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ma colombe

作者: 浅緋 奈々葉

朝というものは何でこんなに辛いものなんだろう。


 ヨロヨロと起きて、モソモソと朝ごはんを食べて、ボンヤリ学校に行く。


「お姉ちゃんって本当に朝がダメだよね」


  隣を歩く双子の妹、絲衣羅しえらはいつも呆れてそう言うけれど、何の反論も出来ない。反論するのも億劫で、そのまま黙ってヨロヨロと歩く。


 自分で言うのもなんだけど、

「朝の佐倉絲衣那さくら しいなは別人」

 と言われるぐらい私の朝はひどい。


「目は半開きだし、前屈で足取りはおばあちゃんみたいだし」

 あけすけなく言う絲衣羅は続ける。

 私はいつも、学校に着いて授業が始まるところでやっと目が覚めて通常の私になるのだ。


 そう、恥ずかしながらいつも妹の絲衣羅に教室まで連れて行ってもらっているのだ。

 姉としてはとても情けない。

 自分でもなんともできないのがとても歯がゆい所だ。


 席に着いてぼやーっとしたままでいたら、クスクスと笑い声が聞こえてくる。

「本当にねぼすけさんね」

「本当、ねぼすけさんよね」

 こだまのように私の左右から響かせるもは、双子の橘美南たちばな みな橘南美たちばな なみだ。

 私達姉妹は二卵性だからそんなに似てはいないけど、美南と南美は一卵性なのでうり二つ、合わせ鏡を見ているようだ。

「どうせ私はねぼすけさんだよ」

 仕方ないじゃん、どうしようもないんだもん。


 でも大人になって、このままねぼすけだったらどうしようかって考えることがある。

 高校までは妹がいるからいいけれど、大学生になったからってなおる訳無いだろうし……。

 まして社会人になってもこのままで、妹に会社まで連れて行ってもらうなんてことになっていたらどうしよう、そんな恐ろしいことは……なっていそうで怖い。


「だったらお嫁に行ってしまえばいいじゃない」

「そうよ、お嫁に行っちゃいなさい」

 突然、双子は突拍子もないことを言い出した。


「高校卒業してすぐにしなくてもいいんだし、大学生に通っている間に見つけちゃいなさい」

「そうよね、大学卒業まで時間はあるんだし、何だったら在学中に結婚したっていいのよ」

 なんて続ける。

 私は空いた口がふさがらなかった。


 大体さ、本当恥ずかしい話だけど、初恋もまだなんだよ。

 好きな人もいない、ましてや付き合ったことも無いのに、そこんとこ一足飛びにして嫁に行けってどういう了見してんのよ。


「何だったら私達が探してきてよ」

「そうね、お父様に伺ってみようかしら」


 何を!  何に!!  何が!!!  何で!?


 寝ている場合じゃ無いよ、さすがの私も目が覚めた。


 無駄にお金持ちな双子は、自分達の“家”を使って私のお婿さんを探すと言っているのだ。

 そんな勝手に私の人生決めてもらっては困る。

 この双子は有言実行の人達で、本当に突拍子もないことを言ってはそれを実行に移して、それによく振り回される。

 身を持って実感している私としては、これを回避しなければ……。


「ちょっと待ってよ、いくらなんでもそれはいきなり過ぎよ」


 たしかにね、双子の言っていることはかなりおいしい話だと思う。

 だけどさ、例えね、例え結婚出来たとしてそのまま主婦になったとしても、結局は朝起きて朝食作ったり、支度したりしなきゃいけないんだよ。

朝まともに起きる事の出来ない私にはもっとも無理な事じゃないの。絶対無理、一生無理。


「無理無理、絶対無理。第一、何でお嫁にいかなきゃならないのよ」


 寝ぼけている場合じゃないよ、私の一生に関わる問題が、この歳で、この場で決まってしまうのは嫌だ。何とか阻止しなきゃ。


「だって、お金持ちの家に嫁いだら家事はお手伝いさんがしてくれるし、ちょっとぐらいお寝坊さんでも許してもらえるわよ」

 いやいや、駄目でしょう。

「そうよ、お寝坊さんでも、ぽや~ってしてても、お金持ちに嫁いだら何でもお世話してくれる人がいるから大丈夫よ」

 何が大丈夫なのよ、大丈夫な訳ないじゃない。

「その辺は抜かりないわよ、お父様には配慮してもらうから」

 どこがどう大丈夫なんだかわからないけど、私が大丈夫じゃない。

「おじさんに迷惑かかるからやめてよ」

 ここまで暴走していたら言う事を聞いてくれない気がするけど、何としても止めなくては。

「あら、お父様は迷惑だなんて思わないわよ、むしろ喜んで探してくれるわよ」

 ありえる、ありえ過ぎて反論出来ない。

 私から見たら、大企業の社長さんというより普通のおじさんな感じの双子の父親は、会うといつもニコニコ笑っている気の良いおじさんだ。

 そして2人の娘にとってすっごく甘いお父さんだった。

「でもね、私としてはきちんとお付き合いしてからの方がいいし……」


 だって私、まだ17だよ? ぴちぴちの女子高生だよ? なのに、それ全部すっ飛ばしてお見合いして結婚なんてどうなの!? 絶対嫌だ。

一応、できれば2、3回くらい恋愛して20代後半ぐらいで結婚できればいいなと思っているんだ。合コンも1回ぐらい体験したいし、アルバイトだってしたい。

何だかんだやりたいことはあるんだ。だから、結婚なんかしちゃったらそれらが全部出来なくなっちゃう。そんなの嫌だ!!


「やだやだ、絶対嫌だ~~っっ」


 私は強く拒否をした所で、既に来ていたらしい担任に叩かれ怒られ、そこでお見合いの話は有耶無耶になってしまった。


 それから双子からは、突拍子もないお見合い話は一言も出てこなかった。

 だから完全に忘れて話もなくなってしまったのだと、タカをくくっていたのだ。





「「おはようございます」」


 土曜の早朝、何の前触れもなくやって来た美南と南美。

 突然の訪問に驚いているお母さんは、この時間に起きてくるわけのない私の為に、取り合えず双子をお茶に誘ったんだけど、それを優雅に断り、ヨレヨレのパジャマでまだ眠りの中に入っている私を叩き起こしてそのまま車に押し込み、連れ去られてしまった。

 でもそこは私、自分が何事かに巻き込まれているなんて思わずに車の中で寝こけていた。


「っつて、何これ~~!!」


 そして、次に目を覚ました時には、自分が劇的に様変わりしている事に驚いて叫んでいた。





 かくり、と頭が動いた所で目が覚めたら、目の前には淡いピンクとグリーンを使った絞り染めの生地が広がっていて、そのピンクとグリーンがうまい具合に桜並木を表していた。

 刺し色の水色も綺麗だなーって思ってはた、と気がついた。

 ちょっと待って、確か私ってグリーンのチェックのパジャマを着て寝ていたはず。っていうか、何か息苦しい気がするんだけど。

 恐る恐る前を見ると、そこには今の自分が映っている姿見だった。


「……」


 すっごく綺麗な着物だな~

 これってあれだ、前にお母さんに連れられて行った展示会で見た着物だ。

 ピンクがとても綺麗だったからちょっと羽織らせてもらったけど、その反物のお値段を聞いて「ちょっとお高いわね」って顔を引きつらせていたお母さん。

 着物ってピンからキリまであるのは知っているけど、あんなに高いものだとは思わなかった。

 あれは反物の値段だからその上に縫製代もかかる、出来上がりの値段なんか想像出来ない。

 で、何でそんなお高い着物を着ているのかな?


「っつて、何これ~~!!」


「あら、やっと起きたのね」

「本当にねぼすけさんね」


 はっ、と鏡で周りを見るとお手伝いさん達がいて、皆クスクス笑っている。


「きちんと立つし、腕も上げるから本当は起きてるのかと思ってたけど、やっぱり寝てたのね」

 立ち上がって鏡を見て某然としている私の両脇にいるのは言わずもなが南美と美南だ。何故か二人とも着物を来ている。

 双子の着ているその着物にも見覚えがある。糸にパールの粉末を混ぜて使った着物で、こちらも目が飛び出るくらいお高かった。

「頭が定まらないから、寝ているのは確かだったわね」

 右側に立つ南美は水色の着物で、左に立つ美南は薄い緑色の着物だった。


「な、な、な、何事?」

 何で私がそんなスゲー着物を着ているの?


「そうよ、あなた決まってるじゃない」

「そうよ、決まってるじゃない」


 もしかして、もしかしなくても、ここから先はできれば聞きたくなかった。


「「今からお見合いするからじゃない」」


 なんてステレオ放送でメガトン級の爆弾を落としてくれたのだ。




「美南さん、南美さん」

「「はい」」

 にこやかに返事をする双子。

「何の冗談ですか?」

 鏡の前の私は顔が引きつったまま聞いた。

「何言ってるのよ、この間言ったじゃない。あの夜早速お父様にお話ししたら、お父様ったら張り切ってしまわれて、すぐに候補をあげてくださってね」

「そうそう、その方達を私達が選考した第一号の方がいらっしゃるのよ」


……えぇと、気のせいかしら、私は双子の言っている意味がよく理解出来ないんだけど。


「で、もしかして、もしかしなくても、お見合いだからこんな格好をさせられているって事かな?」


「もちろんそうよ」

「もちろんそうですわ」


 ニコニコしながら私の手を引いて歩き始めた双子。

 今まで自分の事しか見えていなかったけれど、ここはどうやら双子の家のようだ。何度か来ているからわかる。

 でも、何処に連れて行かれるのかはわからない。


「私は聞いてないし、普通本人は知っていていいんじゃないの?っていうか私、お見合いするって言っていない」

 そうよ、断固嫌がったじゃない。

「あら、いいじゃない、早いうちに経験出来て」

「そうよ、物は試しよ何でも経験よ」

 何でも経験って、そういう事は妙齢の女性になってからでもいいと思うんだけど。

「それに、今日会う方に決めなくてもいいのよ」

「そうよ、候補は何人もいるんだから」

 双子がお見合い話を持ち出したのは、三日前ぐらいだったはず、そんな短期間に候補が何人もいるってどういう事? おじさんも何を考えているかわからないよ。

 私達が言い合いをしていると、いつの間にか今日の主犯その1である双子の父がやってきた。

「おはよう絲衣那ちゃん、私が選りすぐりで選び出したんだけど、美南も南美も厳しくてね、大変だったよ」

 ニコニコしながら話しかけてくるおじさん。


  おいおい、オッサンもノリノリなのか……。


  ニコニコ顔のおじさんに心の中でツッコミをいれた。

 おじさんが私達を引き連れて入って行ったのは、とっても立派な応接室。

 そして、ソファーには男の人が一人座っていて、私達に気が付き、彼はすぐに立ち上がった。

 あれ、一人なのかな?こういう時って付き添いの人が一緒なんじゃないのかな? って私も一人か、でも代わりに双子がいるし。


「待たせたね、英一君」


「お久しぶりです、お兄様」

「お元気そうで、お兄様」


 双子は彼に寄って行き、挨拶をしている。

 取り残された私は手持ち無沙汰になってしまった。


 にしてもカッコいい人だな。


 双子に囲まれた彼は、双子より頭一つ出るくらいの身長で、見た目爽やかな好青年だった。

 スーツまでとはいかないけど、ネクタイ無しのジャケットで、何て言うのかな、アメリカントラッドって感じ。

 に対しての私の格好といったら気合入りすぎなんじゃないだろうか。

 と言っても、自分で選んで着た訳じゃないからなぁ。って私、お見合いする気満々じゃない。


「すまないね絲衣那ちゃん、あの子達は英一君が大好きでね」


 へー、そうなんだ。


 双子は美人のお母さんの血を受け継いで、それはそれは美人だ。

 だから、二人とも引く手数多、告白してくる輩が多い。

 その輩を双子はいつものペースでガンガン振り回し、撃沈させるのだ。

 まぁ、はっきり言って輩どもは、顔も声も何もかもそっくりで、どっちがどっちで顔以外のどの変がいいのかわかっているのか甚だ疑問だったから、振られるのは当たり前だろう。

 ちなみに双子を見分ける事が出来るのは、双子のご両親と従兄弟と私だけらしいので、ちょっと自慢だ。

「美南、南美、いい加減にしなさい。今日は絲衣那ちゃんが主役なんだから控えなさい」

 いつもはおっとりしたおじさんのはっきりした声に、双子はやっちゃったという顔をしてから私の所にやって来て彼の前に私をずずいと押し出した。


「お兄様、こちらが佐倉絲衣那、私達の大切な友達ですわ」

「絲衣那、こちらが宮坂英一みやさか えいいちさん、私達の従兄弟にあたる方よ」


 いやいや、普通は大切な友達にお見合いを斡旋しないでしょう。というか、自分の従兄弟を差し出すか。


 心の中にツッコミをいれつつ、ぎくしゃくと頭を下げた。


「初めまして絲衣那ちゃん、宮坂英一です。二人からいつも話を聞いているよ」


 爽やかな笑顔で右手を差し出されて、ぽかんとしてしまったけれど、すぐに握手だと気がついて、慌てて右手を出した。


「は、初めまして、佐倉絲衣那です」


 男の人に握手を求められるなんて初めてで、しどろもどろに自分の名前を名乗った。


 宮坂さんは某有名大学の二年生。

 趣味はテニスにお父様に勧められた“FX”というモノらしい。

“FX”がどんなモノか分からなくて説明してもらったんだけど、へー、ほー、としか言えずにおばかな子だと思われただろう。

実際、おばかな子なんだけどさ。


「すまないね、私は用事があるから、美南と南美は二人の相手をしてあげなさい」

 一通り挨拶が終わると、おじさんは部屋を出て行き、入れ替わりにお手伝いさんがお茶とお菓子を持って入ってきた。

 途端に私はトレイに釘付けになる。


 双子の家のお手伝いさんはお菓子作りが得意で、プロ並みの腕をもっている。

 彼女の作るお菓子は何でも美味しいけど、一番のお気に入りはこれでもかってくらいイチゴがどっさりのったタルトだ。因みに二番目はベイクドチーズケーキ。チーズが濃厚で最高です。

「見てわかるけど、絲衣那はうちの加奈子さんの作ったタルトが大好きなのよ」

「だから作ってもらったのよ」

 それはとてもありがたい。


 シロップでキラッキラに赤く光った甘酸っぱいイチゴ、その下のカスタードクリームとアーモンドクリームの二層のクリーム、それらをサックサクのタルト生地が受け止めている。

 これだったら一人でワンホールペロリと平らげる自信がある。


 自分でも分かるくらいランランと光った目でお手伝いさんが切り分けているタルトを食い入る様に眺め、目の前に置かれたお皿にため息を着く。

 ホールでもカットでもパーフェクトなスタイルを保ったタルト。

 私は手を合わせてフォークを持った。


 やっぱり美味しいなぁ……。


 着物を汚さないように双子から借りたハンカチを膝に敷いて、注意深くフォークを使いながらモグモグとイチゴとクリーム、そしてタルトのハーモニーを楽しむ。


 なんというしふく……。


 本当すっごく幸せ。でも食べちゃうとなくなっちゃうのは悲しいな……なんて思っていたら、三方から笑い声が聞こえてきた。

 何? 何? と見回すと、3人ともクスクス笑っている。

「何よ」

 フォークを握ったまま、不機嫌にそう言うと、

「お兄様、ごめんなさい。絲衣那ったら」

「さすが絲衣那、色気より食い気ね」

 双子は呆れたように言う。

「だってあなた、ニコニコして食べていたかと思えば、残り少なくなったら悲しそうな顔をして」

「まだあるからおかわりなさい、でも今はお兄様とお話しなきゃ」

 う、忘れてた、お見合いの最中だった。まだ納得いかないけど。

「絲衣那ちゃんはイチゴのタルトが好きなんだね」

 爽やかな笑顔でそう言われたら、何だか恥ずかしくなって、俯いてしまう。

「は、はい、す、すっごく好きです」

 やだ、何だか告白してるみたいじゃない、なんて思ったら、もっと恥ずかしくなって、無意識に持ったフォークでタルトをつつきまわしていたらしいく、気が付いたら、ぐちゃっとなってしまった私のタルト。

 あーあ、でも美味しいのにはかわりないから食べちゃうけどさ。

「他のケーキは?」

 突然、宮坂さんからの質問。

「へ?あ、の、……何でも好きですけど、チーズケーキも好きです」

 ベイクドチーズケーキなんだけど、ニ種類のチーズを使ってどっしりして濃厚なケーキに仕上がっている。

あ、ヨダレが出そう。

 目の前にタルトがあるのに私ったら食意地はりすぎ。


「うちのレモンパイも絶品だよ」


 レモンパイ!


 レモンパイといえば、クリームの上のメレンゲよね。

 サクサクほろほろしているのもいいけど、しっとりしているのも捨てがたい。


「お兄様のお家はシフォンケーキも美味しかったわよね」


 シフォンケーキ!!


 フワフワでシュワシュワの生地が最高よね。甘さ控えめの生クリームが添えてあったらなお良し。


「オペラも絶品だったわ」


 オペラ!!!


 コーヒー風味のちょっと大人なケーキって感じがして私には不釣り合いだけど、憧れるケーキのひとつ。甘いカフェオレと一緒に頂きたい。


 お金持ちのお家って料理を取り仕切っている人以外にお菓子作りの上手な人がいなきゃいけないのかな。

 流石に毎日は気が引けるけど、食べたいって言ったら美味しいケーキが食べられる環境って羨ましい。

 そう考えたら、お嫁に行ってもいいんじゃないかとちょっと本気で思っちゃったよ。あぶない、あぶない。

「今度家に食べにおいで」

 ぜひお邪魔したい!

「はい、今度およばれします!」

 元気よく返事しちゃったけど、お菓子を頂きに行くぐらいはいいよね。その時は双子もついて来てくれるだろうし。

……あぁ、宮坂さんの顔がレモンパイに見えてきそうだ。


「あら、本気になったのかしら」

「本気になりそうね」

 にこにこ笑っている双子。

 何? 何が本気なのかな。


「絲衣那ちゃんは自分で作ったりしないの?お菓子」

 双子の話を遮るように宮坂さんは話を始める。

「私、ですか? 簡単なものなら作りますよ」

 加奈子さんの作る豪華なケーキは作らないけど、形にこだわらない簡単な混ぜて焼くだけのパウンドケーキとか、型抜きしなくていいロッククッキーとか、アイスボックスクッキーなんかをよく作る。

 両親も妹も美味しいって喜んで食べてくれる。

 美南も南美も私のロッククッキーがお気に入りだ。


「絲衣那のクッキーは絶品なの」

「そうなの、パウンドケーキも美味しいのよ」

 双子は口々に褒めてくれる。

「あ、ありがとう」

 面と向かって褒められると照れてしまう。

「今度、お兄様に作って差し上げて」

「そうよ、一度食べてもらいなさい」

「はぁ?」

 褒めてくれるのは分かるけど、何故そうなる!

 私の作るお菓子を食べさせるなんて、もってのほかだよ!

「そうだね、一度食べてみたいな」

 いやいや、それだけは避けたいです。謹んで辞退させていただきます。

「私の作るお菓子はタイソウなモノじゃないので…」

 何とか回避しようと、考えあぐねていると、

「お兄様、好き嫌いはないわよ、だから大丈夫」

「そうよ、ケチケチしないで作ってらっしゃい」

 なんて私に詰め寄ってくる双子。

 別にケチケチしている訳じゃないけどさ、家族と友達以外食べさた事ないんだよ、しかもお金持ちできっと美味しいものばかり食べてきて舌の肥えている人にだなんんて考えていたら、絶対に失敗しないお菓子でも緊張して大失敗をやらかしそうだ。


「駄目かな?」

 宮坂さんは本当に悲しそうな顔をして私を伺っている。

 そんな悲しそうな顔をされても、何だか私が悪い事をしているみたいじゃない。

「…じゃあ、そのうち…」

 ここは取り合えず曖昧な返事をしておいて、誤魔化しておこう。

 きっともう会わない気がするし、会ったとしても双子が付き添いで2、3回会って終わりじゃないのかな。

 よく考えると、宮坂さんは双子とおじさんに頼まれて仕方なくここにいるんだと思う。

 私みたいな子供を相手にしても面白くないだろうしね。

 それにこんなカッコいい爽やかさんに付き合っている彼女がいない訳がないよ。

 だったら、申し訳ないかも。

 機会があったらお詫びに何か作ってあげた方がいいかもしれない。

 なんて思いながら、シドロモドロになりつつ、何とか双子が間に入ってくれながら宮坂さんと話をした。



 宮坂さんはとっても優しい人だった。

 最後まで私になんかに気を使ってくれてた。

 それに携帯のメールアドレスを交換、と言っても私はここまで着の身着のままのパジャマだったから、双子に頼んでお互いのメールアドレスを教えてもらった。

 そして私だけケーキを2回お代わりをしつつ、楽しく過ごすことが出来た。

 初めてのお見合いと着慣れない着物に開放されて、自分のベッドにばったり倒れて丸一日放置していた携帯を確認したら、早くも宮坂さんからメールが届いていた。

 その内容ってのが、今日は一日ありがとうから始まって、

 着慣れていない着物で大変だったんじゃないのか、とか、

 疲れてるだろうからゆっくり休んでね、とか、

 作ってくれるケーキを楽しみにしている、とか、

 何処までも気を使ってくれているメールに、優しい人だなーって思いながら、私はそのまま眠りについてしまったのだった。



「乗せられた気がする」


間違いなく乗せられた。

 フォークを持って、釈然としない気持ちを何処にぶつけて良いのか分からずに、ぷーっと頬を膨らませた。


「まぁ、釈然としない気持ちは分かるけど、嬉しくないの?」


 嬉しくないわけがない。

 目の前には、夢にまで見たレモンパイに、宮坂さん。

 本当はシフォンケーキもって言ってくれたんだけど、「また来てもらわなきゃいけないから」って後日になってしまった。

 シフォンケーキも食べてみたかったのに、宮坂さんのいけず。


 あのお見合いの翌日、宮坂さんは家に来て早々にお母さんに挨拶をし、よく覚えていない悪夢にうなされて年に一度あるか無いかの早起きしてしまった私を、デートに連れ出したのだ。

 またこのデートってのが、あり得ないぐらいのセレブっぷりで、これが初デートだった私としては、ちょっぴり残念だったのは言うまでもなく、ってこの事は宮坂さんには内緒だ。

 本当はもっとスタンダードな、ゲームセンターとか映画館とか遊園地とかが良かったんだけどね。

 

 そうこうしているうちに、毎日の他愛無いメールが何より楽しみなって、時々連れて行ってくれるデートも楽しみになっていて……。


「やっぱり乗せられた気がする」


 お邪魔する事は無いと思っていた宮坂さんはのお家、双子のお家よりは小さいけれど、それでも立派なお家に私一人でお邪魔するなんて思いもしなかった。


「まぁまぁ、せっかくなんだから食べてみて」


 笑いながら私にレモンパイを勧める宮坂さん。

 言いくるめられたような気がするけど、目の前の誘惑には勝てない。

 私は手にしたフォークでレモンパイに取り掛かった。


 口に入れるとイタリアンメレンゲがホロホロと崩れて、その後から甘酸っぱいレモンクリームがかぶさり、一番下のパイがすべてを受け止めてくれた。

 バターたっぷりでサクサクしているパイは、このまま単独で食べても美味しいんじゃないかと思うくらい美味しい。

 双子が言っていただけあるわ、ものっすごく美味しい。本当に幸せ。


 口の中でホロホロと消えていくメレンゲが名残惜しくなって悲しんでいたら、

「まだあるから、心配しないで」

 と、苦笑いしながら、紅茶を飲んでいる。

 そんなに私って分かりやすい顔をしているのだろうか、と思いながらもぐもぐと口を動かした。


「びっくりしたよ、美南と南美とおじさんまで3人で会って欲しい人がいるって言ってきたから、何なんだって」

 出会った時の事を思い出したようで、笑いながら話始めた。

「まさかこんな可愛い子だったとはね、しかもお嫁にもらってくれって、願ったり適ったりだね」

 可愛い子って、照れるじゃん。

 宮坂さん……、いや、英一さんは私をお嫁にもらう気満々らしい。それに関しては嬉しいよ、嬉しいけど……

「やっぱり、双子には謀られたと思う」

 ぷーっと膨れた私が持っていたお皿には、新しくカットされたレモンパイがお皿にのせられる。

 それが嬉しくてフォークを持ったとたん、に英一さんに笑われた。

「本当に幸せそうな顔をするね」

 優雅に紅茶を飲む英一さん。

「だって幸せなんだもん」

 モゴモゴ口を動かしながら、英一を睨んだ。

「そうだね、その顔を見ていたら俺も幸せになるよ」

 にっこり笑って答える。

 でたっ、爽やかさんスマイル!

 その笑顔にお母さんも絲衣羅も落とされたのだ……ついでに私も。


 だって、好きになっちゃったんだもん。

 デートに誘ってくれる度に美味しいケーキ屋さんに連れて行ってくれるんだよ。

 しかもどこで調べたのか毎回、知る人ぞ知るなお店ばかり。

 そんなデートのせいで、時間がかかるけど朝はちゃんと自分で起きるようになった。

 当たり前って言えば当たり前なんだけど、絲衣羅はすっごく驚いているし、お母さんは大喜びだ。私は奇跡としか思えない。


 それに英一さんはとっても優しいし、大学の話とか双子の話を面白おかしくしてくれるし、週に2、3回勉強を教えてもらっている。

 しかし、勉強を教えてくれる英一さんは厳しかった。思い出すだけでも半泣きになる。

 今日、英一さんの家でレモンパイが食べられるのは、頑張って成績を上げたご褒美なのだ。

 よく頑張った! 私えらい!!

 


「英一さんは食べないんですか?」

 モゴモゴとくちを動かす私を笑って見て笑っているだけで、目の前に置かれたレモンパイに手をつけない英一さんに聞いてみる。

「俺はこれで十分」

 そういう言うと、いつの間にか私の口元に付いていたクリームを指で拭い取ったと思うと、そのまま自分の指を舐めた。


 きゃー、恥ずかしー、何でそんなはずかしことが出来るんですかーっっ


 自分が子供見たいな事をしていた恥ずかしさと、英一さんの……なんていうのか……爽やかって言うより、やらしい感じが出ていて、それで真っ赤になる。

 最近は爽やかな英一さんだけじゃなく、やらしい英一さんが時々不意を付い出てくるから、私はドギマギさせられる。

「真っ赤だね、レモンパイより絲衣那の方が美味しそうだ」

 お、大人だ、大人な発言だ。

 ますます赤くなっているだろう私を見てクスクス笑って紅茶を飲む英一さん。

 もー、レモンパイどころじゃなくなっちゃってるよ。

 でも食べるもん。こんな美味しいもの残すなんて考えられない。

 英一さんの大人な発言はスルーさせて、モグモグと口を動かした。

 その様子が英一さんには可笑しかったらしく私を見てずーっと笑っている。

「そんな笑わなくってもいいでしょっ」

 ぷーっと膨れて、ぷいっとそっぽを向く。

「ごめんごめん、絲衣那があまりにも可愛いからさ」

 はい、って残り少なくなった紅茶を注いでくれる。

 うー誤魔化そうとしているー

 でも、誤魔化されてあげよう。今、私は寛容なのだ。

「この後、腹ごなしにどこかに行こうか」

 私はまだ食べているけど、食後はちょっと動いた方がいいと思う。

「うん!」

 最近は私に合わせてくれているようで、英一さんのセレブっぷりはナリを潜めている。

 どこがいいかな~って考えていたら、

「最近出来た、ちょっと小さいショッピングモールがあるんだけど、そこに行ってみる?」

 最近で出来たショッピングモールなんてあるんだ~、どこに出来たんだろう? なんて思いながら、「うん!」と元気に返事をして、目の前のレモンパイに取り掛かった。


 双子には謀られたと今でも思っているけど、こんな素敵な初恋と恋人と未来のだんな様を探してきてくれたから、ちょっぴりだけ感謝しようかな。




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