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-01-




 ──ごめんなさいごめんなさい。


 世界に響く幼い声に、ラティアは目を開いた。

 辺りは一面の黒。


 ──ごめんなさいごめんなさい。


 再び聞こえた声の主を探そうと左右に瞳を動かす。

 相手は目の前に──いた。

 うずくまり、顔を伏せている少女は、泣き声も涙も無く、ただひたすらに謝罪している。それが誰なのか、ラティアにはすぐ分かった。


(…あぁ、そうか…これは──)


 愛していると繰り返す母。

 恐怖と嫌悪を隠さない村人達。

 その中で気づく。


 生まれてはいけなかったのだ、と。


 だから。


 ──ごめんなさいごめんなさい。


 心の中で叫び続ける。


 ラティアは膝を折り、少女の頭に手を伸ばした。

 刹那。

 黒い世界が白に変わった。


「!!」


 驚いて辺りを見回して、ふと、気づく。


 少女の声が、止んだ。


 ラティアが再び少女に目を向けると、いつの間にか、少女の後ろに優しい瞳をした男が立っていた。

 男は少女の頭を撫でる。

 少女はゆっくりと顔を上げ──笑った。

 その拍子にこぼれ落ちる一筋の涙。

 男は少女に微笑み返し、それからラティアに顔を向けた。膝をついたまま、男と見つめ合う。


 と、声が届いた。


 酷く──懐かしい、声。




 ──俺がずっと傍にいる。だから。


 ──泣くな。




「ラティア」


「!」 


 誰かに呼ばれた気がして、ラティアは目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのか見失う。

 暗い天井を見つめ──。


「……夢…か…?」


 呟いた声は小さかったが、静かな空気にやけに響いた。

 ゆっくりと身を起こす。


「久しぶりだな…」


 柔らかなベッドで寝て、心が緩んだのだろうか。それともアストの顔を見たからだろうか。

 ため息をつき、ベッドを出た。冷たい床がギシリと軋む。

 窓から差し込む月の光は思いの外 明るく、おかげで躊躇うことなく足を進めることが出来た。

 窓辺に立ち、外を見る。

 視界にあるのは、月と星に照らされながら眠る街と黒い海。それから窓に映った銀色の瞳。

 その瞳を見るのが嫌で、ラティアは窓を開けた。

 潮の匂いが鼻をつく。同時に聞こえる強い波の音。よく見えないが、黒い海は荒れているようだった。

 窓辺に腰掛け、ぼんやりと月を眺める。

 どれくらい経った頃だろう。

 廊下から物音がした。


(……?)


 そっと扉を開けると、階段を下りていく炎の揺らめきと、その炎で伸びた影が見えた。


(アスト…?)


 はっきりとは判らないが、恐らく深夜にも近い時間。

 アストが何をしているのか、別段 詮索するつもりは無かったが、何となく気になってラティアは部屋を出た。

 静かに階段を下りる。

 明かりは居住空間ではなく武具屋の方を照らしていたので、そちらに足を向けた。

 その足音に気づいたのだろう。背を向けていたアストが振り返る。


「ラティア? どうした、こんな時間に…」


「お前こそどうしたんだ」


「ん? あぁ…ちょっと眠れなくてな…」


 アストはそう言うと、ラティアをまじまじと見つめた。


「何だ?」


「……あいつの夢でも見たか?」


「!」


 的確な言葉がラティアの心を揺らす。

 驚きと、僅かな動揺で答えられずにいると、アストは悲しげに微笑んだ。


「当たったみたいだな」


「…どうして分かった?」


「お前の顔が──いや、()が…昔に戻ってるからな」


 そう言って目を伏せたアストの顔から笑みが消える。


「あの頃の…俺のところに来たばかりの頃の()だ。あいつのことを──」


「アスト!!」


 強張った声に、アストは言葉を止めた。

 伏せていても分かる。ラティアが凍てついた眼差しで自分を見ていることが。


「……悪い」


 強く拳を握り、ラティアは灯されている炎に背を向けた。


「──先に休む」


 振り返ることなく部屋に戻って行く後ろ姿を見ながら、アストは深く息を吐いた。


「…なぁ、ルシウス…俺は…あいつに何をしてやれるんだろうな…」


 波の音に誘われて、アストはカウンターの後ろにある窓に顔を向ける。

 その瞳は、懐かしい姿を探すように闇の向こうを見つめ続けた。





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