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21/25

 その日は学校行事の恙ない開催を祝うかのような、見事な秋晴れだった。全役員による臨時生徒総会の翌日、十月一日。私立御剣高等学校生徒会長選挙当日。

通常の授業は午前中で終わり、昼食後、全校生徒は校庭に集合する。候補者たちは一足早くグラウンドに降り、純白のシーツを被せマイクスタンドの設置されたお立ち台の傍らで、各自最終演説の準備に余念がなかった。尤も、インターネットでの宣伝に凡てを託した優男や、何もしないと言い切った鬼丸のように慌てず騒がず泰然と構える者もいた。それぞれが何某かの思惑を抱えつつ、然るべきときが来るのを静かに、あるいは騒々しく待ち構えていた。

「シールド足りる?」

「モニター一個でいいんだっけ」

「ミキサーどこ?」

 俺たちH組の様子は、限りなく後者に近かった。何せ他のクラスと異なり、必要な機材が大量にあるのだ。選管の連中にも手伝ってもらい、重量級のアンプやシンセ一式を二十分かけて運び出した。

「本格的だねー」

 ふらりとやって来た優男が、両手を腰に当て機材を眺め回している。

「ふーん、アナログモデリングシンセか。でもプラグインであったよなぁ確か」

「…………」

 機材チェックをしている布都乃先輩は、完全無視の模様。だが、チアリーダー姿の級子が通り過ぎるのを見た優男は、先輩をあっさり見限って級子に話しかけた。

「七支ちゃん、その服すっごい可愛いよ!」

 緊張に顔面蒼白の級子はそれどころではない。メモ紙を見てブツブツ呟きながら、手にした傘を無意識のうちに突き出して優男の鳩尾を刺した。

「ぉごわっ!」

 俺は推薦人による応援演説の意を込めて、ダンス披露前の挨拶を級子に一任することにした。下手に俺が喋るよりよっぽど効果的なはずだ。

 昼食を終えた生徒たちが、続々と集まってきた。そんな中、男子の集団から逃げるようにして、級子と同じ服装のチアリーダー二人が走ってくるのが遠方に見えた。ツバメと布都乃妹だ。

「大人気じゃねえかお前ら」

「あんまり茶化すもんだから、何人か懲らしめてやったわ」

「ツバメェ、いい加減竹刀置きなよ」

 布都乃妹が溜め息混じりに言った。確かに白いユニフォームと青のミニスカートに、ワンポイントとしての竹刀は些か前衛的すぎる。

「ダイエットの効果が出たか。腰回りはギリギリっぽいけど」

「あんたも懲らしめたげよっか?」

 そう言って竹刀で俺の剣先を叩く。保健室で借りた包帯をグルグル巻きにしているので、刀身は見えない。鞘でもあればいいのだが、生憎手頃なものがないため、こうするよりほかに仕方がない。

「でも学校側が認めてくれて良かったね」

 布都乃妹が黄色いボンボンをツバメに手渡しながら言った。

「そりゃそうだろ。こんなもん完全な不可抗力だぜ」

 厳密には銃刀法違反なのかもしれないが、離せないものはどうしようもないため、学校側も黙認という形を取っていた。寮生活で外界との接触がほとんどない点も、評価の上で少なからずプラスに働いたようだ。

「ナナ、あんたその腕でどうやって着替えてんの?」

「企業秘密だ」

「長袖のシャツとか厳しいんじゃない?寒くなったら大変ね」

 がしかし、しかしだ。それにしたって実生活では途轍もなく不便だ。クラスメイトたちにも四六時中奇異の眼差しで見られる。先日の〈イレクティヴ・エレクトロ、略してE2、投票日に一日限りのライブ開催決定!〉のビラ配りのときも、剣に触ろうとする無遠慮な輩が現れて相当腹立たしかった。俺の手は野球部員の坊主頭か!と、つい剣を振り上げて追い払ってしまい、下級生になんてことするのとツバメに雷を落とされたりもした。

「けどさ、なんで竹刀持ってる連中にはぺこぺこしてる奴らが、俺見てにやにやしやがるんだ?」

「面白いんでしょ、見た目が」

 ツバメはあっさりと言った。

「いや納得いかねえ。見た目なら竹刀と変わりねえだろ」

「だってそれ真剣じゃない。どうして後生大事に本物の剣なんか持ち歩いてるのか、みんな疑問に思ってんのよ。いつになったら打ち明けるの?掌に剣がくっついちゃってるって」

「言えるわけねえだろ。興味本位のアホどもがもっと近づいてくるだろうが」

 こんな下らない事実、身内と教師だけ知っていれば充分だ。

「あ、皆さん」

 ようやく我に返った級子が近づいてきた。

「級子ちゃん、顔真っ青!大丈夫?」

「は、はい」

「足許ふらついてるよ。挨拶、丸木戸くんと代わったらぁ?」

「いえ、平気です……平気です」

 試しに肩に垂らしたピンクの鉢巻を引っ張ってみる。頭がぐらりと傾いた。全然首が据わっていない。重症だなこれは。俺は級子が握り締めていたメモを引っ張り出し、内容をざっと見てみた。

「んー、まあまあかな。大したこと書いてねえけど」

「ナナ!」

 竹刀が腰を打つ。

「あ痛ッ!」

「あんたちょっとひどすぎるよっ」

俺は腰をさすりながらメモを返した。

「まっ大したこと書いてねえんだから、気負いする必要ないっての。トチったってツバメにどやされるわけじゃねえし。ほれ、肩の力抜け。平常心」

 肩を指で突ついてやる。級子の表情から、少しだけ固さが取れたような気がした。

「あ……ありがとうございます。おかげで楽になりました」

「おう、その服もお前が一番似合ってるしな」

「そ、そんな」途端に顔を赤らめ、はにかむ級子。「名尚さんもかっこいいですよ。剣をお持ちになったお姿が、周瑜の再来みたいで」

「えーっ褒めすぎだよ級子ちゃん。顔も頭も武力も月とスッポンだって」

「おい布都乃妹。シューユって誰だ?」

「知らなぁい。あとその呼び方やめて」

「あ、タスキが」

 級子に言われて下を見ると、肩に提げていたはずのタスキが知らないうちに左腕の先に引っかかっていた。

「タスキがあんたを拒否してんのね」

「うるせえ」

「けど、剣持ってるからそれ以上下に落ちないんだねぇ」

「やっと使い途が見つかったわね」

「うるせえよお前ら。どっか行って踊りの打ち合わせでもしてろ。トチッたら刺すからな」

 級子の顔が再び暗く沈んだ。

「お前はいちいち反応しなくていいから」

「もう時間でしょ。ほら、みんな揃ってるよ」

 広大なグラウンドには四桁近い数の生徒たちが大集結していた。機材のほうを見る。既に布都乃先輩の姿はない。機材に不足がないのを確認して、一旦集団の中に戻ったのだろう。

「立候補者と推薦者の皆さんは椅子にお座り下さい。応援の方は、申し訳ありませんが後ろで控えていて下さい」

 下手側より小竜委員長の指示があり、言われた通りにぞろぞろと動き出す。右側に居並ぶ候補者たちを窺い見ると、教祖の背後にいる白装束集団が異様なほかは、そんなに人数も多くないし奇抜な衣装も見当たらない……と思ったら、D組の詩人がだらしなく口を開け、頬の辺りに何かを巻いているのが見えた。

ギャグボールだ。俺は眼を逸らした。

お立ち台を挟んだ向かい側に、選管や教師らがずらりと並んでいる。その後ろの長机には複数の投票箱が見える。あれが俺たちの命運を分ける運命の箱か。

 立候補者と推薦者に起立を促す委員長。ややあって、

「只今より、来年度生徒会長選挙の最終演説、及び投票を開始致します。一同、礼!」

 峻厳な口調で会の始まりを告げた。

 まずは長らく見たことのなかった太り肉の理事長の挨拶。

「最初に一つ残念な報せがあります。昨日の真夜中頃、この学校に何者かが忍び込みました」

 ええっと周辺がざわつき始めるのを制して、

「幸い何も盗られてはいなかったのですが、まだ犯人は見つかっていません。また、警備員がその不審人物を見つけたのが、選挙用具を保管している生徒会室だったということで、今回の選挙を妨害しようとする心ない者の仕業ではないかとわたしは考えます。全くもってけしからん! 選挙に対する許し難い侮辱です!」

新生徒会長は、投票用紙の集計後、結果を渡された理事長が宣言を下すことによって初めて正式に認められることになる。そんな大役を引き受ける義務感もあってか、理事長の怒りは通り一遍のものではなさそうだった。

 侵入者は二人組だったという。もしここにいるなら必ず名乗り出るように、と言い残して理事長は挨拶を締め括った。

 次に、一度も見たことのない現生徒会長の挨拶。意外にもごく普通の青年だった。あんなふうでも、一年前は幾多の修羅場を潜り抜けてきたのだろうか。腕を切り取られそうになったり、剣の柄が掌にひっつきそうになったり。話の内容は全く憶えていない。声が小さいのと、D組の候補者の尋常でない呼吸音が気になって仕方がなかったからだ。

「それでは、各クラスの立候補者による最終演説を始めたいと思います。A組代表、PC研究会所属、安綱叡吉くん、壇上に登って下さい」

 優男が駆け足でお立ち台に登る。

「みんな投票よろしくー!」

 それだけ言ってさっさと降りていく優男に、戸惑いのざわめきや笑いが波のように広がった。はえーよ、いいぞーと両極端の声が飛び交う。

「シンプル・イズ・ベストってな」

 言いながら椅子に腰掛ける優男に、鬼丸が小さく拍手した。

 自分の名を呼ばれ、信者を従え厳粛に進み出る教祖。観衆を監視するように横一列に並んだ信者たちの中央で、教祖は颯爽と壇上に登った。

「今日のこの晴れの日は、誠に天におわす太陽神の思し召しである!そもそも〈ハレ〉というのは非日常の祝祭的時間を指し……」

 大袈裟な身振りを交えての講釈を早くも意識から追い出し、俺は腕を組んだ。一口に腕を組むといっても左手は剣を手放せないので、包帯を巻いた刀身は常に右頬の近くをちらついていて我ながら鬱陶しい。

 教祖の語調が急に激しくなった。

「……とはいえ、先日の太陽黒点の秘宝を探し求める行程では、妾に仇なす凶の者の妨害に遭い、思わしい成果を上げることも叶わなかったのじゃが!」

 すごい眼で睨まれ、俺は慌てて欠伸を呑み込んだ。まだ恨みに思っているのか。選挙に私怨を持ち込むのは良くないと思う。俺だってあのときは安眠を妨害されている。

「しかも其奴は、妾と志を共にする信者の一人を誑かし、恥ずべき衣装をまとわせて身辺に侍らせておる。言語道断、悪行の極みじゃ!」

 布都乃妹のことを言ってるんだろう。誑かした憶えは全然ないんだけど。俺はそれ以上耳を傾けるのをやめた。

「……以上で妾の演説は終いじゃ。皆のもの、大儀であった!」

 十分という持ち時間をフルで使い切り、最後まで居丈高な態度を改めることなく教祖は台を降りた。拍手の数も少なくはなかったが、形式的な響きを多分に含んでいるようだった。

 そして大本命のC組鬼丸僧兵。推薦人を座らせたまま、独りでお立ち台へ。

「実を言うと僕も一言二言で済ませたかったんですが、安綱くんに先を越されてしまったので」

 生徒たちから笑いが洩れる。

「僕はこの生徒会長選挙において、活動らしい活動を何一つ行いませんでした。それは日頃の行いを見てもらえば、それだけで生徒会長たる資格は周りの人たちに伝わると考えたからです。今もその考えに変わりはありません……そして、当選した暁には好きな人に告白するという、その考えも」

 俄にどよめきが起こる。男子からは概ね肯定的な声が聞かれたが、女子の中には悲鳴にも似た叫びを発する者が何人かいた。熱狂的なファンだろう。

ツバメを振り返る。真意の読み取れない、複雑な表情だ。ふと視線に気づいたツバメが、冷ややかな眼つきで竹刀の先を僅かに持ち上げた。俺は慌てて向き直った。

「健全なる生徒会を目指して、ひたむきに努力する所存です。どうか僕に、清き一票をよろしくお願いします」

 割れんばかりの拍手。さすがに先の二人とは人気の度合いが違う。違いすぎる。悠々と引き返すその口許に、清々しい笑みが浮かんでいた。

 委員長が次の候補者の名を呼ぶ。俺が唯一その挙動を注目する、D組の詩人の番だ。あのギャグボールはなんの真似だ?


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