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「あれがお前の言っていた女か?」
森を見下ろすことのできる高台に立つ四つの人影。その内の一人がそう問いかけると、問われた男はあぁ、と頷いた。
問うた男は次の言葉を待ったがそれきり何も返ってこない。見ると相手は森を見つめるばかりで、こちらを向くことすらしていなかった。
男はため息をつく。そんな二人を見て、もう一人の男──三人の中で一番若く、少年っぽさが残っている──は笑った。
「しゃーないって、ザイフィール。俺達に見せる為にわざわざ妖まで用意するくらいだぜ? あの女しか見えてねーよ」
茶化すように言う男を見て、ザイフィールと呼ばれた男は再びため息をついた。
「…まぁいい。で、お前はどう思う? ヴァイス」
少年っぽさが残る男の名はヴァイスというようだ。ザイフィールに問われて、面倒臭そうに森へと目を向けた。
「そうだなー…本気は出してないみたいだし、よく分かんねーけど…いいんじゃない? 認めても」
「相変わらず適当だな」
「そういうザイフィールはどうなんだよ」
「…様子見、といったところか…。あの程度の力を見ただけでは判断できんし、判断すべきでもない」
その落ち着いた雰囲気によく似合う低めの声で答えるザイフィールに、ヴァイスは肩を竦めた。
「真面目だよなーザイフィールは」
「ふん。適当よりマシだ」
仲がいいのか悪いのか、二人は何度か言い合う。と、思い出したように後ろを顧みた。
そこには無言で佇む女が一人。
オレンジがかった金色の髪を持つ女は、森を見つめる男の背中を何か言いたげな眼差しで睨んでいた。
だが、そこにあるのは怒りだけではないようだ。もちろん感情の大半は怒りに埋め尽くされているのだろうが、別の感情──悔しさや悲しさのようなものも入り混じっているように見える。
「…気に入らないようだな」
言われて女は、ザイフィールを睨みつけた。その瞳は先程までとは違い、怒りだけに満ちている。
「当たり前でしょ!!」
「怒鳴るな。気づかれる」
「うるさいわね! 少し騒いだぐらいで気づくもんですか!!」
「フレイア」
「だいたいあんな女…」
遮ろうとしたザイフィールを無視して女──フレイアが尚もまくし立てようとした時、今まで森を見つめるばかりだった男が口を開いた。
「気づくさ」
三人の視線が男の背に集まる。
「あいつなら気づく。気配に敏感だからな…昔から」
楽しげに。
嬉しげに。
そしてどこか自慢げに。
男の声は弾んでいる。
それを聞いたフレイアはギリッと唇を噛んだ。整った顔が酷く歪む。
その顔を隠すように、フレイアは姿を消した。
「…まったく…女というのは面倒な生き物だな」
ザイフィールは僅かに侮蔑のこもった声でそう言うと、ヴァイスを呼んだ。
「行くぞ」
「はいよー」
一連の出来事に余程興味が無かったのだろう。ヴァイスは返事をしながら大きく伸びをし、欠伸までした。
「なぁ」
そしてそのままの姿勢で、未だに森を見ている男に声をかけた。
「いい加減にしないと本当に気づかれるぜ?」
「…心配する必要はないさ」
「どうしてだ? あの女は気配に敏感なんだろ?」
ざわり、と風が吹き抜け、男の白い髪が乱れる。
「もう──気づいてる」