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12 夜明け

5 夜明け



「……ぅたっ、……淘汰!」

 揺さぶられ、頬に刺激を感じる。

「……ん、な、に……?」

 淘汰はゆっくりと目を開けると、何人もの顔が自分をのぞき込んでいる事に気付く。

 辺りはまだ薄暗いが、夜が明けかけているようだ。

 自分を取り囲みのぞき込む大人達の顔に、何が起こっているのか把握できず、淘汰はびっくりして起き上がると、彼らを見る。

 母親が隣で淘汰の手をぎゅっと握っていた。

「淘汰! こんな所で何をしてるの! 心配かけさせて、ほんとにこの子は!」

 今にも泣き出しそうな声で母親が怒鳴る。握りしめてくるその手が、震えていた。

 他の顔も、みんな知っている大人達だった。

 家族に、近所のおじさん、巽の両親。

 一様に自分を気遣っている表情。

「……巽を、探していたんだ」

 この状況がよくわからないまま、淘汰は呟いた。

 大人達が、そろって驚いた顔をした。

「どうしてそんなことを! どうして夜なんかに」

「ばあちゃんが、言ってた。新月の夜に、明かりが灯るって……。だから」

 わかってもらえるだろうか。

 淘汰は考える。この夜に起こったことを信じてもらえるだろうか、と。

 自分の周りを囲む大人達をひとりひとり見た。

「巽、帰ってきたよ。あいつ、言ってた。みんなの声、聞こえてたって」

 訴えるようなその声に、誰も口を挟まなかった。

「でも、帰りたくても、月がまぶしくて、みんなの灯す明かりが見えなかったって。……あいつ、死んじゃったけど、ちゃんと、帰ってきたよ。……本当だよ!」

 わかって欲しくて、一生懸命この夜のことを伝えようとした。

 しかし、大人達は一様に口をつぐんでいる。

「……ありがとう、淘汰君」

 ややあって、一番に声を出したのは、巽の母親だった。今にも泣き出しそうな顔で、笑ってくれた。

 ああ、おばさんは俺を怒っていたわけじゃなかったんだ。

 その顔を見て、ふいに気付いた。おばさんは辛かっただけなのだと。

「……よかったな」

 父親がそっと頭をなでてくれた。

 この二週間、冷たいように感じた父親が、ほんとは自分を心配してくれていたことをおぼろげに感じ、なでられる心地よさに身をゆだねてうなずいた。

 そして、淘汰はそのまま、また眠りに引きずられた。


 その後、淘汰は熱を出して寝込んだ。

 夏とはいえ、夜の間中潮風に晒されたのだから、当然かもしれない。

 母親からは、寝込んでいる間中お小言を食らった。

「まったく、心配ばっかりかけて、この子は。ちゃんと治ったらあんたを捜すために夜中駆け回ってくれたみんなにお礼を言いなさいね」

「……は~い……」

 熱だして苦しんでいるんだから、もう少し優しくして欲しい。

 そう思いながら、いつもうるさい母親からこうしてお小言を食らうのは久しぶりだと気付く。

 巽がいなくなってから、母にグチグチ言われたことはなかった。

 心配かけていたんだ、と思った。

 淘汰は小うるさい母親の気持ちが少し分かった気がして、笑った。

 そして、普通に笑えるようになっている自分に気付く。

「もう、大丈夫だよ」

 誰に言うでもなく、淘汰は呟いた。


 淘汰が風邪で学校を休んでいる間の三日間、毎日友昭が見舞いに来た。

 普通に話すようになった淘汰に、友昭はあからさまにほっとした様子で、これまで黙っていた分を取り戻すかのように、何でもないことをベラベラと喋っていった。

 三日目には淘汰に事故のことで絡んできたクラスメートも連れてきた。

「この前さ、気ぃまわらなくて、イヤなこと言って、悪かったよ……」

 居心地悪そうにそのクラスメートが言った。

「まったくだ」

 彼を殴って友昭が笑った。「イテえよ」言いながら、彼もほっとしたように笑う。

 淘汰も、二人を見て笑った。

 後で知ったことだが、彼が絡んできたあの後、友昭は彼と大喧嘩をしたらしい。

『巽は淘汰の兄弟みたいなもんなんだよ! おまえ、家族が行方不明になって、そんなこと言われたらどんな気持ちになるかぐらい考えろよ!』

 すごい剣幕で友昭はそう言ったらしい。

 ずいぶん、気を使ってくれていたのだ。

 友昭のくせに。

 淘汰は笑う。

 そんな友人を持って、自分は幸せだと思った。そして、友昭にとっても、そう思える友達になりたいと、そんなことを思った。


 風邪も治って学校へ行くと、戸惑いがちに友達が話しかけてきた。

「もう、いいのか?」

 淘汰は、笑ってうなずいた。

「おう。もう、ばりばり元気」

「そうか」

 つられるようにして相手も笑う。

 少しずつ淘汰の周りに人が集まってきた。

「おはよう」

 淘汰は笑って心配顔のクラスメート達に笑いながら声を掛けた。

 すると、ほっとしたように彼らは次々と淘汰に話しかけてきた。戸惑いながらも以前と変わらぬように振る舞おうとしているのがわかった。そんな彼らの気遣いが、嬉しかった。

 やっと、巽のいなかった二週間気を使ってくれていた彼らの気持ちに触れた気がした。

「お~っす、淘汰!」

 元気な声がして、がっと首に腕をまわされる。

「バカ、はなせよっ」

 戸惑いがちな雰囲気を払拭するように、友昭が以前のようにじゃれてくる。

「お前~、暗かったもんな」

「悪かったって」

 淘汰はそれに笑いながら抵抗した。

 クラスメート達にはためらいがまだ少し見えたが、それでも普通に騒ぎ出す。

 はしゃぎながら教室を見渡すと、柏木と目が合った。

 淘汰はにかっと笑い、ぶんぶんと手を振った。

 にやっと笑みが返ってくる。

 巽のいない、日常が戻った。





次話が、最終話です。

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