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銀眼の女神 -The goddness of Silver eyes-  作者: 江口 凜
chapter1.銀眼の女神
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-02-




 大通りに面した一角に、その店はあった。

 普通に暮らしていればほとんど立ち入ることはないであろう、武具屋――主に剣、盾、鎧などを取り扱っている店だ――は、さほど大きくもないし、お世辞にも綺麗とは言い難かったが、一目見て受ける印象より遥かに繁盛している。

 その理由は一つしかないと言っても過言ではない。

 人間を喰らう(あやかし)と呼ばれる化け物に、少しでも対抗しようとする人々がいるからだ。

 人間ほど数は多くないが、確かに存在している(あやかし)。多くの点で人間を上回る能力を持つ(あやかし)に立ち向かう為に、人々がいい武器を求めるのは至極当然のことで、それを揃えているこの店が繁盛するのもまた、当然のことだった。


「ノア!! 一体どこで何してた!!?」


 店中に響く怒声に、ノアと呼ばれた少年は身を縮こまらせた。


「昼の鐘が鳴るまでに絶対帰って来いって言ったはずだ!!」


 少年相手に容赦なく怒鳴っている男はこの店の主人で、名をアストといった。明るい赤の髪と黒い瞳の若い青年で、右目に着けられた眼帯が目を引く。


「ご…ごめんなさ…」


「謝る相手が違う!!」


 再度怒鳴られ、ノアは客である男――こちらもアストと同様に若い――におずおずと近寄った。

 その栗色の髪と水色の瞳には見覚えがあった。何度かこの店に来ていて、いつもアストと親しげに話している客のはずだ。

 窓の外に広がる空の色がノアを見下ろす。


「あの…すみませんでした…」


 ノアはこの男にも怒られることを覚悟していたが、男は意外にもノアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。風で乱れていた黒髪がさらに乱れる。


「気をつけろよ、坊主。じゃないと次はアストになにされるか分かんねーぞ?」


「う…あ、はい…」


 男はノアにもう一度笑いかけるとアストに向き直った。


「じゃあ、確かに受け取った」


 そう言って、大振りな剣――さっきまでノアが抱えていたものだ――を軽く掲げる。


「待たせて悪かったな、ティグ」


「いいさ。出発までまだ日にちもあるし、どうしても今日の昼までに欲しかったわけじゃないからな」


「いつ出発なんだ?」


「一応、明後日ってことになってるが…まぁ、雇い主の気分次第だろーな」


「商人の護衛、だったか? どこまでだ?」


「アーベント。大した距離じゃない」


 アーベントは、ここウーリアから東にある街だ。ティグの言うとおり、それ程遠くはないが、途中にある森に(あやかし)が現れるという噂があった。

 アストの考えを悟ったのか、ティグは大丈夫さ、と笑う。


「俺以外にも二人雇われてるし、小物だって話だ。殺られたりしねーよ」


 そう言ったティグの引き締まった顔つきは、仕事中のそれだった。

 ティグは傭兵だ。金で雇われる彼らを下に見る者もいるが、(あやかし)跋扈(ばっこ)する世界では、なくてはならない存在でもある。

 

「……」


 ティグの強さはアストもよく知っている。だが相手は(あやかし)なのだ。気をつけるに越したことはない。

 だから、念を押すように言う。


「お前なら大丈夫だとは思うが…油断はするなよ?」


「分かってる」


 ティグは頷くと、硬い表情を解いた。


「そろそろ行くわ。またな、アスト」


「あぁ」


 アストに向けて手を上げ、扉に向かう。ティグが店を出て行くと同時に扉に付いている鈴が鳴った。

 僅かな余韻の中、ノアはアストに問いかけた。


「アストおじさん、今の人友達なの?」


「おじさんって言うな。あいつは昔の仲間だ」


 それを聞いて、さっきティグが怒らなかったのは、おじさんの友達だったからなのかな、と思った。


「それよりもノア」


「何?」


「あいつは許したが、俺はまだ許してないって、解ってるよな?」


「えっ? あ…うん…」


 言葉を濁した瞬間、ゴンッ、と鈍い音が響いた。


「痛ったー!!!」


「今度やったら、二度と手伝わせないからな!」


「えー!?」


 不満げに叫ぶノアをアストは睨みつけた。


「えー、じゃない! いつも言ってるだろ!? 商売ってのは信用が大事なんだ!! それに、今回はあいつに時間があったからよかったが、もしすぐに出発だったら、あいつは別の剣を持って行くことになってた! どういう意味か解るな?!」


 ノアは俯く。アストの言っていることが充分に理解できたからだ。

 もしティグの出発が早かったなら、ティグは間違いなく別の剣を持って行った。それはつまり、ティグの命の危険が増すことを意味する。

 使い慣れた物とそうでない物では、僅かだが動きに差がでるのだと、アストからよく聞かされていた。そして、その僅かな差が、生死を分けることがあるのだ、と。その上ティグの剣は、どこにでもあるような物ではないから──腕のいい職人が希少な金属で作り上げた、稀に見る名剣だった──その差というものが、もっと顕著に現れるかもしれない。


「ごめんなさい…」


 心底反省して謝る。

 そんなノアの頭に手が置かれた。恐る恐る見上げると、アストは優しく笑っていて。


「約束は、守れる男になれ」


 ノアはアストが大好きだった。怒ると怖いが、アストが怒るのは本当の意味でノアが悪いことをした時だけで、理不尽な怒りをぶつけてくることは絶対になかった。

 強く、優しい──アストのような男になりたいと、ノアは密かに思っている。だから、そんなアストの言葉をしっかりと胸に刻みつけた。


「で、その服の汚れはどうしたんだ?」


 そう言われて自分を見ると、確かに砂で汚れていた。


「あのね…」


 ノアは話す。

 何があったのかを──。





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