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4 回想2


 それからしばらく泳いで、巽が帰ると言うのに会わせて淘汰もプールを出た。

 そのあとはいつものように二人で海沿いの道を歩いて帰っていた。


「なぁ、巽、あのゲーム終わった?」

 淘汰が下手に出ながら巽をうかがい見ると、巽があきれたように言った。

「あのなぁ、淘汰。そんなことより、する事あるだろ」

「へ? んー? 前のヤツはもうクリアしたし、最近ゲーム以外何もしてないから……」

 ばこん。

 巽に頭をはたかれた。

「あほう。誰がお前の趣味の話をするんだ。今日、課題が出てるの、もう忘れたのか?」

「後は頼んだ!」と言おうとして、速攻で遮られた。

「言っとくが! 俺は教えないぞ。自分で考えろ」

「そんなぁ、俺バカだからわかんねぇよ、頼む!」

 手を合わせると腰を九十度に曲げて頭を下げる。

「それはやる気がないからだ。自分で考えろ。間違ってでもとりあえずやれば見てやるから。いいな」

「たつみぃ」

 情けない声を出して頼み込むが、親友は取り合ってくれない。

「ちゃんと宿題ぐらいしとかないと、またおばさんに怒られるぜ?」

「あ~っ、言うなよぉっ、最近もう、すっげーうるさいんだよぉ」

 歩きながら、ちくしょうと頭を抱える。

「じゃぁ勉強しろよ」

「それも嫌だぁっ」

「ンじゃ、おばさんに怒られるしかないな」

 すっぱりと言い切られて、淘汰の脳裏に母の姿が過ぎる。

『ちょっとぐらいお母さんに勉強してる姿見せてもバチはあたんないでしょっ。もう、ゲームばっかりしてないで、やるべき事ぐらいはしなさい!』

 想像して、淘汰はげんなりする。小うるさい母の小言は聞きたくない。

 自分のために言っているとわかっていても、やりたくないものはやりたくないし、分からないものは分からないのだ。

「たつみ~、たのむよぉ……」

「い・や・だ」

 中学校に入ってから、淘汰の身長は一七〇をこえ、体つきもがっしりしてきて、声変わりもすんでいた。比べて巽はまだ一六〇前後の身長で、体つきも子供の域を超えていない。なのに、頼み込むのは淘汰の方で、巽の方が立場が強かった。

 少々体がでかくなったところで、淘汰が巽に敵うことはなかった。

「課題終わったら、ゲーム貸してやるから、さっさと終わらせろよ」

 淘汰はわざとらしいまでに項垂れて歩きながら、体いっぱいいじけていると表現しても、巽は取り合ってくれない。

「あーあ、いいよ。明日は「分かりませんでしたー」って言うから」

 いじけて言うともう一回巽にはたかれ、救いようがないと言わんばかりに淘汰を置き去りに速度を上げて歩いていく。

「うそ! うそですーっ、がんばりまーす!」

 あせって淘汰は巽を追いかけた。


 まだ昼間はじりじりと日が照りつける。夕方になると涼しい風も時折吹くが、それでも、まだ熱い時期だった。

 海岸沿いの堤防の道、それは、いつもと変わりのない日だった。

 ふと、巽が立ち止まった。

「なー、ちゃんとやるから怒るなよー……?」

 巽は立ち止まったまま、海の方を見つめていた。

 気になって淘汰もそちらを見た。

 海面に光が反射してまぶしい。

「なに? 何かあるのか?」

 真剣な巽の表情に、淘汰も身を乗り出して巽の見ているものを見ようとした。

 何かが、ばちゃばちゃともがいているように見えた。

「……おい」

 淘汰が呟くと、巽もうなずいた。

「やっぱりお前も、人がおぼれてるように見えるよな」

 二人は荷物を投げ捨てると同時に堤防を超え、テトラポットを越えながらそこへ向かった。やはり、おぼれているのは人間のようだった。

 近づくにつれて、それがまだ幼い少女だとわかる。

「なんで、あんなガキがこんなアブねーとこにいるんだ!」

 淘汰が苛立たしげに怒鳴った。

 この区域は潮の流れが特にきつい。地元の者でもこの辺りで泳ぐ者はいない。

 そのため、この特に深くなっているここはテトラポットで人が近づけないようにしてあるのだ。

もう力が尽きそうになっているのだろう、水を掻く手に力がなかった。

「淘汰! すぐに大人の人を呼んでこい!」

 巽が叫んで海に飛び込んだ。

「わかった!」

 うなずいて、淘汰は人を呼びに走った。

 一度越えてきたテトラポットが、焦る気持ちを更につのらせる。

 すぐそこの堤防になかなか着かない。そしてやっとたどり着くと、降りるときはそれほどでもなかった堤防がやけに高く感じた。二人で話しながら歩いていたとき、周りに人影はなかった。

 そう思うと更に焦りがつのる。

 焦りのせいもあってか、なかなかうまく登ることが出来ず、四度目の挑戦でやっと堤防の上に登ることができた。あとは民家へ走ることだ。

 走るのには自信があった。けれど走りながらやけに自分の足が遅く感じた。こんなにも自分の体は重かっただろうか。こんなに足は遅かっただろうか。

 走りながら焦りが更につのってゆく。

「すみません! 誰かいませんか! 子供がおぼれています!」

 やっとたどり着いた民家で叫んだが、誰も出てくる様子がない。

「ごめんよ!」

 勝手に鍵のかかっていない戸を開けて中を覗いたが、人気もなければ電話も近くに置いてなかった。

 ちっ

 舌打ちをして、淘汰は更に走った。

 だいたいこの時期のこの時間はこのあたりの大人達はまだ帰ってきてない。

「すみません! 誰かいませんか!」

 また叫んで戸を開けた。

 やはり人はいない。けれどこの家には電話が玄関に置いてあった。淘汰は迷わずその受話器を取る。

「ええと、一一九番だっけ、一一〇番だっけ…」

 あせって頭が回らない、手はぶるぶると震えていた。

「どっちでもいいやっ」

 一一九

 あせる思いで押した。

「あの! 子供がおぼれてて、その、海で、それで、巽がその子を助けに海にはいったんです!」

 向こうが声を出す前に、淘汰は怒鳴った。

「分かりました、救助に向かいますから、落ち着いて答えて下さい。……」

 落ち着かなきゃ、思いながら、自分でも混乱してよく分からないまま、問われることをできるだけ詳しく伝えようとした。

 どんな風に言ったかなんて、自分でも覚えていないし、分かっていなかったかもしれない。言いたい言葉がもどかしいぐらい出てこなくて、向こうにちゃんと伝わっているのか、それすら判別がつかない。

 電話を切る頃にはものすごい時間が過ぎたように感じた。

 その家を出ると、淘汰はまたあせって走り出した。

 救助がどのくらい後に来るか分からない。

 誰か大人を呼ばなきゃ。

 肩で息をしながら、これ以上走れないというほど苦しかったが、それでも走った。

 そしてやっと小屋の影で仕事をしている人を見つけた。

「おじさん!」

 息を切らしながら、声を振り絞った。

「助けて! 友達が、子供がおぼれてるんだ!」

 四十代半ばほどの男は、あまりにも必死な淘汰の様子に驚いたのか、作業をしていた手を止めすぐに駆け寄ってきた。

「どこだ? 一一九番に連絡したか?」

 ぜえぜえと息を切らしながら、淘汰は何度もうなずいた。

「あっち、子供を助けに、友達が飛び込んだんだ、俺、すぐ人呼びに走ったから、わかんねぇけど……」

 走りながら堤防の向こうの海を指す。

 男の顔が強ばった。

「ぼうず、先行ってろ、ロープをとってくる」

 淘汰は男の言葉に少しほっとし、うなずいて走りだした。

 しかしほんの数百メートルの距離は、ひどく遠かった。

 なんでこんなに遠いんだよぉ!

 走るスピードは更に遅くなって、息が苦しい。

「ぼうず! 乗れ!」

 男が車で走ってくると、淘汰は助手席に乗り込んだ。

 鞄が放り出された堤防のところで車を止め、ロープを持った男と淘汰は堤防を越えた。

 巽、無事でいろよ、巽!

 気持ちばかりが急く。

 巽の飛び込んだ場所はすぐそこに見える。

 しかし水面に巽の姿は見えない。

 助けて上に上がったのか?

 そうあって欲しい、願いながらようやく波打ち際にたどり着いた。

 ここを離れてから今までおそろしく長い時間が過ぎたような感覚に陥る。

 人を捜しに走ってそんなに時間は経ってないはずだ。けれど何時間もに感じたその間に、巽の姿は見えなくなっていた。

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