第八章 届かなかった手紙と、待ち続けた窓辺
これはAIが書いたものです
『しあわせの家』の西側の角部屋に、小さなおばあちゃんが入居した。
名前は《アメリア・エルノ》。年齢は八十を超えていたが、声は澄んでいて、微笑みは春の花のように柔らかかった。
彼女は毎朝、部屋の窓辺に座り、空を見上げていた。
雨の日も、風の日も、晴れた日も――変わらず。
「何を見ているんですか?」と僕が聞くと、アメリアさんは笑って言った。
「空を、待ってるのよ。あの人が、そこから帰ってくる気がして」
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その“あの人”のことを、彼女は多く語らなかった。
けれど、彼女の部屋には、古い木箱が一つ置かれていて、そこには黄色く変色した手紙が、何通も大切に束ねてあった。
便箋には、丁寧な筆跡でこう記されていた。
《戦地より。アメリアへ。
無事だ。まだ生きている。君にまた会えると信じている。
君が僕の“帰る場所”だから――。》
その手紙は、同じ筆跡で、毎月一通ずつ、五年間。
そして、それきり、届かなくなった。
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「でも、私はね……一度も、あの人は“死んだ”なんて思ったことがないの」
そう言う彼女の横顔は、信じることの強さに包まれていた。
「たとえ手紙が途絶えても、きっと、どこかで生きてるって。
私は信じることしか、できなかったの。
でも、それで十分だったのよ。信じてる間は、独りじゃなかったから」
その言葉に、僕は胸を打たれた。
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ある日、施設に一人の郵便配達人が現れた。
彼は顔をしかめながら、こう言った。
「奇妙なことなんですが、古い郵便局の倉庫を整理してたら……戦時中の未配達の手紙が数通、見つかって……」
彼が差し出した封筒には、見覚えのある筆跡があった。
それは、アメリアさん宛ての最後の手紙だった。
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僕はその手紙を、そっと彼女に手渡した。
彼女は震える手で封を開き、中の便箋を読み上げる。
《アメリアへ。
最後の戦に向かう。もう手紙は出せないかもしれない。
でも、信じてくれ。僕は必ず帰る。
君の待つ家へ。君のいる空の下へ。
もし帰れなかったら……僕を待たないで。君は、君の春を生きてくれ。》
涙がぽろぽろと、便箋に落ちてにじんだ。
「……この手紙が届かなかったおかげで、私はずっと、あの人を待てたのね」
彼女は笑っていた。寂しく、でも誇らしく。
「“春を生きてくれ”って……ふふ、私はちゃんと、春を生きてきたわよ。
あの人がくれた時間でね。ここで、たくさんの人と出会って、泣いて、笑って。
それも、全部“あの人と生きた”人生だったの」
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その夜、彼女は満天の星空を見上げて、そっとささやいた。
「あなた。手紙、届いたわよ。
もう大丈夫。私、ひとりじゃなかったの。
“待つ”って、独りじゃないのよね。だってあなたが、心にいてくれたから」
その言葉に、空の星が一つ、ふわりと流れた。
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“想いが届く”というのは、必ずしも手紙や言葉だけじゃない。
信じて生きることそのものが、愛の証になることもある。
僕はそう、教わった。