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ミーティア・ストラック・エレクトロ  作者: discordance
6 〈彼を知り己を知れば百戦して殆うからず〉
13/25

 明くる日のこと。トイレを出て教室に戻ろうと独り廊下を歩いていると、突然背中に衝撃を受けた。

 ツバメか?にしては、太刀筋が違うし力加減もいつもと異なるようだ。

 振り向くと、傘を持った級子だった。こいつの仕業か。一体何をしているんだ?

「あ、すみません」

「……いいけど、お前保健室に行ってたんだろ?お前こそ大丈夫かよ」

「は、はい」

「今のは、ツバメの真似事か何かか?」

「あ、いえ違います……なんでもないです、すみません」

 なんでもないことはないと思うが、俺はそれ以上訊くのをやめにして歩き出した。

「つい先程、トイレの洗面所にいた方々の話を偶然聞いたのですが」級子は話題を変えるように切り出した。「まだお話を伺っていない候補者のお二方が、どうやら今日のお昼休みに集まるらしいのです」

「へえ。どこで?」

「体育館の裏だそうです」

「秘密の会合にしちゃ微妙に開けた場所だな」

 ただ、個別に当たるよりは時間の節約にはなる。

「メシ喰う前に行ったほうがいいのか?」

「いえ、十二時半頃に集合らしいので、お召し上がり後でも大丈夫だと思います」

「そっか、じゃあ今日は普通に喰えるな」

「はい。今日はエビフライと鶏の唐揚げ弁当です」

「美味そうだけど、胃に凭れそうだな」

「それともう一つ、気になることがありまして」

「お?」

「トイレで話していらしたのが、B組の対立候補の、推薦者の方だったらしくて」

 確か、円満に辞退したとかいうやつか。いつか選管の委員長が言っていた。

「その、対立候補の方が辞退した理由というのが、三条月読さんの信奉している宗教に、入信したためらしいのです」

「宗教に? それって、うまく丸め込まれたってことか?」

「かもしれません」

 玄関に貼ってあった、ナントカ教の教祖とかいうあれだな。初見のときはつい一笑に付してしまったが、意外と油断のならない存在なのかもしれない。少しばかり、気を引き締めたほうがよさそうだ。


 昼休み。天太と伽藍も交えて中庭でメシを喰い、おいおい今日もかよ、という天太の軽口を、昨日よか遅いだろ、と受け流して庭を離れる。級子と連れ立って体育館の方向へ歩を進めていると、バナナを食べながら歩いているツバメにばったり出くわした。

「珍しいところで会うわね。どこ行くのよ」

「お前こそ、歩きバナナは校則違反だろ……っておい、喉を突くな喉を、急所だぞ」

 慌てて級子が、

「B組とF組の候補者さんが、こちらのほうに集まるそうなので」

「あたしも行くわ」有無を言わせぬ口調でツバメは言った。「いよいよ級子ちゃんの剣をこの眼にできるのね。すっごい楽しみ」

「お前出入りに行くのと勘違いしてないか?」

「そうならないで済めばいいのですけれど……」

 渡り廊下から一度体育館に入る。幾つかある開けっ放しの出入り口の一つから外に出ようとしたところで、ツバメと級子に両側の腕を掴まれた。

「ナナ、待って」

「誰か来ます」

 二人に引かれ、戸口の横に身を潜める。俺はつい小声になって、

「な、なんで隠れるんだ?」

「集会の目的を知るまでは、迂闊に顔を出さないほうがいいと思いまして」

「そういうこと」

息を殺し耳を澄ませる。二、三人ほどだろうか、表の砂利を踏んで進むのが聞こえ、じきにまた静かになった。

「裏側に行きましたね」

「やっぱり今のがそうね」

「裏か。だったら……」

 俺は戸口を離れて後方にある体育用具室の扉に向かった。

「ちょっと、どこ行くのよ」

「早く来いよ。こっちのほうが確認しやすいんだ」

 音を立てぬようそっと扉を開け、マットやら跳び箱やら種々のボールを積んだカゴやらに面積の大半を使われている、照明の消えた用具室内へと侵入した。その奥には俺の背丈よりも高い所に横長の採光窓が備えつけてあり、差し込む昼の陽光のおかげで灯りをつけなくても周辺を判別可能だった。

 既に窓の向こうから何やら言い争う声が聞こえている。俺は一番高い跳び箱に攀じ上り、後の二人を手招きした。広い間隔で鉄格子の嵌った、ガラスのない窓に三人並んで外を見下ろす。

 中二階ほどの高さから、二対二で向き合うテラス内の生徒たちを俯瞰することができた。丁度窓の位置の真下にいてくれたのが幸いだった。

「何度申せば判るのじゃ! 妾の神託に間違いなどあろうはずがない。妾が立ち上がらねば、この学校はもうじき闇に埋もれてしまうぞよ。お主もそのように頑迷な考えは捨てて、一刻も早く〈日巫女教〉に入会するがよい」

「判ってないのはあなたのほうだ、日巫女教教祖よ。天狼星におわす〈大宇宙の意思〉がこの地を救うべく降臨を果たすのが、来月の、奇しくも生徒会長選挙の投票日と同日なのだ。これこそ、我輩に生徒会長たれという天啓の、何よりの証左でもある」

「訳が判らん、さっぱりじゃ。その〈大宇宙の意思〉とやらが、お主といかような関係を持つというのじゃ。第一、票を入れるのは〈大宇宙の意思〉ではなくて、この学校の生徒たちであるぞ。そこを説明してみよ、諄一郎殿」

「申し訳ないが、ここではそのような仮の名でなく、前世より授けられた正式名称にて呼んでいただきたい。シリウスよりの使者、メルレイーズ・ジョスヴァル六世と」

「長たらしいのじゃ、その名前は。もちっと短くしてくれい」

「人の名前も憶えられないようだから、教団が大きくならないのだ。十人にも満たない泡沫団体に、どれほどの力があるというのだ」

 十人にも満たないのか。対立候補を入信させてもなお、十人に満たない。俺の心配は杞憂に終わりそうだった。

「やかましいぞえ。今が末法の世じゃからして、お主のような分別を弁えぬ愚か者が幅を利かせよる。おお嘆かわしや、憐れみ給え、豊穣をもたらす恵みの太陽神よ……」

「無駄なことを。力なき一介の恒星に、神性を与えてなんになる?いいですか、そもそもこの地球から八・六光年離れたシリウスというのは実視連星といって……」

 横の二人と顔を見合わせ、思い思いのタイミングで溜め息を吐く。窓の下では大層白熱しているようだが、馴染みがないのは言うに及ばず、胡散臭いことこの上ない会話内容に、俺としては呆れるほかなかった。みんなと同じ学校指定の服を着ているだけに、会話とのギャップが益々ひどくなり、得体の知れない異様な思いに囚われてしまう。

「……おい、そこで見とるのは誰じゃ!?」

 出し抜けに、教祖らしき女がこっちを見上げて叫んだ。慌てて窓から顔を離したが、後の祭りだった。今の言い方だと完全に見つかっているだろう。

「放っておいてもよかったのでは? たかがこの惑星のネズミが三匹くらい」

 人数までバレてたか。相当な視力のようだ。

……ん? あの連中、ずっと前を向いて喋っていたはず。どうやって俺たちのことを嗅ぎつけたんだ?まさか、連中だけが持つ不可思議な力で……?

そんなバカな話はないか。俺は思い直した。〈影〉と会話ができるというならまだしも。

「下に降りますか?」

「そうするしかないよね」

 用具室の床に降り立ち、テラスに通じる鉄扉を開けてぞろぞろと外に出る。右側に神経質そうな瓜実顔の教祖と、推薦人らしき女子生徒。左側には中肉中背でこれといって特徴のない男子生徒が二人。六世でないほうは推薦人なのだろうが、一体どっちが六世なのか、喋り出すまでは判らない。

「おやおや、誰かと思えばH組の小烏じゃないか!烏なだけに、よほど高い所が好きと見える」

「なんですって?」

 竹刀を持つ手をぐっと握り締めるツバメ。けれども教祖は意に介さず、

「で、その女剣士が手下を引き連れて、妾たちに何用かな?」

「隣の二人は我輩も知っている。H組の生徒会長候補と、その推薦者だ」

 ナントカ六世が横から口を挟む。より相貌に特徴のないほうが、シリウス星の使者のようだ。

「なんと! では妾たちとは敵同士になるわけじゃな。こそこそ嗅ぎ回りおって。汚らわしいネズミどもめが」

 ツバメの手が動きかける。俺は一歩前に進み出て、

「いや、そのうち出てくる予定だったんだけど」

「ええい黙れ! おお、血の臭いじゃ。お主からはおぞましい血の臭いがプンプンするぞ」

 それ、俺じゃなくてE組の候補者に言ってほしい。

「唐土の易卦でいう剣難の相というやつじゃ。戦乱を好み、争いを呼び込む体質であろう。お主の周りには戦火が渦巻いておる」

「我輩に言わせれば、あなたも同じ穴の貉だ。いもしない神に祈りを捧げ、剰えこの世が闇に包まれるだなどと。妄言もいいところだ」

「何を言うか! 世迷い言をほざいとるのはお主ではないか。何が前世の名前だ。発音しにくくて敵わぬ」

「それはシリウス人の発音器官が、地球人と比しても数倍ほど進化しているからだ。口蓋の上方にも舌に相当する器官があるために……」

 もはや俺の立ち入る場所ではなさそうだ。級子も質問するタイミングを計れずに黙りこくっている。無理もない。この連中は生徒会とおよそ関係のないことを言い立てている。それが地球の話ですらなくなってしまった今となっては、会話に加わる意味などどこにもない。傍らにあって一切声を発せずにいる、意思のない人形のような推薦人たちの様子も、不気味さに一層の拍車をかけた。

 級子とツバメに目配せする。引き上げる合図だ。

「じゃあ、ごゆっくり……」

 そう言い残して、俺たちは誰からともなく用具室に戻った。挨拶の声もテラスの連中には聞こえなかったに違いない。スタート地点から平行線を辿っている両者の論争は、完全に聞こえなくなるその瞬間まで、収束する気配を見せることはなかった。

「なんなの、あれ」

 無人の体育館を縦断しつつ、憤然とツバメが言う。広い空間によく反響する、高い声だ。

「俺が知るか」

「絶対病院に行って診てもらうべきよ、あの人たち」

 そのコメントには諸手を挙げて賛成する。

「でも、これで一通り顔合わせは済みました」

 やけにすっきりした表情の級子。やっぱり見知らぬ相手との対話は、苦手な作業だったのだろう。

「問題は、わたしたちがこれからどのような活動を展開していくかですね」

「まあな」

「見通しは立ってるの?軍師殿」

「か、からかわないで下さい。軍師にはまだまだ程遠いです」

 級子は一瞬顔を赤らめたものの、すぐに威儀を正して、

「今会ったB組の三条さんとF組の孫六さんは、無視しても構わないと思います」

「そうね」

「そうだな。積極的に無視しよう」

「三条さんの場合は宗教団体の規模の増大が懸念されますが、差し当たり大丈夫でしょう……あと、C組の鬼丸さんも無視の対象に入りますね」

 へっ? と眼を円くするツバメ。

「今の奴らと同列にすると、ツバメが怒るぞ」

「いや、別に怒りゃしないけど」

「あ、そういう意味じゃありません」

 ツバメと俺が横に並び、その後ろに級子という順で渡り廊下に出る。級子は手帳に眼を落としたまま、

「鬼丸さんは一切活動をしないとおっしゃったものですから。そうなると、わたしたちの活動と重複する可能性は皆無ですので」

「なるほど。選活の独自性を保てるわけね」

「はい」級子は更に続けて、「残るはA組のPC研究会員・安綱さん、D組の文藝部員・青江さん、E組のフットサル部員・俵藤さんのお三方なのですが、取り敢えずE組の俵藤さんは除外してもいいかと」

「そうなの? あのコ、スポーツ得意だし、結構人気あると思うよ。喋り方は朴訥だけど」

「そうなのですか」

 ツバメよ、お前はあいつが筋金入りのヴァンピリストだってことを知らないから、そんな口が利けるんだ。俺は級子に続きを促した。

「というわけで、A組の安綱さんとD組の青江さんが、比較的考慮に値する活動をしているかと」

「詩人は外していいだろ」

「わたしもギリギリまで悩んだのですが、本人の口から活動をしないという証言は聞いていないので、悩むくらいなら残しておこうかと思いまして。選挙活動を行う可能性もゼロではないということで」

「保留ってわけね」

「残ったのはパソコン関係と文学関係か……これなら、活動内容ダブらせるほうが難しいんじゃねえか」

「そうですね。立会演説会までまだ二週間近くあります。それまでに構想を固めて実行できれば」

 長いな。投票日までは三週間もあるのか。早いとこ準備を済ませて、のんびり活動したいところだ。

「名尚さん、あの、名尚さんの公約なのですけれど」

「ん?」

「この〈一風変わった生徒会〉というのは、何かこう具体的な提案などはあるのですか?」

「ない。全然考えてなかった」

「ほらね」俺の頭をコツコツやりながら、ツバメは級子に言った。「いっつもこんななのよ、こいつ。僧兵とは正反対でしょ」

「あ、そういや鬼丸の奴、妙なこと言ってたぞ」

「妙なこと?」

「演説のときに公約を付け足すんだと。お前何か聞いてないか?」

「知らないけど」

「案外、お前に告白したりしてな」

「バカじゃないの?」

 久々に臀部を叩かれた。音はすごいが、その実大して痛くはない。

「僧兵はね、あんたみたいなバカバカしい発想とは無縁なんだから」

 言い返そうとして、ふと口の動きが止まった。心の中にするりと入り込む、どこからか聞こえる甘美なメロディー。なんだろう、さっきの不快な思いを洗い流してくれるかのような、この優雅な調べは。

 それがギターの音色だと気づいたときには、三人とも既に音のする部屋扉の前に立っていた。音楽練習室のドアが僅かに開いていて、音はそこから洩れ聞こえていた。

「覗いてみる?」

「ああ」

 俺は背を低くして、ドアの隙間をそっと広げた。

 草色の絨毯を敷き詰めた二十畳ほどの空間。周囲の壁は真っ白だ。何人かの生徒がドアに背を向けて座っている。男も女もいる。その奥で誰かがギターを演奏しているのだが、聴衆が邪魔で顔を確認できない。

情緒ある余韻を残して、演奏がやんだ。拍手が飛ぶ。口笛も鳴る。今なら入れそうだ。俺は重みのあるドアを引いて中に入った。部屋の片隅でギターを弾いていたのは――

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