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銀眼の女神 -The goddness of Silver eyes-  作者: 江口 凜
chapter3.見つめる者
10/16

-02-

 

 

 

 隣を走っていた男が乗っている馬と共に裂けた瞬間、男──先ほど御者を引きずり落とした男で、名をハインツといった──は前を走る馬車に並ぶべく速度を上げた。


「ティグ! また殺られた!!」


 その声に、ティグの疑念は確信へと変わった。

 ここにいるのは小物などではない。

 (あやかし)の力と知能は比例している。噂通りの小物なら、気配を殺して一人ずつ仕留めるなんてことはしないだろう。ただ単純に襲ってくるはずだ。

 頭に浮かんだのは二つの選択肢。


 このまま逃げ続けるか、否か。


 (あやかし)に縄張りがあるのかは知らないが、この辺り以外で(あやかし)が出たという話は聞かないから、森を抜ければ助かる可能性はある。だがそこまでもつか分からない。

 もしくは馬車を止めて戦うか。

 小物ではないにしろ、二人で倒せる可能性がないわけではない。できるならば、一人ずつ削られていくのを待つよりも、早々に終わらせた方がいいに決まっている。

 直感的にその答えを選ぼうとした時。

 馬車の車輪の一つが吹き飛んだ。


「!!」


 続けて馬車を引く馬の内の一頭の首。

 ティグは慌てて馬車を止めた。


「くそっ…!」


 これで選択肢は限りなく一つに近くなった。

 けれどまだ消えたわけではない。


「降りるぞ!!」


 ティグは幌の中で丸まり、震えている商人に向かって叫んだ。だが商人に、その選択肢はなかったようだ。


「な…何を言っている!! 荷物はどうするんだ!?」


 先程までの震えはどこにいったのか、唾を飛ばさんばかりに怒鳴る商人をティグは睨む。


「ここで(あやかし)に喰われるのと、助かる可能性に縋るのとどっちがいい!?」


 その迫力に圧されたのか、商人は言葉を飲み込み馬車を降りた。


「ハインツ!」


 自らも手綱を捨てたティグは、生き残っている仲間に呼びかける。相手はそれだけでティグの意図を理解したようだ。すぐさま馬を降り、自分の馬の手綱を素早く馬車に括り付けた。


(ありがたい)


 それが正直な感想だった。

 この一刻を争う状況下では、全てを説明する時間が惜しい。だから説明しなくても動いてくれる存在は何にも勝る。

 ハインツが仕事を済ませている間に、ティグは首のない馬を馬車から外した。


(上手くいくといいけどな…)


「ティグ! いいぞ!」


 その声を合図に、ティグは馬の尻を思い切り叩いた。

 驚いた馬は嘶きと共に走り出す。


「なっ…!!」


 唖然とする商人。

 よほど荷物が大切だったのか、いつまでも馬車を見送っている商人を、ティグ達は半ば引きずるようにして街道を外れた。


「馬だけ走らせてどうするんだ!? 車輪も三つしかない! 御者もいない! すぐに走れなくなるに決まってる!!」


「いいんだ、それで」


「いい? どこがいいと言うんだ!」


 ティグはそれに答えず、街道に目をやった。見える範囲に馬達の姿はもうない。上手く前に進んでいるようだ。


「ご主人様よ、でかい声出さないでくれないか? (あやかし)に気づかれるだろ。あれはな、囮なんだよ」


 ティグの代わりに答えたのはハインツだ。


「お、囮?」


「そう、囮だ。(あやかし)はあれに俺達が乗ってると思ってる。だからあれを追いかけてくれれば、俺達の逃げる時間が稼げるってわけだ。馬達には悪いがな」


「ほ…本当に追いかけてくれるのか…?」


「さぁなー」


 ハインツの曖昧な返事に、商人の顔が歪む。それに追い撃ちをかけるようにティグは言った。


「あんたには悪いがこれは賭けだ。雇われている以上、やれることは全てやるが、それが上手くいく保証はできない。それは理解しておいてくれ」


 商人はごくりと唾を飲み込む。


(あやかし)が馬車を追ってくれたとしても、おそらく早い段階で気づかれる。それまでに森を抜けられるかは──賭けだ」


 ティグは自分の腕にそれなりの自負がある。小物とはいえ(あやかし)を一人で倒したこともあるし、幾度も死線を越えてきた。

 ハインツの強さは知らないが、少なくとも弱くはないように思う。

 けれど。

 それでも、戦うという選択肢は選べなかった。戦うべきでないと、本能が告げている。

 だから賭けるしかない。

 運という、強さよりも何倍も不確かなものに。


「行くぞ」





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