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ヒロイン様にフラグが立たないその理由  作者: 逢月
第二章 レゼ・F・エクアシス
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彼女は世界の秘密を知っている

 聖都 エクアシス。

 王都から半日ほど馬車で街道を進んだその街には、教会の総本山がある。

 教会とは、永世中立に世界平等な慈善事業を行うことを各国から承認された機関である。

 この世界を創ったとされる女神の名の下、女神信仰の象徴である聖堂を拠点として貧民救済や無償治療などを行っているが、私達にとっては宗教的よりも、前世でいうところのお役所のイメージが強い。

 というのも、各国から聖堂を建てる代わりに任されている主な仕事というのが、戸籍の管理だからだ。

 特に総本山であるエクアシスの大聖堂は、高位貴族の戸籍管理を一挙に任されている場所でもある。


 この世界は前世とは違って、むしろ戸籍で管理されている人間のほうが少ない。

 戸籍をつくるには、身元が明確な保証人を立て、書面で出自の証明をしてもらった上で、成人ならば教会に出向いて簡単な思考検査と魔法の適性・属性検査を行う必要がある。

 必然的に身元が明確な保証人となると、生まれてからすぐに国王命令で戸籍が作成される貴族ということになるため、戸籍を持っているのは貴族か、もしくは、その辺に人脈を持つ商人などの裕福な層くらいだ。


 ランスは非公式だったとはいえ、王都出身で母も貴族だから、父親不在扱いで母の名義で教会に届け出をされているが、私は辺境の村で生まれ育った平民なので、戸籍なんてものは存在しない。

 よって、ランスと結婚するにあたって、私は自分の戸籍をつくるところから始めなくてはならなく、さらには正式に国王から公爵家の跡取りと認められた彼との結婚なので、教会のトップである聖女から祝福の言葉を貰わなければいけないという高位貴族特有の文化にぶち当たって、こうして半年がかりで用意した様々な書類を持って、馬車に揺られている訳なのだが。


 向かい側に座ったランスがぐったりとしながら、後ろ手でコンコンと御者席につながる小さな窓を叩いた。

 小窓はすでに開いているため、すぐに御者のセルディオから慣れた返答がくる。


「何スか、坊ちゃん。先に言っておきますが、まだッスよ?」


「まだって、もう何回目だよ。俺、外に出ていい? この狭い空間、息が詰まる。というか、酔った」


「耐えてください。オルトランド公爵様の血筋もろバレの坊ちゃんがそんなことしたら、俺が周りに睨まれるッス」


「……貴族やーだー」


「うるさいッスよ。大人のくせに子どもの振りをしてもダメッス」


 この容赦のないやり取りも、道中、何度聞いたことだろうか。

 さすがランスの成長を公爵の代わりに見守ってきた騎士である。突っ込みに遠慮がない。

 実はセルディオというこの御者の騎士、私達の村に半年に一回は必ず来ていた行商人だった。

 公爵が母と彼の様子を探るために辺境の地に紛れ込ませた者で、公爵お抱えの騎士にして、実家は有名な商家という肩書を持つ優秀な人物だ。

 村に居たときに買い物していた私とも面識があり、公爵家に仕える騎士の中でも魔素の種の影響を受けにくい高位魔力保持者であることから、今回、公爵が付添い人として推挙してくれた。


「ねぇ。気になるのだけど、どうしてさっきから馬車が動いていないの?」


「申し訳ありません、リリア様。渋滞にはまってるッス」


「はぁ!? 渋滞なんてこの世界にあるのか!?」


「滅多にないッスけど、今の聖都は、聖女様に病を治して頂く為に他国の要人も来ているので。門の前に並びながらの小競り合いもあって、それでなかなか進まないみたいッス。特に今日はもう朝から随分と起きているみたいッスからね、聖女様の奇跡」


「またか。先週も大量に起こっていただろう」


「それだけ救いを求めている人間が多いってことッスよ。早く解決すると良いッスね、この原因不明の流行病騒動」


「そして、今すぐにでも聖都の渋滞がスパッと解消すると良いよな」


「そんな明るく楽しい妄想をして大人しくしていてくださいね、坊ちゃん」


 ピシャリと音を立てて、御者席につながる小さな窓は閉められた。

 滅多にない渋滞でセルディオも精神的に疲れているのか、ぐだぐだしているランスの相手をする気はもうないらしい。

 気紛れに適当に絡む相手を失くしたランスは溜息を吐いて、馬車の壁に寄りかかった。


「……奇跡なんてそう簡単に何度も起こすなよ」


 誰にともなく彼は呟いた。

 いや、呟いた先に相手は居たのかもしれない。

 それは、きっとここから声が届くことは決してない高みにいる存在だろうが。

 あるいは届いたとしても、他人の意見なんて聞き入れる余裕は全くない者だろうけれど。


 私達は今の聖女が行う奇跡と呼ばれる無償治療が、本当の奇跡などではないことを知っていた。

 奇跡がここ最近で頻繁に起きなければならない理由も、どういう原理で起こっているのかも。


「彼女達も……以前の私達と同じようにギリギリのところを生きているのね」


「……これから先、こういうことが攻略対象の数だけ起こって、その度に俺達はこういう無力感に苛まれるんだろうな」


 窓にかかるカーテンを少しだけ開けて外を見る彼の表情は、空の色と同じように曇っていた。

 この聖都周辺は、私達には随分と慣れた空気の臭いがする。

 ――魔素の種の気配がした。


 聖都には、攻略対象者とライバルキャラが一組居る。

 当然ながら、その近くには魔素の種も。

 しかも、ここに居る攻略対象者は、ゲームでは二週目以降、ある条件下でしか攻略できないというおまけ設定付きだった。


「よりにもよって、今回の面会相手が最強の隠しキャラだとはな」


「祝福の儀で確実に言葉を交わすことになるけど、彼女達に限っては同じ転生者であることを祈ればいいのか微妙なところね」


「俺は転生者ではないと思うぞ。あんな過酷な場所で平静を保てるのは、この世界のあの状況で一から精神を育てられた人間だけだ」


「……転生者でも、意外と苦痛なんて耐えられるものかもしれないじゃない? 大切な人の為なら」


 私の呟きにランスは困ったように笑った。

 お前は強すぎるんだよ、と私の頭を撫でながら。


 私達が祝福の言葉を頂く相手、ヒロインのライバルキャラにして今の聖女であるエレノア・S・エクアシス。

 そして、その傍で今も神官として護衛にあたっているだろう、攻略対象者にしてエレノアの息子であるレゼ・F・エクアシス。

 二人とも黒髪に血のような紅い瞳を持つ、創世の時代に現世に降り立ったとされる女神の子孫にして、魔王の血を受け継ぐ者達だ。

 つまりは、現世に降りた女神が愛して子を儲けた相手が魔王という、この世界の人間にとってはとんでもないことになるのだが、それが二人が隠しキャラになっている理由でもある。

 ゲームの終盤で今は道が閉ざされている魔界に行き、魔族や魔王に出会って、魔の者は総じて黒髪紅目だということを察しつつ、エンディングを見たプレイヤーにしかわからないこの世界最大の秘密であるから、一週目では攻略できないのは当然として。


 ゲームでの一週目、レゼが攻略対象者だと予想することはできても、実はエレノアと親子だったとは見抜けたプレイヤーはいなかった。

 何故なら、エレノアは幼女の姿をしていて、レゼは二十代後半の姿だったから。

 一週目でとあるイベントを見て、二週目以降、一年目のうちに他の攻略対象者達そっちのけで全ステータスをできるだけ上げて二年目を迎えれば、魔法学園に十五歳の姿になったレゼが入学してくるようになっている。

 前世の私は隠しキャラの存在に密かに歓喜したものだが、彼のシナリオは他のキャラとは違って、徹底的に闇に塗れていた。

 世界の闇というべきか、魔素の種が引き起こした闇というべきか。

 とにかく、聖都にある魔素の種がすでに根付いて活動し始めてしまっている今、私達にどうこうできる術はない。

 ヒロイン不在のまま、私達が相手にするには分が悪すぎるどころか勝ち目が幾分も見つからないほど、聖都にいる魔素の種が寄生した者は強い。

 大人しく今どこで何をやっているのかわからないヒロインの登場を待つしかない状況は歯痒いが、偽善の正義感を振りかざして足掻いて、ランスがまた傷だらけになるのは嫌だから。


 私は頬に下りてきた優しい彼の手を捕まえた。

 私達が聖都に来るにあたって決めたのは、ここにある魔素の種には不干渉を貫くこと。


「ランス。何を考えているのかわからなくはないけど、ダメよ」


 しっかり彼の目を見て再確認すれば、彼は魔素の気配に無意識に硬くしていただろう表情を和らげた。


「心配するな。自分に出来ることと出来ないことはわかっているつもりだ。お前こそ、首を突っ込むなよ」


「わかっているわ。手続きと祝福の儀が終われば、すぐに王都に帰るのよね?」


「ああ。残念だけど、聖都の観光はここにある種が浄化された後になるな」


 彼は私の額に口付けて、私の左手薬指に填っているお揃いのエンゲージリングを指先でなぞった。

 できるだけ魔素の種には近づきたくないが、どの道、魔法学園入学までに戸籍をつくらなければ、ゲームの舞台にすら上がれなくなって、苦い思いをすることになるのだから頑張るしかない。


 ――でも。


 ガタンと再び動き出した馬車の歯車が、異様に軋む音を立てたような気がして、私は胸騒ぎが止まらなかった。






 胸騒ぎが現実のものとなったのは、次の日の夕暮れ時のことだった。

 教会で検査を受けて書類を提出した帰り道、夕方なのに人の気配がまるでない大通りに違和感を感じて、安易に道を逸れた私達が悪かったのか。


 その路地裏には、紅い瞳の黒衣の男が立っていた。

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