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-01-

 

 

 

 ティグは友人であるアストの店へと向かいながら、数日前の出来事を思い出していた。(あやかし)に襲われたあの日のことを。



 あの時。辺りを警戒しながらも、ティグ達は確実に前へと進んでいた。その中で感じる微かな違和感。

 何かが、おかしい。

 ティグは立ち止まり空を見上げる。木々の隙間から見える空は茜色を帯びていて、街道を逸れてからかなりの時間が経っていることを示していた。


「おい、どうした?」


 先を急がなければならないこの時に、立ち止まって空を見ているティグを不審に思ったのだろう。ハインツが声をかけてきた。


「…おかしいと思わないか?」


「何がだよ」


「どうして追いかけてこない?」


「そりゃお前──」


 囮が上手くいったからだろう、と言いかけて、止めた。そんなはずがないことはハインツも解っている。あんな付け焼き刃な囮に期待などできない。ティグが商人に言ったように、追いかけてくれたとしてもいずれ気づかれるものだ。それなのに、(あやかし)の襲撃は今だ皆無。

 確かにおかしかった。


「…考えられる理由は幾つかあるな。俺達を追いかけることを諦めたか、他に獲物が現れたか、誰かが倒したか…それとも」


 ハインツは街道へと顔を向け、自らの剣を握り締める。


「もっと大物が現れたか──だ」


 同意するようにティグも頷く。

 ハインツが言ったことは、そのどれもに可能性があった。だが一つ目と三つ目の可能性は低いだろう。あれほど狡猾に追いかけてきた(あやかし)が突然諦めるというのは納得し難いし、それを倒せる人間が運よく現れたとも考えにくい。一番可能性が高いのは二つ目だ。何せこの森には街道が抜けている。他の人間が通り掛かることは十二分に有り得るだろう。逃げた獲物よりも、目の前にいる獲物を襲ったのだとしたら、この状況も頷ける。

 というよりも──。


 そうであって欲しい、か。


「まぁ…四つ目でないことを願うばかりだな」


 それを聞いて、ティグは小さく息を吐いた。

 同じことを考えている。やはりハインツも四つ目の可能性を捨て切ってはいない──。


 襲ってきた(あやかし)が逃げ出す程の大物が現れたのだとしたら。


 この静まり返った森自体が、その(あやかし)の思惑の中であるかのような錯覚を覚えて背筋が凍った。黙って話を聞いていた商人にいたっては、すでに血の気がなく今にも倒れてしまいそうだ。


 と、何かが聞こえた。


「今…何か聞こえなかったか?」


「…声、だな…」


 ティグとハインツは顔を見合わせると剣を構えた。聞こえたそれは確かに人のものだったが油断してはいけない。人に化ける(あやかし)もいるのだ。

 声は人の歩みとは思えない速度でどんどん近づいてくる。


 やはり、(あやかし)


 その姿が見えた瞬間に斬りかかろうと体勢を変えたハインツは、隣に並ぶティグを見て思わず叫んだ。


「おいっ! 何してるんだ?!」


 ティグは剣を──下ろしていた。


「ティグ!!」


 再度呼びかける。だがティグの意識はハインツには向かず、(あやかし)が来るであろう方向に集中していた。


「この声…」


 徐々に鮮明になってくる声は、間違いなく。


「ティグ!! 無事か!?」


 馬上から降り懸かる焦りを含んだ声。見上げた先には風に乱れた赤い髪と、こちらを真っ直ぐに見つめる黒い瞳。それから特徴とも言える右目の眼帯。


「アスト…」


 現れたのは友人であるアストと、ノアという名の少年だった。


「よかった、間に合ったみたいだな」


「間に合ったって…お前どうしてここに…」


 まだ事態が飲み込めないティグ達に、馬を降りたアストは笑う。


「助けに来たに決まってるだろ」


 それを聞いてハインツが話に割って入った。


「助けにって、(あやかし)はどうしたんだ?」


「それなら、もう終わってるはずだ」


「終わってる? 倒したってことか?」


 ハインツは返事を待ったが、アストは答えないままノアを馬から降ろした。代わりに疲れきっている商人を乗せて綱を引く。


「とりあえず街道に戻ろう。そうすれば全部分かる」


 納得出来ないながらもアストに促され道を戻る。ティグ達の目が街道を映した頃、空は朱とも金ともとれぬ色に染まっていた。

 最初に見えたのは半壊した馬車と二頭の馬だった。(あやかし)に殺られたと思っていたが無事だったようだ。

 そして気づく。その傍らに立つ人影に。

 目を引いたのは背にある大剣と長い髪。

 突然、人影に向かってノアが駆け出した。


「ラティア!」


 ノアが口にした名前に、傭兵二人が反応する。


「ラティア…?」


「女神の名を持つ女剣士が(あやかし)を倒したってのか? しかも一人で? 冗談だろ?」


 ふざけた調子で言うハインツだったが、どんな奴なのか好奇心がない訳ではない。それはティグも同様で、二人は足を速めた。その気配に引かれてか、剣士が振り返る。

 さらり、と髪が揺れ──。

 二人──いや、商人を含めた三人は目を見開いた。

 全てが黄昏れ色に染まる中、凜と佇む女の。


 その、銀色の瞳。


 生まれて初めて見るそれを、ティグは食い入るように見つめた。

 造られたように整った顔と無機質な銀の瞳はまるで人形のようで、ティグは言葉に出来ない感覚に囚われる。どこか超然としたものを感じさせるのは、やはり人ではないからなのか。

 不吉な存在だと聞いてきた。

 呪われた者だと。

 忌むべき者だと。


 在ってはならない者だと。


 だがティグはそんな風には思わなかった。

 寧ろ──。


 呆然とする三人を余所に、女神のごとき女はアストへ声をかけた。


「生きていたか」


「あぁ。お前のおかげだ」


(あやかし)の気配に気づいた時、偶然ノアが隣にいた。…お前の友人とやらの運が良かっただけだよ」


 そんな会話を聞きながら視線を横にずらすと、頭や腕を切断された(あやかし)が見えた。それは到底小物とは言えない程の大きさで、ティグは自分の予想が当たっていたことを悟る。


「ラティア、先に帰るの?」


 ノアの声につられて、視線を女に戻す。

 人形が。


 笑った。


「少し気になることがあってな。もうこの辺りに(あやかし)はいないから、安心して帰るといい」


 不意に宿った人の表情。

 その顔が、何故だか忘れられなくて。



 あの日から毎日、ティグはアストの店に出向いている。だが、まだ一度も会えてはおらず、出来たことといえは扉越しに礼を伝えたことぐらい。自分に対するラティアの態度が、ノアやアストのそれと違いすぎて無性に悔しかった。

 だから、今日こそは。

 気合いを入れて店へと向かう。

 その様子を偶然見かけたハインツが、苦笑いしていたことをティグは知らない。




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