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第六章 忘れられた詩と、最後の一行

これはAIが書いたものです

 『しあわせの家』の一番奥の部屋に、ひとりの老人がやってきた。


 白く乾いた髭。背はやせ細り、目はどこか宙を彷徨っている。

 持っているのは、一冊のボロボロの詩集だけだった。表紙の名前は、にじんで読めなかった。


「わしの名は……あれ……なんじゃったかの」


 その人は、名前を思い出せなかった。

 自分がどこから来たのかも、なぜここにいるのかも。

 でも、その詩集だけは、決して手放さなかった。



 僕は彼のことを「先生」と呼ぶことにした。

 名前も過去も忘れてしまっても、その詩集を読む姿には、不思議な気品と哀しみがあったから。


「この詩……読んだ気がする。誰が書いたのかは、わからんが……優しい詩じゃな……」


 彼はページを指でなぞりながら、何かを思い出そうとしていた。


「“春がきて、君と見た庭の花”……この一節だけが、頭の奥に、ずっと残っとる」


 それはまるで、記憶のかけらが言葉となって、彼の心に咲いているようだった。



 ある晩、僕は先生と一緒に庭に出た。

 月明かりの下、咲きはじめた小さな花を見ながら、先生がぽつりとつぶやいた。


「わしには……誰か、大切な人が、おったんじゃろうな。

 その人と、春を見た……だから、この詩が、心の奥に残ってるんじゃろう」


 先生の目から、涙がひとすじ流れた。


「忘れたくなかった……でも、わしは……忘れてしまった」


 僕はそっと肩に手を置いた。


「忘れてしまったとしても、その想いが、ここに残っているなら……それはきっと、本物ですよ」



 翌日、先生がふいに僕に言った。


「筆を貸してくれんかの。……最後の詩を、書きたくなったんじゃ」


 細い手で、ゆっくりと筆を走らせる。何度も止まりながら、言葉を選びながら。


 そして数時間後、一枚の紙に、たった数行の詩が残された。


春がまた 来てくれるなら

君とまた あの庭に

笑って咲いた 花を見よう

名を忘れても 想いは残る


 僕はその詩を読み終えたとき、涙がこぼれていた。

 先生は、にこりと笑って言った。


「……この詩を、わしにくれた人が、いたんじゃよ。

 思い出せんけど、あの人が……わしの心に春をくれた。

 だから、最後は、返したかったんじゃ」



 数日後、先生は静かに眠るように、旅立った。

 でも、詩は残った。その言葉は、壁に飾られ、訪れる人の心にそっと寄り添ってくれている。



「名前が消えても、想いは残る」

それは、介護を通して僕が学んだ一番大切なこと。

この場所には、忘れられた記憶が、たくさんの愛として生きている。

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