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「念のため保健室のほうへ確認に行かせますが、長船くんがここへ来ないところを見ると、君が勝者ということでほぼ間違いないでしょう」

 前会ったときとデザインの違う眼鏡をキリッと持ち上げつつ、小竜委員長は自説を述べた。

「さすが委員長。話が早い」

「おだてなくて結構」

 朝の廊下は登校する生徒たちで騒がしいものの、壁一枚隔てたこの生徒会室は人も少なく静かなものだ。

委員長は二枚の紙を俺と級子に手渡して、

「うちの高校の生徒会長選挙は、立候補の受付から投票まで一ヶ月近くもあるのが特徴です。それだけ軽々に決めてはならない、重要事項だということです。また、クラス代表として正式な立候補者となった後は、そこに書いてあるスケジュールに従って行動してもらいます」

「スケジュールって、これ投票日より前の予定が〈立会演説会兼公開討論会〉しか書いてないんスけど」

「そうです。その分、選活の期間を長めに設けてあるんです。始業前と昼休み、及び放課後に関しては、そこの予定と被らなければ自由に選活を行っていただいて構いません」

「選活?」

「選挙活動の略です」委員長は空咳を一つ放つと、「街頭演説やビラ配りなどの活動ですね。禁止事項も補足として載せているので、後で見ておいて下さい」

「はい、判りました」

「質問なんスけど」俺は手を挙げて、「ほかのクラスも、決闘じみたことあったの?戦いの準備とかえらい大変だったんだけど」

「複数の候補者が名乗り出たのは、B組とH組だけですね。B組は候補者の一人から辞退の申し出があって、円満に解決しています。決闘沙汰にまで発展したのはあなたたちだけですよ」

「そうなの?なんかツイてねえなあ」

「でも、これで完全に立候補者の一人となるわけですから、会則により保護法が発令されて、候補者同士が戦い合うことはできなくなります」

「保護法?」

「つまり、今後は純粋に得票数を多く取るためだけの戦いになるんです」

 なるほど。おかげで慣れない早起きまでして土をほじくり返す必要がなくなるのは嬉しい限りだが、ああいう奇手のほうが俺には向いている気がする。むしろ大変なのはこれからなのかもしれない。

選活、か。

 委員長は感心したようにこっちを見据えて、

「わたしから見ると、あなたは相当ツイているほうだと思いますよ。部内でもかなり腕を鳴らした長船くんを、無所属のあなたが力勝負で敗ったのですから」

「地の利を活かした、それはもう素晴らしい戦術でした。委員長さんにも見てもらいたかったくらいです」

「あら、そんなにすごかったんですか」

 手放しで称賛する級子に、ありがたいとは思いながらも俺は穴があったら入りたい気分だった。

「それならわたしも是非見てみたかったですね。かの太公望か張良の如き戦術だったんでしょうね」

「たたたた太公望、呂尚!張子房!」

 級子の様子が急変した。以前にも不意に起きた、あのハイテンション状態だ。

「委員長さん、史記をご存知なのですか?それとも項劉記?」

「今丁度古典の授業で習ってるところです。七支さんも随分詳しそうですね」

「詳しくはないですけど、もう好きで好きで……」

 また級子の変な癖が始まっちまったらしいな。この学校の女子連中は、みんなそういうのが好きなのか?大流行じゃないか。

んん? そういや委員長、今〈古典の授業で〉と言っていたぞ。そんな昔にBLなんてあったのか? それともBLの元祖みたいな、所謂古典的BL作品か? そんなものを授業で教わっているのか?

 とんでもない学校だ。生徒会長になった暁には、そっち方面も改革してやらないと。


 全部で七名の生徒会長立候補者が出揃い、名前と所属並びに公約が発表されたのはその明くる日のことだった。玄関正面の壁に貼り出された大判の紙一枚一枚に、立候補者の氏名と公約の見出しが筆字で記されている。

 午後二時。昨日の早起きを取り消すかのような大遅刻を果たし、誰もいない玄関に独り立つ。その告示内容とは――


 以下の七名を来年度生徒会の生徒会長候補とする。

 二年A組安綱(やすつな)叡吉(えいきち)。PC研究会所属。公約〈セキュアーな生徒会を目指す〉。

二年B組三条(さんじょう)月読(つくよみ)日巫女教ヒミコきょう教祖。公約〈来るべき魔群の災厄を祓うため、今こそ妾にその清き一票を〉。

 二年C組鬼丸僧兵。剣道部所属。公約〈健全な精神を宿した健全な肉体による、健全な生徒会〉。

 二年D組青江(あおえ)刀馬(とうま)(雅号・儀武幻戯ぎぶげんぎ)。文藝部所属。公約〈詩想と文学と生徒会の融合を〉。

 二年E組俵藤(ひょうどう)真紅(しんく)。フットサル部所属。公約〈ブラッディ生徒会〉。

二年F組孫六(まごろく)諄一郎(じゅんいちろう)(前世名・メルレイーズ・ジョスヴァル六世)。天文部所属。公約〈遥かなる天狼星の下に、集え、御剣の若人たちよ!〉。

 二年H組丸木戸名尚。無所属。公約〈一風変わった生徒会〉。

 以上。文武両道の成就を目指して。


 …………。

 頭が痛くなってきた。

 〈教祖〉?? 〈前世名〉? まさか〈四股名〉とか〈源氏名〉なんてのはないだろうな。俺の公約もひどいが、公約にさえなっていないものまであるような。

 いや、これは眼の錯覚だ。俺は疲れてるんだ。そうだ。そうに違いない。授業に出たところで、周りや先生たちに迷惑をかけるだけだ。よし、体調不良で寮に帰ろう。

俺は壁に背を向け、来た道を引き返していった。丸々一日欠席することは、高校に入って以来初めてのことだと思う。とはいえ遅刻早退の回数は数え切れないし、無欠席が途切れたところで別段どうということもない。

 疑問は胸に蟠る一方だった。去年の選挙もあんな面子だったのか?兄貴のときもか? この学校はあれが普通なのか? 普通じゃないのは……俺のほうなのか?

だから俺は、未だにここに馴染めないのか。

 昼下がりの空は、昨日と打って変わってどこまでも高く蒼く澄んでいたが、〈影〉の声は相変わらず聞こえない。

別に聞きたいとも思わなかった。

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