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-03-




「おぅ、この前の坊主じゃねーか」


 ノアが大通りを歩いていると、後ろから声をかけられた。振り返り見上げると、いたのは少々厳つい顔つきの男。


「あ、ハインツさん!」


 見知った顔に、ノアは笑顔を向ける。


「何してるんだ?」


「お使いに行ってきたんだ。ハインツさんは?」


「俺か? 俺はアストって奴の店を探してる」


「おじさんの?」


「あぁ、だから丁度よかったぜ。店に連れてってくれないか?」


「うん、いいよ!」


 ノアが快く返事をしたのをきっかけに、二人は歩き出した。


「ハインツさん、どうしてお店を探してたの? 何か買ってくれるの?」


 大きな瞳に見つめられて、ハインツは困ったように頭を掻いた。


「あー…悪いが客じゃねーんだ。ティグに用事があってな」


「お兄ちゃんに用があるのにおじさんのお店を探してたの?」


 よく分からなくなって首を傾げるノアだったが、ハインツは自信があるようで、絶対店にいると言う。どうして言い切れるのだろうと考えている内に、二人は店に到着した。


「ただいまー!」


 扉を開ける。静まり返った店の中に、いつもの鈴の音が響いた。


「…おじさん?」


「なんだぁ? 誰もいないじゃねーか。商売する気あんのか?」


 客ではないと言いながら文句を言うハインツを残して、ノアは二階へと駆け上がった。だが誰もいない。アストもラティアも、もちろんティグもだ。

 どうしたことだろう。出かけるなら店は閉めていくはずなのに。

 首を傾げつつも、ノアは仕方なく、ハインツの元へ戻る。


 と、音が聞こえた。


 何か硬い──金属がぶつかり合っているような音。

 二人は顔を見合わせた。


「裏…か?」


 言って、ハインツはカウンターの中に入り、窓から外を覗き込んだ。当然のようにノアも横に並ぶ。


「あ!」


 そこから見えたのは、店の裏手にある浜辺で剣を交えるティグとラティアと、それを見守るアストの姿だった。



 ギィンッ、と音が爆ぜる。

 これで何回目だろうか。手合わせを始めてから幾度となく攻撃しているが、ティグの剣は一向に当たる気配が無い。ありとあらゆる方向から斬り掛かっても、全て防がれてしまうのだ。余裕の笑みを浮かべたまま。


(格の違いってやつか…)


 あの(あやかし)を一人で倒したくらいだ。強いとは思っていた。だがまさか、これほど──自分が子供のようにあしらわれるほどの差があるとは思っていなかった。

 剣速、力、身のこなし、そして相手の剣の軌道を読む早さ。どれ一つ勝てる気がしない。


(地力が違いすぎる…)


 心底、そう思った。

 なのに何故、剣を納める気にならないのだろう。いくらやっても、絶対に勝てないことは明白だというのに。

 その答えはティグ自身にも分からなかった。だいたい目的が変わっている。ラティアと手合わせをしたくてアストの店に来ていたわけではなかったはずだ。


 ティグの望みは。


「っ…!」


 また、弾かれた。滑り落ちそうになった剣を何とか掴まえ、距離を置く。

 肩で大きく息をするティグとは対照的に、ラティアは相変わらず人形のように澄ましていて、ティグは唇を噛んだ。


 ──後は、お前次第だ。


 アストの言葉が甦る。


(…そういうことかよ…)


 やっと解った。

 つまりは。


 自分の力で、ラティアに認めさせろということなのだ。


 息を整え、ラティアを見遣る。

 ティグは再び大地を蹴った。



「えらく苦戦してるじゃねーか、ティグの奴」


 そう言ってアストの横に並んだのは、見覚えのある男だった。確かティグを助けに行った時に会った傭兵──ハインツ、という名だったか。

 アストは改めてハインツを見た。

 黒に近い茶色の髪と鳶色の瞳。おそらく自分やティグより幾つか年上だろう。ノアと一緒にいる姿は、父親のように見えなくもない。頑丈そうな体躯と太い腕が、如何にも傭兵らしく思えた。


「あれでもましになった方だ」


「あれでか?」


「最初は一撃で終わったからな」


 手合わせを始めてすぐ。ラティアの初撃で、ティグの剣は宙を舞った。それに比べれば随分ともっている。


「はぁー、流石は女神様だな」


 感心を通り越して、半ば呆れたようにハインツは呟く。

 言葉だけなら、(あやかし)の血を持つラティアへの厭味のようにも聞こえるが、口調には恐れも嫌悪も含まれていない。単に口が悪いだけ、といったところか。


「ノア、じーさん何て言ってた?」


 アストはハインツの言葉を気に止めず、そばにいるノアに声をかけた。しかしノアはこちらに顔を向けもしない。


「おい、ノア?」


「え? あ、えっと…あと三日…だって…」


 ラティアとティグを凝視したまま、心ここにあらずといった様子で答えたノアに、アストは苦笑いした。初めて見る手合わせから、意識が離せないのだろう。そういえば、剣士や傭兵に憧れていたっけな、と今更ながらに思い出した。


「ぐあっ!」


 声と共に、ティグが倒れ込む。幾度目かの勝負が決したようだ。


「気がすんだか?」


 鼻先に剣を突き付け、ラティアが問う。

 その感情のない瞳を睨み上げ、ティグは叫んだ。


「まだだ!」


 ラティアは剣を下ろすと、呆れたようにため息を吐いた。


「いい加減諦めろ。もうろくに動けていないことぐらい、自分で分かってるだろう」


「それは…」


 言葉に詰まって俯く。確かにラティアの言う通り、疲労のせいで体が思うように動かない。

 これ以上やっても無駄だと。勝つことはおろか、まともな手合わせすら出来ないと。


 分かっている。


 頭では解っている。


 だが、それでも。


 ティグは力を振り絞って立ち上がった。


「俺は…まだ、やれ──」


「ちょっと待った」


 剣を支えにしながら一歩踏み出そうとしたティグを、誰かが止めた。


「ティグ、今日はそこまでにしとけ」


「ハインツ…!」


 行く手を遮るように自分の前に立つ傭兵仲間に、ティグは一瞬驚く。だが、その表情はすぐさま消えて、苛立たしそうに睨みつけた。


「なんで止めるんだよ」


「今、女神様も言っただろ? 理由はお前が一番解ってるはずだ。今日はもう止めにして体を休めろ」


 ハインツの真剣な顔と気遣いの言葉に、ティグは口を噤む。それを一蹴するほど無神経ではなかったし、心配してくれていることに素直に感謝したからだ。

 が、続く言葉にそれを後悔した。


「って言うのは建前で、ほんとはいい仕事見つけたから連れに来た」


「………」


「さ、行くぞ」


 ハインツはティグの襟首を掴むと、店の方へと歩き出した。


「お、おい、待てよ! まだ受けるとは…」


「もうお前も受けることにしてある」


「な…お前、何勝手なことして…」


「何言ってんだ。傭兵はいつだって仕事優先だ。親に習っただろ?」


「そんなわけあるか…!」


 ティグは何とか踏み止まろうとしたが、疲れきっている今のティグに、ハインツを止める力があるわけもなかった。


「安心しろ。何も今すぐ出るわけじゃねーから。今日は話を聞きに行くだけだ」


 騒がしく遠ざかって行く二人を、ラティアは静かに見送る。

 よく分からないが、これ以上は相手をしなくていいようだ。


(まぁ、暇潰しにはなったか…)


 そう思った時、ティグと目が合った。空色の瞳は真っ直ぐに自分を見つめて。


「ラティア!」


 名前を、呼んだ。


「!」


「明日は絶対に勝ってみせ──」


 ティグが言い切る前に、店へと続く扉がハインツの手によって閉められる。


「…おにーちゃん、何だかかわいそうだね…」


 突然訪れた静寂の中、ノアはぽつりとそう零し、アストはそれにどう答えるべきか考え、ラティアは。

 ラティアは、やはり感情のない瞳で、辺りを包み始めた淡いオレンジの光を見ていた。

 

 

 


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