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7 回想5

 あの日からまともに眠れない日が続いていた。

 毎日、毎日、「今日は見つかっただろうか?」「まだ見つからないだろうか?」そんなことばかり考えてしまうのだ。

 眠いのに、眠れない。

 夜になると、考えずにいられなくなる。まだ生きているかもしれない、こうして捜索をやめている夜の間にも死にかけているかもしれない。

 そう思うと、居ても立ってもいられないような苦しさにさいなまれた。

 何で捜索を中断する。

 そう大人達を心の中で責めて、わけの分からない焦りや、苛立ち、強迫観念に淘汰は怯える。

 巽が海に消えてからずっと、寝ては起き、起きては巽のことを考える夜を過ごしていた。うとうとと眠りかけても夢にでてくるのは巽を捜す自分の姿。

「巽、早く帰ってこい、巽、巽……」

 眠れない闇の中で淘汰は呟く。

 波にさらわれて一週間、たぶん死んでいるだろう、頭ではそう思うのに、きっと自分は巽の死んだ姿を見るまでは信じきれないだろうと、淘汰は思った。

 眠れない夜に耐えきれずに、淘汰は布団から出た。眠いのに、頭は妙に冴え冴えとしている。

 みんな寝静まって、奇妙なほど家の中は静かに感じた。

 淘汰は何となく思い立って、そっと部屋を抜け出すと、足音をたてないように気をつけて外へと出た。

 がらがら……。

 引き戸が小さな音をたて、夜の空気に大きく響いた。

 耳を澄まして誰も起きてこないことを確認する。

 夜の風が、心地よく感じた。

 ほぅ……。

 小さく息を吐き、何気なく辺りを見渡すと、目に入ったのは以前祖母とよく話した縁側だった。

 去年祖母も亡くなり、主人をなくした縁側へ頻繁に人が足を踏み入れることはなくなった。淘汰は久しぶりにそちらに足を向け、今はいない縁側の主へと声をかける。

「……ばあちゃん、あいつ、大丈夫かなぁ……」

 祖母がいつも座っていたところに向けての問いかけは、暗闇の中で静かに響いて、そして消えてゆく。

 淘汰の問いかけに答えは返ってこない。当たり前のことだけど、返ってこない返事にいい知れない寂しさをおぼえた。

 淘汰は祖母がよく座っていた場所の隣に腰をかけると、何となく顔を上げ、日々欠けていく月を、見るともなしにぼんやりと見た。

 そういえば、縁側で、よくこんな風に祖母と巽と座っていた事を、淘汰は思い出す。

『闇夜の海には、明かりが灯るよ。愛しい人を捜す、明かりが灯る』

 ふと、祖母の声がよみがえる。

 思い出したその言葉は、少し笑いながら歌うように呟く祖母の声だ。

「……ばあちゃん……?」

 淘汰は傍らに祖母の存在を感じた気がして、隣に目を向けた。

「……そんなはず、ないよな……」

 自分の考えに苦笑する。祖母がいるはずなどない。そんな事はわかっているけれど、それでも、隣にその人がいるかのような気がしたのだ。

「ばあちゃん、あいつ、どうしてるかなぁ……」

 淘汰は背を丸めて、空に淡く光る月を見つめた。

『おう! 約束な!』

 突然にふと幼い頃言った自分の言葉が、淘汰の脳裏をかすめていった。

 あれは、何だったか?

 何でもないその一言が、何故かとても大切な物に思えて、淘汰は思い出したその言葉を頼りに、甦る記憶をたぐり寄せる。

『月の明かりがまぶしすぎるせいかもしれんなぁ……』

 これは、祖母の言葉だ。

『ま、お前はバカだしドジだからね、そのくらいしてやるよ』

 これは、巽?

 何かをここで話していた。

 婆ちゃんと、俺と、巽で……。あれはいつだったか……。

 思い浮かぶ言葉の端々を僅かな記憶からたぐり寄せる。

『その人をホントに思っていれば、明かりは灯るのかもしれないなぁ……』

『もし、だぞ。もし、どっちかが、海でいなくなったとき、新月の夜に必ず探しに行こうな!』

『俺は、巽のことがすっげぇ好きだからな、絶対灯してみせるぜ!』

 …………!

 あれは。

 淘汰は甦った記憶に体が震えるのを感じた。

 そうだ。小学生の頃だった。まだ、大人がやけにでっかく見えたぐらいの頃のこと。

『闇夜の海には、明かりが灯るよ。愛しい人を捜す、明かりが灯る』

 祖母の声が耳の奥で響く。

 そうだ、あの、おとぎ話だ。

 幼い頃に約束したその日のことが淘汰の脳裏に鮮明によみがえった。

 呆れる巽の手を取って振り回し、約束をした、その時のことが。

 あの日の約束が、淘汰の中で息を吹き返す。

 記憶の中に埋もれていたあのひとときが、今まで忘れていたことが不思議なほど鮮明に思い出された。

 そう、俺達は約束をした。

 新月の夜には明かりを灯すと。

 たわいもない、起こるはずもないと思っていた、約束をした。

 淘汰は再び空を見上げた。

 欠けてゆく月。後十日ほどすれば、月はかくれる。

「……巽、約束だもんな……」

 淘汰は思い出を胸に抱くと、新月の夜に、巽を捜しに海へ行くことを決めた。

 あの日の約束を果たすのだ。

 鬱々としていた胸の中が、わずかに軽くなる。淘汰は立ち上がり自分の座っていたとなりを見た。

 そこに、いつも笑っていた祖母の姿が見えるような気がした。

 淘汰は滲む目元をごしごしとこすって、誰もいないその場所に向かって、照れたように笑いかけた。

 本当にそこにいたのかもしれない。

 そんな風に思った。

 きっと、ばあちゃんが隣にいて、この約束を思い出させてくれたのだ、と。

 きっとそうだ。俺に巽を助けろって、教えてくれたんだ。

 そんな非現実的な想いが、やけに正しく感じられた。






 既に、巽がいなくなってから、一週間が過ぎていた。

 学校で落ち込んだままの淘汰に話しかける者は、ほとんどいなくなっていた。巽の事故以来、淘汰は席からほとんど立たず、下を向いているだけで何をするでもなく、ただ学校にいただけの状態だったせいだろう。けれど、昨夜のことが少し淘汰を落ち着けていたのかもしれない。淘汰は久しぶりに顔を上げて周りを見た。

 わずかに、周りを見るだけの余裕が出来ていた。

 少し顔を上げるだけで、見えてくるクラスメート達の顔に気付く。友昭や他の親しい友人達が、ときどき心配したように淘汰を見ていたのだ。

 そういえば、何も言わずによく側にいてくれてるよな……。

 彼らの視線に、淘汰はここ数日のことが思い返された。

 このところ、淘汰は声を出すことすら稀なほど黙り込んでいた。それは、教師すら対応に困るほどだった。

 必要がない限り声を出さない。

 そんな状態の淘汰への対応に戸惑ったのか、すぐに淘汰に声を掛けてくる友人はいなくなった。

 けれど休み時間や体育のとき、何かを喋るでもなく、自分への対応に戸惑いながらも、友人達は側にいてくれた。

 俺、いつまでもこんな風にしていたら、だめだよな。

 この日になって、やっとそんなふうに思うことが出来た。

 そう思っていると、友昭と目が合った。

 今、淘汰の側に一番いてくれている友達だった。クラスで淘汰と一、二を争うぐらいうるさい友昭が何も言わずに、ただ、側にいてくれる。

 それを嬉しいと思う気持ちが、わずかにこみ上げてきたが、淘汰は思わず目を背けてしまった。

 そして再びうつむいて、机の下に組んだ手へ力を入れた。

 まだ、無理だった。笑って話す気にはなれなかった。

 苦しかった。誰かと面と向かって話すだけで、苦しさがあふれてこぼれてしまいそうだった。

「……たつみ」

 うつむいたまま、声にならない声で呟いた。

 それを少し離れたところで、柏木が見ていた。


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