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第8話 冷酷な取引

控え室で少し休もうとドアを開けると、何とそこには既に王太子殿下が待ち構えていた。


辺りに人影はなく、殿下だけが壁際に立ち尽くしている。


 (……何をしにここへ?)


 一瞬身構える私に、殿下は冷たい目を向け、口を開く。


 「話がある。……と言っても、くだらない話じゃない。俺からの“条件”だ」


 条件? 私は静かにドアを閉め、殿下の前に立つ。


 「はい。なんでしょうか……」


 こういう場合、私は敬語を使わざるを得ない。


 殿下は私をじろじろと見やり、毒を含んだ口調で続ける。


 「俺が望んでいないこの婚約——それでも形だけは続けなければならない。だが、俺には愛する女性がいる。それは知っているな」


 「はい。シルヴィア令嬢のことですね」


 すると殿下はわずかに眉をひそめ、

 「……ああ、シルヴィアだ。いずれ、俺は彼女を愛妾として迎える。まあ、場合によっては正式な妃の地位も与えたいと考えている」


 ここまでハッキリ言われると、むしろ清々しい。


私はそれを遮らず黙って聞く。


 殿下はさらに続ける。


 「そこでだ。お前には余計な口出しをしてほしくない。この先、シルヴィアを俺のもとへ通わせることを邪魔するな。お前はただ、俺の妃という立場の仮面を被っていればいい。その代わり、生活費や地位はある程度保証してやる」



 「……要するに、私は“空気のような存在”でいろということですか?」


 思わず皮肉がこぼれる。殿下は私の言葉に薄く笑った。


 「空気というよりは人形だな。俺の邪魔だけはするな。もし口出ししてみろ、容赦なくお前とその家族を破滅へ追い込む。そう言った方が分かりやすいか?」


 そこには一欠片の慈悲もなかった。脅し、威圧——結局のところ、彼は私に“黙ってろ”と言い渡しているのだ。


 「……分かりました。私としても、望まぬ結婚を無理に円満にしようとは思っていませんので」


 私がそう返すと、殿下は少しだけ意外そうな顔をした。


 「ふん、やけに素直だな」


 「私もこの婚約には戸惑っています。殿下が他の方をお好きなら、私に構わずご自由にされればいいと思いますし……」


 そう言いかけた瞬間、殿下が鋭い目を向ける。



 「勘違いするなよ。これはお前に意見を求めてるんじゃない。命令だ。そして、絶対に破らせない。もし破れば……分かっているな?」


 端的に言えば、私が何か余計なことをすればクラール家に害が及ぶという脅しだ。


 私は無言で頷く。何だか、体の奥が冷え切っていくようだ。


 王太子殿下がここまで露骨に私を見下している。形だけの婚約を国のために背負うことを押し付けられ、その上で脅しをかけられている。


 ……こんな屈辱、いつまで耐えればいいの?


 殿下は最後に短く言い放つ。


 「いいか、次に会うのは正式な“お披露目パーティー”だ。そこでの態度も気をつけろ。シルヴィアに失礼を働いたら、お前は終わりだぞ」


 扉を乱暴に開き、殿下は出ていく。その背中を見送った私は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 怒りと悔しさが胸の奥を渦巻く。


だけど、今はそれを爆発させるわけにはいかない。


 「……絶対に、何とかしてこの婚約から抜け出してみせる」


 ぎゅっと拳を握りしめ、心の中で強く誓う。


 今の私に必要なのは、彼らに引導を渡すための“確実な手段”——そして、家族を守りながら私自身の未来を切り開く準備だ。


 不思議と頭の中で、前世の仕事スキルであった「戦略的思考」が動き始めるのを感じる。


私は知っている。理不尽な上司から逃れるためには、確固たる証拠や「取引材料」が必要だということを……。


 (よし……ならば、“あの魔術”も上手く使えるかもしれない)


 そう思い至った瞬間、私は少しだけ前を向けた。

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