-02-
翌日、ラティアは昨日の夜と同じように窓から外を眺めていた。黒い海から届いていた激しい波音はすっかりなりを潜め、穏やかなものだった。
心地好い風が髪を揺らす。
ラティアは別に海が好きなわけではない。
特にすることもないし、街に出る気もなかったから、こうして景色を眺めているのだが、思っていたより気持ちが安らいだ。
「何も考えずに過ごすのも いいものだな…」
そう呟いた時、部屋の扉が叩かれた。
開けるとノアの姿があった。その表情はずいぶん曇っている。
「どうした?」
ノアは階段の下を気にしながら口を開いた。
「…アストおじさんの様子がおかしいんだ…」
「アストの?」
「うん…なんだか元気もないし、辛そうなんだ…。聞いても何でもないって言うけど…」
話をしていて悲しくなったのか、ノアは瞳を潤ませる。
「あんなおじさん、初めて見た…」
「……」
「ねぇ、ラティア…僕どうしたらいい?」
泣きそうな顔で見上げてくるノアに、ラティアは微笑んだ。
そして、そんな自分に少し驚く。出会って間もない相手に、意識せずに笑みが浮かぶなんて。
「お前は何もしなくていいよ」
「…本当…?」
「本当だ。これでもアストとの付き合いは長いんでな…あいつのことはよく知っている。私に任せろ」
自分を見つめる緑の瞳を、逸らさずに見つめ返す。
やがてノアは、小さく頷いた。
「ラティアは、アストおじさんと一緒に住んでたの?」
「あぁ、昔な」
ラティアの答えに、ノアは満足そうに笑った。
「じゃあやっぱり、おじさんが言ってた『大切な奴』ってラティアのことなんだね!」
「大、切…?」
「うん! おじさんはね、ラティアの為にここに引っ越したんだよ!」
ノアの言う意味が解らなくて、ラティアは説明を求めた。
「あのね、前の家は僕のせいで空いてる部屋が無くなっちゃったんだ。だから空いた部屋を作る為にここに引っ越して…おじさんは、この部屋をいつも綺麗にしてた」
きっと、ラティアが帰ってくるのを待ってたんだよ──ノアは嬉しそうに そう言ったが、ラティアは信じられなかった。
いつ戻るとも分からない──もしかしたら二度と戻らないかもしれない自分という他人を待っていてくれたなんて、考えたこともなかったからだ。
『あの時』から、自分は一人だと思っていたのに。
「ラティア? どうしたの?」
黙ってしまったラティアに問いかけると、ラティアは 何でもないよ、と微笑んだ。
それがとても綺麗で、ノアは一瞬見とれる。
「…ノア、頼みがあるんだが聞いてくれるか?」
「え? あ、うん、何?」