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銀眼の女神 -The goddness of Silver eyes-  作者: 江口 凜
chapter3.見つめる者
11/16

-03-

 

 

 

 その(あやかし)は、元々ここにいたわけではなかった。

 ここより少しばかり南の地に潜み、人を喰らい、戯れに村や町を潰していた(あやかし)の前に、奇妙な人間が現れたのは昨日のことだ。

 その人間──若い男は本当に奇妙だった。

 大半の人間は(あやかし)を目にすると逃げ出すか、腰を抜かして動けなくなる。剣などの武器を携えた人間はそうでないこともあるが、それでも瞳には恐怖が宿るものだ。なのに目の前にいる男は微塵も怯えていない。寧ろ楽しそうに笑っていて、その上自ら近づいてきた。

 興味をそそられた(あやかし)は、とりあえず襲いかかるのを止めにして、男を見た。

 そして、気づく。

 男の瞳が赤いことに。

 姿は人間そのものだし、(あやかし)の匂いも、気配も感じない。(あやかし)が人間に化けているなら、どちらかを感じてもおかしくないはずなのに──そう思った時、男が声を発した。


「ちょうどいい。お前にしよう」


 言葉は分かったが──(あやかし)は例外なく人語を理解し、操ることができた──その言い方が気に入らなかった(あやかし)は、笑みを浮かべている奇妙な男を殺すことに決めた。

 鳥の翼のように背に垂れる長い触手を、目に映らぬほどの疾さで男に向ける。

 男は、貫かれた穴から血を吹き出して死に至る──はずだった。


「!」


 (あやかし)は目を疑う。血を吹き出しているのは、自分の触手の方だったのだ。

 くつくつと聞こえる、男の不気味な笑い声。


「俺に従え──」


 何かを悟ったのか、(あやかし)はそれ以上抵抗することなく頭を垂れた。

 そして今、男の指示でここに居る。

 何故ここに居なければならないのか知りはしないが、不満は感じていない。鬱蒼と生い茂る木々は人の倍以上ある巨体を隠すのに適していたし、人間達の行き来する道もある。何より、少しいけば大きな街があることに(あやかし)は歓喜した。


 ──悪くない。


 (あやかし)は早速 食事をしようと動き出す。

 いい具合に人間がやって来たようだ。

 そろりと動き、気づかれないように距離を縮める。

 二頭立ての馬車と、その傍を走る二頭の馬。人間は五人。

 思わずほくそ笑む。

 豪華な食事になりそうだ、と。

 ゆっくりと味わう為には、まず動きを止めなければならない。(あやかし)は馬車を操る人間に狙いを定めた。

 触手を伸ばし、一瞬で首を掻き切る。飛ばされた首は宙を舞い、乾いた地面に転がった。だが、何故か馬車は止まらずに進んで行く。

 しばらくすると馬車から首のない体が転がり落ち、だらりと横たわった。

 それを見た時、(あやかし)は別の楽しみを思いついた。

 恐怖に震える人間を見るのは面白い。そして、逃げ惑う人間をじわじわと追い詰めるのはもっと面白い──。


 (あやかし)は馬車の走り去った方を見遣った。

 慌てることはない。あの程度の速さなら、追いつくことは容易いのだから。

 転がった餌を貪った後、(あやかし)はゆるりと行動を開始した。

 まず馬車の後ろを走る馬と、それに跨がる人間を引き裂く。思った通り、馬車は止まるそぶりすら見せない。次に、車輪の一つを吹き飛ばし、馬車をひく馬の内の一頭を殺してみた。

 さてどうするだろう。自分の足で逃げるだろうか。それとも それが出来ないほどに怯え、震えているだろうか。

 その時、一度動きを止めた馬車が再び走り出した。

 おや、と妖は思う。

 おかしい。走れる状態ではないはずなのに。

 その証拠に、速度が格段に落ちている。

 おかしなことはまだあった。馬車から感じていた人間の匂いが薄らいのだ。


 その二つから導き出される答えに、(あやかし)は笑う。

 それで欺いたつもりか、と。

 わざと騙された振りをしようかとも思った。だが、何だか面倒臭くなってきた。


 もういいか──。


 (あやかし)は、人間の匂いのする方へと体を向けた。そのついでに、触手を数本、馬車へと走らせる。

 囮など目障りでならない。

 風を切り、馬車を突き抜け、動力である馬達に届く。その直前。


 一閃。


 馬に向かっていた触手が切断された。

 驚いた(あやかし)は人間を追うのを止めて、そちらを見る。


「!」


 いつの間に現れたのだろう。そこには、自分を見上げる一人の人間がいた。

 (あやかし)と対峙しているのに微動だにしないその態度は、先日の男を思い出させた。

 だが、何か違う。

 赤くない瞳。人とも(あやかし)ともつかない匂い。

 訝しむ(あやかし)に対し、人間はにこりと笑うと、体に似合わぬ大きな剣を構えた。

 次の瞬間、右腕に走る激しい痛み。

 見ると右腕が地面に落ちていた。


「!!?」


 次に左腕。

 その次は背中。


 わけの分からないまま激痛に襲われ、気がつけば地面がやたら近くに見えた。まるで地面に頭をつけているようだ。

 視界が、ゆっくりと濁っていく。

 (あやかし)の目に最期に映ったのは、長い金色の髪だった。

 

 

 

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