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19/25

 色々と散々だった討論会の翌日。三限目の終了後、俺は自分の机に突っ伏して教室の喧騒に聴き入っていた。

「お昼の時間ですけど……どこかお具合でもお悪いのですか?」

 いつもと変わらない級子の声に、俺は僅かに首を傾けて、

「お前ももう、愛想尽かしたろ。推薦人なんて辞めちまっていいんだぜ」

「何をおっしゃるんですか」

 級子は顔を寄せて言った。

「布都乃先輩もさ、どうせ呆れ返って曲作るのも放り出してるよ」

 〈影〉の声も、今日はさっぱり聞こえない。俺は凡てに見放されたのか。

「そんなことないです。そんなの名尚さんらしくありません。わたしが見てきた名尚さんは、もっと強気で前向きな方です」

「いやいや、それ買い被り」俺は自分の腕枕の上で瞼を閉じ、「本当の俺は、嘘吐きで法螺吹きの意気地なしなんだ」

「違います。もっと強気で前向きでアグレッシブな方です」

「いや、本当は嘘吐きで法螺吹きで意気地なしの弱虫なんだ」

「そんなことありません。もっと強気で前向きでアグレッシブで男らしい方です」

「いやいや、本当は嘘吐きで法螺吹きで意気地なしで弱虫のハッタリ野郎……って、あーなんか自分で言ってて気が滅入ってきた」

「誰もそんなふうに思っていませんよ。そう思い込んでいるだけです」

「でもなあ、みんな俺の昨日の失態は知ってんだろ」

「それは、これからリカバーすればいいんです。劉備だって、敗戦に次ぐ敗戦を喫してもなお希望を捨てなかったからこそ、のちの蜀獲りに繋がったんですよ」

 よく判らないが、ネバーギブアップってことか。言うのは簡単なんだよ。俺の高校生活なんてギブアップの連続だし。そんな並み居るギブアップの中でも極上のやつを、昨日曝しちまった気がするんだよな。

「ネバーギブアップか……」

「そうです、ネヴァーギヴアップです」

 級子は発音が本格的だ。勉強もできるし、俺とは大違いだな。メシに行く気力もなくそのまま動かないでいると、反対側から、

「あのぉ」

 と呼びかけられた。女子の声だ。聞き覚えは……あるかどうか判らない。

 はい、と級子が応じる。俺は眼を閉じたまま聞き耳だけ立てることにした。

「丸木戸くんと、七支さんだよねぇ」

「そうです」

「あたしぃ、〈イレクティヴ・エレクトロ〉に加入したいんだけど」

「え?」

「は?」

 狸寝入りを吹き飛ばすのに充分なその言葉に、俺は思わず顔を上げてまじまじと見返した。

 純朴そうな顔立ちに人懐っこい眼許。そして両肩を覆うお下げ髪。全然見憶えのない顔だった。


 もう加入希望者なんて来ないものと早々に諦めていたら、よもや一日と経たずに声をかけてくる者がいるとは。俺と級子はダンサー志望のその女子生徒を連れて練習室へ行き、そこで昼食を摂りつつ詳しい話を聞くことにした。

「あたしダンス大好きなの」

 単純明快な理由だった。がしかし、更に掘り下げていくと新たな事実に行き当たった。

 お下げ髪の彼女は、〈日巫女教〉の信者だった。

「教祖様も、入学し立ての頃は日舞とかやってて踊り方面に熱心だったの。でも全然信者増えないから、理論武装が必要とかいって神秘思想にどんどんハマり込んじゃって、なんか性格まで変わっちゃったんだよねぇ」

 かなりサイズの大きい弁当箱の中身を瞬く間に減らしながら、お下げ髪は深刻そうに語った。

「だからぁ、昔の踊り好きで明るい教祖様に戻ってほしいんだ」

「それは判ったけど、話がよく呑み込めないぞ」俺は思ったことを口にした。「あんたがダンス好きなのはいいとして、教祖サマは関係ないだろ。俺一方的に嫌われてるし」

「確かに今は不倶戴天の敵といった感じですね」

 水筒の蓋にお茶を注ぎながら級子が言う。

「お願いがあるの。あたしが〈イレクティヴ・エレクトロ〉に加入する代わりにぃ」

「入信しろとかいうんじゃないだろうな」

 俺は露骨に厭な顔をして口から箸を離した。

「違うの。捜索隊に参加してほしいの」

「捜索隊?」

「捜索隊って、太陽黒点の秘宝を探すという、あの捜索隊ですか?」

 お下げ髪はうんうんと頷いて、

「丸木戸くんが行けば、絶対見つからないと思うんだぁ。そうしたら、教祖様も自分の間違いに気づいて、少しは昔みたいに明るくなるんじゃないかなぁって」

 俺の付加価値に関して少々問い詰めたい気もしたが、級子は瞳を期待に輝かせて、

「名尚さん、引き受けましょう。この方は貴重な人材ですよ」

「マジかよ?でもあの教祖が、俺をすんなり連れて行くと思うか?」

「捜索隊の最後尾に、こっそりついていけばいいと思うの」能天気にお下げ髪は言った。「あたしもなるべく教祖様の気を逸らすように努力するからさぁ」

「その話はともかく、お前がこのダンスユニットに加入すること、教祖は知ってんのか?」

「知らないよ」

「バレてしまったら、どうなってしまうのですか?破門されてしまうとか」

 不安げに級子が尋ねる。

「人前で踊るんだぞ。百パーセントバレるわ」

「破門は覚悟の上なの。それに、教祖様だってあたしが楽しそうに踊ってるのを見たら、きっと判ってくれると思う」

 と、箸を持つ手をぐっと握り締める。その手を級子は両手で包み込んだ。

「あなたは素晴らしい方です。一緒に頑張りましょう!」

「ありがとぉ、七支さん」

「級子と呼んで下さい。わたしダンス初心者なので、色々教えて下さいね」

「あの、水を差すようで悪いんだけど」俺は頬を掻きつつ、「このユニット、もうダメかもしれないんだよね」

「えっ、どうしてぇ?」

「曲を作ってる先輩が、ひょっとしたら匙投げちゃったかもしれないんだわ」

「そんなはずないよぉ。お姉ちゃんもやってみればって言ってたし」

 ……お姉ちゃん?

「お姉ちゃん!?」

「あっお姉ちゃん」

 お下げ髪はドアのほうを見ておーいと手を振った。そこには布都乃先輩と、何故かツバメの姿もあった。

「お前、布都乃先輩の妹か?」

「うん。二Bの布都乃紀香のりか。そっくりでしょ?」

 全然似てない。一歳しか違わないはずなのに、どう見ても赤の他人だ。

「あら、言ってなかったっけ。妹のこと」

「初耳ですよ」

妹の正面に腰を下ろした先輩は、級子と俺を見てにっこり微笑んだ。

「今朝ね、曲が完成したのよ」

「えっ、完成したんですか?」

 匙を投げるどころか、朝もここに入って曲作りを続けてくれたのだ。俺は素直に感謝して、級子に負けないくらい深く頭を下げた。

「遅くなってごめんね。納得いくまでいじってたら、思ったより仕上げるのに手間取っちゃって。投票日までもう一週間しかないんだよね」

「いやいやとんでもないッス、ありがとうございます。これなら最終演説に間に合いますよ」

 先輩は元々置いてあった機材をシールドで繋ぎ、シーケンサーの再生ボタンを押して音量を上げた。

 ふわっと浮かぶようにストリングスのフレーズが流れ出し、やがてバスドラムの重い音が規則的に絨毯を震わせ始めた。ベースが入り、ビュンビュンという昔のゲームみたいな発信音が縦横無尽に暴れ出す。この音をブリープと言い、先輩が大好きな音色らしい。妹のほうは早くもお下げ髪を揺らして曲に乗っている模様だ。

ストリングスの波を掻き分けて現れた分厚いシンセが、忙しげに音階を行き来し、Bメロからサビへ。情感に訴えかけるようなシンセの絡み合いが、うねりを喚起して気分を高揚させる。旋律も展開もリズムのバリエーションも、俺には一生かかっても思いつかないだろう。実際、頭に浮かんだこれらの印象も、大半が先輩から聞き齧った単語の切り貼りに過ぎなかった。

 サビのリフレインが終わり、長い余韻を残して最後のシンセ音が消えた。一斉に拍手が起こった。

「一応こんな感じのインストなんだけど」

「いやもう最高ですよ!お世辞抜きで。これ金取っても売れますって」

「あんた何考えてんの」

「で、インストってなんスか?」

「ヴォーカルを入れないトラックのこと。ナナくん、歌ってみたかったりする?」

「いや、歌はちょっと苦手なんで」

「歌ってみなさいよ」

「是非聴きたいです!」

「お前らなぁ」

 椅子に座って腕を組んでいた先輩が、すっくと立ち上がった。

「この曲調なら歌乗せるのも簡単だし、やっぱりヴォーカル入れましょう。本番は口パクでいいから」

「えーっ」

「ヴォコーダー風に変調すれば、うまいへたとか関係なくなるし。でもそうなると、女子のコーラスも重ねたいわね」

「そんな、わたし恥ずかしいです……」

「お前なぁ」

 人に勧めといて自分はそれか。級子が小悪魔に変貌する瞬間だった。

「じゃあナナくんは歌詞を考えといてね。それと、本番でこのサンプラーを使ってほしいんだけど」

「はあ。それ難しいんですかね」

 できればキーボードを弾くふりでごまかしたいのだが。

「全然」先輩は首を振って、「SE的なものだから、いっぺんにメチャクチャ押したりしなければ、何やっても大丈夫」

 それを聞いて安心した。

「それと、まだタイトルつけてないんだけど、どうする?」

「そうッスねぇ……」

 曲名か。曲の顔に当たる部分だし、適当につけるわけにはいかないだろう。歌詞を考える序でに候補を幾つか挙げて、その中から選ぶか。

「ねえ、紀香ちゃんまさかダンサー希望でここに来たの?」

 ツバメと布都乃妹は知り合いのようだ。布都乃妹の半分ほどしかない弁当箱を開けつつ、ツバメが口を開いた。ダイエットは依然継続中か。

「そうなの。三人で頑張ろうね、ツバメ」

「三人って、あたしも?」

「いやなら別にいいぜ。こっち手伝ったばっかりに鬼丸が落選でもしたら、告白が聞けなくなるしな」

「あたしが告白の相手とは限らないでしょっ」

「どう考えてもお前だろ」俺はツバメの上半身を見ながら、「だけどさ、この際ダンスでその余分な脂肪燃やすのも悪くないと思うんだけど」

 裏拳で頬を張られた。だが、行動とは裏腹にツバメの表情は迷いに揺れ動いていた。

「ほら、部活プラス毎日のダンスで、相当痩せられるんじゃねえの?そうすりゃメシとデザートたらふく喰えるぜ」

 俺がなんの気なしに言ってみると、ツバメは益々思い詰めた顔をして、

「……そうかなぁ」

「そうですよ!」級子が身を乗り出した。「ツバメさん、一緒に踊りましょう。わたしツバメさんと踊りたいです」

「そうだよ、やろうよぉ。ツバメは運動神経いいから、ダンスする姿も様になると思うよ」

「うーん」

「二人よりも三人のほうが並びがいいのよ」先輩も持論を述べ、説得に加わった。「一番背の低い級子ちゃんを真ん中にして、紀香とツバメちゃんが脇を固めれば、見栄えもいいと思うわ」

 勢いに乗じて畳みかける同級生らの根気強い勧誘に、ツバメは陥落寸前といった趣だ。

「先輩、妹さん変な教団に入っちゃってて、心配じゃないんスか」

 三人から少し離れてそう質してみたが、先輩はちっとも気にかけていない様子で、

「さあ。本人楽しそうだし、大丈夫でしょ」

 そして左右から詰め寄られていつになく弱気なツバメを眺めつつ、

「なんだかんだ言っても、結局はナナくんの言葉が決め手になるのよね、ツバメちゃんの場合」

「なんスか、それ」

「ダイエットの勧めがだいぶ効いてるみたい」

 そう言って、ふふ、と愉快そうに口許を押さえるのだった。

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