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シャボン玉は心を映す?

「心の声はいつ頃聞こえるようになったの?」

「中学校に入った辺りからですかね。それまでは何ともなかったのですが、いつの間にか聞こえるようになっていました」

「心の声が聞こえるってどういうこと? 無制限に聞こえるのかな、それとも何か条件があったりするのかな」

「幸いなことに、聞こえるのは目を見た人の心だけですね。これが条件ということなのかもしれません。ですから、基本的には人と目を合わせずに話すのです」

「そっか。じゃあ漫画みたいに、何でもかんでも聞こえるなんていうことはないわけね」

「そうですね。ただ、不愛想な奴だ、気味の悪い奴だとは思われてしまいます。自分の評価を気にして目を見てしまうことがあるのですが、ほとんどそういう風に見られていました」

「うーん、それは辛いなぁ」

「そう思われるのは仕方ないことです。僕は元々不愛想な奴ですから。ただ、その人に心の底からそう思われていると知るのは本当に辛い。だから、僕はこの面倒な能力をさっさと捨てて、普通の生活を送りたいのです」

「そうだね、私もそんな才能があったらそう思うよ」

 栗谷先輩は、相談部のマスコットキャラクター、ダン君を握りしめたまま心底悲しそうに同意した。本格的な相談に移った時、ダン君は欠かせないらしい。無いと心が落ち着かなくなるのだとか。難儀な性格である。

 ところで僕はもう二人の会話に付いていけていなかった。そもそも、「心が読めてしまうから助けてくれ」なんていう相談に耳を貸すような余裕は普通の人間にはない。カフェにでも呼ばれて友人から真剣な顔でそんな相談をされたならば、トイレ行ってくるよとか口実を付けてカフェから出るし、後で彼のアドレスをこっそり削除することだろう。栗谷先輩のように真剣に悩んでくれる人はごく少数のはずだ。かくいう僕も、どうせ嘘か何かだろうと思っていて、真面目に話を聞くのも馬鹿らしくなっていた。先輩はやはり優しすぎるようである。

 金丸さんはといえば、さっきの話が終わった後から、思わせぶりに腕を組んで沙母君を見つめるだけで、何も言葉を発さずにいた。案外この人も、さっきはああ言ったものの、本当の所は信用していないのかもしれないな。テレビのせいだろうか、面倒くさい理詰め人間に見えるし、何かトリックがあるに違いないと頭を回転させているのかもしれない。

 だいたい、シャボン君ってあだ名を言い当てたのも、名前の語感や行動的に沙母君が日頃からよくシャボン君と呼ばれているからかもしれないし、僕たちの名前だって事前に調べていれば当てられる。また、動作を観察しておけば、ある程度の感情や思考を推理することはできる。重箱の隅をつつくような嫌らしい考え方ではあるが、さっきの会話だけではまだ完全に心を読んでいるとは言い難い。自分の洞察力を鼻にかけ、からかいに来ている可能性だってあるわけである。

「君は、まだ信用してくれていないみたいだね」

 いつの間にか、沙母君は僕を見ていた。横からも、栗谷先輩の鋭い視線が来ていた。油断していた。

「ちょっと宗也君、相談してくれた人に失礼でしょ」

「す、すいません。確かにそうなんですが……」

 何か言い訳を考えようと思ったが、ここまで人の思考を当てている沙母君だ。本当に心を読んでいるにしろ、推理であるにしろ、下手に嘘をついてもすぐにバレてしまうだろう。正直に言うしかない。

「いくら君が心の声が読めると言っても、なんだか信用できなくて。何か、タネがあるんじゃないかなと」

「こら、宗也君!」

「僕が人を騙しているとでも?」

「いや、そ、そこまでは言ってないけど……」

 今までクールに話していた沙母君の口調にちょっぴりの怒気がこもったことに驚き、僕は焦ってそう言った。地雷を踏んでしまったかな、これは。栗谷先輩に怒られたのもあって、冷や汗がだらだらだ。

「僕はこの能力に嫌気が差しているけど、この真面目な相談を冷やかしと思われては不愉快だ。やはり証明するしかないかな」

 沙母君は眉をひそめて立ち上がる。今まで無表情で語っていただけに、これは怖い。

「しょ、証明って?」

「今から、君が何を考えているかを当ててみせよう。しかも、会話や動作、状況から推理して答えることのできない、何の脈絡もない部分をだ」

 例えば、と栗谷先輩を見つめた。

「なな、何かな」

「先輩は、今日帰りに新作のアイスクリームを買いに行こうとしていましたね。種類は……桜味ですか」

「あ、すごい! やっぱり分かるんだ!」

「え、マジで?」

 流石に僕もぐうの音もでない。僕が馬鹿なだけかもしれないが、推理だけでそんなことまで当てられるものなのか。

「よし、じゃあ、次は君の番だ」

「ちょ、ちょ、ちょ、やめようよ、ははは」

 やばい、本気で心を読まれるかもしれない。栗谷先輩は可愛いらしい思考だったから良かったかもしれないが、思春期の男には、漏えいしてはいけない思考が少なからず存在するのだ。これを読まれてしまえば、栗谷先輩からの評価だけでなく社会的な評価も一気にフリーフォールである。必死に念仏を唱えて心を無心にする。南無阿弥陀仏海砂利水魚。

「ふむ、君は……」

 沙母君は顎に手を当てて考え込む。南無阿弥陀仏海砂利水魚天上天下唯我独尊。

「君は今、栗谷さんの下着の色について考えているね」

「はぁっ!?」

「えぇっ! ほ、本当……宗也君?」

 先輩が僕から徐々に距離を置いていく。

「い、いやいや、そんなこと考えてないですって!」

 説得するが、距離は広がっていく一方だ。

 確かに心の中で馬鹿の一つ覚えのように栗谷先輩と繰り返している僕だが、読者諸君信じてください、僕は本当にそんなことはちっとも考えていなかったのだ。いや思い返してみれば少しくらい考えていたかな、とも思ったが、心が読まれるという時に、しかも本人が横で聞いている時に、そんなことを考えるはずがない。

「おっと、間違えた。今のは僕の心の中だった」

「お前のかよ!」

 クールな面で何をカミングアウトしてんだお前は!

「君の心が真っ白だったからね、僕の考えを、君の考えだと勘違いしてしまった」

 沙母君は涼やかに笑みを浮かべた。対して栗谷先輩は引き攣った笑みで沙母君に向き直っていた。ダン君の頭がミチミチと悲鳴を上げている。ダン君危うし。

 しかし、心の中が真っ白という言葉を聞いて、僕はぎょっとしていた。念仏を唱えて無心になっていたことが見抜かれている、ということだろう。これは本物であることを認識しなければなるまい。

「ふふ、信じてくれたかい」

 彼は満足そうに笑う。

「ついでだし打ち明けておきますが、僕はロリコンなのですよ」

 ついでに打ち明けることではない。ダン君の首はあらぬ方向に曲がっていた。ゴムが伸びて白く変色している。

「実は栗谷さんこそ、僕の理想とする女性像でしてね。一目見た時からずっとときめいていたのです。その見事な幼児体型に」

 ダン君の首が嫌な音を立てて千切れた。さらばダン君よ永久に。

「いやいや、そんな心配しないでください、栗谷さん」

 沙母君は慌てて手を振った。

「僕は別に手を出してどうこうしようとする野蛮な輩とは違います。鑑賞しているだけで満ち足りる、まさに心の底から血流の先まで紳士さでできた男なのです」

「それはそれでどうなんだ」

 鑑賞という表現に一抹どころではない気持ち悪さを感じる。

「そういうわけですのでご安心を、栗谷さん。ところで下着の話ですが、僕的には白色が一番かたいかなと思っているんですけど実際のところどうですか?」

「流石に気持ち悪いー! ちなみに色は青ですー!」

 先輩は、ダン君の頭を沙母君に投げつけた。何故か律儀に色を言う真面目さに、思わず鼻血が、いや笑みがこぼれる。

「ふふ、理想の女性からの罵倒、暴力はこうも心地よいのですね」

 沙母君の口角が極端に上がった。今までにないほど爽やかで涼しげな、だからこそ気味の悪い笑顔だった。

「宗也君。私は、この子の相談に真面目に乗るべきか非常に悩んでいるよ……」

「奇遇ですね、僕もです」

 心を読んでしまうことよりも、まずはこちらを何とかするべきだ。今回のことで心を読めなくなったとして、まっとうな人間として実社会を生き抜けるかどうか甚だ疑わしい。せめて成人するまでに留置場にお世話にならぬよう、お祈りすることしかできない。

「さて、君も信じてくれたことだし、話を戻そう……」

 僕に視線を寄越した沙母君は、見た途端口をつぐみ、その後で僕を鋭い眼光で睨み付けた。

「……、宗也君はまだ、疑っているんだね。さっき心の中で言った、信じた、という言葉は僕を騙すための嘘だったのかい。全く。気分が悪い」

「え、え、な、何の事?」

 突然の指摘に僕は戸惑った。いったい何のことだ。僕は沙母君に疑いをかけた覚えはないはずだが。

「それと、えっと……そこのテレビさんも」

 沙母君は奥に座る金丸さんにも目を向けた。

「そういえば言ってなかったけど、あの先輩の名前は金丸さんって言うんだよ」

「そこのテレビさんも」

 人の話を聞けーい。

「貴方、宗也君の心を読む前からずっと『嘘だ』と言い続けていませんか? してますよね? 最初は信じてくれていたのに何故です? もう我慢なりません。もっと証明が必要ですか。ならば当ててみましょうか。貴方の考えをすべて暴いてみせましょうか」

 沙母君はテレビに詰め寄る。

「いいや、もうその必要はないよ」

「……どういうことですか」

 金丸さんが、沙母君を指さした。

「分かったんだよ。君は、本当は心を読めないんだとね」

『気になる真相はコマーシャルの後!!』

 画面に表示された言葉は、どう考えても余計だった。

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