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11 灯火3


 どれだけそうしていただろう。

 帰ってきた巽にはじめて触れた少年は、感じる違和に、複雑な思いが込み上げていた。泣きたいぐらいの切なさだったのかもしれないし、やっぱりというあきらめだったのかもしれない。

 確かに親友に触れているはずなのに、質感が伝わってこないのだ。それは存在しているようで、していないような不思議な感覚だった。

 ふっと親友からからかうような呆れるような笑みが漏れた。

「……まったく。淘汰、俺よりでかい図体して俺に泣きつくなよ。しかもこんなになった俺に」

 そう言って親友は、持ち上げたその手を切なげに見つめた。その様子と言葉に、少年は親友の存在の不確かさを確信してしまう。

 やっぱり、巽は……。

 しかし少年はその意味に気付かなかったふりをした。

 だから、呆れたような彼の言葉に返すのは、いつもの自分が返すだろう言葉。

 少年は、涙を拭っていつもするように怒鳴った。

「お前こそっ、なんだよっこんなときになんでそんなに冷静にいられるんだよ!」

「そりゃお前がそんなんだから、こうならざるを得なかったからに決まってる」

 当然とばかりに言い返されて、二人無言でにらみ合う。いつものように。

 そして同時に吹き出した。

「「……ぷっ」」

 なぜだか、たまらなくおかしくなって、笑い続けた。

 おかしくて笑っているのに、笑い続けていると、ひどく悲しくて、どこか空虚で、止まっていた涙が、またあふれた。

 巽は確かにここにいる。ここにいるのに、……ここにはいない。

 全てが元に戻ったようで、決して元には戻らない現実が見えてしまう。

 笑いながら泣いていることに気付いたのか、親友が少年を悲しそうな目で見ていた。

「俺は、死んだよ」

 ぽつりと呟かれた言葉に、ハッとして少年が顔を上げる。

「でも、ここに帰ってこれたから、俺は逝ける」

「いやだよ、巽……」

「イヤってお前、俺に自縛霊にでもなれっていうのか? それこそ嫌だよ」

 からかうように親友が笑った。

 そして、すぐに真剣な顔に戻る。その表情は悲しげに見えた。

「なぁ、淘汰。俺は、ドジ踏んで死んだけどさ、お前がそんなふうに辛そうにしてることの方が、辛いよ」

 親友の言葉に、少年は声を震わせながら言った。

「おまえ、もっと言うことがあるだろう?」

 少年の言葉に、親友は首をかしげた。

「恨み言とか、俺に文句とか……」

 そう言ってうつむいた少年に、親友が苦笑した。

「あぁ、うん、そうだな。戻ってくるまで、いろいろ考えてたよ。何でこんな事になったんだって。何で俺は自分を過信してたんだって。でも、もういい」

「よくない!」

 叫ぶ少年とは、対照的に、親友は何もかもを受け入れたような穏やかな顔をしている。

「いいんだ。いろいろ考えたけど、俺は、ここに帰ってきたかっただけなんだ。おまえのおかげで帰ってこれたんだ。だから、いいんだ」

「でも……」

 少年はだだをこねるように顔を歪ませて首を横に振る。

「ただの事故だ。俺がドジっただけだ。淘汰が気にする事じゃない。俺は、おまえに感謝しているよ」

 親友は、これ以上言うなと、少年をいさめる。

 そして少年はそれがわかり、もうそれ以上言葉にならなかった。

 いっそ、責められたら楽だったかもしれない。けれど、この優しい親友は、そんな事は望んでいないのだ。それが、親友らしくて、でも少年にはそれが少しだけ歯痒くも感じる。

「何、お前さとってんだよっ、中学生ってのは、もっと俺みたいに感情的なもんだ!」

 歯痒さにまかせて、少年はむきになって言い返した。親友の言葉がまるで最後の別れの言葉のように聞こえてしまった怖さから目を逸らせるように。

 けれどそんな少年の心を知ってか知らずか、親友はひょいと肩をすくめる。

「自分で言うなよ。だいたい……誰のせいでこんな性格になったと思ってるんだ」

 あっさりと言い返されて、少年はちょっと口ごもった。誰のせいでといわれると、思い当たる部分がずいぶんとあった。少し視線を泳がせて、それからためらいがちに自分を指す。

「……おれ?」

「そう、お前だ。わかってるんなら、もっと落ち着け」

 少し笑いを含んだ言い聞かせるようないつもの口調で親友が言ったから、少年もいつもしていたように頭を抱えて見せた。

「無茶言うなよぉ」

「俺いないんだから、ちゃんと勉強しろよ、バカばっかり、やってんじゃねーぞ?」

 そのままほんの二週間前と変わらぬ様子で諭されていく。

 それが、あまりにも親友らしくて、結局いつものようにまるめこまれる。

 けれどそのいつもの彼らしさが、何故かたまらなく哀しく思えた。

 やっぱり、親友は親友だった。少年より、一枚も二枚も上手で、彼の言わんとすることを受け入れざるを得なくなる。

 どんなにこの現実から目を逸らそうとも、もう無駄なのだと、これが最後なのだと、わかってしまった。

 そんな少年を見て親友が笑った。

「お前がじいさんになったら、死ぬとき迎えに行ってやるよ」

 からかうように向けられたその言葉は、落ち込む少年への励ましであり、そして別れの言葉だった。

 けれど、それだけだろうか、と少年は考える。

 なぜなら、少年にはそれが再会を約束した言葉に聞こえたのだから。

 笑っている親友の顔を見つめる。そして、少年は笑顔を返した。

「……約束、だよな?」

「うん、約束だ」

 確認すると、親友が笑ってうなずいた。

 ほっとすると同時に、たまらない悲しさが再び襲ってくる。

 再会の約束は、同時に今の別れを意味したから。

 ほんとに、最後なのだ。

 考えると辛かった。

 けれど少年は自分に言い聞かせる。

 でも、約束したから、二度と会えないわけじゃない。

 そうだ、と少年は思う。じいさんになって死ぬときこいつが迎えに来る、そんな再会も悪くない、と。

 だから、笑った。

 そしたら、親友が満足そうに笑顔を返してきた。

 そして、そのまま力一杯抱きしめられた。

「じゃあ、俺、もう行くよ」

 耳元で呟かれた声は、優しい、穏やかなものだった。

 その言葉に少年は唇をかみしめた。

 泣いたら、ダメだ。悲しいのは、きっと自分よりも親友の方。

 少年は親友から体を離すと彼をじっと見つめた。

 その視線に寂しげな笑みが返ってくる。

 寂しいのは自分だけじゃない、それを改めて感じ、少年は出来る限り普通の笑顔を作る。

 思いっきり、力一杯、いつもの笑顔で。

「……わかった。じゃあ、また、な!」

 それに親友が笑顔で応えた。

「ああ、また、な」

 そう言って親友が拳を作って、少年の腹に向かってパンチを入れる。少年は笑いながら避けて、それを払った。

 コンとぶつかった手の甲の感触。それは慣れた親友の感触とは違ったけれど、とても親しんだ、慣れた重さだった。

 目が合うと、腕の攻防は続けたまま、二人で笑った。

「約束な」

 親友がそう言ってコンッと少年の腕を叩いた。

 少年は腕に力を入れることで答えると、声も出せないまま、それでも笑顔で頷いて見せた。

 親友は満足そうに笑顔を残して、そして夜の海から消えた。





 少年は星以外何も見えない闇をずっと見つめていた。

 その表情はうっすらと笑みすら浮かんでいる。

 もう、泣かない。巽が、戻ってきたのを知っているから。いつまでも落ち込んでいることなんて望んでないってわかったから。

 足下に波が押し寄せる。

 少し、寒かった。

 小さく体をふるわせ、波打ち際から離れる。

 波が届かないくらいの場所まで戻ってその場にすわった。

「……闇夜の海には、明かりが灯るよ。愛しい人を捜す、明かりが灯る……」

 祖母がいつも呟いていたように、少年は歌うように呟いた。

 いつか自分に孫ができたら、この話をしてやろうと思った。

 ずいぶん先の話だ。

 でも、絶対にそうしようと思う。

 そして、よぼよぼのじいさんになって、あいつが迎えに来るのを待とう。

 俺はお前の分まで生きたいから、それまで死なない。早く死んだら、きっと巽に怒られる。

「……あははは……」

 あまりにもつまらない自分の想像に、おかしくなって笑う。

 そしたら、たった今、泣かないと決めたばかりなのに、また涙がにじんできた。

 笑い声が嗚咽に変わる。

 大好きな巽、優しい巽。俺のかけがえのない親友。

 最後だから、もう泣かないから、今だけ、巽のことを思って泣こう。

 そう思ったら、涙が止まらなくなった。

 波の音に混じって、少年の泣き声が闇夜に響いた。




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