§1 輝きし者 -1-
天翔の月、命の日――。天空城の聖なる泉で一つの生命が誕生した。
20年に一度、聖なる泉に七色の虹がかかる時、天空人は泉の水泡よりこの世に生まれでる。一つの生命がこの泉で生まれ、それと時を同じにして、一つの生命が泉へと消えてゆくのだ……。
天空人は生まれてから500年の後、己の生命の育まれた泉へと再び帰ってゆくのが運命であった。――。
彼ら天空人の全てはここから始まり、そしてここで終わるのだ。
それ故、天空人は肉親への愛情といった感情は持ち得なかった。また一人の者を愛する…と言った感情も持ってはいなかった。どのような者にも分け隔てなく愛情を注ぐ――それが天空人の運命であり、またその性であるのだ。そしてそれこそが、彼らが天の使い人と言われる所以である。
その日、聖なる泉に20年ぶりの虹がかかった。
泉の中央には、光輝く水晶の原石が、ポツンと一つ浮かんでいた。水面より50センチほどの所に浮かぶ水晶からは、豊かな水が溢れ出している。とめどくなく溢れる水は、水面へと降り注ぎ、泉から流れる川へと渡り、地上へと消えてゆく。
これが、天空城の源であった。天空城はこの泉を中心に作られているのである。
その水晶が、一瞬…金色に輝いた。
水晶から流れ落ちる水が、小さな水泡を作る。
いくつもの水泡の中、ただ一つだけが水晶と同じ金色に光輝いていた。その水泡はどんどんと大きくなり、やがて一つの形へと変容してゆく。
それは、黄金に輝く小さな赤子であった――。
水泡より生まれた赤子は、フワフワと水面を漂い、やがて泉の縁へと辿り着く。
柔らかな身体を、優しい手がそっと抱き上げた。
しっとりと濡れたその感触に、天空人が微笑む。
「綺麗な子だ――」
自分を褒めてくれたと判ったのか、腕の中で赤子は声をあげて笑った。
「エンリキ様――」
名を呼ばれ振り返ると、彼の長い金の髪がさらりと揺れる。
「その子に衣を」
差し出された純白の衣を手に取り、彼はそっと赤子を包み込んだ。
嫌がるように手足を動かす赤子に、衣を持ってきた天空人がクスリと笑う。
「随分とまた元気な子ですね」
「ええ――。このように手を煩わせる子は初めてです」
苦笑しながら手を通させようとしたその時、元気よく手足を動かしていた赤子の握りしめられていた手が開き、そこから輝く水晶の欠片がこぼれ落ちた――。
「――っ! これは……っ」
床へと落ちた水晶は、落ちきる前にふわりと浮き上がり、キラキラとした光を放つ。それと同じくして、赤子も共鳴するかのように光り輝いた。
「エンリキ様! これは一体どういう事でしょうか――っ!? まさか……っ」
動揺する天空人に、エンリキは落ちついた声音で告げる。
「リシュカ。取り急ぎイシュラ様へ先触れを。この子の支度が終わり次第、私がこの子を連れてゆくと――」
「――判りましたっ。失礼いたします」
足早に水晶の間を去ってゆく天空人の背を見送り、エンリキは腕に抱えた赤子をそっと見つめた。
「もし貴方が我らの待ち望む子であるならば、この世界の生きとし生けるものたち全ての愛を貴方は得る事でしょう。そしてまた――この世の全ての苦難すら…受ける事になるでしょう。ですが私は、貴方が生まれてきてくれた事が、何よりも嬉しいのです――」
腕に抱いた赤子を抱きしめ、エンリキは水晶の間を後にした。