も城で氷漬けときている。

 精霊鉱と呼ばれる特殊金属の一番の採掘地であるグランドベルグから武器や防具を友好国ということで安価で提供してもらっている側としては、女王の反応がわからない今、アルヴァンを死刑にすることもできず、死刑にすることができないから事件を公けにすることもできず、こうしてこの事件は国の重鎮達だけが真実を知るところとなり、アルヴァンには罪の塔での幽閉という刑が科せられた。

 ――要はこの事件、犯人が判明した時点で王国にとっては交渉の材料に成り果て、真実が何であろうが、国王次第では元々どうとでも揉み消すことができるように既に仕組まれていた。

 それに紛れて、女王を氷漬けにしたのも国を守るために魔素の種と戦っていた精霊の所為にしてしまえば、他国の城を女王ごと氷で閉ざした俺の罪も問われないし、脆い人間は強い精霊を裁くことはできないから丸く収まるしかない。


 他の誰もが今回の事件をそうとすることを望んでいながらそうならなかったのは、俺の親父――オルトランド公爵家が、国の為だろうと俺を害したアルヴァンの無罪を良しとしなかったからだ。

 罪の塔の前で騒然とする国の重鎮達の中、俺達が戻ってきたことに誰よりも驚いていた親父の顔を見て、オルトランド公爵家の跡継ぎとしての俺はこれで良かったのかと不安が過らなかった訳ではない。

 でもあのとき、真っ先に俺達の望む通り、裁判をやり直そうと国王に進言してくれたのも親父だった。

 普段は無口の癖に俺とリリアの顔を見れば「貴族として」だの「公爵家を背負う者として」だの煩かった親父の影響力とオルトランド公爵家の力を見せつけられて、俺は次期公爵の立場に押し潰されそうになりながらも、お前の判断は間違っていないと親父に肯定されたようで嬉しいような、何だかこんな状況なのにくすぐったい感じに悶えることになった次第である。

 俺って前世ではプレッシャーに逆にテンションを上げるような人間ではなかったんだけどと思いつつ、それも今は可愛い奥さんがしっかり支えてくれるからこそなんだろうなと思い至り、そしてちょっと青ざめる。


「アルヴァン、とりあえず此処からさっさと出て行け。リリアに見つかったら、お前、本気で殺されかねないから」


「そういえば、君の自慢の奥さんは何処に?」


「エリクシル剤を作れる人材だってことで、城の専属薬師に連れて行かれた。ほら、今のうちに逃げろ。リリアは俺みたいに甘くないぞ」


 リリアなら立場があるから手は出さないだろうが、まず絶対にアルヴァンを言葉で抉る。

 アルヴァンは俺がいくら言ったところで大して危機感を抱いていない様子だが、この事件に関して一番腹が立っているのはリリアだ。

 尋問中、魔素に侵された俺をどうやって救ったのかという問いに対して答えたときも周囲の反応に面倒臭そうな顔をしていたし、終わった後に教えを請いたいと言ってきた城専属の薬師達の顔が、本当に奇跡の薬をこんな小娘が作ったのかとあからさまに疑ってかかっていたから、そんな薬師達の相手をしなきゃならなくなったリリアの機嫌は今、間違いなく最悪だ。

 その状態で元凶のアルヴァンと会わせたときのことを考えれば、さらに頭が痛くなってきた。


「……わかった。今日のところは退出するが、また明日、話は聞かせてもらえるんだろうな?」


「俺、陛下に体調を気遣われて、しばらく城で休養させてもらえることになったんだけど」


 国王に休めと言われた人間を煩わせるなんてお前って馬鹿だよな、とは口に出さなくてもわかってくれたようで、アルヴァンは後ろ髪を引かれながらも退出していってくれたが。


 それから数分と置かずに部屋に戻ってきたリリアの表情は絶対零度だった。

 アルヴァンと廊下で会ったのかなんて野暮なことは聞かない。

 無言で差し出された恐らく作り立てだろう頭痛薬を飲んで、とりあえず俺は彼女の頭を撫でることに徹した。


 リリアは暮れていく窓の外の景色を見ながら、やがてぽつりと呟いた。


「……貴方はアルヴァンを許せるの?」


 その問いは私は許せないと言外に話しているようなものだ。

 部屋に控えている侍女と騎士達の空気が張り詰めた気配がした。


 ――リリアのこの発言が、何か考えがあってのことだとするなら。


「……お前はアルヴァンを許せるのか?」


 リリアの質問に俺がどう思っているかを答えるのではなく、俺が尋ねられたことをリリアにも答えさせることが重要なのだろう。

 この部屋にいる全員の視線がリリアへと集まった。

 そんな中、リリアは目に涙を浮かべて、躊躇うことなく首を横に振る。

 座っている俺の膝に崩れ落ち、本当にあいつが憎くて仕方ないといったように拳を握りながら。


「許せる訳ないでしょう? あの男も、魔素の種が暴れているのに何もしてくれない聖女様も、こんなに近くにいるんだから、できることならいっそのこと……」


 “殺してしまいたい”


 それが俺達が国王からしばらく城で休養するように言われた理由の一つだと、まさかリリアが気付いていないはずはない。

 俺達は生憎と「国王様、体調不良な俺達を気遣ってくれてありがとう」的なおめでたい頭をしていないから、爵位を正式に継いでもいないのに夫婦で城に滞在を許されたことには裏があると理解している。

 俺からすると、俺をアルヴァンから守れなかったことを後悔しているリリアが、裁判後に俺を置いて薬師達におとなしく付いて行ったことがもう既におかしかったし、リリアがここでフラグが揃わなければ浄化魔法を使えないことを知っているヒロインを持ち出してくることもおかしいから、これは絶対に気付いて動いていると考えて良い。


 だとすれば。

 この状況を逆に利用して、アルヴァンとヒロインへの殺意をバラ撒いて、エンディングへと向かわせる為にあいつらを俺達からの避難という名の旅行に出発させれば良いとリリアは言いたいのか。


 ――監視はちゃんとされている。

 部屋にいる侍女と騎士達のリリアに対する表情が、気を付けていなければわからない程度にだが、険しくなった。

 大体、暗黙の了解で冤罪となったとはいえ、俺を攫った事実は消えていないアルヴァンがちょうどリリアのいないタイミングで訪室してきた上に、それを俺達の護衛を任された騎士が止めなかったことも変で、城の廊下はいくつもあるのにリリアが部屋に戻るルートでわざわざアルヴァンを遭遇させるなんて、もはや単純すぎて誰かに何かを謀られていると存分に疑えと言っているようなもの。

 ただ単に俺とリリアをそれぞれアルヴァンに単独で接触させて、その反応からボロでも見つける気だったのなら、馬鹿にするなよと鼻で笑ってやる。


 貴族の社会は難しいから、俺が疑われているのは仕方がない。

 何故住み慣れた公爵家ではなく城で療養なのかと考えたとき、俺がこの誘拐事件を利用して次期オルトランド公爵として自分の名を上げる為、現オルトランド公爵である親父と組んで、アルヴァンが罪の塔に収容される寸前で、国王が真に望む冤罪へと劇的に導いたのではないかと疑われている可能性も捨てられなかった。

 国益第一の固物親父が天変地異でも起こったかのように国王の意向と反れたことを行い、俺が自分を害したアルヴァンを擁護するメリットなんて、常識的に考えてそれくらい企んでやっと出てくるものだ。

 まさか夏休み中にアルヴァンをヒロインと二週間の旅行に行かせないとグランドベルグで浄化魔法が発動しないなんて非常識な条件を知っているはずもないから、国のお偉方連中は俺が何か企んでないかをまず疑ってかかっていると思う。

 企みを完璧に隠蔽できそうな親父との接触を制限できて、まだ未熟な俺達からオルトランド公爵家の真意を探ることができ、私怨で俺達がアルヴァンを殺さないかどうかも監視できる、まさに一石三鳥。

 そんな風にほくそ笑んでいる誰かこそ、俺は心底殴りたい気分ではあるが。


「…………ッ…………」


 リリアをこんな風にしっかり泣かせてくれるなら、俺は少し感謝しても良いと思ってしまった。

 これでちゃんと泣いて気持ちを整理した後なら、バッドエンドでアルヴァンが死んだとき、強情なリリアは自分が殺したかったから殺したんだと思い込みかねない危険性があったが、お前の所為じゃないと言っても聞き入れてもらえそうだ。

 村では俺を守れなかったことで自分を責めて泣いていたけど、リリアはアルヴァンに関しては一言も恨み事を言わなかった。

 罪の塔の前でアルヴァンを視界に入れてもリリアの表情が崩れなかったのがアルヴァンに対する感情を無意識に止めていたからだとするなら、どんな形だとしてもこうして動かしてくれた奴には感謝したい。

 アルヴァンもヒロインも殺したいと言ったのは、紛れもなくリリアの本心だ。

 本心だから本能で、こうして抱いてはいけないと刻み込まれた負の感情を泣いて消化しようとしているんじゃないだろうか。

 ドレスが汚れることも気にせず座りこんでいるリリアを、椅子から滑り落ちるように俺も絨毯の上に下りて、強く抱きしめた。


 ヒロインがアルヴァンのルートで辿り着く先は、恐らくバッドエンド。

 このゲームは学園が舞台の乙女ゲームだ。

 学生の本分である勉強をせずに、そう簡単に甘い未来を掴めるようにはできていない。

 それぞれのエンディングの成功条件にはステータス値が含まれていて、ヒロインが恋愛しながらちゃんと学園生活を送ってステータスを上げ、得た好感度によって決まるそれぞれのエンディングの成功条件を満たしていなければ、好感度的にはグッドエンドだろうがハッピーエンドだろうが、どのエンディングのルートに乗ったところで、最終的には容赦なく攻略対象キャラが魔素の種を弱体化させる為に死んでしまうバッドエンド落ちとなる。

 先に他のイベント見たさに好感度を引き上げた後、ステータス上がり待ちの状態で攻略対象キャラを死なせない為にはどうすれば良いのかといえば、エンディングに繋がるイベントを発生させなければ良い話なのだが。


 リリアがヒロインの行動と期末試験の結果から割り出した現在のアルヴァンの好感度とステータスだと、ハッピーエンドを失敗してバッドエンドとなり、アルヴァンは死ぬ。

 夏休み前にステータスが足りない状況でアルヴァンを旅行に誘っているヒロインは、旅行イベント後にアルヴァンの攻略を一時的に止めるつもりだったのか、夏休み中に上げるつもりだったのかはわからないが、今回は残念ながら俺達が無理矢理にでもそこからエンディングに繋げさせてもらう。


 旅行の最終地点は、ゲーム通りに魔素に侵されたグランドベルグだ。

 アルヴァンとヒロインが船でグランドベルグの港に到着する直前に、俺は城の封印魔法を解く。

 旅行イベントの後の「城に寄って行かないか?」とアルヴァンが誘って、ヒロインが「はい」か「いいえ」かを選ぶ特別イベントはなくても構わないから、ザイレの空間魔術でスキップさせる。

 エンディングを迎える為に重要なのは、ヒロインを旅行後にグランドベルグの女王――ライバルキャラであるアルヴァンの最愛の姉に会わせること。

 それでグランドベルグの魔素の種が動き、異変に気付いて辿り着いた『水精霊の間』で戦いが始まり、魔素の種は浄化されて、アルヴァンルートはエンディングを迎える。

 現実は俺が水精霊と契約した所為でもう魔素の種が動き出しているし、アルヴァンは冤罪となったが国に犯罪者としてマークされて城に軟禁状態で、そもそもヒロインとアルヴァンが二日後に約束通りに旅行に出発できるのかもわからず、あのヒロインが浄化魔法を発動できるのかどうかも怪しい状態だけど、このまま水精霊に封印魔法を破られて再び魔素に侵される日をただ待っているよりも、俺達が生存できる可能性はまだ高い。


 ここでアルヴァンを釈放させることには成功した。

 次の問題は、一時は罪人として扱われたアルヴァンと国の最重要人物である聖女(ヒロイン)をどうやって仲良く旅行に持ち込ませるかだ。

 このままアルヴァンと一緒に城に滞在させていると俺達が殺しに行きかねないと国が判断してアルヴァンを城から追い出してくれれば、外にはザイレもエレノアもいるから対策はとれる。


「……いつもお前にばかり苦労をかけてごめんな」


 俺には貴族らしい複雑な知略戦はできそうにないから、リリアに任せきりになってしまう。


「俺がもっと強ければ……俺にもっと権力があれば、襲ってきた時点で遠慮なくあいつを殺してやれたのに」


 俺のこの言葉に嘘はない。

 そうして俺がもっとしっかりしていれば、リリアはこうして泣くこともなかった。


 リリアが俺の服をキュッと握った。

 弱くてごめん、巻き込んでごめん、こうなったのは全部俺の所為だから、と謝ろうとして、それは巡り巡ってまたリリアを自分で責めさせるだけの結果になる俺の懺悔の為の言葉じゃないかと唇を噛む。


「妻と二人きりにしてくれませんか?」


 侍女も騎士も戸惑った顔をして、でも頷き合って部屋から俺の要望に沿って退出してくれた。

 目を閉じると、騎士が廊下を走って遠ざかる音が聞こえる。

 報告するならすれば良い。俺達は何も国の不利益になることはしていない。

 誰かに殺されなければならないことも、誰かを殺さなければならないことも、していないのだから。

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