― 旋回の残響 ―
第一章 第4話
旋回の残響
頭上の哨戒機が放つサーチライトが、爆撃のクレーターを舐めるように掃引していく。
主人公は、もはや再起動すらままならないLCのコックピットにいた。
「……よくやってくれた」
彼は愛機のコントロールパネルを乱暴に叩き、自爆装置のタイマーをセットした。内部機構が焼き付いたLCは、もはやただの鉄クズだ。軍に足がつかないよう、思い出もろとも灰にするしかない。
彼は血の気が引いた指で、奪い取ったばかりのチップを、壊れ物を扱うように両手で包み込んだ。
この小さな基板が、もし彼女の意識そのものだったとしたら。先ほど強引に引き抜いた衝撃で、彼女の「魂」を傷つけてしまったのではないか。そんな恐れが、冷え切った指先を激しく震わせる。
( ……まだ、消えてくれるな。頼む)
彼は、自らを死神へと変えた軍の制服を、憎しみを込めて引き裂いた。その防水布の切れ端で、チップを赤ん坊のように丁寧に包んでいく。
それを軍服の左胸ポケット――自分の鼓動が最も近くに聞こえる場所へと、深く押し込んだ。
布越しに、チップの角が心臓の上の皮膚に触れる。あの日、彼女の鼓動が止まるのを見届けることしかできなかった男が、初めて手に入れた「彼女の続き」。
それは、抜き取った瞬間の熱を帯びたまま、彼の胸元で冷たく、しかし確かに脈動しているように感じられた。
「今度は……手放さない」
そう呟いた彼の瞳から、迷いが消える。
掌に残った重い鉄の塊――下半身を失ったアンドロイドの残骸に一度だけ視線を落とすと、彼は迫りくるサーチライトの光を拒絶するように、闇の奥へと足を踏み出した。
背後でLCが爆発し、紅蓮の炎が夜空を焦がした。その爆圧に背中を焼かれながらも、彼は一歩も立ち止まらない。
(……倉庫……無事……)
耳の奥で、機能を停止させたアンドロイドの声がリフレインしている。彼女が死の直前、祈るように見つめていたあの焼け焦げた地下扉。その視線の先にあるものが、今の自分に必要な唯一の「物」であることを、彼は本能的に理解していた。
瓦礫を跳ね除け、歪んだハッチを抉じ開ける。地下へと続く急な階段を駆け下りると、そこには戦火の届かなかった、静謐な暗闇が横たわっていた。
「偶然か? ……それとも、これがお前の守りたかったものか」
工場の資材庫、その最奥。サーチライトの僅かな反射を浴びて、鈍く光る鋼鉄の塊があった。
高機動バイク:機番GT-03。
黒いボディーにシルバーのラインが走る、かつての主人公の愛車だ。
一見すれば無骨な大型オフロードバイクだが、そのリアホイールにはPTの技術を転用した、複雑なスライド機構が組み込まれている。
「……行くぞ」
スロットルを回すと、内燃機関の爆音の代わりに、高電圧が回路を駆け抜ける鋭い電子音が資材庫に響いた。
前後輪に内蔵された大出力のホイールモーターが、静止状態から一気に最大トルクを叩き出す。タイヤがコンクリートを削り取るような音を立て、GT-03は目にも留まらぬ速さで暗闇を切り裂いた。
「いたぞ、脱走兵だ! 止まれッ!」
検問所の警備部隊が操るPTが、巨体を揺らしながら銃口を向ける。だが、二輪の機動力は重厚なPTを遥かに凌動した。
「……今だ」
直角に近い急カーブ。通常なら転倒を免れない速度。
主人公がペダルを踏み込むと、**「ガキィィン!」**という硬質な機械音とともに、一本だった後輪が左右に割れ、ハの字型の三輪へと変形した。
旋回特化形態。
外側のタイヤが路面を噛み、内側のタイヤがジャイロ効果で車体を強引に直立させる。同時に、左右の独立したホイールモーターが逆位相の回転トルクを発生させ、物理法則を捻じ曲げるようなベクトルを強制的に生成した。
バイクは火花を散らしながら路地裏を「横滑り」で駆け抜け、一瞬のロスもなく最高速へと回帰する。
背後でPTの放つ銃弾が石畳を弾くが、三輪状態で驚異的な安定を得た車体は、モーター特有の不可視の不可解な加速で、音もなく夜の深淵へと消えていった。
ヘルメット越しに叩きつける風の中、胸ポケットのチップが心臓の鼓動に合わせて熱を持っているように感じられた。
(彼女の声……あのチップの中にあるのが、本当にお前なら……)
市街地の喧騒、ネオンの光、そして追っ手のサイレン。
すべてをミラーの彼方に置き去りにし、彼は「声」の正体を求めて、暗闇の深淵へと突き進んでいった。




