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シャボン玉は心を映す

 相談部に入って、ちょうど一か月が経った。

 栗谷先輩は、相談と言っても取るに足らないものだよ、と言っていたが、失礼な話本当にそうだった。忘れ物をして先生に怒られた、とか、犬の糞を踏んだ、とか、鉛筆を落として無くした、なんてのもあった。

 そんな具合で、相談というよりも愚痴を扱うことがほとんどであった。たまに、進路が決まらなくて困っているだとか、恋人とうまくいかないだとかいった、本業のスクールカウンセラーが扱いそうな手に余る相談があるものの、それでも少ない方だ。

 とはいえ、全く苦労が無いわけではなく、流石変人の巣窟高等学校、訳の分からない人までもが来客してきて、別に何か手を出すわけではないからいいものの、これの扱いにほとほと困り果てる。

 一番ひどかったのが、つい先週頃の客だ。どこぞのワンちゃんよろしく、ハァハァと息の荒い男が入ってきて、

「栗谷先輩の下着の色が気になって夜も眠れません」

 という相談を持ち込んできたのだ。

 幸い、先輩は二人とも欠席していたので面倒な事態にはならなかったが、何でそんなことをお前に教えなきゃならないんだ、まずそんなこと僕が知るか、むしろ僕が知りたいわ、むしろ教えてくれよお願いしますという具合に、もうイライラ度数がえらいことになったために、以前金丸さんの穿いていた下着の色であるショッキングピンクと答え、また同時にそれとなく「死ね」という旨のメッセージを伝えたところ、「ショッキングフオオオオオオオ」と叫びながらどこかに消えた。そのまま東京湾に消えてほしかった。

 とまあ、一部の不測の事態があるとはいえ、わりかし多くの相談にいまいち拍子抜けな感じがしてしまうのは、やはり最初の相談の所為だろう。僕はてっきり、あのようなトンデモ相談ばかりを扱う部活動だと勘違いしてしまっていたのだ。


「一つ、相談があるのですが、よろしいでしょうか」

 長身の男は、シャボン玉に包まれながら無感情にそう語った。これは何も、僕たちが部活の活動時間を蔑ろにしてまで相談を持ち掛けた彼に腹が立ってシャボン玉液をぶちまけたわけではない。彼自身が、持っていたキセルを吹いて生みだしたのだ。

「え、えぇ、私たちにできることがありましたら……」

 ちょっとばかりの沈黙の後、栗谷先輩がその静寂を破り、彼と何気ない世間話を始めた。相談相手の心を和らげて信頼感を上げるために、まず軽い話をするのだと先輩は言っていた。とはいえ、学ランを着るのではなく羽織っただけの奇妙な服装で、学校で禁止なはずのキセルから、しかもシャボン玉を吹き出した彼に、少なからず驚きを隠せないようで、むしろ先輩が緊張しているようにも見えた。だが、それも無理からぬことだ。シャボン玉を持ち歩く人間なんて、漫画か小説かにしかありえない存在だろう。金丸さんにしろ、この人にしろ、どうして今日に限ってこうもぶっ飛んだ人に遭遇してしまうのだろうか。それとも、高校という奴は総じて変人の巣窟なのだろうか。中学校とは違うんだなとしみじみ思った。

 僕は、彼が僕を挑発したことに対する気に食わなさと、彼への少しのからかいを込めて、シャボン君と呼ぶことにした。まあ、悪くないネーミングではないだろうか。クールな容姿の形容にも、合わないことはない。

「惜しいですね」

 シャボン君は唐突にそう言った。惜しいって一体何だ突然。見ると、先輩と話していたはずの彼が僕のことを真っ直ぐに見つめていた。彼の顔は全く動かず、表情を読み取ることができない。何だか気味が悪かった。

「そう言われると、流石に傷つきますね」

 そう傷ついてもなさそうな顔で言った後、いや、そうではない、僕の名前の事でしたと彼は続けた。

「僕の名前は、シャボンではなく沙母です。沙母海人です」

「!」

 え、あれ、僕、この人のことをシャボン君と呼んだっけ。いや、金丸さんにも、天才テレビくんという僕だけの秘密のあだ名を明かしていないこの僕だ。うっかり、不名誉なあだ名を本人の前で呼ぶほど僕は馬鹿ではない。はずだ。

「焦っていますね。そういえば、貴方は可愛らしい少女然としたこの女性のことを、さっきから栗谷先輩と呼んでいますね。栗谷さんは自分を二年生だと仰っていたので、君は一年生でしょうかね。なら敬語は使わなくてもいいかな、宗也君」

「な、何で僕の名前を!」

「え、何で分かるの? 何? エスパー?」

 栗谷先輩が一気に食いついた。

「ふーん、なるほど」

 そして、今まで黙っていた金丸さんも食いついた。

「あなたは、もうお分かりのようですね」

「それだけ証拠を出されれば嫌でも分かるさ」

 金丸さんは肩を竦めた。

「はい?」

「何どういう事?」

 困惑する僕らには目もくれず、金丸さんはさらに口を開いた。

「しかし、分からないね。どうしてわざわざそんなに遠回りに言うのかな。ハッキリ言ってもらえばいいものを」

「相談ですからね。本来僕は自身の能力自慢は好きではないのですが、こうして証拠をあらかじめ提示しておかないと、相談しても信用してもらえないかと思いまして」

「い、いやいやだから、二人して何を思わせぶりな会話をしているんですか」

 思わず僕は、沙母君と金丸さんの会話に入り込んだ。会話の趣旨が分からないし、こんなどこぞのすかしたアクション漫画のようなシリアスな空気感を醸し出す場でもないはずだ。

「つまり、今回は一筋縄ではいかない相談、ということだよ」

 金丸さんはそう言ってまた黙り、沙母君を見つめた。

「そうですね、ここまで言えば、もう皆さんに信用してもらえるでしょうか」

 では、本題に入ります、と沙母君は身を乗り出して続けた。

「僕には、心の声が聞こえるのです。そして僕はこれにほとほと困り果てています。相談とは、僕のこの能力をなんとか抑える方法はないか、ということなのです」

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