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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第二章 レゼ・F・エクアシス
17/29

彼女は昔の自分を見ているようだと思った

 ヒロイン達と共に学園から戻ってきたレゼは、孤児院にいる子供達が魔力制御回路を狂わせて次々と亡くなり、エレノアもその子供達を救おうと時間魔術を使い続けて限界が近い状態であることをザイレから聞かされた。


「オレは行けない……母上の傍にいる」


 魔王を倒す為に魔界に行くヒロインと攻略対象者達に、レゼは俯いて一人こちらに残ることを告げた。

 レゼは父から貰った魔界へのゲートを開ける鍵をヒロインに自分の代わりだと言って渡し、エレノアが過ごしている孤児院へと消えていった。


 その頃、ザイレはヒロイン達が世界各地から回収してきたという宝珠を見て愕然としていた。

 まさかそのようなことがあるはずはないと、ヒロイン達から魔素の種がどのようなものであったか詳細を聞けば、返ってきたのは無情な真実だった。


 “魔素の種は紫色の種の形をしていて、浄化すると綺麗な珠になった”


 それなら、魔素で侵される前は綺麗な宝珠であったと言うのか。

 魔王に力を込められて紫色の殻を纏った、延命の力があるあの宝珠とよく似た形の――。


 ザイレはヒロイン達と共に魔界に渡った。

 一人だけ大聖堂に戻る振りをして向かった魔王のもとで、そこで初めて子供達を苦しめていた原因が、自分に宿る変質した宝珠だと知ったザイレが選んだのは、己の死だった。


「私は宝珠がなければ、元々死んでいた身。他の聖都中の子供達が……レゼが狂ってしまう前に私が消えよう」


 それが魔王戦直前の意味のわからない戦闘の理由だった。


 レゼのルートには、他のキャラのルートでは語られなかったその続きがある。

 ザイレは魔素の種を浄化された後に逃げ出すのだが、それはエレノアの元に帰る為で、最後は愛するエレノアの腕の中で眠りについたと。

 レゼのトゥルーエンドが確定されている場合は、ザイレが浄化された後の宝珠をヒロイン達から奪って、エレノアにどうか自分の分も生きてくれと渡すイベントが発生する。

 時間魔術を使い続けて疲弊したエレノアに、ザイレが延命の力があると信じていた宝珠を渡すのだ。

 里を襲った反逆者から聞いていて、その宝珠に延命の力などないことを知っていたエレノアだったが、知らない振りをして頷き、優しい顔で眠りについたザイレを愛おしそうに撫でて涙を流した。

 魔界から急いで戻ってきたヒロインに宝珠を返したエレノアは、ヒロイン達が魔界へ行っている間に潜在していた魔素中毒を発症して瀕死の状態になってしまったレゼのことをヒロインに託した後、最後の時間魔術を使った。

 魔素の所為で魔力を通しにくくなったレゼの身体を、命懸けでかろうじて倒れてしまう前の状態に戻したところで、エレノアも命を落とした。

 目が覚めたレゼは、二人が自分の為に死んだことを知り、爆発的な感情表出とともに魔力制御回路を暴走させた。

 しかし、ヒロインの必死の呼びかけで正気を取り戻し、暴走で急激に増えた魔力を彼女の為にコントロールしようとした結果、偶然にも魔素中毒を克服することになる。


 二人の亡骸を前に泣いているレゼをヒロインは抱き締めて言った。

 これからは私が傍にいるから、二人の分も一緒に生きていきましょう――と。




 ゲームの中、原因を考えるとどのキャラのルートでも、物語の進行と共に孤児院にいた子供達は一人ずつ命を落としていたことになる。

 子供たちの死を不器用に濁して告げた後、ただ不思議そうに首を傾げるレゼにザイレは何を思っていたのだろう。


 レゼの攻略条件を満たしていれば、エレノアにヒロインと同じ十五歳の姿にしてもらったレゼは、ヒロインを追って王都の学園に入学する。

 それ故にザイレが宿している魔素の種の影響から逃れることができたレゼが、学園で正式な魔力のコントロール方法を学んだレゼだけが、潜在していた魔素中毒を発症せずにその悲報を知るのは物語の終盤だった。

 他のキャラのルートでは、恐らくその子供達と同じように倒れてしまっていたからだろう、終盤ではレゼとエレノアは姿を見せない。


 ヒロインは魔素の種による各地の――聖都以外の異変を収めた後、元凶である魔王を倒す為、教会が管理する魔界への転移ゲートを使わせてほしいと攻略対象者達と共に大聖堂にやって来る。

 女神の力の影響で、ヒロインはこの世界にとって異物である魔素の種が近いと体調が悪くなるのがそれまでの常だったのに、ザイレの宿した魔素の種にはあまり反応せずに魔界へ向かっていった。

 エンディングを見た後、もう一度その場面を見返したら、少なからずヒロインが反応はしている描写はあった。

 しかし、それは慣れないことや魔王戦直前の緊張によるものだとスルー出来る程度の弱いもので。


 その理由は、今なら察することができる。

 ザイレは、魔力コントロールが異様に上手すぎるのだ。

 ザイレの魔力の流れを集中して見ていれば、ザイレが自分の魔力制御回路に宝珠という異物があることを前提で、自分の魔力を魔素ごと身体の外に限りなく漏らさないよう体内で循環させていることが窺える。

 魔族であることを隠す為に強大な魔力を内側に抑えなければならず、魔力制御回路に埋められた宝珠に頼らなければ自分は生きられないと認識しているからこそ、そこに多くの魔力を集中させるという特殊な魔力コントロールの仕方だ。

 存在が魔力にほとんど依存している精霊や魔族でなければ、耐えられない状態をザイレは維持し続けている。

 それで意図せず周囲への魔素の種の影響を最小限に抑えているようで、ゲームの中で、唯一、ザイレに近すぎて影響がはっきりと出てしまっていた孤児院の異変を知らないヒロインは、あと一つ残っていた魔素の種に気付くことができなかったのだろう。


 ザイレもザイレで、何故もっと早くに気付けなかったのか。

 元々攫ってきた子供達は魔力制御回路を頻繁に狂わせていたし、ザイレが数年間のうちに同じ場所で同じ症状で次々と子供達が死ぬことが“異常”だとわからなかったのは、こうして人間(・・)に関する常識(・・)が欠如しているからだと考えれば。




「……貴方って実は馬鹿なの?」


 ザイレにこれだけは言ってやらないと私の気が済まなかった。

 季節的に寒くなってきた所為でなかなか寝付けなかったのに深夜に叩き起こされ、セルディオに持ってきてもらった荷物を問答無用で奪われて、乱暴に担がれながら転移させられた先はカオスと化している牢だった。

 泣いているサラに、その子を慰めているランスに、顔面蒼白のエレノアに、アレじゃないコレじゃないと薬箱を引っかきまわしている子供達に、理由も告げずに治せと命令してくるザイレ。

 ランスに事情を聞くと、想像もしていなかった全然大したこともない事態で、間抜けな声が出るほど拍子抜けした。

 げんなりしている様子のランスの肩に手を置いて、どさくさに紛れて防御魔法を補うついでにポンポンと労わっておいた。


「ところで、ランス。小学生の頃、保健体育の授業で話された内容って覚えている?」


「ああ、あったなそういうの。覚えていないこともないけど」


「それなら基礎教育からね。私が女の子を担当するから、男の子達はよろしく」


「え? 俺も説明するのか!?」


「私だって気恥ずかしいけど、私達に子供が産まれたときの予行練習だと思えば……」


「よし、わかった! 未来の俺達の子供達の為に頑張る!」


 俄然やる気になってくれたのは嬉しいのだが、ガッツポーズをとらなくてもと思いつつ、私はここにきてもしっかり疑問符を頭に浮かべて理解していない様子のザイレとエレノアを見て頭を抱えた。

 本来なら、この世界ではこういうことを教えるのは親の役目なのだ。

 それは貴族も平民も変わらない。

 女の子の身体特有の現象には母親が、男の子の身体特有の現象については父親が、普通は年頃になったら説明することになっているのだが。


「部屋を移動しましょう。こんな寒いところにいたら、余計に身体が冷えてお腹が痛くなるだけよ。女の子達は私から、男の子達はランスから人間の身体について大事な話を説明するわね。何処か良い部屋はある? あ、お互いの話を盗み聞きするのはダメよ。必ず別々の部屋を用意して、盗聴なんてしないように。女の子に関しては怖ーい血塗れの話もするし、男の子に関しては女の子に聞かれたくないような話もするだろうから、後悔したくないのならそういった魔術を切るのは今のうちね」


 あくまで親切を装って発したその言葉に、顔色を変えた一人の女の子がフッと音を立てて息を吐いた。

 やはりだ。いつもザイレが私の部屋を訪室するタイミングが良すぎると思ったら、魔術で盗聴していたのか。

 ザイレに対してこの変態野郎と罵りたい気持ちを抑えて、私はランスにジッと視線を送った。

 この流れに乗じて今後の動きについて相談する時間を作ろうと、そういった意味を含めて。

 ランスも意味ありげに頷いてくれたのを確認して、私達はそれぞれエレノアとザイレをがっちりと連行して部屋を移動した。


 女の子達が過ごしているらしい部屋に連れてこられた私は、サラに鎮痛薬を飲ませてから着替えやらを手伝い、落ち着いたところで彼女達に自己紹介をしてもらった。

 治癒魔術使いのセレナ、植物魔術使いのサラ、風系魔術使いのレイラ、そして今代の聖女であるエレノア。

 ゲームに登場し、終盤では死んでいた人物と相違ない。


 まず、今までこういったことが起きたときにどうしていたのかと聞くと、エレノアが時間魔術で時を戻したり進めたりして治していたというから驚いた。

 時を進めて治しているということは、と期待を込めて、エレノアに女性が出血するこの現象がどういうものなのか理解しているのかと問えば、自分がそうやって治っていたから、時を進めれば自然に治癒されるような怪我の類だと思っていたとのこと。

 まあ、大きく間違ってはいない。間違ってはいないが……。

 私がエレノアを含めた全員に、小学生の女の子に話すような内容で説明を始めたのは言うまでもない。




 色々なところで脱線していたら、説明が終わる頃には、空は薄らと明るくなり始めていた。

 子供達を寝かしつけた後、私とエレノアは二人で屋敷の食堂に向かった。

 大きな屋敷なのに珍しく対面式のキッチンで、そこは食堂という言葉がぴったり似合う雰囲気の場所だった。

 何やら男の子達の部屋で異様に盛り上がっているランス達にも軽食を作ろうと思ったが、材料もないし、調理器具は錆びていて使い物にならない状況で、埃がこんもり被った鍋を発見して眉間に皺が寄った。質が良い鍋なのに、なんて勿体ない。


「此処は以前、教会関係者の戦闘訓練施設でしたので……それを買い取って孤児院として以来、此処の食事もすべて聖堂のほうで作らせております。こちらが使われなくなって暫く経ちますわ」


 申し訳なさそうに私の後ろを付いてきたエレノアは、サラを成長させてからまだ一週間しか経っていないのに、幼女から私と同じくらいの少女の姿になっていた。

 若返ったことで生じる身体の違和感を病気が完治した所為だと思わせる為、大聖堂に来る人間を若返らせるのは数か月単位にしているはずなのに、ここまで姿を取り戻しているということは。


「ザイレにもう子供を攫わなくても大丈夫って言った話、貴女は聞いていないの?」


「え……?」


 エレノアは首を傾げた。

 この反応、ザイレはエレノアに私の話をしていない。

 ということは、私はまだザイレに信用されていないということになる。


 ……当然といえば当然だ。

 前世の記憶があって、その前世ではこの世界がゲームで、私は貴方達の過去や未来を知っていて、ここ数年のうちに死んでしまう貴方達の為に救う手段を探しています。

 そんなことを逆の立場で言われたら、私は信じるどころかその人の厨二病を疑って妄想だとスルーする。


 それでも私は、エレノアに向き直り、これからのことを考えた上で口を開いた。

 頭がおかしいと思われたって構わないが、ただ少しでも信じてほしいと。


「聖女として人間を救うことを強要されている貴女の為、教会に来てからザイレは治癒に適性や特性がある高位魔力保持者を探すようになった。特に最近は、魔素の種の所為で時間魔術を行使する機会が増えて、時には血を吐くほど身体に負担が掛かっていた貴女を治療する為、とうとう人攫いまで始めるほどに」


 エレノアはそこまでは無表情で静かに聞いていた。


「一方、貴女はある時を迎えれば必ず倒れてしまうザイレに時間魔術を使った後、再び彼が目覚めたときに違和感を抱かないよう、若返らせた代償で老いた自分の肉体年齢を移すことができる人間を必要としていた。魔力制御回路を狂わせた子供達は放っておけば死んでしまう人間で、対象としてはちょうど良かった。だから、お互いに本当の意図を黙っていても、そういう子供達を救うという名目で、子供を攫ってくるという結論は変わらなかった」


 彼女達がお互いに隠している“聖女の奇跡”の本当の理由を話すと、エレノアは顔を強張らせた。


「今年の冬、大聖堂にやって来る新しい聖女が数年後に魔王を倒す直前、最後に貴女にその本当の理由を話して眠りについたザイレは悲劇のヒーローになったわ。対して、まるで子供達を生贄のように扱っていた貴女は悪役聖女と評価された。私達、設定が似ているわね。私も前世の記憶を思い出さなかったら、次の春には悪役令嬢と呼ばれる予定だったから」


 目を見開いたまま、身体まで強張らせたエレノアの瞳に浮かぶのは、明らかな動揺と困惑だった。

 その様子を一片の感情すら見逃さないように見詰めながら、私は彼女が私達と同じ転生者ではないという考えを、いい加減、確信に変えた。

 女性の身体特有の現象を知らなかったことで違うとは思っていたけど、どこかで期待していたかったのだ。

 エレノアがこの世界がゲームだったということを知っていて、私達にすんなり協力してくれることを。


 私がこれから彼女に協力してもらおうとしていることは、中途半端な信頼で頷けるようなものではない。

 エレノアとザイレを救う為にと私が考えた方法は、彼女の命だけではなく、彼女が自分の命よりも大切に想っているザイレを危険に曝すことだから。

 それしか思い浮かばなかった訳ではない。でも、それが最善だと判断してしまった。


 信じて、くれるのだろうか。


 互いに感情を読もうと見詰め合う中、重い沈黙を破ったのは、急いだ様子で食堂にやってきたランスだった。


「ごめん、遅くなった。……あれ? エレノアも?」


「彼女には協力してほしくて……。ザイレは?」


「アイツは俺達の話が耳に入ったらまず此処から遠ざかることを選ぶだろうから、とりあえずセルディオを捕まえて一緒に子供達の好きそうな物を朝市で買って来いって言って追い払ったけど」


 連れてきたほうが良かったか、と伺うようなランスの視線に、私は少しだけ笑って首を横に振った。

 この世界のことも、ゲームに出てきた人物の個性も、私と同じように知っていて、同じように考えてくれる人がいることが嬉しかった。

 彼とならたとえお互いに離れていても、この世界を別の方法で救えそうな気になってくるから不思議だ。

 ……ああ、でも、私はランスが今のランスでなかったなら、きっと救おうとすら思わなかっただろうけど。

 自分自身がヒロインの選択次第では死ぬことすら受け入れて、シナリオに抗ってこうして誰かを救おうとなんて思わなかった。救えるなんて、期待することはなかった。


「今、エレノアに私達には前世の記憶があって、その前世ではこの世界がゲームになっていたから、貴女達がこれから辿る未来のことと過去の出来事をちょっとばかり知っているってことの触りを話していたのよ」


「その台詞で全部事情を説明しているからもう触りも何もないな」


 ランスが苦笑した。

 何だかその表情に急に安心してしまってどうしてか涙が出そうになったが、視線を再びエレノアにずらすことで耐えた。

 驚いたことに、そこにはもう呆然と立ち竦んでいる彼女の姿はなかった。


「お話を……もっと聞かせて頂けませんか。あの人を助ける手段があるなら、御協力致しますわ」


 代わりにその特徴的な紅い瞳に希望を灯した彼女がいた。

 傍に来てくれたランスを窺うと、微笑んで一つ頷いてくれて、これで良かったのだと肯定されたようで、エレノアに話し始めた辺りから鳴りやまなかった動悸がスッと落ち着いていくのを感じた。

 私は深く息を吐いた後、エレノアにしっかりと視線を合わせた。


「その前にエレノアには教えてほしいことがあるの」


「何でしょうか?」


 ザイレが戻ってくるまでに話を終えなくてはならないから、万が一のときの為にザイレに一番聞かれたくないことを先に聞いておかなくてはならない。

 エレノアがザイレに一番聞かれたくないことを。

 エレノアが一番話したくないことを。


「……貴女は、何歳のときに亡くなったの?」


 エレノアがもう、実は一度死んでいる人間だということを。

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