第0話
私はこれが人生で始めて書く小説です、まだまだ至らない所ばかりですが、皆様の小説に関する感想を出来る限り取り入れて行き、よりよい物にして行きたいと思っています。皆様のこの小説に対する正直な感想をお待ちしております。
「グ……ガァ……」
弱弱しい断末魔を上げ息絶えた黒色の体毛に体を覆われた、後ろ足で立ち上がれば、平均的な身長の大人に匹敵する程の、一見狼のような生き物、ブラッドウルフと呼ばれる魔獣の一種である。
「……完全に孤立してしまったか、セリア、怪我の具合はどうだ?」
その両手で構えた大剣を一振りし、刀身にべったりと付いた魔獣の血を軽く落とした後、周囲を警戒しつつも、人間よりも一回り大きなシルエットを持ち、赤銅色の肌をした筋骨隆々の大男、オーガ族のガルガドがこちらを気遣う声をかけてきた。
「あー、……わりぃ、歩くのも無理っぽい」
痛みに顔をしかめながらそうガルガドに返答しつつ、俺は自分の右脚、今ではもう違和感も感じなくなるほどに見慣れたその細くも引き締まった白い太腿から、だらだらと、絶え間なく血を流す傷口に目を向けた。痛みはまだ感じるが、先程から徐々に右脚の感覚が薄れてきているのだ。こんなところで死にたいなどとは毛の先ほどにも思いはしないが、血を流しすぎた上に自分の置かれている絶望的な状況に、思わず、重い溜め息を吐いてしまった。
「弱気になるなんてあんたらしくないわよ、あんたは何時も道理、強気に笑ってなさい。さっさと街の外に抜け出して他の生き残りと合流しましょ、それに、大手のギルドのメンバーや騎士団はまだ戦っているはずよ、治癒魔術師や神殿騎士に会うことができればこの傷でも、きっと何とかなるわ。」
などと言ってくるのは、先ほどから俺の傷に止血などの応急処置を施している、頭と腰から猫のような耳と尻尾を生やした、獣人族の一種であるワーキャットの女、レティだ。しかし、明るい発言とは裏腹にその顔は青ざめ、不安そうに歪んでいた、頭の中では、もはやこの傷と出血量では今からどんなに早く味方と合流してもまず助からないだろう、ということがわかっているのだ、しかしそれでも彼女は、最後まで決してあきらめる気はないようだった。
「あぁ、そうだな、止血をしたらすぐに移動しよう、セリア、悪いがもう少し耐えてくれ」
そして、それは少し離れた場所に立ち、敵襲を警戒しているガルガドも同様のようだった。傷口からいまだに流れるこの血の匂いのせいで魔獣どもがいつ集まってくるかも分からないのに、たとえ、危険な状況でも仲間は絶対に見捨てはしないという二人の態度に、身体は冷えているはずなのだが胸の辺りが、ぽかぽかと暖かくなり俺はただ一言こう返すことしか出来なかった。
「……ありがとう」
普段はあまり見せない素直な態度に、二人の視線がこちらに集中するのを感じて、どうにも気恥ずかしくなり壁に背を預けたまま空を仰ぎ見た、美しい青空を侵食するかのようにあちらこちらから立ち上っている黒煙と、昼間だというのに空に浮かぶ大きな二つの星が視界に入り、どれほど遠くにあるのか見当もつかないかつての故郷を想い、しみじみとこう思った。
ああ、随分と遠くに来たもんだ、と。
序章
弟子と師匠と永い旅の始まり
第0話「激動の過去と全ての始まり」
2011年7月28日、交通機関を使えば少々時間がかかるものの、日帰りで遊んで帰れるくらいには東京から離れ、都市部はだいぶ発展をしているが、周りに目を向ければ緑豊かな山と住宅街が見受けられるとある街、まだ高校が夏休みに入ったばかりの、茹だるような暑さが猛威を振るう、その日、日比谷与一、つまり、俺は、友人と三人で、都市部に遊びに来ていた。
「あー、今日も……あつい……」
先ほど暑さを逃れるために避難してきた喫茶店の席に座った瞬間、ぐでっと全身の力を抜くようにテーブルに突っ伏した、目に掛かるぐらいの髪を金髪に染め、外国人が見れば実に微妙な顔するであろう英語がでかでかとプリントされた半袖のシャツとカーゴパンツっぽい半ズボンを着た、なかなか整った顔の男、青谷宗吾が、窓の外に映る空を見て、実に忌々しげにそう呟いた。
「だよね、暑いのは毎年の事だけど、今年の暑さはありえないよね」
注文をとりに来た店員に三人分の飲み物と自分の分だけパフェを注文した、可愛らしい飾りの付いたピンク色のワンピースを着て、背中に軽くかかるぐらいの黒髪を短めのポニーテールにした、綺麗というより可愛いといえる少女、守矢麻奈美が宗吾の呟きにそう同意を返した。
この二人と俺を含めた三人は家が近所同士で幼稚園に入る前から、一緒に遊んでいた所謂幼馴染で、高校に入った今でも、いつも三人で遊び、子供の頃からのあだ名で呼び合う親友だった、宗吾はそー君、真奈美はまーちゃんそして、俺は、いー君と二人に呼ばれている。
「いくら異常気象だとか地球温暖化だ、なんて言っても気温42℃はねーよ、外歩くだけで死ぬっつーの、その上、他の県はさらに暑いとこあんだろ?テレビじゃ毎日この異常気象のニュースでもちきりだぜ」
俺は今朝見たテレビの内容を思い出しながら先程の二人の言葉に同意した。昨年の12月ごろからだろうか日本どころか、世界中が異常気象に見舞われているのだ、毎日のようにニュースでは日本のどこの地域が観測史上最高気温を更新しただとか、とある国では気温が下がり続けて凍死者が続出いるとか、三週間も雨が降り続いて大規模な洪水が発生した、なんて話が流され続けているのだ。
「まじでやばいよな、これ、本当に地球終わったりなんかしないよな?こんな若さで死にたくねぇー!」
「少し前から、この異常気象は神の怒りだ、世界の終末が近づいているんだ! なんて感じのことを叫んで世界中で怪しい新興宗教が乱立してるらしいし、近頃世界中で、神隠しみたいに人が消える行方不明者とか変死体なんかが出ている話もネットじゃ騒がれてたよ。あと、いまだに、この異常気象の原因わかってないんだって、生放送の番組で天気予報士の人が頭抱えて「これは夢か!? 何でこの気象条件でこんな動きをするんだ、ありえない!」なんて錯乱してスタッフに止められるのも見たし、もしかしたらまだ気温が上がるのかも、……地球が終わる前に、この異常気象で人間が先に終わりそうな気がするよぅ。」
「「……うへぇー」」
宗吾の魂の叫びに返した、まーちゃんのその言葉に、思わず隣に座っているそー君と俺は同時にうめき声を上げた。これ以上気温が上がったりしたら本気で外を歩いただけで死んでしまいそうだ。その上、他の話題もすでに超低空飛行をしていたテンションを地面に叩き落すには十分だった。
確かに新興宗教は街中で露骨に勧誘のための演説をしているし、行方不明者や変死体の話は、普段ではほとんど国内のことしか放送しないニュース番組でも最近では取り上げられていた。実際にそういうおかしな事件が起きているのだ、一体何が起こっているのか、俺たちだけではなく、世界中の人間が心に不安を抱いていた。
その後、建物を転々と移動して暑さを避けながら遊び、午後5時ごろ二人と家の近くで別れた。何の変哲も無い普通の二階建ての家、その玄関のドアを開き家の中に入ると、すでに家族全員の靴があった。
「ただいまー」
「おかえり、外暑かったでしょ、水分取っときなさいよー」
帰宅の声を上げつつリビングに入った俺に返事をしたのは姉の美咲だった。俺よりひとつ年上の高校3年生でせっかくの夏休みだというのに、最近の暑さのせいで、あまり外に出たくないようで、最近は数年前から伸ばしている長い黒髪を髪留めで纏めて後頭部に上げて、ソファーにだらしなくうつ伏せに寝そべったまま、アイスクリームを食べている姿をよく見かける。
「美咲、またアイス食べているの?太るわよ。あ、おかえりなさい、与一」
数日前に体重計を親の敵のように睨んでいたのを思い出したのだろう、そう言いながらキッチンから出てきたのはショートの黒髪に年齢のわりに若く見える童顔の母、愛子だ。昔は童顔のせいで子供っぽく見られるのが嫌だったと言っていたが、最近は若く見えてお得だと思っているらしい。ちなみに、姉のその不毛な行為は実に20分もの間続き家族全員がその姿を目撃していた、まーちゃんも気にしていたが、俺もそー君もむしろ二人は細いと思っていたのだが、女性のこの手の悩みは男には理解しにくいものなのだろう。
「おお、帰ってきていたのか、お帰り、与一」
「にーちゃん!」
姉ちゃんが母さんの一言に慄いている間に、二階から降りてきたのか、俺の後ろからリビングに入ってきた短髪で平凡な風貌に眼鏡をかけた、父、明久とその腕に抱かれた まだ二歳になったばかりの妹、涼花が声をかけてきた。ちなみに俺も姉も顔は母に似て童顔気味で二人とも、もし身長が低かったらいまだに中学生だと思われるような顔をしていた、微妙にコンプレックスに感じているのだが、男である俺にははたして母の様にこの童顔をお得に思える日が来るのだろうか。ちなみに、妹も幼いながらも母の面影が顔にあることからこの調子では父には似ないのだろう、自分の平凡な顔に似ず父として微妙に落ちこみながらも喜んでいたのが印象に残っている。
「二人とも、ただいま、今日は帰るのが早かったんだ、父さん。」
父さんはごく普通の会社員で、いつもは大体6時半から七時ごろに帰ってくるはずだが、今日はすでに帰宅し、家着に着替えていた。
「うん、近頃、倒れそうなぐらい暑いだろう?ほとんどの社員が体力的にも精神的にも参っていてね、このまま放っておけばいつ倒れてもおかしくないから、とりあえず数日間は仕事を早めに切り上げて、残業も禁止で体を休ませておけって、通達があったんだ、倒れられるよりはましだと思ったんだろうね。」
どうやら、大人達もこの暑さには大分まいっていたようだ、営業時間を減らすなんてかなりの大事だろうにそれをやらざるを得ないぐらいに弱っているらしい。
その後は何時も道理、家族で食事を取り、風呂に入って歯磨きをした後、昼にまーちゃんの言っていた話をふと思い出して、二階の自分の部屋で少しPCを使って、幾つかのサイトでニュースを見た後、ベッドに横になった。
俺は布団の中でぼんやりとまどろみながら、先ほどPCで見たとある噂について考えていた。
行方不明者や変死体についての記事だ、人の見ている前で突然人が消えるなんていう、神隠しのような話と、主に老人や赤ん坊などに起きる、先程まで元気だったのに突然倒れ、体にはまるで異常はないのにまるで魂を抜かれたかのように死んでしまう、なんて話だった。
まるでオカルトのような話だが、これらがただの異常気象によって高まった不安につけ込んだ、誰かが流した都市伝説的な話で終わればいいのだが、なんとこれらの事件は、実際に目撃者や監視カメラの映像まで出ているのだ、ネットでは悪魔やら妖怪の仕業だとか、新種の細菌兵器や殺人ウィルスだ、なんて騒がれており、原因は分かっていないようだ。
これらの事件が起こり始めたのは、異常気象が騒がれる少し前の去年の12月ぐらいからで、映像の加工が出来そうな神隠しはともかく、正直俺にはその二つがどう結びつくのか理解できないが、突然人が死ぬのはこの有り得ない異常気象と何か関係があるのではないか、なんていう噂話もネットの掲示板では出ていた。
本当にこれから世界はどうなっていくんだろうか、などと、未来に不安を感じながら、俺は眠りに付いた。
意識が眠りに向かって、まどろむなか、なにか、形容しがたくも恐ろしい咆哮が、聞こえた気がした。
そして、一夜明けた次の日、2012年7月29日。
相変わらずの外を歩けばすぐ倒れてしまいそうな暑さのその日。
愛すべき平凡な世界が終わり、俺の長い旅が、この日始まった。
昨夜寝る前に8時にセットしておいた目覚まし時計の耳障りな音を、スイッチを叩いて止め、寝起きのぼんやりとした頭で枕元に置き充電していた携帯を開いた。メールはそー君とまーちゃんからそれぞれ一件きていた。メールの内容を読み、ベッドから起き上がりいまだ働かない頭で本日の第一声を呟いた。
「……あちー……」
その日の気温は、42.3℃だった。
いつも道理の朝を家で過ごし午後から俺は、俺とそーくんとまーちゃんの三人で都市部に遊びに来ていた。ゲーム好きのそー君が新しく出来た大型のゲームセンターの話を知り合いから聞き、俺もまーちゃんも暇だったら一緒に行かないかと誘われたのだ。朝に来ていたそー君からのメールの内容はこの事だった。
「そういや、まーちゃんが言っていた神隠しとかの話、俺も昨日の夜、少し調べてみたんだけど、監視カメラの映像とかまでアップロードされてたぜ」
「あ、俺もそれ見たぞ、人が突然消える~ってやつだろ?」
目的のゲームセンターが入っている、駅の近くにある大きなショッピングモールに向かう途中、まるで俺達三人を焼き殺そうとしてくるようなアスファルトの照り返しと周りに立つビルの鏡のような窓から反射される光というこの気温では殺人的な連携技を全身に受け、汗をだらだらと滴らせながら、大通りのスクランブル交差点で信号待ちをしているとき、そー君が唐突にそんなことを言い始めた。どうやら、そー君も昨日のまーちゃんの話を思い出したのか興味を覚えて、例の事件を俺と同じく調べていたようだ。
「おー! 二人もあれ見たんだ、すごいよね、あれって本物なのかな!?」
「いや、人がいきなり消えるなんてありえねえって」
例の神隠しの映像の真偽をまーちゃんは実に興奮気味に俺達に尋ねてきた、まーちゃんは小さな頃からオカルト好きで、本人曰く子供の頃に本物の魔法使いを見たと言い張っており、世界のどこかには本物が存在するのだと、いまだに信じているようだった。親友としては少し心配な趣味だが、人に言えばあまりいい目で見られないのは分かっているようで話をする相手は選んでいるらしく、呆れはしても付き合いを変えることは無いと確信した俺とそー君に言っただけで、他にこの話をしたのは自分の家族だけらしい。そんなまーちゃんは危ない会合や儀式とか邪神崇拝の宗教などの怪しい団体行動には全く興味なくて、普段は基本的に雑誌やPCで調べたり古本屋で胡散臭い本を探したりしている。
「まあ、今時のCG合成技術とかすごいし、この手の偽物なんてありふれてるしな」
「えー、あの映像の検証してる本職の人もいたし、本物だと思うんだけどなぁ」
「でもよ、映像が本物なら行方不明の人が実際に居るってことだろ、なら偽物のほうがいいんじゃね?」
「はうっ」
最近の技術ならあんな映像は簡単に作れることを指摘したが、食い下がるまーちゃんに止めを刺したのはそー君が発した一言だった。
「お、青だ、さっさ建物入ってなんか飲もうぜ!」
そー君はもはやゲームで遊びたいというより、この暑さから早く逃れたい気持ちのほうが強いようで早足でスクランブル交差点を進んで行き、俺は横でそーくんに止めを刺されていまだにうなだれていた、まーちゃんの手を掴んで引きずるように歩き始めた。そー君が先を歩いて俺がマイペースなまーちゃんを少し強引に見える場所で必ず立ち止まって待っていてくれるそー君の所まで連れて行く、小さな頃からいつもこうでそれはまさしく、俺たちの日常と言えるものだった。
そして、横断歩道を半ばほど渡ったところで、それは唐突に始まった。
突然、みしり、というガラスにひびが入るような音が交差点に響いた、すぐ近くで鳴らないと気づかないような小さな音の筈なのに、なぜか大通り全体に聞こえるほどよく響き渡り、心を直接掻き毟られる様な、不安を掻き立てられるその音はスクランブル交差点上に居た俺達だけではなく街を行き交う人々や、信号待ちをしていた車に中に居る人間までもが、いや、もしかしたらこの街にいるすべての人間が聞こえたのかもしれない。普通なら小さすぎて聞き逃してしまいそうなぐらいの音だというのに、周りにいる俺を含めた人間皆が無意識の内に音の発生源を見つめていた、今考えるとそれは本能の警鐘だったのかもしれない。
音の発生源は、真直ぐに走る大通りから少々遠いが丁度正面に見える、都市部から三キロほど離れた場所にある、久遠山からだった。
みしり、みしり、と音が鳴り響く度に、久遠山の山頂付近に在る名前を知らない古い神社から、空に向けて放射状に罅の様なものが走ってゆくのが見えた、いったい何時からだろうか、気づけばまるで何かに恐れるように俺の足はがくがくと震えていた。隣に居たまーちゃんも、俺の周りの足を止めていた通行人も同じようでその顔は青ざめて今にも倒れてしまいそうだった。
そして、大音響のガラスが割れるような音とともに、空が割れ、それは現れた。
空が割れた、そうとしか表現できないような奇妙な風景だった、ひび割れ穴が開いた空の向こう側はモノクロ写真のような灰色の空が覗いていた。そしてその穴の向こうから百か千か、数えるのも馬鹿らしい幾つもの色とりどりの光が飛び出してきた、空が割れるなどという出来事はそれだけでも世界中を駆け巡るような怪事件だろう、しかし、そんなことはどうでもよく思えるようなモノがそこには居た。
それを見ているだけで冷や汗がどっと噴き出してくると同時に吐き気がこみ上げた、全身に鳥肌が立ち、心臓を鷲摑みにされたかのように息が詰まる。
それは一番近い形状を上げるなら鯨のように見え、まるで這うように割れた空から出て来ようとしていた。ゆったりとした動作に反して素早く、するするとその体がひび割れた空から吐き出されてゆく。体は真っ黒なドロドロとした何かで出来ており顔には口しか見て取れない、その体の表面は常に不気味にうねり波打っていた。その身体は巨大でまだひび割れた空から半分も出て来ていないというのに、優に500メートルはある上にその巨体は海を泳ぐように空に浮いていた。そこまで見ていてようやく気がついた、ひび割れた空の向こう側から飛び出していた光はその鯨のような化け物に殺到していたのだ、光は体の表面にふれると爆発するかのように一際大きく輝いて消えてゆくのが見えた。
「いーくん、逃げるよ」
いまだに呆然としてその化け物から目が離せないでいると、突然隣に居たまーちゃんが俺の手をつかみ強引に走り出した。引きずられるように手を引っ張られ、交差点を渡りきったところで周りの人間と同じようにあの生き物から眼を離すことができないでいたそー君のところまでたどり着くと、俺の手を一旦離し、まーちゃんはそー君の両肩を思いっきり揺さぶりこう言った。
「そーくん、そーくん!! 逃げるよ、ここに居るとよくない気がするのっ!」
いつになく焦ったまーちゃんの声に、そー君がはっと夢から覚めたような顔をしてこちらを向いた直後、俺たちと同じ様に正気に戻った何人かに混じって、俺たちはなりふり構わずにあの化け物とは反対方向に大通りを全速力で走り出した。
「なんだよあれっ、なんなんだよあれっ!?」
「しるかよっ、少なくても、俺たちにとっていいものでは無さそうだけど、まーちゃんは何か知ってるのか!?」
「わかんない、けど、とにかくあれからは距離をとったほうがいいと思ったの!」
走りながらそー君が叫び俺がまーちゃんに尋ねた、どうやらまーちゃんも知らないようだが、まーちゃんの判断は間違ってはいないと俺は感じた、あれは決して近づいてはならないものだ、まるで魂が拒絶するかのように、自然とそう思えたのだ。
そして走りながら後ろを振り返れば、まさに、あの化け物がひび割れた空からその全身を出すところだった、そして、その巨体に見合った大きな口を開くと、到底言葉では表現できない様な聞いただけで身体どころか魂の芯まで凍ってしまいそうな咆哮をあげた。
「――――――――――――――!」
この時になって、ようやく化け物を見ていた人々が正気に戻ったようで、街のあちこちで逃げようとする人々の悲鳴や他人を押しのける怒号が上がり、人々が逃げだし始めた、俺達は、人の波に揉まれながらも、足があまり速くないまーちゃんの両手をそれぞれ握って必死に引っ張って走った。
しかし、その必死の逃走も、あの化け物の前には意味など無かったのだ。
「まじかよ!?」
走りながら後ろを見た、そー君のその声に思わず俺もまーちゃんも化け物のほうを振り向いた。
「そんなっ!」
「こんなの、ありかよ…」
久遠山から一直線に大通りを、まるで氷を割って進む砕氷船のようにあの化け物は口を開けたまま真直ぐに地面を削りつつ、凄まじいスピードで進み車や砕かれ舞い上がった地面ごと逃げ惑う人々を飲み込みながらこちらに向かって進んで来ていたのだ。
気づいたときにはすでに遅く、俺たちに出来たのはいままさに自分たちを飲み込もうと大口を開けて迫る化け物の巨体を、呆然と見ていることだけだった。
気がつくと俺は真っ暗で何も見えない場所にいた、身体は動かないどころか、身体を動かす感覚すら感じられ無い上に、周りからは苦痛に喘ぐ声や助けを求める声が絶えず上がり続けており、聞いただけで恐怖を駆り立てられて正気を失いそうなになってしまう大合唱が、まるで直接頭の中に響いてくる様に俺のいる場所に響き渡っていた。
「まーちゃんっ、そー君っ、聞こえたら返事をしてくれ!!」
意識を失う直前の光景から考えるに、ここは恐らくあの化け物の腹の中なのだろう、目の前すら見えない暗闇の中で、自分の身体を動かすことも感覚が感じられないことの理由も分からないが、このままではあまりの恐怖に正気を失いそうで、気づけば俺は何かに縋る様に、共に飲み込まれたはずの親友の二人の名前を大声で叫んでいた。しかし、二人の返事は返っては来ず、変わりに聞こえてくるのは先程から頭に響き続けている誰かの苦痛を上げる声の大合唱だった。
「うぅっ、身体が…!?」
不安と恐怖に押しつぶされそうになっていると唐突に、いまだに感覚の無い身体が強烈な痛みを発し始めた、感覚が無いためか身体のどこが痛みを発しているのかすら理解できなかったが、その痛みは段々と収まるどころかより強くなってきた。
「誰か助けてくれ、だれかぁぁぁぁ!!」
俺は、あまりの激痛に、まともに考えることすらも出来なくなって、助けを求める絶叫を無意識の内に上げ続けていた。
そんな時だった、それがおきたのは。
何も見えない真っ暗な空間の上から、まるで宝石のような色とりどりの小さな光が雪のようにゆっくりと降り注いできたのだ。それは本当に不思議な光だった、この暗闇の中でもはっきりと見えるほど強く光っているはずなのに、周りの闇は決して晴れず、俺自身の身体もその光によって見えることは無く暗闇に包まれたままだった。そして降り注ぐその光のひとつが俺に触れた瞬間、今まで俺を苦しめていた激痛がほんの僅かにだが和らいだのだ。なぜ痛みが和らいだのか分かりはしなかったし僅かに和らいだだけでいまだ俺の身体を激痛が苛み続けていたが、痛みが和らいだという事実だけを認識した俺は、咄嗟にこの痛みから逃げようと、次々と降り注ぐその光に向けて感覚の無い両手を伸ばした。
「頼む、こっちに来てくれ!」
心の底からの願いを籠めた声を上げながら伸ばそうとした両手は、相変わらず空間を満たす暗闇で自分にも見えなかったが、俺の近くに降り注いでいた光はまるで今発した声が聞こえたかの様に次々に此方に向かって来て俺の暗闇の中で輪郭さえ見えない体に入り込んで来る、そして俺の身体を苛んでいた痛みが薄れていくのが分かった。
「ああ、ありがとう、ありがとう……!」
気が付けば俺は、今まで感じていた体を手足の先から少しずつ引き千切られていく様な耐えがたい激痛から救ってくれたその光に、心の底から感謝の言葉を呟いていた。
そして、今までの理解できない事象とさらに追い討ちをかけるような痛みから一旦開放されて、少し頭が冷静になり、何か光以外に変化はないかと周りを見渡そうとしたとき、一際大きな輝きがいつの間にか目の前にあるのが見えた。
「なっ!?」
それは今まで降り注いでいた小さな光と違い大人を丸々包めるような大きな光で、俺が驚いた瞬間にするりと他の小さな光と同じ様に俺の中に入り込んできた。すると光を浴び、なんとか耐えられる程度には弱まっていた痛みが完全になくなり、この暗闇で意識を取り戻してから一度も見えなかった自分の身体がはっきりと見えたのだ。
わけがわからなかったが何が起きたのかを疑問に思うよりも先に俺は、痛みが消えたことに対して心の底から安堵と喜びを感じて、先程と同じように俺の中に入り込んだ光に深く感謝した。
そして、もう一度、まーちゃんとそー君を探すために声を上げようとして周りに目を向けたとき、俺と同じように身体を持った人の姿が遠くにぼんやりと何人か見えた、この空間でようやく始めて見つけた人の姿に俺はすぐさま声をかけようとして、次の瞬間凄まじい光が目を焼いた。
「ぐああっ、一体今度は何が起こるってんだよ!?」
完全な不意打ちで思いっきり光を見てしまったため、目がまともに見えなくなった。こんなわけの分からない状況で目が見えない、ということに感じた恐怖を誤魔化す様に今までの連続した、理解の出来ない理不尽な状況に対する怒りを叫んだとき、今度は身体を凄まじい力で引っ張られるのを感じた。
「うおぉおおお!?」
その衝撃は例えるならば、昔、西部劇の映画で見た縄で足を縛られて全力で走る馬に引きずられる、というものに似ていたかもしれない、もっとも、身体に感じる速度はミサイルに括りつけられているような常軌を逸した速さだったが。右に左に所か上にも下にも突然方向転換しながら引っ張られ続けて行き、意識が朦朧としてきた頃、始まりと同じくまたもや唐突に引っ張られるのが止んだ。
先程までの不安しか感じない状態とは打って変わってそこは、そこにいるだけで心が落ち着いていく様な穏やかな場所で、先程光に焼かれた目はいまだに何も見えなくて、そこがどんな場所なのかは確認できなかったが、その穏やかな場所で身体に何か暖かいものが触れるのを感じた、、俺はそれに対して何故かとても懐かしくて安心するという不思議な感覚を覚えた。
しかし、ようやく訪れた平穏はすぐに崩れ去ってしまった。
「ぬおおおぉぉぉ!? もうやめてくれぇぇぇ、俺はもうここにほっといてくれていいからぁぁぁぁぁ!!」
未だに何一つ自分の置かれている状況を理解することは出来無かったがようやく一息つけるかと思ったそのとき、またもや凄まじい力で何かに引っ張られ始めたのだ。先程のような恐ろしい目に遭うのを恐れた俺は、形振り構わずいまだ触れていた懐かしい感覚のする何かに爪を立てる様な勢いでしがみつき、居るのかも分からない俺を引っ張る存在にたいして許しを請いながら必死に抵抗をした、しかし、俺に抵抗できたのは僅か十数秒だった。
「ああぁ……あああぁ……」
あれからまた引っ張りまわされて、どれくらいたったのかも自分では分からなくなった頃、もはや悲鳴を上げる気力も無くなり振り回され続ける気持ち悪さと込み上げる吐き気にうめくことしか出来なくなったころ、引っ張る力を突然感じなくなった、そして今度はゆっくりとした流れ、例え方としては微妙かもしれないがまるで流れるプールに浮き輪を浮かべて流されるような、先程までとは雲泥の差の優しい流れに変わったのだ。
そして、先程まで延々と続いた、何かに凄まじい速度を一切落とさずに鋭角な角度であらゆる方向に抉り込む様に方向転換し、引っ張りまわされ続けるという拷問のような謎の現象に衰弱しきっていた俺は、その緩やかな流れに身を任せたまま意識を失った。
どれぐらい経っただろうか、時々意識が浮上するのは感じていたが周りを確認することができるほどに回復しておらず、起きてはすぐにまた意識を失うという行動を繰り返し、再び完全に意識を取り戻したときには俺を取り巻く状況は、すっかり変化していた。
「ああ、生まれてきてくれてありがとう! セレティア、あなたの名前はセレティアよ。」
「見ろ、目元がエレアそっくりだ、きっとお前に似て美しく育つぞ!」
などという会話を俺の頭上で交わしながら、愛おしさの籠もった優しい眼差しで俺を覗き込むように上から見つめる、先がとがったやけに長い耳を持つ金髪の美男美女がいた。
その光景を見た瞬間、あまりにも理解不能な状況の連続に疲れきった俺は、とうとう自分におきたことについて考えるのを止め、ただ、こう思うと共にもう一度意識を失った。
……もう、どうにでもしてくれ……
最後までお読み頂きありがとうございました。もしも、ここが間違っている、この表現の仕方はおかしい、などの感想があれば、書きこんでいただけると、とてもありがたいです。更新はあまり早くはありませんが、これからも皆様にこの作品と、のんびりとお付き合いいただける用にがんばって行きたいと思います。