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「どうすればいいと思う?」
店に来たと思ったら断りも無く二階へ上がり、数分もしない内に下りてきた友人にそう問われ、アストはひと時言葉を失った。
「………何がだ?」
「だから、どうすれば出て来てくれると思う?」
「どこからだ?」
「部屋から」
「誰がだ?」
「だから! ラティアだよ!」
再三の質問に苛立ったのか、友人──ティグは大声を出した。
それでやっと理解する。
「何だ、お前毎日ラティアに会いに来てたのか」
「そうだよ! 気づかなかったのか!?」
「勝手に二階に上がって、すぐに帰って行く奴の用事なんて分かるわけないだろ」
「それは…」
そこに込められた若干の皮肉にティグは言葉を詰まらせた。
すぐに帰るしか、なかったのだ。
どんな風に声をかけても、ラティアの返事はいつも同じで。
──帰れ。
その一言には全てを拒絶する冷たい響きがあって、ティグにはどうすることも出来なかった。
「…だから…お前に聞いてるんだ」
ティグの真剣で、それでいて拗ねたような言い方に、アストは少し驚く。こんなティグを見るのはあまり──いや、初めてかも知れない。
「…一目惚れでもしたか?」
その問いに、ティグはきょとんとして、それから首を振った。
「違う」
「じゃあ何でそんなにラティアに拘わるんだ?」
アストは軽い調子だったが、ティグには何かを見極めようとしているように見えた。
(嘘ついたら殴られそうだな…)
偽るつもりなど毛頭ないというのに頭の隅にそんなことが浮かんで、小さく笑う。
「…俺は、妖と人間の混血なんていないと思ってた。実際に見たこともなかったし、それに…妖と人間との子供なんて、想像できるか?」
アストはまっすぐにティグを見つめるばかりで口を挟まない。ティグは続けた。
「だから、こうも思ってた。もし…本当にいるとするなら──人であるわけがないってな」
「…で、どうだった?」
いつもより鋭さを増した声に、ティグは肩を竦めた。
「正直、驚いたぜ。あんなに──美人だとはなー」
気の抜けた言葉が場の空気を緩ませる。
「確かにあの綺麗さは人間離れしてるって言っていいかもな。無表情のせいもあるけど、人形に見えたくらいだ」
さっきまでの真面目な物言いはどこへいってしまったのか。
アストは取り残されたような気分になった。
「ティグ…答えになってないぞ」
「そうか?」
何だか会話が成り立っていない。
無意識にため息を一つ。
(まぁ、いいか…)
本当は、ラティアを人として見ているのかどうかをはっきりと聞きたかった。けれどよく考えれば、人と見ていなければ、こうして──目的は知らないが──毎日会いになど来ないだろう。
敵意がないなら、それでいい。
「何であんなに嫌われてんのか分かんねー」
その声に、ティグを見る。
ティグはお手上げだ、と言わんばかりに天井を見上げていた。
「嫌われてる?」
「そーだよ。扉を開けてもくれないんだぜ?」
「それは、大丈夫だ」
「大丈夫って、嫌われてないってことか?」
「あぁ。あいつは元々、あまり人と関わろうとはしないんだ」
昔からそうだった。ラティアは人を避けている。理由は知らない。聞いたことも、聞こうと思ったこともない。それを聞いたら、何故かラティアを傷つけるような気がしたから。
「だから、別にお前を嫌ってるわけじゃないさ」
「でもお前とノアには普通だろ」
「俺は馴れたんだろう。付き合いが長いからな。ノアは…分からん」
それを聞いて、ティグは、じゃあ無理か、と呟いた。
「無理って何がだ?」
「…ノアに笑いかけたあの顔…何でか分かんねーけど、もう一回見たかったんだ。でも無理っぽいな」
「……お前、鈍いんだな」
「?」
意味が分からず首を傾げると、アストは大袈裟なまでにため息をついて立ち上がった。
「鈍いって何がだよ」
アストは口元を上げる。目の前にいる友人は、どうやら本当に自分の気持ちに気付いていないらしい。初めて会った女の笑顔を見る為に毎日通うなど、惚れたと言っているのも同然ではないか。
だがアストはそれを口には出さず、無言でカウンターを出る。
「どこ行くんだ?」
「お前はそこの裏口から出て、外で待っとけ」
「は?」
「貸し一つだぞ」
「はぁ?」
アストはニヤリと笑うと二階へと行ってしまった。
「何なんだ…」
その行動の意図も、笑みの意味も全く分からなかったから、無視しようかと思った。けれど何となく、言われた通りにした方がいいような気がして、ティグは裏口を出た。
扉を出てすぐに石でできた階段が数段あり、それを下りると、そこは小さな──といっても何も出来ない程ではない──浜辺になっていた。浜辺に向かって右手も左手も、住宅からの視線を遮るように石造りの壁が聳えていて、ここに来るにはアストの店を通るしかないようだった。
ティグが浜辺に下りて暫く経った頃、背後で裏口の扉が開いた。何も説明しなかった友人に一言文句を言ってやろうと振り向いて──。
「!」
目を疑った。
見慣れたアストの後ろに見慣れない人影があったからだ。
「ラティア…」
今までどれだけ声をかけても出てこなかったのに、何故そこにいるのか。
素直に、嬉しく思った。だがその反面、アストは簡単にラティアを連れ出すことができるのだという事実が悔しくもあった。
そんなティグの気持ちを知ってか知らずか、アストはティグの名を呼ぶ。
そして、投げて寄越したのは一振りの長剣。
「後は、お前次第だ」
ラティアの右手にある同じ型の長剣が、光を受けて煌めいた。