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3 回想1

3 回想


 それは、いつもと変わりない平日だった。


「巽! 競争、競争!」

 放課後、開放されたプールへ向かいながら淘汰は大声で叫んだ。

 先にプールサイドに立つと、ゆっくりと歩いてくる巽にぶんぶんと手を振って促す。

 それを見て、興味なさげだった巽の顔がニヤリと笑う。

「おう」

 軽く手を上げ巽が歩み寄ってきた。

「五十メートル、クロールな」

「了解」

 話しながら軽くストレッチをして、飛び込み台に並ぶ。

「今日は絶対負けないかんな!」

 淘汰がびしっと指をさして勝利宣言をすると、巽がどうだかというように、にやにやと笑った。

 ほとんど日課になっている淘汰と巽の競争。

 物事に対して妙に冷めている巽は、基本的にこういったことにほとんど興味を示さないのだが、水泳だけは別だった。

 泳ぐのは好きらしく、淘汰が誘えば必ずうける。

 クラスでも特に淘汰と巽は速い。二人に体格差があるにもかかわらず、競えば抜きつ抜かれつ。二人はそれがおもしろくて毎日のように競っていた。

 ただ、泳ぎ方には歴然とした差があった。無駄の多い体力勝負な淘汰の泳ぎ方に比べ、巽はフォームをしっかりとさせきれいな泳ぎ方でスピードを出す。

 競争を抜きで考えると、断然に巽のほうが泳ぎは上手い。まだ身体が成長しきっていない巽が、だいぶ体のできあがっている淘汰と対等にスピードを競えるのは、そこに理由があった。

「んじゃぁ……」

 二人準備が整うと、淘汰は周りを見渡した。

 隣には待ちかまえたように友昭がいる。淘汰と似た感じのバカ騒ぎが好きな友人だ。

 彼が審判をしてやろうと待っているのに気付いて、淘汰はあえて他を探す。

「あ、柏木ーっ」

 プールのフェンスの向こう、帰宅しようとするクラスメートを見つけて淘汰は声を掛けた。

「ちょっと審判してくんねぇ?」

 ちょっと驚いた顔で淘汰のほうを向くと、柏木は小さく笑う。

「ああ、オッケー」

 ひらひらと手を振ると、彼は軽くうなずいた。

「おいっ、何で俺がここにいるのに帰ってる柏木呼ぶわけ?」

「だってお前、この前ちゃんと見そこねたし~、柏木のが正確じゃん」

 すっとぼけて答えると、友昭から雄叫びが上がった。

「くっそぉーっ、むかつくーっ」

 淘汰はからかうように笑いながら、悔しがる姿を見て更に笑う。

「そりゃさ、俺は柏木に比べたら全然ダメだけどさ、おまえ友達がいなさすぎ!」

 友昭とぎゃあぎゃあけんかをして楽しんでいると、制服のままで柏木がプールサイドまで来た。

「お、柏木、サンキュー。なぁ、一緒に泳がねえ? 一緒に競争しようぜ」

「遠慮しとくわ。俺、おまえらに勝てる自信ねえし」

 柏木は薄く笑って、ひょいと肩をすくめる。

 それは真剣に泳いでないだけじゃ、と思わないでもなかったが、褒め言葉としてとっておくことにした。

「そっか? まぁ、俺速いしな」

 淘汰は頭をかいて、胸を張った。

 柏木は、巽の数少ない親しい友人で、必然的に淘汰ともそれなりに親しい。

 友達づきあいにはあまり積極的ではない巽だったが、柏木とはずいぶん気が合っているようだった。

 柏木はどちらかというと無口な少年で、落ち着いた様子は一見巽と似ていた。しかし実際はいろんな意味でずいぶん違っている。人の寄らない巽に比べて、柏木の周りには人がいた。頼れる存在、というのだろうか、落ち着いた様子の彼のもとにはよく人が集まるのだ。

 もっとも本人はそれほど他人との交流を好んでいるようでもなかったらしい。そんなところは二人ともよく似ているのだろう。柏木は集まってくるグループからはずれ、巽に話しかけていることがよくあった。

 柏木の存在はどこか人を安心させる。淘汰もそんな彼を結構気に入っていた。

「おまえ、時間よかったの?」

 巽が、帰りがけに呼び止めたことを簡単にわびると、柏木は笑ってそれに答える。

「ああ、気にすんな」

 柏木と巽が談笑しはじめるのを淘汰が横目で見ていると、後ろで友昭達の声がした。

「なぁ、今日はどっちだと思う?」

「そうだなぁ、最近淘汰連敗だしなぁ、また巽かもな」

 淘汰に聞かせるつもりもあるのだろう、声を大きくして友昭が言う。勿論淘汰をからかうように、その目をチラリと向けながら。

「やっぱそうだよなぁ、でも、それじゃ淘汰かわいそうだから、俺は淘汰な」

「アイス賭けるか?」

「なら、巽!」

「かけになんねーっ」

 けらけらと笑う友昭の声に、淘汰は振り返ると怒鳴る。

「カケてんじゃねぇっ」

 笑いながらペシッと友昭を殴った。

 そして巽を見た。

「ンじゃ、巽、やるぜっ」

 気合いを入れて屈伸などしてみせると、淘汰は飛び込み台に立った。

「いつでも」

 続いて巽も隣の飛び込み台に立ってフフンと笑う。

 柏木のスタートの声を合図に、飛び込む。

 泳ぎながら、隣に巽がいるのがわかる。

「あ~っ、もうっ、くっそー!」

 ゴールの壁にタッチすると、水から顔を上げ淘汰は叫んだ。

 巽がそれを嬉しそうににやにやと笑いながら見ていた。

「今日も、俺の勝ち、な」

 どうだといわんばかりの勝ち誇った表情。

 こんな時でないとめったに見られないような、彼にはめずらしい年相応の楽しげな表情だ。

 淘汰がプールサイドにいる柏木を見ると「お前の負け」と言って笑った。

「ちっくしょー!」

 プールサイドに上がると心底くやしそうに淘汰は頭を抱えて座り込んだが、すぐに立ち上がり巽に指を突きつける。

「明日は絶対勝つからなっ、見てろよっ」

 淘汰は負け犬の遠吠えにしか聞こえないリベンジを誓う。

 ここ連日、淘汰は巽に負けていた。ほんのちょっとの差だ。でもワンテンポ遅れて負ける。

 なんでかなぁ

 小首を傾げる少年に、苦笑気味な親友の声がした。

「お前、フォームをもう少し気にしたらもっと早くなるのに」

 もったいなさそうに巽が呟いた。

 淘汰はその言葉に困ったように顔をしかめる。

「そうかぁ……? でも、フォームとか言われてもよくわかんねぇし」

 淘汰は「まぁいっか」と頭をかいて笑った。



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