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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第二章 レゼ・F・エクアシス
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彼は教会の秘密を知っている

 聖都には魔族がいる。

 王都から最も近い大きな街である聖都エクアシスには、そんな噂がある。

 魔族とは、世界が創られて間もなく人間と対立した所為で、魔界と呼ばれる場所に封じられた存在である。

 この世界を支配しようとしたとされる魔王の下、自分達を封印した人間に復讐するため、破壊衝動の赴くままこちらの世界を壊そうとしているそうだが、俺達にとってそんなことはどうでも良い。

 というのも、魔族総出で世界を壊そうとしているというのが、全くのデマだからだ。

 魔素の種を放って結果的に世界を壊そうとしているのは魔王で、他の魔族はむしろ人間達を刺激しないよう臆病なほど静かに生活しているだけである。


 ちなみに魔物と魔族は別の存在で、魔物は世界の歪みから生じたもので、魔族は世界が創られたときからエルフや妖精といった者達のように種族として存在している者達を指す。

 混同する人間が多く、時代の流れとともに魔物と同じく畏怖され、今や討伐の対象となってしまっており、そもそもそういう背景があるから、教会が戸籍の管理なんて面倒なことを、自ら率先してやらなければならなくなったんだろうと俺は考えているのだが。


 戸籍をつくる際、身元が明確な保証人を立て、書面で出自の証明をしてもらうことが必要なのは、前世でもそうだったからわかる。

 でも何故、貴族は特に王命によって戸籍をつくることを強要され、成人になったときに教会に出向いて、魔法の適性・属性検査と簡単な思考検査を受けなければならないのかといえば、たまに創世の時代まで遡れば先祖にいただろう魔族の血が色濃く出ている人間がいるからだ。


 高位魔力保持者は貴族に多い。

 それは、貴族は貴族と結婚することがほとんどで、その強い血を強い者同士で代々残してきているからという理由もある。

 しかし、教会によって秘匿されているが、魔力が強いのは祖先に魔族がいるからという場合もあり、先祖が魔族の人間同士の結婚だった為なのか、稀に魔族の血が濃い子どもが生まれてきて、その子が大きくなったときに騒ぎになることがあった。

 魔力は強いのに、他の高位魔力保持者のように色素が薄い外見でもなく、適性以外の魔法も使えないと。

 魔族が使えるのは自分の特性に属する魔術と呼ばれるもののみで、俺達のように適性が違っても他の属性を使えるということはない。

 ただ適性がなくて他の属性を使えないだけだと言い訳するには、魔族の血が色濃く出ている人間が持つ魔力は強すぎる。

 教会の人間が隠蔽し続けているから、もうこの世界に今生きるほとんどの人間は魔族の特徴的な容姿や魔術のことを明確には知らないはずなのに、そういった者は人間に害をなす魔族ではないかと疑われて、この世界は生きづらくなり、やがて姿を消す。

 消えたのか、消されたのかはわからないけれど。

 だから、魔王――魔族を祖先に持つ者達が運営する教会は、魔法検査で引っかかった魔族寄りの人間を、思考検査で実に神官向きの人間だったと評して迎え入れ、生きる場所を提供している訳で。


 俺はこの世界の仕組みにも貴族の面倒臭い風習にもぐったりとしながら、後ろ手でコンコンと御者席につながる小さな窓を叩いた。


「何スか、坊ちゃん。先に言っておきますが、まだッスよ?」


「まだって、もう何回目だよ。俺、外に出ていい? この狭い空間、息が詰まる。というか、酔った」


「耐えてください。オルトランド公爵様の血筋もろバレの坊ちゃんがそんなことしたら、俺が周りに睨まれるッス」


「……貴族やーだー」


「うるさいッスよ。大人のくせに子どもの振りをしてもダメッス」


 心から貴族なんて嫌だと訴えたのにセルディオに罵倒された。

 お前にはこの空気だけで村での出来事を思い出してしまう俺の気持ちなんてわからないよなと毒吐きたいが、リリアもいるため口に出せない。


「ねぇ。気になるのだけど、どうしてさっきから馬車が動いていないの?」


「申し訳ありません、リリア様。渋滞に嵌ってるッス」


「はぁ!? 渋滞なんてこの世界にあるのか!?」


「滅多にないッスけど、今の聖都は、聖女様に病を治して頂く為に他国の要人も来ているので。門の前に並びながらの小競り合いもあって、それでなかなか進まないみたいッス。特に今日はもう朝から随分と起きているみたいッスからね、聖女様の奇跡」


「またか。先週も大量に起こっていただろう」


「それだけ救いを求めている人間が多いってことッスよ。早く解決すると良いッスね、この原因不明の流行病騒動」


「そして、今すぐにでも聖都の渋滞がスパッと解消すると良いよな」


「そんな明るく楽しい妄想をして大人しくしていてくださいね、坊ちゃん」


 ピシャリと音を立てて、御者席につながる小さな窓は閉められた。

 渋滞でセルディオもイライラしているのか、俺の相手をする気はもうないらしい。

 無意味に八つ当たりする相手を失くした俺は溜息を吐いて、馬車の壁に寄りかかった。


「……奇跡なんてそう簡単に何度も起こすなよ」


 俺達が村に居たときには、奇跡なんてそう何度も起こらなかったのに。

 向かい側に座るリリアの表情は、あの頃のように暗かった。


「彼女達も……以前の私達と同じようにギリギリのところを生きているのね」


 遠くを見る彼女の瞳は、聖都にいる攻略対象者達のことを気に掛けて曇っていた。

 この聖都周辺は、俺達には随分と慣れた空気の臭いがする。――魔素の種の気配がした。


「……これから先、こういうことが攻略対象の数だけ起こって、その度に俺達はこういう無力感に苛まれるんだろうな」


 この空気は苦手だ。忘れていたはずの焦燥感が蘇ってくるから。

 魔素の種はどうしても潰さなくてはならない衝動に駆られる。

 たとえ、魔素の種を宿した相手が、魔界ランク二位の本物の魔族だろうと。


「よりにもよって、今回の面会相手が最強の隠しキャラだとはな」


「祝福の儀で確実に言葉を交わすことになるけど、彼女達に限っては同じ転生者であることを祈ればいいのか微妙なところね」


「俺は転生者ではないと思うぞ。あんな過酷な場所で平静を保てるのは、この世界のあの状況で一から精神を育てられた人間だけだ」


「……転生者でも、意外と苦痛なんて耐えられるものかもしれないじゃない? 大切な人の為なら」


 リリアはその瞳にどこか懐かしさを滲ませながら、俺を見詰めて呟いた。

 母や俺のことを想って魔素中毒を克服した彼女の言葉は重い。

 俺は思わず、彼女が命がけで変化させた綺麗な金色の髪に手を伸ばして撫でた。


 聖都に居るゲーム関係者である、エレノア・S・エクアシスとレゼ・F・エクアシス。

 その二人の近くにいる魔素の種を宿した者の名は、ザイレ・S・エクアシスだ。

 魔王の右腕にして、人間を愛してこちらの世界に密かに移住してきた純粋な魔族である。

 エレノアの夫にしてレゼの父親で、今は聖都で人間の姿で神官長をしているはずだ。


 ゲームでの一週目、ザイレは純粋な魔族だけがとれる魔獣形態で魔王戦の直前に現れ、尤もらしい理由を付けてヒロイン達に戦いを吹っかけくるのだが、魔界ランク二位という割には浄化魔法で呆気なく倒すことができ、何故か魔素の種が浄化された証である宝珠を残して消えていく存在だった。

 ヒロインは宝珠を填める為の輪が連なったアクセサリーを持っているのだが、それがシナリオ終盤でも完成しないことを訝しみながら魔界へ行った結果が隠しキャラの暗示で、当時の俺は、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない微妙な感情に苛まれた。

 二週目以降も条件を満たすことができなければ、やっぱりザイレは魔王戦直前に現れて、訳もわからず宝珠を残して消えていく存在で。

 レゼを攻略して、やっとその行動の理由が判明した。

 愛故の悲劇というべきか、魔素の種が引き起こした奇跡というべきか。


 とにかく、聖都にある魔素の種がすでに根付いて活動し始めてしまっている今、俺達にどうこうできる術はない。

 ザイレ・S・エクアシスは、浄化魔法がない状態の人間側が相手にしてはならないほど強い魔族なのだ。

 大人しくヒロインの登場を待つしかない状況は歯痒いが、今の俺達に他人を救えるほどの余裕も力もないから。


 ――それでも、だ。

 もしも何らかの理由で戦わなければならなくなった場合、彼女だけは絶対に俺が守る。


 俺はリリアの柔らかな頬に手を滑らせた。

 そっと俺の手に細い指を重ねた彼女の俺を真っ直ぐに見る眼差しは、その可愛い容姿に有無を言わせぬ迫力を持たせるほど強かった。


「ランス。何を考えているのかわからなくはないけど、ダメよ」


 その鋭さに息を飲んだ俺は、それを誤魔化すように笑ってみせた。


「心配するな。自分に出来ることと出来ないことはわかっているつもりだ。お前こそ、首を突っ込むなよ」


「わかっているわ。手続きと祝福の儀が終われば、すぐに王都に帰るのよね?」


「ああ。残念だけど、聖都の観光はここにある種が浄化された後になるな」


 俺はいつの間にか弱気になっている自分の顔を見られないように彼女の額に口付けた。

 もうこの世界がゲームのシナリオ通りには動いていないことに言い知れぬ不安を感じたが、彼女の左手薬指に填っているお揃いのエンゲージリングを指先でなぞれば、幸せで気分は持ち直した。

 だが、ガタンと再び動き出した馬車のもどかしい速度に、潰したはずの焦燥感は消えずに募っていった。






 不安が現実のものとなったのは、次の日の夕暮れ時のことだった。

 教会で検査を受けて書類を提出した帰り道、夕方なのに人の気配がまるでない大通りに違和感を感じて、他人の厄介事を避けるように道を逸れた俺達が悪かったのか。


 その路地裏には、紅い瞳の黒衣の男が立っていた。

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