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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第三章 アルヴァン・グランドベルグ
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彼と父親と反抗期

「お前達に足りないものは人脈だ」


 男子寮へと向かう途中から人目を避けるように道を逸れ、その言葉と共に俺が親父から渡されたのは、ゲームの中のランスロットとは違う寮の部屋の鍵だった。

 同室予定だったこの国の第二王子ではなく、砂漠の国の第一皇子――アルヴァン・グランドベルグと同じ部屋の鍵。


「……グランドベルグは、ヒロイン次第では滅ぶ国だぞ?」


 この展開にいまいち要領を得ず、俺は親父に質問を投げかけた。


 砂漠の国グランドベルグは、国の八割が砂漠で構成された島国であり小国でありながら、地下の鉱石資源が豊富で、武器や防具の製作においては、他国の追随を許さないほどの技術力を誇ることで有名な国だ。

 また、砂漠に囲まれていながら首都は水の都とまで呼ばれるくらいの水資源に溢れているため、熱帯で育った味の濃い果物を使った酒造でも有名である。

 グランドベルグ産の武器や酒の名声は高く、海を隔てて一番近いこの王国だけではなく、他国にとっても重要な貿易相手国であるが、それは現在の話であって、未来もそうであるとは限らないことを親父には伝えていたのだが。


 砂漠の国からの留学生であるアルヴァン・グランドベルグは、攻略対象者だ。

 故に彼が命よりも大切にしているその国は、魔素の種に被害を受けて、今も少しずつ滅亡に向かっている。


 言い淀んでいるのか何か考えているのか読めない親父は、ただ俺を見返してきた。

 正直言って、俺は親父のこういうところが苦手だ。俺を試しているようで。


「親父。俺がリリアのように親父の考えを察して動けると思うなよ。やってほしいことがあるなら口で言え、口で。どうしてこの国の現在の王位継承最有力候補ではなく、滅ぶかもしれない国の死ぬかもしれない皇子と仲良くしろと?」


 俺が再度真意を問えば、親父にしては珍しいことに一拍置いてから、意外すぎる答えを返してきた。


「……お前達が懸念している最悪の展開についてだが。私は、彼らのことはなるようにしかならないと思っている。死んでしまうなら死んでしまうで、その失われてしまうはずだった人脈やコネをお前達が引き継げば良いと考えている」


 思わず俺は目を見開いて、親父の顔を凝視してしまった。

 だが、そこにあったのは相変わらずの無表情。俺には何も察せられない。

 国の為に生きているような貴族然とした親父が。ヒロイン次第では死んでしまうかもしれない人物達とも、その親達とも交流のある親父が、まだ数ある未来や可能性を切り捨てて、失われてしまうものをあわよくば横取りしろと言うのか。


 これが貴族の考え方なのかと俺は奥歯を強く噛んだ。

 親父の考えていることは確かに合理的だが、あまりにも俺達が目指す平和からは掛け離れていて、これが別の次元で人の上に生きている人間なのだと思い知らされる。


「リリアはフォルスクライン侯爵令嬢と同室にしてある。同室の相手が各国の貴族達にも顔が広い彼女やアルヴァン皇子ならば、お前達も貴族として学ぶことが多いだろう。だが、リリアは失うことに怯えて、他人との一定以上の接触を避けている節がある。特に魔素の種に関係する国の重要人物や、自分で自分を守ることができない弱い人間にはそれが顕著だ。今回の件、あの子は私の意図に気付いてもしばらくは動かない可能性がある。お前が支えてやれ」


 それを聞いてようやく俺の頭に浮かんできたのは、苛立ちにも似た反論だった。


「リリアは父親を失ってまだ一年しか経っていないんだ。死ぬ危険性のある人物を避けて何が悪い。人脈は俺がつくるから、リリアは家にいるだけで良い」


「そうやってまたお前はあの子を家に閉じ込めるのか」


 親父の咎めるような視線が俺を射抜く。

 一瞬、息が詰まった。考えなかった訳ではない。

 まだ父さんが生きていたあの頃、リリアを外に出さない選択肢が本当に最善だったのかと。

 雪山でリリアに一緒に戦えると言われて、そういう選択肢だって選べたのではないかと考えてしまう頭を無理な言い訳をして横に振ってきたのは俺自身だ。


 だが、俺だって引き下がる訳にはいかない。

 あのいつ誰を失うかわからない状況で、唯一、俺達を守ってくれていたのは父さんだ。

 盾になってくれていた父親を失ったリリアを守れるのは、もう俺しかいない。


「リリアは貴族として利害関係を考えるだけの人付き合いなんて望んでいない」


「望んでいなくとも、次期公爵夫人としてやってもらわなくては困る。社交界は女にとっては情報共有の場であり、戦いの場でもある。お前は彼女を一人で戦場に立たせる気か。公爵夫人でありながら弱い立場である下位貴族の令嬢達を守らせず、むしろ弱い者達をすべて彼女の敵に回すつもりか」


「それは今そこまで可能性を考えるべきことか? まだ時間はあるだろう。魔素の種の所為で誰が死ぬかわからない以上、リリアに人付き合いに関して積極性を強いるのは酷だ」


「酷だろうが非情だろうが、お前達は本来なら社交界で名が売れていて当然の年齢だ。彼女は頭の回転が速い。名高い貴族の子息達を圧倒的に抜いているので公けにはしていないが、最近まで平民であり、そして女の身でありながら、入学試験ではすでにお前に次ぐ成績を残している。その知識量と応用力があれば、将来の社交界を仕切ることも可能だろう」


「間を置かせてやれって言ってんだよ。リリアなら言われなくても、ちゃんと公爵夫人の立場がどういうものか理解してる」


「理解していても、いつまでも自分に甘えて効率的な時期を逃してしまっては意味がない。学園はそういうことに関しては最適の場だ。彼女は機転が利き、何よりもお前のことを第一に考えて守ってくれる存在だ。これからオルトランド公爵家を背負うお前にとって、彼女の味方も多いほうが良いだろう。お前達は、今後は一緒に戦うのではなかったのか?」


「……盗み聞きかよ」


「お前達は貴族だ。私の後継者で、将来的には国を背負って表に立ってもらわなければならない。それを忘れるな」


 もうこれで話は終わったとでも言いたいように親父は背を向けて歩き出した。

 その大きくて遠くなった背を、俺は睨みつけた。


「打算でつくった人脈が、本当に俺達の助けになると思うなよ。本気で崖っぷちに立ったとき、そういう奴は簡単に俺達を裏切るんだ」


 聞こえていたのかいないのか、親父は僅かに肩をすくめただけで振り返ることはなかった。




 寄り道をしていた所為で、他の生徒よりも少し遅れて寮に到着した俺を部屋で待っていたのは、アルヴァン・グランドベルグの爽やかな笑顔だった。

 火系統属性の高位魔力保持者である証のオレンジ寄りのガーネット色の髪と瞳が、扉をノックする前ににこやかに俺を出迎えた。気配を読まれたのか。


 アルヴァンの背は、ゲームの設定よりも発育が良い俺がそれでも見上げるほど高かった。

 魔法よりも剣で戦うのが好きなアルヴァンらしく、この国よりも魔物が多く、治安が悪い砂漠の地で戦闘用に鍛えられた筋肉量は俺より上だろう。

 魔力量は俺のほうが上だが、対人戦の経験で劣る俺が純粋な体術勝負では勝てるか、勝てないか。


 そんなことを何故か咄嗟に考えてしまった俺は心の中で自分を叱責しながら、貴族の礼をとった。

 相手は未来に滅びが待っていようと、今は一国の皇子だ。俺よりも身分は上。


「初めまして。ランスロット・オルトランドと申します。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」


「こちらこそ初めまして。同室になるアルヴァン・グランドベルグだ。肩苦しい挨拶は抜きにしよう。その言葉遣いも不要だ。さあ、どうぞ。君がなかなか来ないから、ベッドをどちらにするか決められなくて荷物整理ができなかった」


 あからさまな好意を含んだ苦笑の表情に何処か薄ら寒さを感じながら、俺は扉を抑えてくれているアルヴァンの脇を通り抜けた。

 そのときふと感じた甘い匂いは、今王都でも流行っているグランドベルグ産の香の匂いか。


「ベッドなんてどっちでも良かったのに律儀だな。俺は遠慮なく右側のベッドをとるぞ?」


 部屋の構造を見渡してゲームと相違ないことを確認して振り返ると、アルヴァンは扉を閉めた体勢のまま、驚いたような顔をしていた。


「どうした?」


「いや、敬語が不要だと言った瞬間にこうくるとは。君達親子はそっくりだな」


「あの親父と一緒にしないでくれ。俺は今日から反抗期だ。何だかいろいろとムカついてきたから、もうイラつきのまま親父と真っ向から対立することにした」


「……親父? 反抗期?」


 俺の発言を疑わしげに単語だけ反復するアルヴァンに苦笑を返す。

 きっと貴族らしくないだの、あの無表情冷血公爵にそんな口を叩くなんてだのと思っているのだろう。


「なんか変な機械みたいになってるぞ、アルヴァン。遅く来た俺が言うのもなんだけど、さっさと荷物整理して……食堂だったか? 新入生歓迎会に行こう」


 アルヴァンはさらに目を瞬いた後、一頻り笑い声を上げてから、手を差し出してきた。


「面白い男だな、君は。改めてこれからよろしく頼むよ。ランスロット」


「ああ、よろしく」


 差し出された手に作られた肉刺が潰れた痕と、握ったときのアルヴァンの掌の力強さは、どうしてか危機感を覚えるほど凄く印象的で。


 俺はこの夜、ある程度決めていた授業構成を見直すことを決めた。

 学年ごとに設定された基礎科目以外は、自分の進路によって自由に授業を選べるのがこの魔法学園の良いところだ。

 戦闘系を主体で、ギリギリまで実技の授業を詰め込んで――もっと強く。


 この世界は、きっとこれからも俺達に優しくはない。

 せめてそっと握りしめた片手分の守りたいものだけでも守れるように。

 見上げた王都の空は、まだ辛うじて青かった。

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