ちょっとアレなわけで
階段を降り切る前に聞こえた母親の阿鼻叫喚。
(まったくどんな説明したらこんな叫び声になるんだよ…!)
母親がいるリビングのドアの前まで来た。
ドアの近くでどんな話をしているのか盗み聞きしようとしたが、すでに母親には見つかっていたらしい。
「美夜!ちょっと来なさい!」
母親のいつにもない怒った声。
おれは観念してリビングに入った。
「ちょっと!どういうことなの!説明しなさい!お母さん、こんなこと誰からも聞いてませんよ!ユーリちゃんに迷惑かけて!」
「いや、俺もわけわかんないんだって…」
「わけわかんないもなにもないでしょ!どう責任取るの!まだ高校生なのに!」
「ちょっと待って!俺もわかんないんだってば!」
戸惑う俺を後目に母親の隣ですすりなくユーリがちらりと俺を見てはまた泣き真似をした。
(こいつは…!)
俺は徐にユーリの腕を掴み、こっち来い!とボソッと言って引っ張った。
廊下まで連れ出し、母親にどんなあいさつ(・・・・)をしたのか聞き出そうとしたが、母親はそうさせてくれなかった。
ユーリのもう片方の腕をすでに掴んでいる。
「どこいくの。話は終わっていないわ。ちゃんと説明して。」
母親の据わった眼が怖い。
「あとで説明するって!」
「後でって…!後回しにすることじゃないでしょう!」
「することだよ…!」
俺はユーリの腕をグイと引っ張る。それに対抗して母親も引っ張り返す。
ユーリはもちろんのこと大の字になり、イタイとか細い声で訴えているが俺はそれどころじゃない。母親はきっと聞こえていない。
「話わかんない人だなあ…!だからあとで話すよ…!」
グイとさらに引っ張る。
「話わからないのは美夜でしょ!」
微動だにしないのはきっと母親も同じ力で引っ張っているからだろう。
ついにユーリが割って入った。
「イタイっつってんでしょうが!!離せ!」
バッと掴まれていた両腕を振り払った。
俺は反動で後ずさった。母親は動いていない。この人はどんな力してんだと疑いたくなるほどだったが、今はそれどころではなかった。ユーリがキレている。
(半殺しにされるかもしれない…!)
腕をだらんと垂らし、下に俯いているせいでユーリの顔がはっきり見えないが、彼女を纏うオーラは「殺」と浮き出ている。ように見えた。
母親のほうを見ると相変わらずの眼で俺を凝視している。から目線をユーリに戻した。
殺オーラが充満していくのがわかる。
全神経がユーリに向いていた。
ユーリはついに動き出し、ボスンとソファに腰掛けた。
「お茶。」
ユーリの母親へのキャラ設定を忘れていることに不安を感じ、母親の方を見直す。
俺の方をずっと見ていたのはわかっているが、目が合った途端、顎をクイと台所に向けた。
(俺がやれってことね…)
先の緊張が解け、身体に脱力感だけが残った。
お茶を用意している間に母親もユーリの隣に座っており、
「その羽根かわいいわね!」
と、きゃっきゃ話しているのが聞こえた。
「お待ちどうさま。」
湯呑みを二人の前に差し出す。
「…で、どういうことなの?」
口を開いたのは母親だった。
「どうもこうもこいつは…」
スマホから出てきたんだ!と言いたかったのだが、またもやユーリが遮った。
「いいえ!お母様!私が許嫁にしてくださいと頼んだのです!お母様が美夜さんをお叱りになるのは私としても耐えられません!この子と一緒に遠くで…。」
といってユーリはお腹をなでなでする。
同時に母親は頭を抱えた。
「はぁ…。こんな子に育てた覚えはないんだけど…。ユーリちゃん。こんなのでいいの?というか責任とらなきゃだものね。ユーリちゃんさえよければウチで暮らしなさい。ご両親には私からご挨拶しようかしら。」
「あ、大丈夫です。説明はしてありますわ。不束者ですが、どうぞ宜しくお願いいたします。親に連絡してきますわ。」
そう言ってユーリはリビングを出ていった。
会話を聞いて俺は内容を把握した。一連の根源を見つけた。
俺もリビングを出ようと立ち上がったが、母親から
「説明責任。」
というドスの利いた声が出てきたので、俺は「はい。」と小さく返事した。
それからというもの、母親からこっぴどく叱られた。
話をややこしくしたくなかったのであの内容のままにした。
「あらもうこんな時間。夕食準備しなきゃ。」
という母親の言葉により、俺はやっと解放された。
ユーリは連絡してくると言ったきり、リビングには戻ってこなかった。
俺の部屋にいるようだ。
リビングからでようとしたとき、母親にまた呼び止められた。
「あ、そうそう。さっき…といってもお昼過ぎくらいだったかしら。明日、日向ちゃんが遊びに来るって連絡あったわよ。」
「日向?あー…え、明日!?」
母親は、そうよーと空返事をして夕飯の準備を進めている。
「おつかれー(笑)」
部屋に戻ると、ユーリはベッドの上で仰向けになりながら俺の帰還を待ちわびていないような声で労いの言葉をかけた。
邪魔になったのか、羽根も外され床に転がっていた。
「なんて説明してんだよお前は!ややこしいじゃねえか!しかもここに居座ることも容認させるとか…あざといやつだな。帰れよ。」
「完璧でしょ?区長に習ったんだー。『許嫁でお腹には赤ちゃんが…(しおらしく)』ってね!」
「…ってね!じゃねえよ。区長とやらもどんな教育してんだ……ん?そんなの付けてたっけ?」
羽根の代わりに、ユーリの耳にはなにやらイヤホンのようなものが装着されていた。
「さすがパートナー!お目が高いね(?)!さっき送ってもらったんだー!かわいいでしょ。」
上機嫌のユーリ。でも言葉づかいは合っていない。
(そんなにすごいものなのか?音楽聞いてるとか?つか送るって?宅急便来たっけ?)
「そうだよー?その名も『どっくしん』!思ったことも聞こえちゃうからねー!気をつけて…ね?ちなみにこれ改造しといたから。」
ぷらぷらと俺のスマホをつまみあげた。
「改造?ってどんな!」
「転移装置に。今までの機能はそのままだから安心して!」
俺が叱られている間にやられた。
もう言い返す気にもなれない。ため息が漏れる。
「それより…決めた?何から始めるか。」
「何から始めるか…?一つじゃないのか!?」
「当たり前じゃない。一つじゃ足りないもの。」
俺はその場に崩れた。
もう何をする気にもならない。
「明日でもいいか?もうなにも考えられない。」
何も話さず夕食を食べ終わり、風呂、歯磨きを順当に済ませ、ベッドはきっとユーリが使いたがって五月蝿くなるだろうと考慮し、敢えて隅のほうに布団を敷いて寝ころんだ。
一階から話し声が聞こえてくる。どうやら母親とユーリは意気投合したようだった。
(今日はとんだ一日になったなぁ…明日は…日向………)
医者になって病院を徘徊してる俺がいた。
嬉しかった。
夢が叶った!
「ちょっと!どうしてくれんのよ!」
振り向くとユーリと母親が怒った表情を浮かべている。
「いや、そのー…」
「どうしてくれんのよ!この子たち!」
床を見ると多量のスマホが。
それもどんどん量が増えていく。
俺はスマホに埋もれた。
「苦しい…くる…」
「起きろーー!」
ユーリが枕を俺の顔に押しつけている。
「ぶわっ!!」
「さて!昨日の明日が今日になったわけだけど…決めた?」
(あぁ…朝か…)
日差しが眩しい。
「そうよ!ボケっとしてないでサッサと答えなさい!」
(やっぱり悪魔だ……)
ユーリが来てから一日が経った。