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§2 魔法契約-2-

 空を流れる川に黄金の虹がかかったその日、ヒューガが大人になる為の魔法儀式は執り行われた。

 水晶宮と呼ばれる広間の中央に、養い親であるエンリキが一人立っている。部屋の上座には女王が座り、そこから部屋をエンリキを囲うように、高位の天空人たちが並んで立っていた。

 エンリキの長い髪には、普段つけられる事のない髪飾りが下げられている。金と銀で作られた飾りには、青や赤などの小さな宝石がつけられていた。

 部屋まで呼びに来た侍女に促され、ヒューガはイシュラの前へと進み跪いた。

 「ヒューガ・イシュマよ――。天翔の月、金の日に生まれし愛し子よ――! 汝、養い親の名の下に、我らが友にして半身たる風の王と契約し、天に舞う使い人となれ!」

 イシュラの黄金の声音には、圧倒的な支配力があった。否定を受け付けない女王の言霊に、ヒューガは深々と頭を垂れる。

 「我らが女王にして天空を統べし御君の為、地上に住まいし迷い人の導たる天空人とならん事を誓約いたします――」

 ヒューガの応えに、周りを囲っていた天空人たちが両手を胸元に掲げ、黄金色の魔力球を作った。

 「「「汝、誓約を違わず白き道しるべとならん事を――!」」」

 天空人たちの合唱と共に黄金色の球体が弾け、光がヒューガへと降り注ぐ。

 じわじわと、身体の中に染みこんでゆく呪いにも似た誓約の力に、ヒューガはほんの僅か眉宇を寄せた。

 歪む視界に耐えながら立ち上がり、ゆっくりとエンリキを振り返る。

 金色の瞳が、真っ直ぐにヒューガを見据えていた。

 ヒューガが小さく頷くと、エンリキは手にしていたナイフを左の手の平に滑らせる。

 エンリキの唇が、小さく古代の言葉で呪文を唱えた。

 すると流れ出る血は不可思議な事に、床へ流れ落ちるのではなく自らに意思があるかのように、水晶の床に文様を描いてゆく。自然の摂理を無視し床に描かれたそれは、複雑な文様が幾つも重なり合う魔方陣であった。

 「よく見ているが良い。お前の養い親が描く聖なる魔方陣をな――。己の血で描く魔方陣は、聖なる証……。何人たりとも、その中へと踏み込む事はできぬ」

 イシュラに言われるまでもなく、ヒューガはその光景から瞳を逸らす事ができなかった。

 水晶の部屋中に、エンリキの魔力が満ちているのが判る。魔法の師として彼に様々な事柄を教わってきたが、今回のように彼が血で描く魔方陣を見るのは初めての事であった。

 やがて全てが描き終わると、エンリキの血は自然とその流れを止める。

 「風の精霊シルフの王よ――! 我はいまここに汝を召喚せん!」

 窓のない締め切られた部屋の中、エンリキの髪は宙に舞い、まるで風に吹かれているかのように揺れた。

 「我がエンリキ・タルトニアの名に於いて、いまここにその姿を現せ――!!」

 突然、エンリキの長い髪がかき乱された。

 魔方陣の中にだけ吹き荒れる強風――。

 「いでよシルフの王――!」

 召喚の言葉と共に、床に描かれた魔方陣が銀色に光り輝いた。

 眩しさに、ヒューガは瞳を細める。

 (何用か――、天の使い人よ――)

 風の音にも似た、涼やかな声音。

 銀色の光は、やがて人の姿へとその形を変えた。

 風に舞うサラリとした髪は絹糸の銀――。

 透ける素肌……。薄絹の衣……。

 幻のように美しい銀色の精霊は、“四大精霊”の一人、風を司る精霊の王であった。

 「シルフの王よ。我が養い児と永遠なる契約を結び給え――」

 そう言って頭を垂れ、エンリキはヒューガの名を呼んだ。

 呼ばれ、ヒューガはゆっくりと魔方陣へと近づいてゆく。

 宙に浮かぶ銀色の精霊は、己の元へとやってくるヒューガの姿を、冷たくも見える銀色の瞳ので見つめていた。

 魔方陣の中へ足を踏み入れた瞬間、シルフの王が微笑み、ヒューガの身体がふわりと宙に浮かぶ。

 「――っ」

 驚くヒューガを宥めるよにう笑い、シルフの王は両手で小さな身体を抱き上げた。

 (我が愛し子よ――)

 あり得ない事態に、エンリキの瞳が大きく見開かれる。

 今まで幾万もの者達がこの精霊と契約してきたが、かつての誰一人として、シルフの王に触れる事を許された者など居はしなかった。ましてや、王自らが抱き上げるなど……!

 エンリキの驚愕する様を視界に止めようともせず、シルフの王は優しい声音でヒューガに告げた。

 (我と契約を交わすがよい――)

 王の言葉は銀の羊皮紙となり、ヒューガの前へと差し出される。

 不安そうに見つめてくる大きな瞳に、エンリキは強ばった顔で頷いた。

 ヒューガは懐から金の小刀を取り出し、己の指先を切って羊皮紙に名を記す。

 (契約は交わされた――)

 言葉と共に羊皮紙は銀の粉となって消えた。

 (我が愛し子よ――)

 銀色の王は、そっとヒューガ耳元に唇を寄せる。

 (我が真の名は――だ。覚えておくがよい。その名を囁ければ、我は何を於いてもお前を助けよう――)

 ザワリ――と、天空人たちの中でざわめきが起こった。

 シルフの王に触れたばかりか、真の名を教えられる者など居はしない。

 「馬鹿な……! シルフの王が御自ら真名を教えるなど、そんな馬鹿な事があるはずがない!」

 慌てる天空人の声に、天空の女王は静かな微笑を浮かべた。

 「シルフの王よ。貴方はその子が気に入ったと見える」

 問いに、王はイシュラへと視線を移す。

 (この子は我らが待ち望んだ愛し子。天空の女王よ、そなたにこの意味が判るか――?)

 イシュラはゆっくりと頷いた。

 「私もその子が生まれてくるのをずっと待ち望んでいた――」

 話の中心にいるヒューガだけが、一体何の話をしているのか判らず、ただキョトンとした顔で言葉を交わす二人を交互に見る。

 「ヒューガ……。お前はシルフの王に愛されておる。どこにいようとも、風の吹く所であるならば、すべての風がお前の見方になるであろう――」

 イシュラの言葉に、ヒューガは嬉しそうに笑った。

 (愛し子よ――。我はお前と共にある。契約の証に、我が髪を持ってゆくがよい――)

 この世のものとは思えぬ美しい手で、王は己の髪を一本引き抜いた。

 銀色に輝く、美しい絹糸のようなその髪……。

 王は腕からヒューガを下ろし、髪を小さな指に巻きつける。

 (我の名を忘れるでないぞ――)

 そう言葉を残し、王は忽然と姿を消した。王が消え去るのと同時に、魔方陣もかき消える。

 ヒューガは己の指に巻き付けられた王の髪を見つめ、驚いたように声を上げた。

 「ヒューガっ?」

 慌ててエンリキが傍に寄ると、ヒューガの右手の薬指に、銀色の美しい細工の指輪がはまっていた。

 「エンリキぃ~~」

 泣きべそを浮かべ、どうにかしてくれ…と言わんばかりに、ヒューガは指をエンリキへと突きつける。その指輪に触れようとして、エンリキは小さな声を上げた。

 「エンリキッ!」

 指先が微かに切れている。指輪は、ヒューガ以外の者に触れる言葉できないようであった。

 「こんなの要らないよっ!!」

 己の意思とは関係なく、他人を傷つける事が許せないのか、ヒューガは何とか指輪を外そうと、手を振ったり指輪を引っ張ったりしている。

 「お止めなさい、ヒューガ。その指輪はどんな事があったも外れる事はないでしょう。

 それはシルフの王の契約の証――。貴方の害になるような事はないはずです」

 諭しながら、エンリキは改めて己が育てた子供が予言の子である事を確信したのだった。

 二人の様子を見えぬ瞳で見つめていたイシュラは、隣にいる老婆にぼそりと呟く。

 「いずれ、あれが旅立つその時には、シルフの王が喜びに震えるであろうな――」

 「はい――」

 それから100年近い年月をかけて、ヒューガは精霊魔法と古代間飽和習得するのであった。


 

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