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§2 魔法契約-1-

 天翔の月、金の日――。

 その日、ヒューガ・イシュマは生まれてから初めての誕生祭を迎えた。

 シルフが悪戯に揺らすそよ風に起こされ、大きく伸びをする。ふと…背中に違和感を覚え、ヒューガはゆっくりと背中を振り返った。

 先ず目に入ったのは、白い煌めきだった。窓から差し込む光を弾く、純白の輝き――。

 「――っ!」

 慌てて手で触れてみれば、柔らかな羽毛の感触がそこにあった。

 大きな瞳を更に大きくし、ヒューガは背にある翼をバザハサと翼を動かしてみる。自分の思い通りに動くそれに楽しくなり、ベッドから飛び降りると今度は思いっきり翼を広げてみた。

 生えたばかりのそれはまだ柔らかく、小さな羽毛が辺りにふわふわと散らばる。

 エンリキに教えてやろうと部屋の扉を振り返った時、小さなノックと共にその扉が開かれた。

 「起きてますか、ヒューガ――」

 そう言って部屋へと入ってきた養い親は、ヒューガの背にある翼を見つめ暖かな笑みを浮かべた。

 「ああ…とても綺麗な羽根ですね――」

 笑うエンリキの元へと走りより、ヒューガは得意げな顔で笑う。

 「エンリキ、これ面白いんだよ。大きくなったり小さくなったりすんの!」

 「ええ、そうですね」

 「これでエンリキみたいに飛べる!?」

 「ええ、飛べますよ」

 「やった――っっ!!!!」

 喜んで飛び跳ねるヒューガに苦笑し、エンリキはそっと落ちつかせるようにその背に触れた。

 子供特有の柔らかな羽根の感触に、ほんの僅か…エンリキは眉宇を寄せる。

 この柔らかな翼で、この子供は空を自由に舞う事ができるようになる。そうなれば、ヒューガは小さな背に背負いきれないほどの重大な役目を負わなければならないのだ。

 「エンリキ?」

 不思議そうに見上げてくる純真な瞳に、エンリキは誤魔化すように言った。

 「泉へいって身体を清めていらっしゃい。これからシルフの王に会う儀式を行います」

 「ぎ…しき……?」

 聞き慣れない言葉に、ヒューガは怪訝そうな顔をする。

 安心させるように頷き、エンリキは跳ねた金色の髪を撫でた。

 「シルフの王に会い、貴方は契約を交わさなくてはいけません。かの王と契約する事により、その背にある翼で大空を飛ぶことができるようになるのですよ。そしてまた、かの王のお力を借りる事ができるようにもなる。そうすれば、貴方の好きな精霊魔法が使えるようになります――」

 「本当にっ!?」

 「ええ」

 エンリキはこれまで魔法の基本となる古代魔法をヒューガに教えてきたが、彼はいつも傍を飛び回る精霊たちの力を借りる魔法の方が好きなようで、エンリキが使う精霊たちの魔法を見ては「すごいすごい!」とはしゃいでいた。

 「泉に行ってくる!」

 案の定、精霊魔法が使えるようになると知り、脱兎のごとく泉へと走ってゆく。

 その背を見つめながら、エンリキは溜息のような呟きを漏らした。

 「あの子が相手では、シルフの王もさぞ驚かれる事でしょう……」

 クスクスと、鈴の音のような笑う声が聞こえ、慌てて振り返ったエンリキの瞳に、黄金の美貌が映る。

 「イシュラ様っ」

 すぐさま片膝をつき、頭を下げた。

 「気づきませんで、失礼をいたしました」

 「よいよい――」

 笑いを含んだ黄金の声音で答え、イシュラは見えぬ瞳をゆっくりと開く。

 「エンリキ。お前のその様子では、あの子は元気が良すぎるようじゃな」

 「はい。元気が良すぎて困っております。どこで覚えてくるのか、いつの間にか人間の言葉を覚え、幾度注意しても言葉遣いを改めようといたしません。あのままでは、とても天空人とは言いづらいかと……」

 「で…あろうなぁ……」

 口元に手を寄せイシュラは笑った。

 「だが…それで良い。あれは予言の子じゃ。天空人と同じ性では予言が違えてしまうからの」

 次の瞬間、ピシッ…と辺りの空気が凍り付く。

 「――で、エンリキ。あの子の魔法の力はどうなのじゃ――?」

 その問いに、エンリキは僅かに瞳を伏した。

 「もの凄い――と申し上げる他はないかと……」

 「ほう――」

 イシュラの美しい顔が、エンリキの言葉に冷たく引き締まる。

 「古代魔法ならば、既に大概のものを使いこなす事ができます。後は精霊と契約を交わし、精霊魔法を使えるようになれば完璧かと……」

 そこで一旦言葉を切り、エンリキは暫しの沈黙の後イシュラを仰ぎ見た。

 「――イシュラ様。本当にあの子が予言の者の一人なのでしょうか……!?」

 違っていて欲しい…と、僅かな願いが込められた問いに、イシュラは憐憫の情を浮かべる。

 「エンリキ――」

 優しくその名を呼び、見えぬ瞳で遙か遠くを見つめた。

 「あまりあの子に情を移すものではない。我々天空人にとり、そのような感情は無用もの……。違うか……?」

 「無論承知しております。…しかし、あの子を育てているうちに私には判らなくなって参りました」

 憂えた顔で、エンリキは言葉を紡ぐ。

 「人に平等に愛を与える事が、我々に定められた仕事。それしかできぬと思って参りました――。ですが、この十三ヶ月の間に、私は己の中に別の感情を見いだしたのですっ。あの子を育て、魔法を教えてゆくうちに、私は――」

 「エンリキ!」

 イシュラの黄金の瞳が、エンリキの身体を刺し貫いた。

 ビクリ――と、エンリキの身体が強ばる。

 「お前まであの子に引きずられてどうするのじゃ」

 小さく溜息を零し、イシュラは続けた。

 「……確かに、人間どものように己の血を引く子を産み、育ててゆくのもまた良いことやも知れぬ。が、我らは人間ではない。我らは天空人。決して人間と同じにはなれぬ。泉で生まれ、泉で死んでゆくのが運命さだめ――」

 力ない者のように、エンリキは項垂れる。

 「エンリキ。お前の言いたい事は判る。私とて、人間の方が幸せなのではないかと思う時がある。だが、私は人間にはなれぬ。天空城の女王として、最後の時まで天空城を守るのが私の役目――」

 黄金色の瞳が、悲しげに揺れた。

 「お前たちが私を残し、消えてゆくのが私は辛い。人間のように私が先に逝けたなら、どれほど良い事か……」

 「イシュラ様……」

 女王の心の内を知り、エンリキは後悔に唇を噛みしめ、深々と頭を下げる。

 「――申し訳ございませんでした」

 「よい。したが、この話はこれで終いじゃ。良いな?」

 「はい」

 イシュラは見えぬ不自由さをまるで感じさせず、儀式の行われる部屋へと向けて歩き出した。

 その背を見送りながら、エンリキは決心したように瞳を閉じた。


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